第49話 勇み足
俺が研究所に到着した頃には、
俺もガーネットも気を失っていた。
そのまま丸々二日眠り、
目が覚めてからも数日間一歩も動けなかった。
狂人の診断結果では極度の過労、栄養失調、
精神的な疲労も加わった極限状態だったらしい。
ガーネットも似たような状態で寝込んでいた。
ネルとミタニは俺たちを介護しながら、
現状について教えてくれた。
まず、日本に上陸した“勇者”たちは死んだ。
被害は甚大だったが、
地域は限定的だったのは不幸中の幸いだったと言われた。
犠牲者の数は今も不明。
所在不明者もかなりいるとのこと。
“大和桜”の魔王討伐作戦は一定以上の効果はあったが、
イレギュラーによって阻害されたため失敗として扱われているらしい。
341名の作戦参加者の内、
生存は先の18人と後から脱出劇した81名の合計99名。
財前は死亡扱いらしいが、
大和桜のメンバーたちはあの姿を見ているので、
実質100名の生存者だ。
「右側の顔は常にもやで覆ってればいいんだけど、
手足はもうどうにもなんなくて……。
櫻葉さん所の、小田さんだっけ?
僕と同じようになった人。
彼女と同じアームを要望したら、
解剖させてくれたらいいっス!、とか
言われたんだけど。」
是非解剖されてほしい、と
俺が言うと深々と謝罪された。
彼の身体は魔王が抜けてから、
骨だけで動いていた手足がない。
顔の右側もなくなっており、
骨が露出している。
彼が従えたモンスターの名前は蜃、と名付けられた。
本体は小さな蛤のような貝のモンスターで、
霧もやの身体を拡げて獲物の体温を奪い補食するらしい。
今は財前の胃の中にいて、共生してるとのこと。
俺も財前が即死しないなら回復できるので、
その胃の中がどうなってるか是非見たい。
“大和桜”の他のメンバーが拾った従魔契約書は、
研究所が紛失したことを隠蔽してたらしい。
財前の一枚は偶然部屋にある荷物に紛れてたらしい。
なお、この研究所は異界探索者管理委員会の息がかかってたのでほどなく解体された。
モンスターになって財前の戦闘力はあがったが、
もやによる手足の構築等で戦闘中のエネルギー消費が激しく、
短時間しか動けない。
蜃に任せて戦うと仲間も巻き添えにされるらしいので、
持て余しているらしい。
それに対して、黒川は装備を一新した。
機能性だけをとことん追及したデザインは、
タイツ状で近未来チックだが機能美がある。
「無能扱いはもう嫌なの。
絶対、絶対、認めさせてやる。」
と、何故か俺を見て言う黒川。
目が据わっていた。
新装備で調子に乗ってたところだったが、
蜃に襲われた際に無力感を味わったらしい。
「違う。
ネルちゃんのスキルの人に、
使えないって言われた。」
そう言われれば、使えなかったな、
と俺が思ったら睨まれた。
どうやら口に出てたらしい。
ちなみに、回復魔法の貸しは、
今後日本政府からの依頼を俺に振らないことを約束させることでチャラにした。
ネルと一緒にいるミタニ。
三谷恵瑠は、進化したネルのスキルであり、
実体化した身体と自我を持つ。
かつて、悪事にも手を染めて“勇者”たちに復讐を果たした女傑だ。
「人生のロスタイム、って感じだけど。
アイツら、まだ生きてるから。
私も私たちも、全然納得してないのよ。
また来たら、今度も地獄へ引きずり込むから。」
残りの“勇者”たちを地獄へ引きずり込む。
比喩ではなく、実際にそうする能力らしい。
ただ、呪いの類いなので、
標的は“勇者”たちのみ。
スフェーンのときには使えなかったらしい。
もし、使えても、
動きが速すぎて捕らえられないとミタニは溢していた。
魔王を日本へ押し付けた米国は、
魔王討伐を大々的に宣言した。
