第4話 魔王と一緒に風呂に入ろうと思う
ブラウスとアレシアは共に料理を摂った。
久々の温かな食事と少しばかりの団欒を楽しんだのち、夜の帷が降りる。
レストランの外はすっかり暗くなっており、ブラウスは帰宅することにした。
「アレシア、付いてこい」
「はいっ!」
そして、二人は帰路につく。
ブーツの踵を打つ音を響かせながら歩くブラウスの後ろをぴょこぴょこと付いてゆくアレシア。
彼女は14歳ほどで、その背丈はブラウスよりもかなり低い。
故に子供が後ろから付いていっているように側からは見える。
「ああ、それと、家に着いたら風呂に入るんだが入り方は分かるか?」
「……オフロですか?えっと、わたしは入ったことがないのでよく分かりません」
「そうか……じゃあ、どうしようか」
この世界の風呂は、前世の物とはかなり違う。
蛇口を撚れば温かい水が出てくるということはなく、特殊な魔道具に魔力を注ぐことで水を生成するのだ。
故に、慣れていないと湯を沸かすことができないし、シャワーを浴びることが出来ない。
だから、彼女を一人で入れさせる訳には行かないのだ。
「その……井戸の水を貸していただけましたら、そちらで水を浴びますので大丈夫です」
「うーん、井戸の水は冷たいから風邪を引くぞ?出来れば温かい湯に浸かってもらいたいものだが……」
とはいえ、彼女を一人で入れさせるのは無理な話だ。
じゃあ、どうするか?
その答えに一つ心当たりがあった。
(一緒に入る、か。10代の女子と?)
こう見えて、ブラウスは累計すると50歳を超えている。
精神年齢推定50歳の男と、10代の女の子が一緒のお風呂に?
犯罪臭がプンプンする。
現代日本でやれば即逮捕案件だ。
(つってもなあ、入れないって選択はないしな。それに──)
アレシアの身体は汚れていて、服はボロボロになっている。
主人からの虐待により落ち着いて体をキレイにするという習慣がないのだろう。
さらには死に戻り前に見た魔王の神秘的な黒髪も、くすんで濁ってしまっている。
(知り合いに頼むとするか……)
ブラウスは勇者であるため、知人はそこそこ居る。
中には女性の知人も居るので、彼女に頼んでアレシアの湯編みを手伝ってもらうとしようか。
そう決めたその時、
「あの……ご主人様と一緒に入るのは、嫌じゃないです……」
「は?」
「あっ、ごめんなさいっ!わたしみたいな汚い魔族なんかとオフロに入るなんて……嫌ですよね」
悲しそうな顔をするアレシア。
それを見たブラウスは慌てて切り返す。
「別に嫌なんてことはないぞ!ただ、その……第三者から見たらどうなのかって話で……まあ、アレシアがいいって言うなら」
「あ、ありがとうございます?」
結局、二人で入浴することになった。
家に到着した両者は、しばらくの時間ののち、更衣室に行く。
二人は服を脱ぎ、互いに一糸纏わぬ姿を晒す。
ああ、犯罪だ……、という背徳感を感じたが、目の前に立つ魔族の裸体を見るとそんな気持ちはすぐに失せてしまった。
「お前……それは」
「ご主人様?」
不思議そうにアレシアがこちらを見上げてくる。
彼女の胸元には大きな火傷跡が。
さらには幾つもの刃物により切り裂かれた跡と、打撲によるアザがあった。
新しい物から、古いものまである。
古いものは……恐らく奴隷狩りの時に受けたものだろう。
聞くところによると彼女の故郷は戦火に遭い、家族を虐殺されたとのこと。そして、その時にたまたま生き残った彼女は奴隷になったらしい。
本当に──
「酷いな……」
「……?」
なぜだろうか。
どうしようもなく悔しい。
ブラウスは勇者で、人類を救う役目にあるのだが、どうして彼女を救うことができなかったのだろうか。
彼は、どこまでも無力であった。
少女一人の故郷ですら護ることが出来なかった。
全ての人々を護ることは、彼が人間である限り不可能なことだ。
だが、どうしても無力感を感じてしまう。
そして同時にアレシアに対して申し訳なく思う。
「……ヒーリング」
唇を噛み締め、治癒魔法を発動する。
緑色の温かな光がアレシアを包み込み、その傷を癒す。
みるみる痛ましい傷が再生してゆく。
完全に再生することはないが、痛みだけは取り除かれたことだろう。
「すごい……痛いのが全部なくなりました!ありがとうございますっ!」
尊敬の眼差しと、感謝にはにかむ無邪気な彼女の顔を直視できない。
ブラウスは人族で、彼女を、故郷を襲った盗賊と同じ種族なのだ。
勇者として、人族として、罪悪感と申し訳なさと、色々な感情が入り混じって、どんな顔をすればいいか分からない。
「……ご主人様?どうなされたのです?」
そんな彼の様子を見たアレシアは、不思議そうにした。
「いや、なんでもない。風呂に入ろうか……こっちに座れ」
そして、アレシアをバスチェアへ座らせる。
浴槽の湯を背中にかけ、タオルで汚れを擦る。
「ふぁあああ……」
気持ちよさそうに声を上げるアレシア。
「気持ちいいか?」
「はいっ!とても気持ちいいですっ!」
初めての入浴にしては、かなり気持ちよさそうな顔をしておりこちらまで表情が緩んでしまいそうになる。
タオルで何度も何度も肌の汚れを擦ると、白い綺麗な肌が現れる。
健康状態や衛生状況はよろしくなかったようで、まだ玉のようとは言えないが、それでも十分綺麗になった。
「はい、綺麗になったぞ」
「すごい……これが、わたし?」
壁にかかる鏡を見たアレシアは驚愕した。
そこには麗しき少女が居た。
かつての魔王の容姿を彷彿とさせる魔性の美貌。
絹のようなありとあらゆる光を飲み込む漆黒の黒髪。
水晶のように、深淵のようにどうしようもなく視線を惹きつけられる瞳。
奴隷の頃とは似ても似つかぬ美少女が居たのだ。
「……可愛いな」
「か、かわいい?わたしが?」
「ああ、可愛いと思うぞ」
「そうですか……ありがとうございます!ご主人様!」
クシャリと破顔した。
なぜ感謝する必要があるのだろうか。
そんな疑問を覚えるが、指摘するなんて事はせず、嬉しそうに笑う彼女を浴槽へ入れた。
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