閑話“恩義”

「お兄さん、しんどそうだったっス。」


 小田の一言に、

その場の全員が唸る。

櫻葉はお付きの三人を連れて帰ってしまった。


「お兄さん、明日も来るっス。

皆、今から取りかかるっス。」


 全員が頷く。


「俺は助けてくれた恩は、必ず返すぜ!」

「命だけじゃない。

僕らは本当に救われたんだ!」

「我輩は命を賭けると誓う。」

「私は早速データをもう一度解析します。」

「俺たちゃ、各国のサーバーに潜って、

他の高レベルハンターの情報を洗うぜ。」


 全員がやる気に満ちている。

電脳研を除く研究員は、特にやる気になっている。


 恩返し。


 そんな生易しいものじゃない。

人生を返してもらったのだ。

人生を返しても足りない。


 研究は失敗が日常だ。

経費は絶対赤字になる。

 でも、研究を止めてはならない。

そこまでの全てを否定することになるからだ。

血を流し、全てを投げうち、

身体を切り売りしても、止めてはならない。


 そこまでに犠牲になった命のために。


 例えネズミだろうと、命をかけてくれたのだ。

それが人ならなおのこと、止めてはならない。

忘れてはならない。

突き進み、研究を続けなければならない。


 思っていたような結果がでないことなんて、

当たり前だ。

 それでも、それでも、止めてはならない。


 我らは研究者。

突き詰め、究め、研ぎ続ける者。

寝ても覚めても、死んでなお、諦めてはならない。


 それは世に“狂人”と呼ばれるものだ。


 狂っている人に誰が金を出す?

誰が場所を提供する?

どんな国も真っ先に経費削減の対象にする、

無駄遣いを許す?


 必要なら、どうぞ。


 彼は事も無げにそう言った。

彼は金は稼いでくる。

彼は材料は採ってくる。

彼は情報すら自分の身体から提供する。


 我々を研究者として、成り立たせてくれる。


 それが狂気の沙汰だと、

誰よりも自分たちが知っている。

 二ヶ月足らずとはいえ、

彼は我々を自由にさせてくれた。

その間に彼はどれだけ失っている?

使い込んだ本人たちこそ、知っている。


「あたしの作った下着の売上じゃ、

ぜーんぜん足りないっスからねー。」

「俺たちの盾も、値段が高過ぎて売れないしな!」

「僕は、生産が追い付かない。」

「我輩は金にもならなかった。」

「俺たちゃ、何にもなってない。」

「私も何もできませんでした。」


 そう、足りない。

資金としても、借りとしても、圧倒的に足りない。

彼からかけられた全幅の信頼に、成果が足りない。


「今は自分たちの研究を止めても、

お兄さんを助けるっスよ。」


 全員が笑った。

狂い果てても残った良心の欠片を、

全て使って笑った。

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