だが、日本へ押し付けたとは一言も言わなかった。
さも、自国軍と自国のハンターで倒したように宣言した。
しかも、日本を糾弾する動きを見せている。
いわく、魔王を倒せるほどの戦力を隠していた。
魔王を越える驚異だ、とのこと。
例の空母からの通信は、
もちろんハワイにも届いていた。
米国国民の九割はそれを知っている。
通信の内容も正確に理解していて、
それでもなお、国民は政府と一緒になって日本を糾弾する。
これはもう差別意識を利用した米国政府のプロバガンダだ。
ただ、複雑なことに、
魔王がいなくなり喜び勇んで自国へ戻ったアメリカ軍は、
別の魔王に全滅させられた。
南米にいた魔王がいつの間にか勢力圏を拡げていたようだ。
もう一度日本へ押し付けたいが、
先の魔王でハンターの九割を失い、
ダンジョンもほぼ全て失った米国には無理だった。
米国政府は日本を糾弾する手は緩めず、
同時に俺を米国本土へ派遣するよう主張してるらしい。
さすがの政治手腕だと言う他ない。
同じく魔王を日本に押し付けてしまった英国と周辺国は、
米国と真逆の対応をとった。
特にイタリア、スペインは日本の植民地になっても仕方がないことをした、と深く謝意を表明している。
英国すら、女王陛下が直々に謝罪された。
つまり、
主権が揺らいでもいいから助けてくれ、と
言いたいらしい。
あの辺りもまだ魔王の残りがいて、
いつ勢力圏を伸ばしてくるか分からない状態だ。
実利を優先した対応で、こちらもさすがと言える。
そして、ロシア政府は通信不可だった。
政府要人のいた北方領土の街は壊滅。
それもそのはず、
そこからスフェーンが飛び出してきたらしい。
どういう理由かは不明。
どういう手段で喚び出したかも不明。
ただ、無人の廃墟だけ残っているらしい。
中国、モンゴル、北朝鮮、韓国も
政治の空白地帯と化している。
広大な土地と廃墟だけが残り、誰も手をつけない。
火中の栗を拾う力がどの国にもないからだ。
日本政府は発足して二ヶ月弱でとんでもない判断を迫られている。
ただ、日本政府に選択肢はなかった。
この隙に世界の覇権を、などと言う
幻想すら浮かばない程に追い詰められていた。
それもそのはず、
俺が実質“大和桜”と縁を切ったからだ。
もう依頼は受けない、と約束させた。
つまり、もう政府から俺への窓口がない。
俺としては、
ちゃんとおじさんを通してくれれば一考はするつもりだ。
だが、政府としてはおじさんを通したくないらしい。
その時点で、後ろめたいことがある、と
公言したようなものだ。
米国の主張と違い、
日本政府が主戦力(俺)を制御できないので、
実質何もできない状態だ。
だが、各国は日本政府の戦闘支援を期待している。
経済的、物資的な支援はどこの国も求めていない。
日本政府の一部からは、
他国の仕組みを参考にハンターの軍属化を主張する声もあがった。
だが、軍属化した途端に俺がハンターを辞める方がリスキーだ、と一蹴された。
相手が一個人とは言え、
国軍に匹敵する戦力を保持している者を下手に刺激したくない。
だが、その力に頼らなければ他国から突き上げられる。
日本政府はジレンマに陥っているようだ。
俺としては、今まで好き放題したツケだと思うが、
ツケた本人たちはポーション事件でほとんど死亡している。
生き残っていても、表舞台へは出られない。
まぁ、俺にも特別に手を貸す気はないから、
頑張れ、とだけ言うことにしている。
主犯とも言える国連も、
今は枠組みだけ残っている状態だ。
悠長に会議をすることが可能な国が少なすぎるからだと言われているが、
実際は米国の弱体化とロシアの崩壊が大きな原因だった。
各地の魔王、つまり“勇者”たちはスキルに似た繋がりを持っており、
