どうやら愛した人が死ぬ呪いにかかっている令嬢は義弟に愛されていたようです

加賀見 美怜

どうやら愛した人が死ぬ呪いにかかってる令嬢は義弟に愛されているようです

ああ、目覚めるのはいつもこの日だった。

全てを思い出したのは今だけど、二回目以降の人生はここから繰り返していた気がする。


「カーラ義姉ねえさん?」


雨降る中、傘を差してくれた心配症な一つ下の義弟おとうとが私の顔を覗き込む。


頭がずきずきと痛んで、初めて私は気づいたのだ。


この光景はもう十回以上見たものだ、と。


私の瞳からはとめどなく涙が溢れていた。


見下ろす先にには美しい彫刻の施された重たく、それでいて真っ黒な棺だった。

この中には私の愛した人が入っている。数日前、不慮の馬車の事故で死んだのだ。


幼なじみ、政略結婚の相手、それでいて大切な恋人。


アスターは侯爵家の嫡男で、私は公爵家の一人娘。

遠縁から義弟を迎えて、整えられた婚約だった。


ばしゃり、水音がして、膝から自分が崩れ落ちてるのに気付いた。


「……、ああ、アスター…」


棺に縋り付く女に周りは何を思ったろう。

今はまだきっと、哀れみ、同情するのだろう。


私はその周りの目が段々疑心に変わっていくのを知っている。


「義姉さん、大丈夫、僕が居るよ」


泣き崩れる私の側にいつもどんな状況でも私に優しかった義弟は私に寄り添ってくれた。

確か、魔法学院の卒業式だった義弟はその卒業式を欠席して私の婚約者の葬式に出て、私の側にいてくれたのだっけ。

主席なのだから、出た方が良いと言ったけれど、アスターは自分にとっても兄のようなものだからこちらの方が大事だと義弟は言った。


そんなことを思い出しながら、愛した人の何度目か分からない死に打ちのめされた。


…どうして、どうしてここからなの。


私はアスターの棺に縋り付きながら最初の人生を思い出した。


アスターは私にとっての唯一だった、大切な人だった。そんなアスターを失った私はアスターの面影を追った。


そんな中で二番目に好きになった男は伯爵家のフィリスという男だった。

彼は目の色と笑った目元がアスターにそっくりだった、それだけで、私は彼を好きになった。アスターの想いながらアスターの面影を追いながら、アスターを忘れるために私は彼を愛して、愛して、愛した。

