第50話 勇気ある決断
新しい通学路は、毎朝走る経路の近くだった。
正確に言えば、
最寄駅から一駅隣の高校に編入することになっている。
この辺りの一駅はそこそこ距離があるが、
俺が走るには物足りない感じだ。
「電車より歩いた方が早そうだ。
自転車は許可制らしいから、
必要なら許可をもらっておけばいい。」
同じ制服を着た藤堂はそう言っていたが、
あちらの家の方が学校寄りだ。
きっと歩いていくだろう。
俺が乗れる自転車は結構高い。
俺の体重が重いのもあるが、
生半可な強度では漕ぎ出し時に壊しそうだからだ。
「自転車くらいなら、作ろうか?!」
泉屋さんはそう言ってくれたが、
タイヤのゴムがうまく行かなかった。
反発が強すぎて、
漕ぐ度跳ねてしまって乗れたものじゃない。
「それはそれで、いいデータっス!」
小田さんはノリノリだが、
フレームやチェーン等は完璧だったので泉屋さんは怒っていた。
とりあえず歩けば良いと割り切り、
以前より少し早く家を出た。
「学校、楽しみです。
あれですよね?
裏生徒会とかあるんでしょうか?」
「ネル、おとなしくするのですよ?
アルジ様に不敬を働くやからが必ずいるので、
その都度怒ってたら身体が持ちません、
相手の。」
学校にいる間、
二人には互いのパーソナルスペースに戻っててもらうことにした。
最近、アニメやゲームにはまったネル。
ミタニさんが横で見てるのが決まりのスタイルだ。
「謎解きとかあれば、手伝うけど。
さすがに野暮ったいから、見てるだけ。」
紅茶を片手にそう言うミタニ。
時折、脱走した“賢者”がゲームに参加するので、
そのときはミタニさんも参加するらしい。
ガーネットの中にいるが、かなり自由な“賢者”。
“もう縛るものもないですし、お寿司!”
どこで覚えてくるのか、
彼女の口調がどんどん崩れている。
発動も自分の意思でする上に、
勝手に色んなものにアクセスしてどこかに遊びに行ってしまう。
都度都度ガーネットがたしなめるが、
笑って誤魔化されるらしい。
呉羽さんと電脳部に捕まっても助けない、と
ガーネットは言っていた。
歩いていると、
ちらほら同じ制服の人が増えてきた。
学校が近づいてきたようだ。
俺のリハビリは一旦終わったが、
身体が本調子ではない。
日常生活に支障はないが、
動けない間に筋肉は落ち、
以前より一回り身体が縮んだ。
それでも平均と比べて身体が大きいので、
目立つことは変わらない。
通行人にちらちらと見られるのは、もう仕方がない。
この視線に慣れることはないが、
何度目かの体験なのでそこまで苦には思わない。
話しかけられないだけ、気が楽だ。
「あの、櫻葉さん、ですよね?!」
後ろから突然、話しかけられた。
べらぼうに、面倒くさい。
しかも、女性だ。
俺は念のため立ち止まる。
「あの!
同じ学校の制服ですね!」
くそっ、無視しづらい情報が来たな。
仕方なく俺は振り返る。
そこには、
綺麗な金色の髪をなびかせた女性が立っていた。
「初めまして。
二年F組のルーシー北野と申します。
生徒会役員で、
編入される皆様のサポート役を仰せつかっております。」
同じ生徒で編入生のサポート?
普通は教員がするものだろう。
あの産みの親を殴った後はそうだった。
もしくは、
教育委員会から派遣されたケアサポーターとかだ。
どうやらこれは、裏がある。
俺はポケット越しに携帯のボイスレコーダー機能を起動した。
よくあることなので、
俺は端末が見えなくてもボイスレコーダーは起動できる。
「初めまして。
櫻葉涼治です。」
「見た目はワイルドですが、ジェントルな方ですね。
学校までの道のりはご存じでしょうが、
今日は急遽裏口から入っていただく必要があり、
こうして待ち伏せさせていただきました。」
急遽、ね。
「なんとなくお察しかもしれませんけど、
マスコミ関係者が正門を張ってて大変な状態でして。
私は裏口への道案内兼、状況報告です。
他の編入生にも生徒会から1人ずつ付けましたので、
お友達も大丈夫かと。」
さもありなん、と言う感じだが、
今日は藤堂も登校するので大丈夫だ。
「問題ありませんよ。
もうそろそろ解決してると思います。」
「え?
