第48話 道

 身体の感覚がない。

だが、臨死体験したときのものとは違う。

身体が、わたあめかマシュマロでできてるんじゃないかと思うような、

ふわふわした安定感のなさ。

それでもまだ倒れるわけにはいかない。

 廃墟すらなくなってしまって、

辺り一面荒野状態。

合体はいつの間にか解けており、

皆は少し離れたところで倒れている。

生きてるようだが、一様に満身創痍だ。

 俺は身体を引きずって、

地面に倒れたスフェーンへ向かった。


「……あら、リョウジ。」


 スフェーンは嬉しそうに笑う。

その胸から下は酷い火傷を負っていた。

炭化している部分すらある。

あの脚も根元から引きちぎれて一本も残っていない。


「ありがとう、リョウジ。」


 礼を言われた。

俺は思わず笑った。


「お前は負けて礼を言うのか。」

「えぇ、こんなステキな最後をくれたんだもの。

 皆にも、言える内にお礼したいの。

他の人は?」

「まだ倒れてる。

生きてるみたいだけど、動けるのは俺だけだ。」


 俺はスフェーンを抱きあげて抱えた。

そして、倒れている皆のもとへ連れていく。

スフェーンは気を失っている全員の顔をしっかり見て、

丁寧に礼を言った。


「ふふふっ。

おまけにリョウジに抱きしめられちゃった。

嬉しいな。

あの二人には悪いけどね。」


 スフェーンはそう言って笑う。

俺はスフェーンを抱いたまま地面に両ひざを着いた。


「満足したか?」

「えぇ。

もっと欲しいけど、もう限界。」


 明日の遠足が楽しみでしかたがない子供のような顔をして、

スフェーンは瞳を閉じた。

俺は無意識にスフェーン頭を優しく撫でた。


「ふふふっ。」


 スフェーンは笑って、

不意打ちで俺の唇にキスをした。


「あははっ。

ファーストキス、あげちゃった。」


 そう言って満面の笑みで、彼女は消えていった。

キスされた驚きで呆然とする俺を見て、

笑って消えていった。

光の粒になって、キラキラと瞬いて、

消えていった。

 一息ついて俺はゆっくり立ち上がり、振り返る。

そこにはガーネット、ネル、ミタニの三人が

梅干しのような顔をして立っていた。


「……アルジ様。」

「……アルジ様。」

「……アルジ君。」

「……弁護士、呼んで良いか?」


 三人はゆっくり首を横に振る。


「……あのね、そろそろ僕も助けて欲しいな。」

「吾郎、死んどいて。」

「黒川さんすら?!」

「父さんは呼んだら来るけど、

さすがに負けそうな気がするなぁ。」


 残りの三人も無事なようだ。

一様にモゾモゾ起き上がってきた。


「身体を支えるの、

そろそろ限界なんだよ、ホントに。

回復してください。」

「無理よ。

貴方、モンスターと同調し過ぎて、

一体化してるから。」

「えぇ?!」


 ミタニがあっけらかんといい放つ。


「合体してる間、

回復魔法を発動しっぱなしだったのに、

貴方の身体だけ元に戻らなかったしね。

 それと、ダンジョンのお仲間たちは、

私と私たちで既に助けたから。

皆、自力で出てくると思うよ。」

「鑑定結果、種族名が死海人(しかいびと)ですね。

ガーネット様は、スキルが増えました?」

「増えたと言うか、戻ってきたと言うか……。

貴女はどうして、そう無理をするんですか。

 え? 助かったし、よかった?

貴女はボロボロじゃないですか。

邪神相手にクラッキングキメたぜ、って

どういうことですか?

 ぁあ?!

独自で起動と制御できるんですか?!

勝手にスリープした?!

“賢者”さん! 説明を!」


 ガーネットが自分の中の何かに話しかけている。

ピンときた俺は、ガーネットに聞いてみた。


「今はそっちにいるのか、それ。」

「アルジ様のところにいたんですか?!

このっ!

出てきなさい、無責任スキル!」

「ガーネット様、角が、角が。」

「ガーネットちゃん。

貴女は重傷なんだから、カッカしちゃダメ。」


 ネルとミタニになだめられながら、

ガーネットは角を生やして自分の中の“賢者”を問い詰めている。


「あの、俺レベルアップした。

レベル三だって。

ステータスの上がり方、やばっ。

スキルが増えるのはレベル五になったらだっけ?」

「うわぁ、私もだ。

レベル五になった。

 スキルは、……あ。

“韋駄天Ⅱ”ってどいうこと?

ネルちゃん、鑑定して?」

「あぁ!

僕のレベル一に下がってる!

なんで?!

種族変わったから?!

モンスターになったらこんなことになるの?!」


 こっちの三人も無事だな。

突然、糸が切れたように俺の膝から力が抜けた。

そのまま崩れ落ちそうになったが、

藤堂とネルが支えてくれた。

ガーネットはミタニに支えられていた。


「お二人は危険な状態です。

ご無理は禁物です。」

「そうだ。

櫻葉、連戦だぞ。

無理するな。

 ……ん?