フィリスは私のアピールに折れて婚約を約束してくれた。


なのに、結果、フィリスは死んだ。

理由は分からない、フィリスは自宅で焼身自殺をした。

私は一度目の人生でフィリスが死んだことを嘆いて泣いた。


でも、結局、私はアスターを忘れられない。


三番目に好きになった男は子爵家のオミクレー。

彼は綺麗な銀の髪がアスターに似ていた。揺らめくその銀の髪に惹かれては追いかけた。


でもオミクレーも死んだ。借金を苦にした一家心中だった。

どうして、どうして、どうして、相談してくれれば私がなんとかしたのに。

そんなことを叫びながら、私は泣いた、嘆いた、どうすれば良いのか分からなかった。


「死神令嬢だ」


三人も婚約者が死ぬと、周りは私をそう呼ぶようになっていた。

私が愛するたびにその相手は死んでいく。


私は思った。罰なのかもしれない、と。


アスターの面影を追いかけて、アスターの代替え品にしたせいで後の二人は死んだのではないか。


それでもだって、私は、


アスターを諦めきれなかった。


どの人生でもそうだった。私はアスターを失うところから始まって、アスターの代わりを追い求めてはアスターの代わりに愛した相手はみんな死んだ。


何故か、私は全く同じ人生を歩んだ訳ではない。アスターの代わりに愛した人は人生によって違っていたけれど、どんな人を愛してもみんな死んでしまった。

繰り返される人生の全てで私は死神令嬢と呼ばれた。


とある人生で一度だけ義弟がこう言ったのを思い出した。


『義姉さんは悪くないですよ。きっと、何か呪いのせいですよ』


ああ、間違いなく、呪いだ。私が愛した相手は呪われて死んでしまうんだ。

何故義弟がそう言ったのかは分からなかったけれど、何度も何度も何度も何度も、愛した人がみんな死んでしまった私には妙に腑に落ちる言葉だった。



ならもう私は誰も愛さなければいいのよ。



フィリスもオミクレーも私が関わらなかった人生では幸せに生きていた。それが何よりの証左だった。


記憶を取り戻したからには私はもうアスターの幻影を追わない。愚かだった。もう誰も犠牲にしない。




「どうしてかしらね」


ぽつりと呟くと、「何がですか?」と義弟が不思議そうに尋ねた。

アスターの喪が明けてしばらくして、自室の窓の外を見つめながら出た独り言のつもりだったが、アスターが死んでショックを受けた私を心配していた義弟は度々私の部屋に来ては話し相手になったり、時には側に居てくれたりしたので、はっきり聞かれてしまった。

ボーっとすることが多くなった私は義弟…、義弟のモロスが居るか居ないか判断がつかなくなってしまっていた。


「何かしらね」


そう言って笑って誤魔化した。


何故。何故というのは、何故アスターの死ぬ前には戻れなかったのか、ということだ。

記憶が戻るならアスターが死ぬ前が良かった。


だったら私が悪者になってでもアスターを引き離して死なせはしなかったのに。


モロスは不思議そうに私を見つめた。


愛した人が死ぬという地獄にいる私を慰める方法は何も知らない彼にはわからないだろう。

いや、自分自身にもわからない。

この喪失感から立ち直る術を私は知らない。


アスターの影を追って誰かを愛したって、本当は埋まらなかった。

だから、無意味に不幸をばら撒くのはもう辞める。


「酷いわね、私」


前回の人生の自分を思い出して自傷気味に呟いた。アスターの代わりに代替え品として誰かを愛して呪い殺して、それでも次を求めて呪い殺して、最期はいつも自責で自分も殺した。