どういうことでしょうか?」
俺はそのまま正門へ向かって歩き出す。
うろたえる女生徒を余所目に、
学校の塀が見えてきた。
すると、道端に壊れた機械や水でびしゃびしゃに濡れたカメラやボイスレコーダーが散見される。
……いいタイミングだったかもな。
後ろからついてきていた女生徒はそれらを見て驚く。
「マスコミの人達がいない……。」
彼女がそう呟いた。
皆逃げたんだろう。
仕事道具を全て廃棄して。
「仕事ならゴミくらい自分で片付けてほしいですね。」
俺がそう言うと、さらに困惑する女生徒。
もう少し歩くと校門が近づいてきた。
そこに見えるのは白いハイエースに背を預けて、
トランプと同じ紙で刷った名刺をシャッフルするおじさんだった。
俺は小さくため息をついておじさんへ歩いていく。
おじさんは俺に気づいて手を振ってきた。
「おはようございます。」
「おはよう。
最近のマスコミは、忍者か何かかな?
皆、うちの車見た途端に、
自分達で機材破壊して逃げ出したんだ。
しかも、すごい早業でね。
まぁ、全員の顔と名前と住所はわかってるから、
ちゃっちゃと片付けとくよ。」
「いつも通り過ぎて、驚くばかりです。」
「いやぁ、今日は健治も手伝ってくれたんだ。
もう先に校舎に入ってるけど、
さっきまでここにいたんだよ。」
この一家、さすがすぎる。
今度、家にお邪魔する際、
トランクに札束敷き詰めて持っていっても足りない気がする。
「あ。追加料金は受け取らないよ?
うちの子のためだったし?」
満面の笑みで、おじさんが先に釘を刺してきた。
さすがにぐうの音もでない。
俺は小さくため息をついて、
おじさんに礼を言った。
「今学校の用務員の方に話をして、
散らかってる道の掃除を業者に依頼してもらってるところなんだ。
これが終わったら研究所に寄って、
事務所に帰るよ。
あの人達、また大金稼いだみたいだからね。
方々に配慮なくやっちゃうから、
おじさんてんてこ舞いさ。」
そう言いながらも、おじさんの顔は楽しそうだった。
俺も報告を聞いている。
あのときのドローンの外装と同じ物に取っ手を付けた、
小降りのラウンドシールドが爆発的に売れているらしい。
使い方は古風で、
右手に持って腕を前に付き出し、
攻撃をいなすタイプの盾だ。
頑強さがドロップアイテムに匹敵するため人気らしい。
「“大和桜”のクラン名で一グロス注文されてるらしいよ。
一つ三十億するのに。」
「“大和桜”は国との繋がりがなくても、
ドロップアイテムでかなり稼いでますからね。
黒川さんが戦力になって、今猛進中だとか。」
「おじさん、最近扱う金額が国家予算並みになって、
三十億でも驚かなくなってきたよ。」
以前小田さんに俺はリッチじゃないと言ったのを彼女が覚えていたようで、
これでリッチマンっス!、と言っていた。
確かに、
今じゃ債権を買うくらいなら銀行を買った方が早い。
ただ、俺自身使い道は特にないので、
かなり持て余している。
「もう、小田さんたちにコウモリスーツでも作ってもらいましょうか。」
「いいね。
健治にも、マント作ってあげてよ。
メタルスーツでもいいかも。」
「それは、おじさんが着そうですね。」
かる口もそこそこに、
俺はおじさんに後を任せて校門から入る。
今気づいたが、
さっきの女生徒がまだついてきていた。
「えっと、では、職員室までご案内しますね。」
女生徒が俺の前に出てきてそう言った。
彼女は困った顔をしているが、
俺には関係なので気にしないことにする。
では、お願いします、と
俺は応えて彼女についていった。
職員室までの道のり、
彼女はため息を何度もついていた。
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