第47話 求道

●???サイド●


 身長は地上より十五メートル。

黒い艶のない肌、隆起した筋肉。

頭に大小八本の角をはやし、目や鼻はない。

 顔の端まで裂けた大きな口が大きく開き、

咆哮する。

男性とも女性とも言えない、

獣とも人とも言えない。

大地を、空を揺らす咆哮。

 三対六本の腕は一つ一つが大樹のようだ。

手はトラックより大きく、

三本の指は鋭く尖った爪を備えている。

蜥蜴のような馬のような脚は四対八本。

大地を踏みしめ、地響きを起こす。

 長い尾の先まで背びれのようなトゲのようなものが敷き詰められている。

この尾まで含めると全長二十五メートル程度ある。


 それは、人ではなく、獣でもない。

邪でも聖でも、あり得ない。

善でも悪でもない、純粋な、

混ざり気のない暴力だった。


 白い霧のようなものが身体から滲み出し。

そのマグマのような体温のせいで陽炎が起き、

周囲の景色が歪む。

角の中の小さな二本に黒い炎が灯った。

 スフェーンは、それを見て大喜びした。

自分のためだけに用意された、

最上級のおもてなし。

それを喜ばないなんて、あり得ない。


「ステキ、ステキ、ステキ!」


 スフェーンは一心不乱に駆け寄った。

愛しい愛しい人のその姿を見るため、

その声を聞くため、その身体に触れるため。

 巨獣は、見た目に反して速い。

最大速度のスフェーンを、その大きな腕が捉えた。

スフェーンはそのまま、地面へ叩きつけられる。

 さっきまでとはまるっきり一変して、劣勢。

だけど、スフェーンは笑顔だ。

土埃にまみれ、傷が付いた身体がとても愛おしい。

 突然、巨獣が地面の武器がつまった杭を何本か掴んで食べた。

気づいたスフェーンは全力で逃げる。

次の瞬間、

巨獣の身体から銃器が生えて、

スフェーンへシャワーのように弾丸や爆弾が降り注ぐ。

もちろん、すべて彼女にダメージを与え得るものだ。

さらに、取り込まれた空の杭も大砲の弾のように打ち込まれる。

 今まで彼女にはあり得なかった、窮地。

全開の全力の喜びを、

全身で表してスフェーンは蹴りを放つ。

 彼女の蹴りは打ち込まれた二メートルある杭を打ち返した。

巨獣はそれを回避せず、掴んで食べた。

その隙に接近したスフェーンは、全力の蹴りを放つ。

だが、脚が触れる直前に、

そこにあった巨獣の身体が突然ほどけてなくなった。

彼女は空ぶった勢いを利用して連撃を放つが、

一つも当たらない。

こんなにも大きいのに、一つも当たらない。


「ステキ! 最高!

たまんない!」


 壊れない、壊せない。

強すぎた故にすべてを破壊する彼女にとって、

それは最大の愛情表現だった。


「皆、聞こえてるっスか?!

それ、サイコーっスよ!!

 そこにいるドローンの外装はダンジョン仕様っス!

全部取り込んで鎧にするっス!」

「ヲタ、バカ!

そんな、全部行ったら中継が見れないだろうが!」

「いや、GOだ!

往こうぜ、共に!

行こうぜ、友に!」


 どこからから、そう聞こえた。

空を見ると十八機のドローンが巨獣へ向かって飛んできた。

スフェーンはさすがに不味いと、

ドローンに襲いかかる。

 ドローンは回避を試みたが、

一機が彼女の蹴りを食らった。

だが、その外装はへしゃげたが、

ドローンは壊れなかった。

 この外装は狂人たちの傑作。

固さだけを追求した狂気の沙汰。

スフェーンは驚いてしまい、

ドローンを止めきれなかった。

十八機のドローンはまっすぐ巨獣の口へ飛び込んだ。

 ドローンを捕食した巨獣の腕に変化が起きる。

一対の腕にガントレットのようなものが構築された。

さっきのドローンだったものだ。


「ケーン! 無事!?

残りの武器も全部打ち込むよ!」

「ひゅー!

