第54話 勇士
学校が始まって、はや一月。
相変わらず俺の出待ちをされたり、
サインを求められたり。
べらぼうにうっとおしい。
ただ、ダンジョンにはまだ行けない。
俺は歯を食い縛り、
大きなバーベルを持ち上げようと踏ん張る。
全身の血管が浮き上がり、
汗が流れ、肉が軋み、骨はたわむ。
だが、バーベルはいっこうに動く気配はない。
俺は出せるだけ、渾身の力を込めているが、
いっこうに動かない。
「もうやめましょう。
それ以上は筋を痛める可能性があります。」
緒方さんに促されて、
俺は持ち上げようとするのをやめた。
「思ってた以上に厄介です。
ネル、どうでしたか?」
「ガーネット様、アルジ様、
どうやら限界は六百二キロです。
これ以上は一グラムでも増えると上がりません。」
「……“ステータスであげる”、だな。」
俺のリハビリは、最初こそ順調だったが、
今では完全に停滞してしまっていた。
理由は、この“ステータス”による身体強化だ。
六百二キロ、と数字にすれば怪力のようだが、
ハンターとしてはよくある数値だ。
「日常生活は、それなりに問題ない。
だが、戦闘となると体感じゃ四割か、
良くて五割程度しか力がでない。」
「まさか、高レベルの弊害がこんな形で現れるとは。
私とネルはレベルアップしても何も変わらなかったので、
油断していました。」
俺は細くなった自分の腕を見る。
いつか財前が話していた事象、
バーベルを“ステータスで上げる”。
この前の件でレベルが上がり、
とうとう俺の身体能力をステータスが越えた。
それきり、
いくらリハビリをしても何の効果も得られない。
確実に筋肉量は落ち、体力も落ちているはずだが、
ステータスがカバーしてしまっている。
お陰で今の詳しい身体の状態がわからない。
「怪我による一時的な筋力、体力の減退も、
ステータスが上回る要因の一つです。
この減退した部分は少なくともリハビリで回復できる、と
考えていましたが……。
結果、
ダンジョン仕様の器具でも効果ありませんでした。
これは予想外です。」
緒方さんはそう言った。
俺がさっきあげていたバーベルには、
二本のワイヤーが繋がっている。
ワイヤーは滑車を経由して大小様々な金属片を積載した籠に結ばれていた。
この金属片は泉屋さんたちの失敗作だ。
失敗作だが、ダンジョン仕様の金属で重さもある。
今、籠にはネルの言っていた六百二キロと一グラムが載っている。
俺は歯を食い縛り、自分の拳を睨む。
これではダメだ。
何もかも足りない。
もう一度、スフェーンと戦う羽目になっても。
いや、魔王を相手にしても勝てるかわからない。
世間的に俺の暴力への期待が高い。
戦うこと事態は嫌ではないが、
この状態では無理だ。
まともに戦闘になればいいくらい。
ガーネットとネル、ミタニさんの演算ありきで、
以前の触手スーツくらいの力がでるかどうか。
更にスフェーンの指輪をつけて、
ダンジョンの壁を砕くのがやっとだろう。
そんな俺を観た小田さんが、
緒方さんに抱えられた状態で声をあげる。
「こりゃ、皆で集中研究する方がいいっスね。」
「俺はぁ、意義なしだ!」
「僕も!」
「私はむしろ、参加させてください。」
「我輩の研究こそ、この事象に近いのでは?」
「俺たちだって、全力参加だ!
俺たちだって、観測、鑑査だ!」
研究員全員が同意してくれるのは嬉しい反面、
心身に危険を感じる。
「ほどほどでお願いします。
でも、本当にいいんですか?」
「むしろ、この事象は皆の研究の根幹に関わるっス。」
緒方さんは小田さんをロボットアームに載せた。
小田さんは器用にアームで歩いてホワイトボードに近寄る。
ロボットアームで器用にマジックをつかみあげ、
キャップを外してホワイトボードに書き出した。
「ここにいる全員の研究の、
根幹にある問題のひとつがこれっス。」
そこには、
“ダンジョン仕様とは何か?”と
書かれていた。
「まだ誰も解明していないダンジョンに関わる大きな謎っス。」
「ハンターの自分で言うのは何ですけど、
これがわからないまま色々やってるんですか?」
「そっス!