関係ない人をたくさん巻き込んで殺して死んだのよ。


この人生が巻き戻った世界なら、いまは被害者は居ないのだけれど。


「カーラ義姉さんは酷くなんてないですよ」


私の訳わからない独り言にも真剣に向き合ってくれたモロスは私の手を取って優しく微笑んだ。

モロスといると少しホッとする。


アスターの綺麗な菫色のキリッとした吊り目、揺れる長い銀の美しい髪、鼻の形も、口の形も、何もかもモロスは持ち合わせていない。

モロスにはアスターの面影を一切見ない。

とはいえ、優しげな水色の垂れ目と童顔、キラキラと輝く錦糸のような金の髪、アスターとはまた違った美形ではある。


「僕の大切な義姉さんを悪く言わないでください」


優しく柔和な笑みも不器用な笑顔を浮かべるあの人とは違っていた。


でも、比べてしまう時点で私はまだ駄目ね。


「…、モロス、私、修道院に行こうと思っているの」


「修道院?」


「婚約者を亡くした女なんて不吉でしょう」


そんなことはありません!とモロスは強く否定する。

どの人生でもこの子は私の為に動いてくれた。

私が婚約者を亡くして嘆く度に慰めて、大丈夫と優しく語りかけてくれた。

両親まで私から距離を置いた時も自分は味方だと、優しく微笑んでくれた。優しい義弟。


「そんなこと言わないでください」


モロスは悲しそうに私の手を握った。優しく、包み込むように。


「ありがとう、モロス」


「いっそ、結婚などしなくてもいいから、居てくださっていいんですよ」


「それは、貴方の邪魔になるわ」


邪魔だなんて、とモロスは眉をへの字にするが、嫁に出なければモロスの邪魔になる。これは真実だ。

そもそもモロスがいずれ爵位を継いで結婚した時に義姉が住み続けたりしたらモロスの妻になる人に嫌な顔をされるだろう。

義姉とはいえ血縁関係は遠いのだし。


このままだと父が新しい縁談を持ってくるかもしれないし、その前に自分から修道院に行くべきだ。

アスターが忘れられないと真実を切実に伝えれば父も分かってくれるかもしれない。


「義姉さんは、アスター様のことがどうあっても忘れられないのですね」


悲しげなモロスの笑顔には哀れみも入っていただろうか。私がこくりと黙って頷くと、モロスはやっぱり貴女は一途で優しい人だ、と言った。


違うの、貴方は知らないから。


アスターが忘れられないからアスターに少しでも似た人を愛して、喪失を埋めようとした卑怯者。

そうやって愛を得ようとして、私は呪われたに違いない。


「僕では駄目なのでしょうね」


「え?」


モロスの言葉に少しだけ目を瞬かせた。眉尻を下げたまま、私のてを包み込んだまま、優しく悲しげに微笑むモロスの真意が分からなかった。


「義姉さん、僕は呪いにかかっているのです」


呪いという言葉に思わず反応した。あの日、モロスに言われた台詞と重なった。


「いつも、本当に欲しいものは手に入らないんです」


「欲しいもの?」


「僕がいつも、心から欲しいと願うのは貴女です」


何故?


口に出す前にその言葉を何度も何度も頭の中で反芻した。


何故?何故、何故?何故なの?


何度も何度も失った人生でずっと側にいてくれたモロスにこんなこと言われたのは初めてだ。

もしかして、私が他の人を好きならないで修道院に行くなんて言ったから。


「ダメよ」


「そう、言われると思いました」


モロスは困ったように笑った。否定されても怒ることもなく、極端に悲しみもしなかった。

義姉さんがアスター様をどれだけ慕っているか、知ってますから、とモロスは続けて紡ぐがそれだけじゃない。


------もし、私がモロスを異性として愛してしまったら?


だって、モロスも死んでしまうかもしれないじゃない。


私にはそれがとても恐ろしい事に思えた。モロスが私を姉じゃなく異性として見ていたとしても、私にはモロスは大切な義弟で失いたくない存在だ。


これ以上失うなら死んだ方がマシだけど、下手に死んだらまた棺の前に戻るのかしら。


「義姉さん、僕を愛さなくてもいいのですよ」


「愛さなくてもいい?」


「公爵が僕を引き取ったように後継は養子を取ればいい」


モロスが優しく笑った。私を好きだと言うモロスにそれはとても残酷なことのように思えた。


「僕は義姉さんが側に居てくださればそれで幸せなのです。あの家で義姉さんと暮らしていければそれで」


黙り込む私に、モロスが続けた。


「アスター様との結婚も、義姉さんが幸せになればと思っていました。もし、義姉さんが他の方との幸せを望むなら見守るつもりでいました。…でも、修道院なんて」


この国で修道院に赴く令嬢というのはよっぽどの訳ありが多い。

没落貴族や家族が犯罪を犯した令嬢だって含まれる。モロス的には良い気持ちはしないのだろう。


「アスター様を想いながら寂しく余生を過ごすなら、家族として、貴女を少しでも幸せにしたい。貴女は少しでも笑っていられるように。忘れずとも良いのです。なるべく悲しい事は思い出さないように」


