青天の霹靂
しずくさんの余命は、長く見積もっても8ヶ月くらいのようだ。やはり活動できるのは本人の自覚通り、半年ほどだろう。
私は誰かをマネジメントするなんて事を、生まれて此の方した事がない。この様な時に何から手を付けるべきなのか、何がセオリーなのかもよく解らなかった私は、一先ず「分かり易い大きな目標」を立てることにした。
「年内に矢野しずくをバズらせる」
そして「年内」というゴール設定を設けた事で、これだ!というターゲットの存在に気付く。年末にある音楽界の一大イベント…そう紅白歌合戦である。だがしかし、絶対音幹ピアニストである矢野しずくは歌わない。活動内外で歌うことをしてこなかったようだし、今の彼女の体力や歌のレッスンにおける諸々の消費・消耗などを考えると、その舞台での「歌唱」を目標として取り組むのはあまりにも無謀だ。そもそも歌唱なしでの紅白「歌合戦」出場に関してはハナから可能性を感じれない。
だから「一緒に出てくれる人が必要だ」そう思った。ただ、何度も強調するが紅白「歌」合戦なのだから、どうしたって歌ってる人が主役になる。
ということは誰と出ようと、彼女はメインになれない。私は主役の矢野しずくを思い描いている。これは年内中にとか、余命が…とか云々ではなく矢野しずくという「ヒロイン」が私の中に、とても大きく存在しているから、なのかもしれない。
「彼女をどうにか主役に出来る、他の目標に切り替えるのか?」「いや待て、彼女がそれを望むと思う?」「でも矢野しずくは主役なんだ…」
そんな自問自答の末、当初の方針で年末に向けてサポートしていくことを決めた。だが残念ながら私には伝手がない。そういえば、私の父親は音楽プロデューサーだ。だから父に頼れば、なんとかなるかもしれない。でもその「カード」を切って人脈を開拓することは、二人の進むべき道ではないと私の女の勘が言う。気付けば「父に頼る」という選択肢は自ずと消滅していた。
ただ消滅したらしたで「え、どうしよう…」「ねぇ、どうするの…」という空っぽが、私の頭の中をループして駆け巡る。
翌日も゙私はしずく邸にいた。何かをひねり出したくて「連日取材させてもらえることになった」と、部長に嘘をついてきた。そういえば、彼にも上手く伝えないといけないのか…。
たくさん考えることがあると私は思考が停止してしまうが、しずくさんもそれはよく解ってくれている様子で、そっとしておいてくれている。
「何かいい手段はないのかな…」
なかなか先が見通せない、暗がりにいる気がした。だからなのか、私は某人気バンドの有名な曲のワンフレーズを無意識に口ずさんで歌った。
「果てしない闇の向こうに手を伸ばそう」
とにかく自力で道を開いてサポートするんだ…絶対に。そう思っていた時、「心ココにあらず状態」の私でも分かるくらいの視線を感じた。何かを察知した時の猫の如くそちらを見ると、しずくさんが少し驚いたような顔でこちらを見ている。
「ど、どうしました?」
「ことさんの歌声…素敵ね」
私は普段から意図して歌わない。
それは薄々気付いているからだ。
「両親の音楽的な素養」を
しっかり受け継いでいることに。
小さい頃も、物心がつくようになってからも、私は歌えば周りから褒められた。両親の職業も相まってか、音楽の授業等でもクラス1…いや学年レベルで注目されていたと思う。
それが当時から内向的だった私にはとても苦痛だった。目立ちたくないし、歌う私を見る周りの目が何だか怖いときもあった。だから私は、人前に引きずり出される「歌」を常に避けて生きてきた。
でも…。
「ここでやらずに、いつやるんだ」
そんな声が聞こえてくる。
そして。私は見たことも聞いたこともない「天才ピアニストの専属歌手兼マネージャー」というポジションから、矢野しずくの残された時間を支える事になった。
思いもかけなかった突発的な出来事が起きる事。
それを人は「青天の霹靂」という。
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