第46話 護道

 藤堂は、黒いコートに黒い防弾チョッキ。

黒いブーツに黒いパンツの姿だ。

だが、腰と脇に銃が携えられているのが見える。


「あ、間に合ったかしら?」

「ミミコさん?」


 無線からミミコさんの声がする。


「我が子ながら、よくやったわ。

こんな短期間で一人前の実力になったもの。」

「どういうことですか?」

「あ、ここからはおじさんが説明しようか。」


 今度はおじさんが無線に出た。


「あのクリスマスから、

健治に頼まれてみっちり仕込んだんだよ。

戦闘術、乗り物の操舵、重火器の扱い、

心理戦とか色々ね。

 血も克服した。

ステータスを取得したのは一時間前の事だけど、

問題なさそうだね。

涼治くん、僕らからの最大級のバックアップだよ。」

「やっぱり訳が分からない。」


 スフェーンと対峙する藤堂。

その姿は電脳世界の救世主のようだ。


「私はスフェーン。

初めまして。」

「初めまして。

藤堂だ。藤堂健治。

レベル1、スキル“完全武装”を所持。

このスキルは、

俺が触れた非生物を全てダンジョン仕様にする。

俺が触れている間なら、ヘリも銃弾も君に届く。」

「あら、ステキ。

貴方はリョウジと違って、クールで熱いのね。」


 藤堂は笑って銃を構えた。

スフェーンも笑って駆け出した。

藤堂が両手のハンドガンを放つが、

スフェーンの方が早い。

彼女に一発も当たらず、みるみる距離が詰まっていく。

 藤堂はあっという間に弾を撃ち尽くす。

彼の目の前にはスフェーンがいた。

藤堂は両腕を伸ばすと、

コートの袖からナイフが二本飛び出した。

藤堂はそれを握って、スフェーンに肉薄する。

スフェーンは加速して蹴りを放つが、

藤堂は危なげなくそれらをいなしていく。

 怒涛の攻防に目が覚めるようだ。

とうとう藤堂のナイフが二本とも折れてしまった。

そこへスフェーンがすかさず蹴りを放つ。

 藤堂は腰のホルスターごと銃を握り、

ホルスターから銃を抜かずに

彼女の地面に着いた脚へ向けて引き金を引いた。

リボルバー式ならではの射撃だ。

銃撃でバランスを崩したスフェーンは、

蹴りを中断して大きく後ろへ飛び下がった。

 藤堂はすかさずホルスターから銃を抜き、

鉛弾を放つ。

よく見ると大きなリボルバーだ。

藤堂は両手でリボルバーを構えて、

撃ちながらスフェーンへ歩み寄る。

スフェーンは的確に向かってくる弾丸を脚でいなしていく。


「まぁ、あんな感じだよ。

自慢の息子さっ。」


 俺は声を出して笑ってしまった。


「クリスマスのやり直しみたいですね。」

「そうだね。

派手にパーティといこう!