言葉が話せなくても互いを認識できるらしい。
あの三人が出会ってすぐ連携をとれたのはこのためだと思われる。
そのせいか、四人の死を察したらしい残り十二人は、
日本から距離をとろうとしだしている。
ロシアの二体は特に顕著に日本から離れていっている。
また、田園調布のダンジョンについては、
いまだに調査不能だと聞いた。
近づく程近づいたものの時間の経過が遅くなる空間が、
光の塔を中心に半径十キロほど拡がっているらしい。
その空間内ではスキルが使用できず、
黒川のようなスキルでも突破不能。
何機もの調査ドローンが回収不能な状態で
光の塔の周りの空中に浮いている光景は絵や写真のようだと言う。
死刑囚を徒歩で突っ込ませて、
光の塔にどれくらいの時間でたどり着けるか、と言う
実験が今度されるらしい。
この死刑囚はポーション事件の時に捕まったAHUの隊員なので、
ステータスを持っている。
もちろん、実験後にこのチームメンバー全員へ、
恩赦が与えられる予定だとか。
俺としても、この実験次第だが、
魔王と“勇者”についても色々判明すればいいと思う。
藤堂一家はいつも通りだ。
ピーカブーの人達はもう帰ってしまったが、
ミミコさんと藤堂は日本にいる。
「お前と通話してる時以外、
ずーっと地獄の訓練だったんだよ。
しかも、知らない間に船と陸路でベトナムまで運ばれてた。」
藤堂は苦い顔でそういうが、
悔いはなさそうだ。
「訓練って、実際は起き得ない極限状態を、
命の保証ありで体験するから為になるのよ。
でも、やり過ぎたら身体を壊しちゃうから、
その見極めが難しくてね。
でも、健治を見てると、
どんどんこなしていっちゃうから、
私も楽しくなっちゃって。」
と、ミミコさんは笑顔で言う。
どんな地獄だったか、想像がついてしまった。
「私は権謀術数とか、人心掌握術とかをね。
法律は触りだけにしたよ。
健治の求めるモノとちょっと違ったからね。」
と、おじさんは残念そうに話した。
それでもヤバいだろ、と俺は思う。
どこまでだかわからないが、
この夫婦の能力を均等に受け継いだサラブレッドだ。
しかも、おじさんと違って顔がいい。
ダブルオーナンバーやポッシブルなスパイのようだ。
見た目はサイバー世界の救世主とか、
愛犬家の殺し屋っぽいが。
目の前でシニカルに笑うおじさんだが、
同じことを藤堂がやれば黄色い声援とため息が大合唱するだろう。
「おじさんも、昔は健治に似てたからね?」
とのことだが、胡散臭さが勝っている。
圧勝だ。
ダブルスコアのコールドゲームだ。
審判も要らないくらいの勝利だ。
アニメやゲームならテーマソングが鳴り響いている。
タカミさんは、
公安に戻ってほしいと言われているらしい。
「わたしゃ、年寄りだぜ?
冷や水どころか、滝行だ。
無理だっつてんのによぉ。
金の話をする弟くらいしつこいんだぜ?」
心底うんざりした顔のタカミさん。
足腰はしゃんとしており、
言動もハキハキとされているがご老体だ。
国としては俺と繋がりを増やしたいようだが、
さすがに無理がある。
ご無理はせぬよう、と俺が言うと、
お前にこそ言われたくない、と叱られた。
研究所のメンバーたちはいつもの通りである。
この前の合体だが、
偶然取り込んだドローンのカメラが一部生きており、
戦闘をしっかり巨獣の目線で見えてたらしい。
全員大興奮で鼻血を出してた。
「あれに対応できるスーツを作るっス!」
小田さんは目標が明確になったためか、
八倍速で動いている。
他の人も元気だ。
「あの外装、もっと加工しやすくすりゃ、
アンタの武器になるだろ?!
なぁ、皆!」
「ぼくぁ、銃がいいと思うよ!
やっぱり大きなガトリングがいいよね!」
「ヤマ、なに言ってんだ?!
でけぇ、大槌だろ!