Kaijuだ! 本物だ!

さすが日本だ!」

「グロテスクだけど、COOL!」


 ヘリから聞こえる声。

そして、追加される武器。

スフェーンは飛んできた杭を巨獣がつかむ前に打ち落とすが、

いかんせん数が多い。

 スフェーンが手間取っていると、

突然何かが上から降ってきて地面に叩きつけられた。

巨獣の尾の一撃だった。


「ふふふ……。

ごめんなさいね、よそ見しちゃった。」


 彼女はそう言って笑いながら立ち上がる。

明確なダメージに、その脚がふらつく。

生まれて初めての満身創痍。

だが、彼女の心も身体も今までになく生き生きしていた。


「ふふふ……。

あはははは!

リョウジ、愛してるわ!」


 渾身の愛の言葉だ。


 巨獣が咆哮し、また弾丸のシャワーが降り注ぐ。

巨獣の全身から銃身が生えているので、

スフェーンでは弾の行く先が読みきれない。

点を集めて面にした攻撃は受けるにはリスキーすぎる。

 スフェーンは全速力で大きく回避をする。

だが、逃げることはない。

せっかく自分のために無理までして用意してくれたプレゼントだ。

受け取らないなんて、あり得ない。

 巨獣のガントレットの付いた豪腕が、

音に並ぶ速度で打ち込まれる。

スフェーンはその拳の衝撃波に乗って、

巨獣との距離を詰めた。

巨獣はその口を開いた。

スフェーンは空を蹴って回避する。

刹那に巨獣の口から放たれる衝撃波と熱線。

彼女はその衝撃波も荒波を乗りこなすサーファーのように、

足を使って乗りきった。

 スフェーンが、巨獣の頭部へ渾身の蹴りを放つ。

頭部が一瞬でほどけてそこからなくなり、蹴りが空振る。

だが、彼女の一撃は光に並ぶ速度だ。

脚から放たれた衝撃波は巨獣を揺らすが、

大したダメージにはなっていない。

 スフェーンは笑う。

愛しい人に触れる方法を見つけた彼女は、

狂喜して笑う。

 巨獣が二本の手をスフェーンへかざした。

スフェーンは本能で回避をする。

轟音と閃光が起き、

巨獣の掌から散弾のように鉄片が飛び散った。

それらはすべて電磁誘導で射出された銃器と格納庫の杭だった。

 黒川の装備のように、

杭に電磁誘導でも耐え得る強度があれば特大のパイルバンカーになってただろう。

だが、武器庫にそこまでの強度を用意してなかったため、

空気にぶつかったときの衝撃で砕けたようだ。

 スフェーンは流れるように飛んでくる鉄片を回避する。

その白い肌のあちこちに火傷を負いながら。

その瞳はまっすぐ愛しい人だけを見つめて。

 巨獣は頭部を再構築し、攻撃をどんどん苛烈にする。

スフェーンへガントレットの連撃が浴びせられる。

どれも一撃必殺級の威力があり、

衝撃波と巨獣の踏ん張りで周囲のがれきが砕けて更地になっていく。

しかし、スフェーンも負けていない。

その高位のステータスをフル稼働して連撃の合間で蹴りを放つ。

 スフェーンは自身のステータスを劇的に下げるため、

あの一撃を撃てない。

だが、あの一撃がないと決定打がない。

 このまま時間をかければ、

あの巨体を維持できなくなるという確信があるが、

彼女はそれを拒絶する。


 自分のためだけに、

最愛の人が無理までして用意した、

最上級のごちそうに手を付けないなんてあり得ない。


 日本列島が物理的に揺れる。

大陸プレートが長年蓄えたエネルギー以上のものを浴びせられて、

もんどり打つ。

 だが、月下の饗宴は止まらない。

これは、人ではあり得ない酒池肉林。

相手の血を呑み、肉を喰らう。

狂った宴。

 これを見たものは恐怖を通り越して畏怖する。

火山の噴火のような雄大さ、美しさすら感じる。

気づけば二人の周囲は

いつくのもの丘陵に囲まれた荒野と化していた。


「まだまだ!

