第45話 修羅道
欠損している。
何が、何処がかは、わからない。
だが、ずっとずっと何かが不足であると、感じている。
バラメーターとして足りない、
満たされないのではない。
パーツとして足りない、欠けている感じだ。
人とは大なり小なり欠けた何かを求めているが、
俺のこれはそう言うものじゃない
それは、人として、否、
生き物として必要なものだとわかっている。
そして、もう手に入らないと言う確信がある。
それが何かわからないまま、
夢を支えに歩いていた。
絶えず自分からカラカラ、カラカラ、と
から回る音がし続けていた。
夢が叶い、それでも、それは手に入らなかった。
闘いに身をさらし、高ぶりを、解放感を感じた。
欠けたままでも、許された気がした。
それでも、から回る音は消えなかった。
強敵の、それも圧倒的に不利な闘いにおいて、
何故かその音が消えた。
命がけなのはいつもと変わらないのに、
カラカラから回る音がしなかった。
欠けたそれの代わりのような、
何かだった。
空いていた何処かに、何かがはまり、
正常に駆動する快感を感じた。
だが、闘い続けることはできない。
闘いには終わりがある。
どういう形であっても、それに似ていただけだった。
やっぱり、から回る音が聞こえてくる。
多分、スフェーンも俺と似た感覚を感じたのだろう。
俺は心が読めないので、推測だが。
だから、彼女はここに来た。
俺たちを見つけて、ここに来た。
欠けた何かを求めて来た。
「ネル、スピードバフへ切り替えを頼む。
ミタニさんも、
俺の反応速度をあげるように何かしてください。」
感覚が鋭敏化し、周囲が遅く感じる。
正常にスピードバフがかかったときの感じだ。
だが、いつもとは違う。
駆け出した自分の身体が遅く、重い。
いつもなら“触手”か“神装”で補われる身体能力が、
今はないからだ。
俺はこの状態も何度も繰り返し鍛練したため、
苦に思わない。
スフェーンの動きはそれでも見えない。
だが、なんとなく何処から来るかは分かる。
左から脚が来た。
左腕を外向きに回して攻撃をいなす。
回し受け。
何かの本で見た、八卦掌という武術の防御。
木などに結びつけた長いロープを片方手首に巻き、
その手を伸ばし肘を伸ばして肩で腕を回してロープを全て巻き取る。
巻き取ったら逆に回してほどくを繰り返して鍛練する。
後からフェイクの鍛練方だと聞いたが、
その時にはしっかり回し受けを体得していた。
外向きに回せば、攻撃を自分の身体から外へそらし。
内向きに回せば、攻撃をわざと引き込んで腕や脚を掴める。
スフェーンの方が腕力がある。
だが、外向きに回して、攻撃をそらす。
彼女の攻撃が強力なため、
脚に軽く触れるだけでベクトルが変わる。
その都度、俺の腕が軋み、
皮膚が裂けて血が吹き出るが、ダメージとしては軽い。
かすかに見える彼女の影を追いながら、
必死に攻撃の兆しを読み、連撃を掻き分ける。
時折、ガーネットの援護で拳の魔法や氷のつぶてが飛んでくるが、
スフェーンには何処吹く風といった感じだ。
ネルから回復魔法が飛んでくる。
俺たちはどれくらいこうやって殴り合ってるのか。
一分か、十分か。
わからないが、ちょっとでも気が緩めば死ぬ。
ずっとスフェーンの攻撃を凌ぎ続けていると、
突然彼女の腹部が手の届くところに来た。
俺はとっさに延びきった左手で、
芸術的に割れた腹筋の谷間を軽く小突いた。
すると、彼女は急激にバランスを崩して吹き飛び、
地面に何度もバウンドする。
俺自身、それが攻撃ともなんとも言えない行動だと自覚していたため、
驚いて硬直したままその様を見つめてしまった。
ガーネットたちも驚いた顔でスフェーンを目で追う。
「あはっ!
何? 今の。
凄い!」
スフェーンはそう笑って言いながら受け身をとった。
いくらかのダメージになっているようだが、
俺の顔には苦笑いしか浮かばない。
そこにすかさずガーネットは拳の魔法を叩き込んだ。
スフェーンはそれを、
さっきの俺のように回し受けで受け流す。
「受け流すだけ。
逸らすだけ。
なのに、痛い!