お前、手に何持ってるの?」


 藤堂が俺の手の中のものに気づく。

それは俺が意図的に見ないようにしていたものだ。


「……指輪?」


 藤堂がそれを見て呟いた。

スフェーンからのドロップアイテムだ。

また、三人の顔が梅干しのようにしかめられる。


「……あの女狐ですね。

許せません。」

「……巧妙さには脱帽します。

許せませんが。」

「……アルジ君、うかつ過ぎだからね。」


 責められたが、弁明の余地が一つもない。

俺は、はい、すみません、とだけ言う。

ふと、うなじに悪寒が走る。

ガーネットかネルが鑑定したのか。


「あ、アルジ様、レベルアップされてますね。

スキルは“触手Ⅴ”。

スキルのレベル表記はローマ数字なので、

五ですね。

 あぁ!?

あの女狐っ!

スキルまで!」

「ネル、代わってください。」

「ガーネットちゃんはダメ。

貴女とアルジ君はホントに大人しくしないと死んじゃうから。」

「……スキル名、“Faire l'amour”。

フランス語ですか。

厚顔無恥で、ムカッ腹が立ちますね。」

「ネル、言葉遣い。」

「ごめんなさい、ミタニさん。

今だけは見逃してください。

 何がムカつくって、

このスキルなんの効果もありません。

往生際が悪すぎる。」

「そんなことできるの?

多分、私も私たちもガーネットちゃんも無理だからね。」

「原理なんて分かりませんよ。

なんですか、この“愛ゆえ”に、って説明文。

もっと、こてんぱんにやってしまえばよかった。

 指輪に至っては、アルジ様専用装備です。

他の人が装着したら死にます。

左手薬指のサイズぴったり、とか、

許せません。」

「存在がチートなら、

去り様もチート全開だな。

櫻葉、着けてみるか?」

「藤堂、この空気で着けるのか?」

「……後で一人で着けるより、

ダメージは小さいと思うぞ?」

「なるほど、確かに。」

「その指輪の名前、Embrasserって、

フランス語のキスですよ!

したじゃん!

勝手にしたじゃん!

あの人、なんなんですかね?!」

「ネル、落ち着いて。落ち着いて。」


 ミタニになだめられるネル。

俺は手の中の指輪に目を落とした。

緑色で複雑に輝くスフェーンのはまった指輪だ。

飾り気はないが、優雅さと気品を感じる。

他は要らない、自分だけでいい、と

主張する一つの宝石は本当に彼女のようだ。


「べらぼうに、重い。」

「質量的なことか?

気持ち的なことか?

俺は両方だと思うけど。」

「戦ってた方が楽しかった。

今の方が修羅場だ。」

「ちょっと分かるけど、

もう着けちゃえよ、それ。

他人が着けたら死ぬとか物騒だし。」


 俺は大きなため息をついて、

降参した。

左手の薬指へ指輪をはめる。

驚くほどジャストフイットするそれは、

狂喜する様に輝きを増した。


「……悦んでる?」

「えつ、って字の方だよな。」

「き、と言う字でも、腹が立ちます。」

「ネル、私に回復魔法を。

その指輪、ぶっ壊せないなら、

ボックスへ死蔵させます。」

「ガーネット様。

ちなみに、

効果はデメリットなしで全ステータスの上昇という、

チートの塊です。」

「くっ!

捨てづらい!」


 わちゃわちゃしていると、

ピエロマークのヘリが近寄ってきた。

藤堂がヘリへ向けて手を振る。

 ヘリが着陸し、

担架を押して女性たちが近寄ってきた。

男性たちも遅れて担架を押してやってくる。


「ケン!

すごかった!」

「ケン、そっちのでっかいの紹介して!」

「わぁ!

モンスターって、こんなかわいいの?」


 女性たちは、一斉に話し出す。

男性たちも遅れてやってきて、平謝りしている。


「すまん。止められなかった。」

「こいつら、実力はあるんだが、

オツムが足りねぇんだ。」

「担架をもってきたから、重傷者は寝てくれ。

あんたらの研究所に運ぶ。

 日本語ができるヤツをつけるから、

安心して寝てくれていい。」


 男性陣は、なんと言うか、日々の苦労が目に見える。


「皆、落ち着いて。」


 ピーカブーの無線から、ミミコさんの声が聞こえた。

その途端、女性陣は動きを止めて、

水を打ったように静かになる。


「怪我人の救助が第一よ。

さぁ、運んで、運んで。」


 咎めるわけでもなく、怒鳴るわけでもなく。

いつもの調子で、いつものようにミミコさんはそう言った。

だが、女性陣は冷や汗を流していた。


「……担架を。」


 おずおずと女性陣も担架を差し出した。

なお、俺用に特大サイズも用意してくれていたので、

しっかり脚を伸ばして寝転ぶことができた。

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