第5話 魔王には償って欲しいと思う
あれから数時間ほど過ぎさり、街は眠りにつき始める。
夜中の街中では、ただ一つ月のみが煌々と青白い光を照らしている。
そんな闇に包まれた世界の中、とある部屋にて二人の人間が喋っていた。
「さて、そろそろ寝るか。俺はソファーの方で寝るから、アレシアはベッドで寝てもいいぞ」
アレシアと一緒に風呂に入った。
だが、それはそれとして一緒のベッドの中で寝るのはなんだか不味い気がする。
故に、彼女一人をベッドで寝るという提案をしたのだが……
「……えっと、その……ご主人様と一緒に寝たい、です」
アレシアにその意が伝わることはなかった。
風呂上がりかなんなのか、彼女の頬は紅潮している。
「まあ、やっぱりそうだよな……」
なんとなく予想はできていた。
今は彼女の要求を受け入れるべきだろうな。
なにせ、彼女を一人にすべきではないのだから。
「仕方ないな……今日は特別だぞ」
「やったあっ!」
アレシアがはしゃいだ。
どうしてそんなに嬉しそうにするのだろうか。
ふとそんな疑問を抱いたが、今聞くところではないだろう。
そして、両者は同じベッドの中に入った。
▽
「とってもフカフカですね!」
気持ちよさそうに布団にくるまるアレシア。
奴隷であったためきっと温かなベッドで寝るなんて経験をした事がないのだろう。
初めてのベッドは彼女にとって未知のものであろう。
ブラウスはそんな彼女の様を見て思わず微笑んでしまいそうになった。
腕の中でまるまるアレシアの大きな角が頬に触れるが、それもまた良し。
本当に彼女は未来の魔王になのだろうか、と時々疑問に思うが、その大きな角によりそれは正しいと認識する。
そして、同時に彼女をその血に塗れた道には行かせたくないと決意する。
もう二度と彼女から何も奪われないようにしたい。
この無邪気な笑顔を泣き顔にしたくない。
彼女に人を殺させたくない。
独善的な、勇者として、ブラウス個人としてのエゴだろう。
しかし、それでも願わずにはいられない。
なにせアレシアはこんなにも普通の少女なのだから。
「お前は、どうか幸せになってくれ……」
「?」
ギュッ、と抱きしめる。
不思議そうにこちらを見つめるアレシアだったが、ブラウスの優しそうな顔を見て嬉しそうにした。
「ふふふ、ご主人様が笑った!」
「そうか?」
嬉しそうにころころと玉のように笑った。
かつてブラウスを殺した魔王の姿のまま、無邪気に笑うその姿になんとなく複雑な感情を抱くブラウス。
「さあ、そろそろ寝ようか。もう夜も遅い」
「はいっ、ご主人様!」
ふわりと手を掲げ、魔法を発動する。
温かな光がアレシアを包み、その瞼をうつらうつらとさせる。
それは勇者の魔法である聖魔法である、身体強化系統の魔法の効力を弱め、全身の魔力循環を良くするというもの。
副交感神経を落ち着け、眠気に誘うという効果がある。
「スー……スー……」
「おやすみ」
そう呟き、ブラウスはアレシアの頭を撫でる。
「どうか、どうか幸せになってくれ……」
それはアレシアが魔王であり、勇者としてこの世界が戦乱に沈まないように願うからこそ出た言葉であった。
それと同時に、アレシアが普通の少女であるからこそ、健やかに育ってほしいという願いもある。
(俺は、どうしようもなく独りよがりだな……)
独りよがりと言えば独りよがりだろう。
彼女には魔族にとして人族に対する、あるいは社会に対しての憎しみは、多少なりともあるだろう。
でも、それでも願ってしまうのは罪だろうか。
彼女が笑って暮らしていける未来を望むのはダメなのだろうか。
(正直、最初は気まぐれだったんだけどな……)
本来であれば、あのままアレシアは奴隷として人族に対する憎しみを募らせ、果てに魔王となる筈だった。
そして、ブラウスはアレシアと殺し合うことになっていただろう。
実際にそうなった。
にも関わらず、彼はアレシアに食事を与え、風呂に入れ、寝床まで与えたのは彼女にその道を歩んでもらいたくなかったからだ。
前世でなんどもなんども魔王を見てきたが、彼女の目は孤独と苦しみに染まっていた。まあ、彼の思い込みなのかもしれないが、それでも彼自身が一人ぼっちの辛さを知っていたからこそ、気付いたのかもしれない。
だから、彼女が不幸になることが耐えられなかった。
(まあ、とにかく今は……アレシアが幸せになれるよう手伝いをするか。それに、これこそが勇者としての役割だしな)
アレシアにはとてつもない才覚があるだろう。
誰もが羨む魔法の才能や、ありとあらゆるものを持ち合わせているだろう。
いずれは素敵な男と結ばれ、幸せになったりもしたりするのだろうか。
ともかく、彼女は幸福な未来を手に入れることは約束されている。
なにせ、彼女は散々彼を苦しめてきた魔王サマであるのだから。
「俺を殺した分、しっかり幸せになって償えよ……」
そう呟いたブラウスは、あくびをし、アレシア同様に眠りにつく事にした。
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