ミミコくん、一緒にケーキを買いにいこう!」

「あらあら、それなら私が焼きますよ。」


 この夫婦は相変わらず平常運転だ。

リボルバーを撃ち尽くした藤堂は、

すかさず脇から次の銃を取り出して

リボルバーを腰のホルスターへしまう。

流れるような一連の動きに隙はない。

だが、スフェーンの方が圧倒的に早い。

 藤堂の目の前にスフェーンの脚が迫る。

藤堂は慌てず、自分の胸の間近で構えた銃を放つ。

藤堂の息がかかりそうな至近距離でも、

スフェーンは身体を捻って回避した。

しかし、もう彼女は蹴りを放てる体制ではない。

 そこへ、ガーネットの拳の魔法が叩き込まれた。

俺はそれに続いて駆け出す。

スフェーンは飛んできた拳の勢いに合わせ、

殴られるのと同じ方向へ飛び下がる。

 藤堂がスフェーンの着地を狙って自動小銃を撃つが、

彼女はコマのように回って弾き返した。

俺はジャンプし、

回転する彼女の中心へ向かってドロップキックする。


「リョウジ!」


 スフェーンは、そう言って俺の脚を掴んだ。

蹴りを空中で中断させられた俺は、

彼女の回転に巻き込まれて投げ飛ばされる。

“触手”を百本ほど地面に突き刺して固定し、

プロレスのロープのように自分の身体を受け止めて、

反動でスフェーンへ向けて飛ばす。

 返ってきた俺を見てスフェーンが笑う。

俺は反動で加速した身体を“触手”で流線型にし、

さらに加速する。

スフェーンは俺のタックルをまた真正面から受け止めた。

身体が軋む。骨が歪む。

“触手”の外骨格が何本かひび割れる。


「ステキよ、ステキ。

やっぱり、リョウジ、貴方がステキ。」


 スフェーンは俺の巨体を受け止めていた。

だが、彼女のその手には若干の血が滲んでいる。

ダメージにはなったようだが、かなり軽微だ。

 そこへ藤堂から弾丸が放たれる。

狙いはスフェーンの足元。

再三の破壊と熱で脆くなった地面は簡単に砕けた。

スフェーンはバランスを崩す前に飛び下がる。

 ガーネットがそれを見越して、

スフェーンの着地地点を氷結させた。

スフェーンは凍りついた地面を空中で蹴って砕き、

一本足で着地する。

 その凍りついた地面に向けて、

ネルがいつの間にか火球を放っていた。

スフェーンの着地に合わせて、

水蒸気爆発が起きる。

 だが、これは効果が薄い。

俺は魔女から無線で教えられた着地予測点へ駆け出す。

スフェーンが、魔女の予測地点にいた。

周囲には誰もいない。

俺は“触手”から右手のグローブを露出させ、

全力でスフェーンへ向かって拳を振り抜いた。

閃光、爆音、爆発が起きる。

だが、“神装”の時と比べると小さい爆発だ。

 俺はすぐさま体勢を整えて、走りだす。

スフェーンをこんな程度で倒せたら苦労はない。

焦げきれた右手のグローブを脱いで投げ捨てた。

 銃声が響き渡る。

スフェーンへ藤堂が銃を放っていた。

今度はそこか。

 突然、騒音が聞こえてきた。

空を見上げると、戦闘ヘリが十数機飛んできている。

自衛隊か?

よく見ると、

どの機体も側面に両手を広げたピエロが描かれていた。


「間に合ったかしら?

私の古巣、“ピーカブー”たちよ。」


 傭兵団“ピーカブー”。

いないいないばあっ、

なんて名前だが最強と呼ばれる傭兵団だ。

大国は軍部がどこかと戦闘になる恐れが出た瞬間、

彼らと契約して戦闘に参加させないようにすると聞く。

契約できなかった場合は、

軍に死者が出ても戦闘を見送ることもあるとか。

 というか、ミミコさんそんなとこにいたのか。

おじさんは本当にどうやって知り合ったんだろう。

 ヘリは一斉にミサイルポッドから何かを打ち出した。

それらは一つもスフェーンには向かって行かない。

どれも藤堂の周囲の地面に突き立った。

生身の俺の身長くらいあるそれは、

突然異音と共に開き十字架のようになる。

中には無数の銃火器が見える。


「ケーン!

Uber Weaponだよ!」


 ヘリから女性たちの声がした。

拡声器のようだ。

ケンとは、健治のケンか?


「代金は後で日本に請求するから、

じゃんじゃん使ってー!」

「後で抱いてー!」

「ずるい! 私も!」


 黄色い声援である。


「どこでもお前は変わらないな。」

「弁明させてくれ。」


 藤堂は頭を掻きながら無線越しにそう言った。

新たな武器を調達した藤堂は強かった。

近くの武器庫から次々に銃器を取り出し、

的確にスフェーンへ放つ。

 俺もスフェーンへ肉薄して拳を振るうが、

どちらも回避されるか受け流される。

銃器も大きくなれば威力は高いが、

その分攻撃の向きが読めるためスフェーンに当てにくくなってしまう。

小銃の方が命中率はいいが、威力に欠ける。


「四十口径以下は、孫の手くらいにしかならないか。」

「隙はない。

遠距離でも察知される。

明確にダメージを与えられたのは、

アルジ様のみ。

ネル、状況を。」

「ガーネット様、アルジ様、お二人とも身体が限界です!

これ以上は回復しても、倒れてしまいます!」

「黒川さんだっけ、使えないわね。

どうしましょうか。」

「ちょ!