だから、
何を置いても実際に使ってみないとわからないんっスよ、
ダンジョン装備は。」
なるほど、だから俺の報告書に皆一喜一憂するのか。
彼らがどんなに計算しても、
ここがうまく行かなければただの道具。
ダンジョンではなんの役にも立たない。
「皆、違う仮説で検証してるんっスよ。
わかりやすいのはオクっス。」
「うむ。
端的に言えば、
我輩は“魔力”がこもっているかどうか、が
ダンジョン仕様の事だと思っている。
わかりやすいのは、ガーネット大師とネル大師だ。
モンスターとは、魔力を持った生き物であり。
魔力が身体に何らかの防御壁を張っていて、
同じ魔力による攻撃しか受け付けない。
更に言えば、我々人間も無自覚に魔力があるため、
素手ならモンスターを攻撃できる、という仮説だ。」
確かにわかりやすい。
だが、俺でも思い付く疑問がいくつかある。
「わかる。
皆まで言わずとも、この仮説には問題がある。
わかりやすいものは魔石で発電した電気は、
ダンジョン仕様ではない等だ。」
魔石の発電は、
魔石に一定周波数の振動を与えることで発熱する性質を利用して湯を沸かし、
タービンを回すものが基本だ。
化石燃料を使わない、
排気ガスがでない火力発電と言ったものらしい。
ただ、ここで発電した電気は普通のものだ。
また、魔石に触れて熱された水も蒸気も普通。
ダンジョン仕様にはならない。
「後は、緒方っちっスかね。」
「私は、“ダンジョンで生まれ育ったものには、
何らかしらのウイルスが共生しており、
それが外敵から身を守っている”、と考えています。
人間はモンスターの討伐時にそれに感染して、
ステータスを取得する。
それと同時に、モンスターへ攻撃可能になる。
無機物でも付着していたり、
内包していれば同様である、と言うものです。」
「エネルギーではなく、未知の生き物が要因と?」
「はい。
ただ、この仮説も問題は沢山あります。
エネルギーにも、
“ダンジョン仕様”があるとわかったので、
ウイルスでは成立しなくなってきました。」
確かに無機物、有機物には説明がつくが、
エネルギーには無理な説だ。
逆に魔石の発電がダンジョン仕様じゃない理由にはなっている。
「でも、この二つが世間でも大きな勢力を持ってる仮説っスよ。
マイナーなのは、クレハっぴっスかね。」
「イエア!
“ダンジョン”は異世界!
単純に行かない!
平行世界、世界線。
そう、この世界、存在、位相が違う!
例えるなら、そう、
イラストアプリのレイヤーの違い。
上に描いても、下は消えない!」
なんとなく、何かのアニメみたいな理屈だ。
荒唐無稽、と言うほどあり得ないこともない。
ただ、なにも確証がない。
「その場合、
ハンターの初めの一撃についての説明がつかないんっスけど、
ジュニアのスキル“完全武装”はこの説で説明がつくんっス。
内輪ではかなりアリ寄りの学説っスよ。」
なるほど。
藤堂のスキルはその位相を変えることで、
いろんなものをダンジョン仕様のものに変える。
これについては、レイヤー説が一番しっくり来る。
今気づいたが、
小田さんは藤堂をジュニアと呼んでるのか。
そこまで行けてない、って言って藤堂が嫌がりそうだな。
「俺は、
“ダンジョンに入った生き物の位相があやふやになっている”から、
ファーストアタックができると思ってるぜ?
位相を観測できりゃ、と思って、
色々手を尽くしちゃいるが。
元々ハッカーの俺たちゃ、
オツムが足りなくてよぉ……。」
韻を踏めないくらい悔しがる呉羽さん。
彼らと話すといつも思うが、
ラップ調に韻を踏み続けると雰囲気が古風になるな。
短歌というか、長歌みたいだ。
「まぁ、電脳研は研究員としては異質っスから。
周りと相談しながら、
その仮説をもって皆学んでる最中っス。
ともかく、
ダンジョン仕様の解明の足掛かりになるのが、
お兄さんの今の状態っス。
今まで普通だったのに急に身体が変わった。
これは生き物が“ダンジョン仕様”になった、と
言って過言じゃないっス。
この異変が起きた原因が明確にわかれば、
あたしたちの研究が躍進する上に、
お兄さんに効くリハビリも見つかるかも知れないっス。」
「原因は、レベルアップでは?」
「そのレベルアップも原理が謎っス。
ダンジョンで戦うハンターにしかない概念っス。
しかも、人間の身体能力を数値化できないのに、
身体能力を越えたステータス、というのも良くわからないっスよ。」
小田さんは満面の笑みで言いきった。
「悪いようにはしないっス!
あたしたちに任せるっス!」
頼りになる言葉だが、身の危険をひしひし感じる。
俺は苦笑しながら、応えた。
「お手柔らかに。」
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