そういやぁ、オク、お前、
新しい研究始めたんだろ?」
「藤堂殿のスキルを参考にして、
魔力をいろんなモノへ練り込む技術を見つけた。
まだ手順が確立してないが、
これができれば非生物であれば何でもダンジョン仕様にできる理論だ。
我の魔法の夢もかなり近づいてきた!」
「皆、視野狭窄気味だぜ?
そんなギア、恭順策気味だぜ?
ファンタジーな驚天策、ギブミー出せ。
俺は合体ロボを提案するぜ!
これは絶対、モロ名案だぜ!
普段はドローンでフォロー。
合体して、aloneでロボ。
アンタが変身、ドローンが迎合。
アンタが最強、Shown だLet's go!
巨体に鋼の鎧だぜ?!
巨体に科学の鎧だぜ?!
アガんねぇやつぁ、いねぇだろ!?」
「クレハ、天才かよ?!」
「別付けのサポートギア。
なるほど。
バリア魔法が張れれば盾にもガントレットにもなるな。」
「ぼく、ガトリングは両腕両肩に六門がいい!」
いつもの通りだ。
なお、緒方さんは俺とガーネットの専属医として、
ついてくれている。
彼女の研究はその間中断している。
緒方さんには、
お詫びに今度何かモンスター素材を提供しよう。
「私の研究はモンスターとステータス所持者の身体についてなので、
ガーネットさんと貴方の身体を詳しく診て触れられる(触診)だけでかなりの収穫です。」
顔色変えずに、緒方さんはそう言った。
道理で、彼女の雰囲気はウキウキしてる。
素材提供するから、治療行為だけにしててほしい。
ガーネットはもちろん、
俺のとなりのベッドで寝ている。
本人談だが、魔法なら使えるらしい。
トイレや食事は浮遊の魔法等を使って自力でこなしている。
「魔法しかないこの身ですから。」
そう言いながら、
彼女は魔法の運用方法を色々思案してる。
指すら動かない俺と違って、自由がある。
俺は本当に動けない。
意識はあるが、寝返りも無理だった。
ネルとミタニは都度都度動かしてくれるが、
リハビリが必要なのは明らかだ。
「アルジ様のお身体は転生で特別製なので、
リハビリが短く済むと思われますが。
ミタニ様、薬とか効きました?」
「ネルの言う通り、アルジ君の身体すごいよ。
薬あんまり効かないけど、
自然治癒に体質の“超人”がかかってるから。
リジェネーとか、ゲームである毎ターン回復状態なのよ。
私と私たちの加護でさらに補助した方が治りが速いかも。」
とのことだ。
俺のタフネスの秘密は魔法の力らしい。
しかも、スフェーンの指輪がステータスを上げて、
回復速度を上げているらしい。
「ネル、他の方法探しましょう。」
「ガーネット様、探してますが、
なかなか見つからないのです。」
「私と私たちもダメだし、
ガーネットちゃんの“賢者”さんでもダメでしょ?」
なんの方法だ。
俺の回復の補助か?
それとも指輪の破壊方法か?
「彼女、自立行動できるので、
私のお願いも聞いてくれるときと、
聞いてくれないときがあります。
今は勝手にインターネットに潜ってバカンスしてるみたいです。
呉羽様と電脳開発部に見つかって追いかけっこしてました。」
「待って、ガーネットちゃん。
あの人達、“賢者”と追いかけっこできるの?」
「狂ってるだけで、
能力はスキルも畏れるほどの方々ですから。」
「私、ガーネット様もアルジ様も、
そっち側な気がしてきました。」
「ネル、貴女もこっちですよ?」
皆いつも通りである。
俺は今リハビリを始めたばかりだ。
ネルの予想通り、
軽く動けば身体は応えてくれる。
だが、鈍い。
俺はもう一度あの戦いができるのか?
俺自身、絶対無理だと思う。
身体を酷使しすぎた。
激しい戦いの後なので、
日常が温く感じると思っていたが、
全然違った。
身体がべらぼうにヤバい。
俺は必死になってリハビリに取り組んだ。
いつの間にか、春が来ていた。
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