なんか知らない人に全力で邪険に扱われた!」

「自衛隊の人にあのコートの人を見せたいね。

あんな風に鍛えて完成させてからステータスはとるべきだ。」

「吾郎、逃げないで。

私を呼んだんだから、なんとかして。」

「自分の身体も上手く動かないのに、

そりゃ無理だよ。」

「せめて、一戦目ならまだ勝ち目もあったかもな。

連戦でこれは、べらぼうにキツい。」


 戦闘中、何度も意識が朦朧とした。

その都度、頭の中の喧嘩の声で目覚めた。

素行に問題のある隣人のようだ。

こいつら、言い合うにせよ声量をもっと落としてくれ。


「最高の装備、最高のバックアップ。

だが、俺自身が最低なパフォーマンスしか出せない。

もどかしい限りだ。」

「方法、と言うか、一つプランがあるよ。

私と私たちでも意見が別れてるけど。」


 魔女はそう言った。

全員が魔女を見る。

スフェーンも笑って彼女を見つめる。


「ネルと貴方たちが戦ったときみたいに、

合体して貴方を全員で補助するの。

貴方の言う通り、

貴方が高パフォーマンスを出せばこの戦況はひっくり返る。」

「ネルとミタニ様は見えなかったかもしれませんが。

あれは傀儡の魔法でアルジ様のお身体と意識を切り離すものでした。

攻撃やなんかは、

アルジ様頼りで余計な負担がかかってましたよ。」

「組み方を変えるの。

あれはガーネットをメインにして、

攻撃の転写を防いでた。

なら、逆もいけるはずなの。

 でも、ガーネットも限界を越えてる。

だから、他の人も全員でフォローすれば、

可能性はあるの。

ただ、従魔と主人の関係じゃない人も混ざるから、

意志疎通が全員で取れない。

体育の大縄飛びというか、

宴会芸の二人場折りみたいになるの。」


 全員でお互いの顔を見る。


「動きの演算は私と私たちで行うわ。

ネルがそれを他の人へ伝えて、

補助で各自へバフの魔法をかける。

バフでずれた感覚は貴方の鍛練で補える。

貴方の負担は減るの。

 問題はネルの念話はガーネットと貴方にしか届かない事と、

“触手”で覆われた人は外が見えない事。」

「僕がいくらか補助できる。」


 財前が残った手を挙げる。


「この霧の身体の持ち主のスキルは“同調”。

このモンスターは自分の体温と敵の体温を“同調”させて、

相手の身体を壊死させてたんだ。

 今は僕がそれを使って瀕死の身体を生かしてる。

僕も混ぜてくれれば、

合体した全員を僕を中継器にして繋げられる。

 でも、あくまで身体の感覚だけ。

視界、聴覚、とか。

ネルさんの念話は無理だ。

しかも、ダメージも“同調”する。

誰かにダメージがあれば、全員に波及する。」


 光明が指したが、まだまだ不確定要素がある。


「後、今更だけど、

僕らが戦ったダンジョンにまだ生き残ってる仲間たちがが百人近くいる。

僕がこのモンスターを使役して、

皆と“同調”して延命してる。

合体したら、彼らにもダメージが行ってしまう。」


 なかなかリスキーな情報が追加された。

俺は思わず財前の顔を覗き込む。


「財前さんが無力化してたのは、もしかして、

仲間を助けてるからですか?」

「そうだね。

なんか、ごめんね。

尻拭いさせといて、自分の事しか考えてなくて。」

「そんな話してる暇はないです。

簡潔に状況を言え。」

「え!?! ごめ!

えや、ごめんね!

違う意味でごめんね!

戦闘中だよね!

こんな、ごめんね!」


 俺がキレ気味で言ったのが効いたらしい。

キメ顔が崩れ、冷や汗ダラダラで手短に話す財前。

それを鬼の顔で睨む黒川。


「そう言えば、

骨の魔王が財前さんのスキルを使ってたのは“同調”の効果か?」

「待って!

