第3話 勇者が宣言するらしい

「置いて行かないで、下さい……」


 裾を掴まれる。


「……何故?」


 ブラウスはその意図を理解しかねていた。

 

 こちらは、殺そうとして相手だぞ?

 そんな人間になぜ縋ろうとする?

 彼女に渡した金ならば好きに生きられるだろう。

 しかし、それでもなぜ彼女はこちらを裾を掴んできたのだろうか。


 と、そこまで考えて理解する。


「──ああ、金の使い方が分からないのか」


 なにせ、彼女は長らく奴隷だったのだ。

 金の使い方なぞ知るわけもないだろうし、社会での生き方を知らないのだろう。

 

「仕方がないな、ちょっと待ってろ」


 ローブの裾から紙を取り出し、そこに伝文を記す。


「これを、この道をずっと行った先にある教会の神父さんに渡せば保護してもらえるぞ」


 あの教会の神父ならば魔族であろうとなかろうと平等に扱ってくれるだろう。

 決して差別などされないだろうし、社会での生き方を教えてくれる。

 この伝文があれば彼女は教会で保護してもらえるだろう。


「……違うの」


 紙を差し出したその時、ポツリと少女が呟いた。


「……置いて行かないで」


 ポタポタと涙らしきものが頬を伝っている。


 目は赤く腫れており、彼女の心情を強く訴えている。

 

 そして、その心情に彼は心当たりがあった。 

 それは誰かに置いて行かれる苦しみだった。

 前世では幼少期に親を亡くし、苦しみを吐く先を知らなかった。

 死を繰り返す苦痛を誰にも分かってもらえなかった。

 ひとりぼっちになる悲しみを痛いほど彼は理解していた。


 だからこそ、心を締め付けられるような感覚を抱く。


「お前も同じ、か──」



 グウウウ……


 その時だった。

 アレシアの方から腹の虫が泣く音が響いた。


「ご、ごめんなさい!」


「そうか。腹が減っているんだな。良い店を知っている……付いてこい」


 見たところ、アレシアはガリガリに痩せている。

 頬は痩せこけ、やや骨張っている。

 このまま放置するのもまた罪だ。

 仕方がないのでブラウスは少女にそう告げ、踵を返す。


「は、はいっ……!」


 てくてくとその後ろを少女が付いてくる。

 

 

▽▲▽▲



 店へ入る。


 そのまま、カウンター近くの向かい合わせの席に座る。

 木張りのやや古めかしい建物の店。

 特に装飾されてはおらず、ランタンが壁に掛けられているだけだ。

 机の上にはメニュー表が広げられている。


 メニュー表をアレシアの方へやる。


「好きなのを選べ。どれを選んでも味は保証する」


 この店は、彼のお気に入りの店のうちの一つだ。


 3度目の死を経験した際には、まず最初にこの店を訪れたものだ。

 

 不死の加護による死に戻りを最初に経験した際には強烈な吐き気を覚え、嘔吐したモノだが2回目以降はこうやって店に来るようになった。

 人間というものは不思議なもので、1度恐怖に慣れると腹が空くのだ。

 だから、死に戻りするたびに彼はこうやってお気に入りの店へ訪れる。


 そして、ここは彼が死に戻りした直後に訪れるような店であるからこそ、その品質は確かに保証できた。


 アレクシアとブラウスは煮込みシチューを注文した。

 しばらくすると、頼んだものが運ばれてくる。


 机の上に皿が置かれ、美味しそうに湯気を立てる。

 それを見たアレシアは、申し訳なさそうな顔をする。

 

「……わ、わたしごときがこんな店で食べて良いのでしょうか?」


 するとアレシアが遠慮がちにそう言った。


「いいぞ?」


「でも、わたしご主人様の奴隷ですし……」


「ん?」


 ああ、そうか。

 俺がアレシアを買ったのか。 

 だから、今は彼女の主人は自分なのか。

 

 ブラウスは理解した。


「そうか。アレシアは俺の奴隷なんだな」


「……はい。奴隷の分際でご主人様と同じものを食べるのは……」


「なるほど。お前の奴隷って身分が俺と同じ店で食うことを邪魔しているのか……じゃあ、お前は今から平民だ」


「え?」


「──勇者ブラウス・レーベレアの名においてアレシアをこれより平民とする」


 宣言する。

 それを見たアレシアは驚愕した。


「だ、だめです!わたしみたいな卑しい魔族が平民になるなんて!」


「卑しい?お前のなにが卑しいのだ?顔も、体の作りも、全部同じで、身分が違う、角があるってだけで人間は卑しくなるのか?」


「……ッ!」


「だから、大人しく食っとけ。大丈夫、お前はもう平民だ」


「うっ、うっ、うう……ありがとう、ございます……」


 すると、涙を流しながらアレシアはシチューをスプーンですくい、口に運んだ。


「お、おいしい、です」


 奴隷だったため、スプーンの持ち方はやや変だ。

 しかし、泣きながら美味しそうにシチューをすするその様を見れば、誰が指摘できるだろうか。

 奴隷として虐待を受け、まともな飯を食べてこなかったアレシアにとってその食事はさぞかし美味しかったのだろう。

 ポロポロと涙を溢しながら、一緒に付けられたパンを口一杯に頬張る。


「もう少し、落ち着いて食え。パンもシチューも逃げないぞ。それに、喉に詰められると大変だからな」


「あいっ……!」


「……」


 ポロポロと涙を頬に伝わせるアレシアを見ると、何故か心を締め付けられるブラウスであった。


 ブラウスはアレシアに好きなように食べさせた。





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【作者からのお願い】

 ここまでお読みになって下さった皆様、ありがとうございます!

 

 面白い、続きが読みたいと思っていただけましたら、是非是非レビューをお願いします。

 してくださると作者のモチベーションが爆増します。

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