「モロス…」


モロスもアスターとは実の兄弟のように親しくしていた。辛いのは同じだろうに、自分の未来を潰すかもしれなくても、こうして私の為に提案をしてくれている。


そこまで私を想ってくれているなんて。


大丈夫、私がモロスを異性として愛さなければいいのよ、なんて、心がグラついてしまう。


でも、わからないじゃない。


「大丈夫ですよ、義姉さん、僕は義姉さんを置いて死んだりしませんから」


まっすぐな瞳が私の心を見透かしたように感じる。


その一言が最後のひと押しだった。


「……よろしくね、モロス」


私は酷い、とても酷い女だ。


大切な人を喪って尚、繰り返し誰かを愛して殺してしまって尚、誰かの愛を求めてしまっている。

それが例え愛せないかもしれない相手でも、万が一愛してしまって殺すかもしれなくても。


モロスは私の言葉に黙って優しく微笑んだ。





「ああ、やっと義姉さんを手に入れた」


何度繰り返しても、どうやっても手に入らなかった愚かな義姉をやっと手に入れた。

は、満足しながら分厚い魔導書の背表紙を撫でた。


「繰り返しの禁呪なんて制約ばかりでなんの役に立たないと思ったけど、やっと報われた」


俺の義姉さんを独り占めしていた憎いアスターが死んだら、俺が義姉さんを手に入れられると慢心していた。

アスターの次に義姉さんが信頼していたのは俺だったから。


何度泣いても義姉さんはアスターの面影を追って少しでも似てる男に恋をした。

愚かな義姉さん、それは愛じゃないって言うのに。


代替え品として義姉さんが愛した男たちはみんな死んだ。

不慮の事故、謎の病、或いは何かの事件に巻き込まれて。


「殺したのは全部俺だけど」


……、…アスターも。


一度目での人生で義姉さんが自死したときは焦った。


焦って、必死になって探し出したのがこの魔導書、禁術が書かれた禁書だった。

王族の宝物庫から人知れず盗み出したものだが、二度目の人生からは俺の手元に残った。


義姉さんは俺をまだ愛してくれたわけではない。


繰り返す時期は選べる。アスターとの婚約は義姉さんが産まれて間もなく決まった家同士の決まり事だから、いつも邪魔なアスターが死んだ後だった。

二度目からは義姉さんが愛した男たちを意図的に遠ざけてはみたけれど、義姉さんは結局次を求めて他の男に恋をしてしまった。

俺がいくら義姉さんを慰めても、優しくしても、義姉さんは決して俺を愛することはなかった。


だからきっと俺が先手を打って告白しても駄目だろうと思っていた。


その義姉さんがやっと、諦めた。


修道院に行くとそう言い出した。どうしてかはわからないけれど、チャンスだと思った。


僕のことを愛さなくてもいい、そう言うと義姉さんはほっとしたような顔をした。

あの顔を見るにまだ先は長そうだけれど、俺はここまできたら諦める気はない。


何度目かの人生で義姉さんに呪いかもしれないと言ってみたことがあった。

義姉さんはそうかもしれないわね、と悲しげに目を伏せるだけで、何も分かってないようだった。


「ああ、莫迦な義姉さん、貴女の呪いは俺が生み出したものなのに」


俺を殺せば終わった呪いなのに。


「もしかして、今回の義姉さんは繰り返しを思い出してしまったのかな」


人生を繰り返していたのは俺と義姉さんだけで、違う行動をして周りを変えられたのも俺と義姉さんだけ。

でも、義姉さんには記憶が引き継がれないように調整をした、つもりではあるけど、全ての俺のことを憶えていて欲しいという願望があった。


全て憶えているなら、酷く傷ついて、自分は愛する者を殺してしまう人間だと思っているかもしれない。


義姉さんは優しく素敵な人だけれど、そんなに聡い人ではない。

過去の人生によって自分が愛した相手がアスター以外違っていたことも、俺の行動が違っていたことも何故なのかは気づいてはないだろう。


「大丈夫だよ、義姉さん、これからは俺が義姉さんを愛して、癒してあげる」


俺は満足げに笑いながら本棚の奥に魔導書をしまった。これからの人生使うことが二度とないように、と願いながら。


だって、これからは義姉さんは俺の物だから。


コンコンとノックの音がした。この控えめなノックには覚えがある。

俺は本棚から離れると、ゆっくり扉に向かって行って扉を開けた。




「どうしたの?義姉さん、いや、カーラ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

どうやら愛した人が死ぬ呪いにかかっている令嬢は義弟に愛されていたようです 加賀見 美怜 @ribon-lei-0916

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画