それ、僕の意識のない時だから知らない!」

「もし、そうなら、

私と私たちの演算はスキルだから、

“同調”すれば演算結果が勝手に伝わるかも。」

「私の“弾性”スキルでダメージは軽減できます。」

「でも、思考を誘導する魔法はありますが、

思考を同調させるような魔法はありません。

感覚が同じでも、

思考が食い違えば上手く動かないはずです。

アルジ様がガーネット様と合体できたのは、

これが念話で解決してたのが大きい要素です。」

「できます。

私のスキル、

文字化けしてる種族名と同じものを使えば。

かなりのリスクがありますけど。」


 ガーネットが改まってそう言った。


「能力は“簒奪”です。

これを使って私は元いた世界を侵して壊しました。

デジタル的に言えば、クラッキングです。

侵入して、奪い取り、壊す。

 その侵入の部分を皆さんに使えば、

意志疎通できるものだと思います。

そして、その“同調”でスキルも併用できるなら、

皆さんで互いに侵入し合えます。

それなら、

言葉の要らない完璧な意志疎通になりえます。

 リスクはもちろん、残りの二つ。

奪い取ることと、壊すことです。

異世界丸ごと相手にできる規模ですから、

個人なら一瞬で壊れます。」

「私と私たちでも?」

「貴女と勇者の被害者、およそ百万人でも、

長くて二、三分かと。」

「二分でケリをつけたとしても、

影響は出そうだな。

櫻葉、行けそうか?」

「藤堂、ダメなときの聞き方するなって。」


 どうにかなりそうで、ならない。

相変わらず頭の中がうるさいので、集中もできない。


「小田さん、何かありますか?」

「合体、見たいっス!」

「言うと思った。」


 だが、情報を元に考えた結果であり、

研究所メンバーは真面目にそう言う意見らしい。


「後、繋がってる間、

皆さんの中に私の記憶が流れ込む可能性があります。

私の元の世界での記憶です。

後、ポーション事件の時のも。

これが大変見苦しいもので、

私自身スキル使用中に非常に苛立って攻撃的になります。

この影響はきっと皆さんにもあります。」

「それでいくと、

他の人の体験とかも共有しちゃわない?

私の子役時代とか。」

「あり得ます。

ネルの過去とか、かなりキツいものもありますね。」

「それで言うなら、櫻葉もヤバイぞ。」

「僕のパーティ時代もかなりだよ。

一番何もないのは、黒川さんだね。」

「ひどっ!」

「俺はこの数ヶ月、地獄を見たからな。」


 藤堂は旋回して様子を見てるヘリを見てそう呟いた。

何があったんだか……。


「どうするの?

せっかくの夜が明けちゃう。」


 スフェーンはそう言った。

決して俺たちを侮っている訳じゃない。

自分を倒し得る敵と認識した上での余裕だ。

もちろん、その余裕は実力に裏付けされている。


「……やろう。」


 俺がそう言うと、全員頷いた。

俺はスライムヘルムを脱ぐ。

スフェーンがそれを見て目を輝かせる。


「リョウジ。

それが、貴方の顔なの?」

「ん? あぁ。」

「ちょっと待ってあげたから、

近くで見て良いかしら?」

「……まぁ、攻撃しなければ。」


 スフェーンは笑顔で頷いて、俺に駆け寄ってきた。

ガーネットとネルが梅干しの顔になった。

黒川と財前もその真似をしている。

魔女が四人をたしなめる。

 スフェーンは俺の目の前に来た。

うっとりした顔で俺の顔を眺め、

彼女の手と言うか足と言うか、

よく分からないもので俺の頬に触れた。


「ステキ……。」


 そう言って、彼女は笑って離れていった。

ガーネットとネルが盛大に舌打ちをしている。

黒川と財前が苦笑いしていた。

魔女は二人の舌打ちをとがめてから、

もう一方の二人もたしなめる。


「櫻葉もモテるじゃん。」

「モテる、と言って良いのか?」

「あー、ごめん。

今のなし。」

「さすがに、なしにならないぞ?」


 俺は藤堂を軽く睨む。

藤堂は顔の前で手を合わせて謝罪している。

 気を取り直して、スタンバイを開始する。

ガーネットはいつかのように俺の後頭部に抱きついた。

ネルは俺の胸の辺りに背中をつけて寄りかかる。

左腕の側に黒川が立って、右腕の側に藤堂が立つ。

魔女はどうやっているのか分からないが、

具現化していた身体をまた半透明にしてネルに寄り添う。

財前の入ったもやが、

ネルから少し離れたところに浮かぶ。


「何をするの?」


 スフェーンがサーカスの開演を待つ子供のように聞く。


「長時間は無理だが、奥の手だ。

以前の“触手”には骨がなかったから、

巨体を構築できなかった。

 今の“触手”には外骨格がある。

“触手”全部を最大に展開して、七人を一つの巨体にする。

 さぁて、一世一代の合体技だ。

とっくりごろうじろう。」


 俺たちは笑った。

俺は“触手”を展開する。

財前が“同調”を開始した。

魔女は演算を開始して、ネルに伝える。

ネルが全員へバフを施す。

ガーネットは“同調”されたことを確認して、

スキルを解放した。


「え?」


 ガーネットが俺の頭の上で声を漏らした。


“ガーネット。

貴女が幸せそうで私はとても、とても嬉しいです。”


 俺の頭の中の声が大きくなる。


“貴様らなんだ!?”


“あははは!

往きますよぅ!

ブレーメンの音楽隊です!”


“ぐぁ!

木偶が! 私に何を押し付けた!?”


“黒山羊さんたら、読まずに食べた。”


“広告と一緒になんか送りつけてる!?

止めろ!

バイアグラなんていらない!

そんなリンク踏んでない!

間取りとかどうでもいいわ!”


“黒山羊さん、

今までアルジ様の経験値を猫ババしていたんですから、

もらった分は働きなさい。”


 黒い大きな卵ができた。

卵は割れずに、形を変える。


「……ステキ。」


 夜明けが近い空の下に、巨大怪獣が起立した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る