第2話 魔王を殺せば全部解決する

 ──アレシア。

 それはブラウスが所属するエレーニャ連合王国の隣国に存在する連邦帝国に君臨する魔王の名である。

 何度も何度も、彼を葬ったすべての諸悪の根源。

 

「……」


 観察してみると、面立ちはかの魔王にそっくりだ。

 ツインテールの様に生える2本の角の巻き方など全くそのまま。

 目の前の魔族は、前世で彼を殺した魔王の幼き姿なのだろう。


 聞くところによると、かの魔王は幼少期を奴隷として過ごしたらしい。

 主人から逃亡し、連邦帝国に逃げ込んでから魔法の頭角を表しだし、最終的に魔王の地位についたとの事。

 そんな情報を勇者として聞いていたからこそ、目の前の奴隷が魔王であることにも合点がいく。


「あー……これはどうしたら……」


 正直、彼にしてみればどうしたら良いのかさっぱりだ。

 

 目の前に佇む奴隷こそが今まで彼を苦してめてきた原因なのだ。

 そして、それを殺すことだけを目標として生きてきた。

 だからこそ、こうやっていきなり目の前に現れられたところでどうしたら良いのか、パニックに陥っている、というのが正解であった。


 監禁し、鬱憤ばらしに拷問するか。 

 それともこのまま殺してしまうか。

 

 なにせ、この奴隷こそが将来の魔王なのだ。

 殺してしまえばこの呪い加護から解放されるに違いない。

 もう長らく戦い続けて、疲れていた。 

 今、コイツを殺してしまえば楽になれるのだろう。

 

「そうだな……もう疲れたし、そうするか……」


 目の前の奴隷はまだ無力だ。

 簡単に殺せる。

 加護を使用する必要もないだろう。


 向けた剣を振り上げる。


「ヒッ……」


 それを見た少女は、彼の意思を察したのか、怯えた表情を浮かべる。

 だが、逃げない。

 逃げることが出来ないのだ。

 恐怖に体が震えてしまい、動くことが出来なくなっていた。

 その目は絶望に染まり、涙を浮かべている。

 まるで、前世での彼の様だ。

 上司の暴言に怯え、動くことが出来なくなってしまう。

 本当に、そっくりだった。


「……ああ、クソ」


 剣が止まる。

 

「どうして、逃げねえんだよ……クソ」


「……?」


 なぜ手が動かないのだろうか。

 普段の彼ならば躊躇なくその剣を振り下ろせた。

 だが、なぜか手が動かなくなっていた。

 

 それは、哀れみといった類の感情ではない。

 そう、彼は奴隷の目に共感してしまったのだ。


「ああ、もういい。好きにしろ」


 そう言って、踵を返す。

 

 奴隷がそのまま憎悪のままに魔王となり人類を殺戮し尽くそうがどうでもよかった。

 もう、彼の手では少女を殺すことは出来なくなってしまっていたのだから。


「怖がらせてしまってすまなかったな。その金があればなんでもできる。幸せになれよ」


「──ッ」


 そのままその場から立ち去ろうとする。

 通行人は珍奇なものを見る様な目でこちらを見ていたからだ。

 これ以上目立つのは良くないだろう。

 

 少女に背を向け、歩き出す。

 

(もう、2度とアイツとは会うことはないんだろうな。それも良いかもしれないが……これからどうしようか。魔王を殺さないって決めた以上勇者ではいられないしな──)


 そんな事を考えていたその時だった。


「──置いてかないで」


 服の裾をアレシアが掴んだのだ。


「置いてかないで、下さい……」


 涙を浮かべ、苦しそうな顔でそう言った。

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