まだまだ、まだまだ、まだまだ!」


 スフェーンは満面の笑みで踊る。

蝶のように、鳥のように、花弁のように。

だが、その挙動すべてが必殺級の威力をもつ。

生身の人間、モンスターすらひき肉になる。

 巨獣が吼え、拳を振るう。

烈火のように、荒波のように、幼子のように。

こちらの挙動も、もちろん、すべてが必殺級だった。


 ……!!


 最初に音をあげたのは、大地だった。

巨体を支えきれず砕ける地面。

巨獣はバランスを崩す。

 スフェーンはこれを見逃さない。

回避不能な距離まで近寄り、スキルを発動させた。

彼女のステータスがすべて下がる。

スフェーンは走った勢いのまま、

巨獣の上から地面へ向かって垂直に落ちるようにキックを放つ。

 さっき彼に脚を掴まれたときと違い、

スフェーンの攻撃は成立した。

成立した限り、この脚に触れたものを破壊する。

それがスフェーンのスキルだった。

 巨獣の身体が瞬きより早く球体になり、

バランスを建て直した。

だが、スフェーンの方が早い。

球体もあの巨体を丸めたもののため、かなり大きい。

どこへも逃げ場はない。

 球体がスフェーンのキックにあわせて筒状にくぼむ。

だが、トンネルのように貫通できない。

大きな変形のため、どうしても動きが遅い。

スフェーンの蹴りの方が触れる方が圧倒的に早い。

 予想外に筒の穴に飛び込んだ彼女の瞳に映ったのは、

あの愛しい顔だった。

穴の真ん中で、

巨獣の身体を背に彼がしっかり構えて待っていた。

 スフェーンの顔に笑顔が溢れる。

筒の壁から魔法を構えたガーネットとネルが出てくる。

二人はスフェーンの背を押すように攻撃を放つ。

スフェーンは不本意に加速した。

 さらに、黒川が壁から飛び出して、

パイルバンカーをスフェーンの背に向けて放つ。

さらに加速した身体はどんどん愛しい人に近づく。

そこへ、藤堂が飛び出して、

大きなドローンの外装をスフェーンの背へ叩きつけた。

加速はしなかったが、彼女の逃げ道が塞がる。

 まさか、まさか、と思いながら、

でもスフェーンの顔には笑顔が溢れて止まらない。

目の前にいる愛しい人の身体が大きく隆起した。

彼の構えていた身体が動き出す。


「あはっ!」


 一騎討ち。

しかも、スフェーンが一番望む人との。

勝ち負けなんて、二人にはもうどうでもいい。

全身全霊、全能を賭した一撃をぶつけ合う。


 どんな睦語より、甘く。

 どんな前戯より、執拗に。

 どんな情交より、愛を込めた必殺の一撃。


 それを交わし合うなんて、

なんて、ステキなのだろう。

スフェーンは声をあげて笑う。

 櫻葉が右の拳をスフェーンへ向けて放つ。

同時に、彼の足元の触手が拳の形をとり、追撃する。

櫻葉の拳と触手は、あの白いグローブを着けていた。


 拳と脚が触れる直前に起きた閃光と、爆発。


 スフェーンは自身が焼ける痛みを感じて大喜びだ。

これを耐えきれば、愛しい人に触れられる。

これを凌ぎきれば、愛しい人の元へたどり着く。

 櫻葉の拳は追撃として、

ソニックブームの衝撃波も放つ。

スフェーンの全身が衝撃波を受けて揺れる。

その揺れは彼女のキックを櫻葉から大きく逸らした。

さっきの不本意な加速と

押し当てられた外装が邪魔で彼女は自身を制動できなかった。

 スフェーンは驚愕したが、同時に歓喜する。

自分がいいようにされているのが、

堪らなく嬉しかった。

 お互いの攻撃が当たらない。

スフェーンと櫻葉がすれ違う。


 櫻葉がニヒルに笑った。


 スフェーンは思わずその顔に見とれた。

刹那の間に放たれる、櫻葉の左鉤突き。

それはスフェーンの胸部へ熱烈に叩き込まれた。

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