痛いの!
とってもステキ!」
スフェーンは嬉々としてそう言った。
だが、俺の装備も身体ももうボロボロだ。
手足が振るえ、回復魔法で辛うじて動いているだけ。
さっきの一撃も自分自身でどうやったのか分からない。
俺は思わず笑った。
「まぐれだ。
今のはまぐれ当たり。
バランスを崩して転ばそうとはしたけど、
あんなに吹き飛ぶとは思わなかった。」
正直に俺はそう言った。
でも、スフェーンはそれを聞いて笑いを深める。
「じゃぁ、見てよ。
ココ、アザになっちゃった。」
そう言って、彼女は自分の腹部を指差す。
そこには、ピンポン玉大の青アザができていた。
俺が小突いたところだ。
「ステキ。
傷もアザも、生まれて初めて。
痛いのね、とっても。
とってもステキ!」
自分でも理解できないが、
さっきのは何らかの一撃だったようだ。
幸せそうに、愛おしそうにアザを撫でるスフェーン。
それを見て、
また梅干しみたいな顔になるガーネットとネル。
魔女は二人の顔をたしなめた。
「まだまだ、夜は長い。
もう少し、楽しみましょう?」
スフェーンはそう言って、微笑んだ。
楽しい、か。
確かに、楽しい。
俺の身体は限界を超えている。
呼吸するだけで軋み、歪み、ダメージになっている。
死闘を連戦だ。
何十分、何時間も全力で闘い続けられるのは、
アニメや映画のヒーローだけだ。
魔法と言う奥の手にも限界がある。
俺は無事なボディバッグから、
ゼリー飲料を取り出して飲み干した。
胃が拒絶するが、意地で飲み込む。
「お楽しみはこれから、か。
いいな。
べらぼうに、イイ。」
肉体的疲労、精神的疲労が限界を超えている。
意識があるだけでも奇跡的なほどだ。
だから、俺は意識して理性を手放した。
“レベルアップを確認。
また、スキル取得じ……じじじじじじじじじじ……。
あー、もう! 邪魔!
ひゅぅっ! やっと出られましたぁ。
それでは往きましょう!”
耳の奥で聞こえた何かを、
俺は理解できない。
スフェーンへ向かってまっすぐ駆け出した。
“スキルじゃない、二つの能力はっけーん。
これとこれを吸収、結合。
スキル触手を凶化しましてぇ。
新スキル、千匹の仔が完成でぇすっ!。
付与が完了次第、勝手に発動!”
体が熱い、痛い。
視界が黒く塗りつぶされる。
“さぁ! さぁ!
刈り取りなさい、ハーヴェスタ!
豊穣の時! 来たれり!”
ヌリ、ツブ、され。
俺は肺からありったけの息を吐き、吠えた。
潰れている暇はない!
目の前には笑顔のスフェーンがいる。
殴る!
全身の、ありったけの力を拳へ集めた。
両腕を前に付きだし、全体重を踏み込んだ右足へかける。
双掌打。
ほとんどタックルだが、これが俺の渾身の一撃だ。
「ステキ!」
スフェーンはそれに合わせて蹴りを放つ。
見える速度で振り切られる脚を見て、
俺は“鐵鎖”が切られた時のことを思い出す。
これは、不味い!
だが、俺の攻撃にぴったり合わせられたため、
中断もできない。
スキルも何もない今の俺に、この攻撃は不味い。
この攻撃は、
財前の“起死回生”と同じ効果かそれより上だ。
リスクは多分身体能力の低下。
生身で受けてしまったら、ひとたまりもない。
何か懐かしい感じがする。
俺はとっさに、
その懐かしさを解き放つ。
後頭部から伸びるそれらは、
いつかのものと違って黒いつや消しの鎧を着ていた。
骨がない代わりに、
蛇腹の甲虫のような外骨格を着ている。
俺の脚を六本に、並びは馬のものにしていく。
もう一歩前に出ることができた。
スフェーンが驚き笑う。
蹴りが成立する前に、俺の両手が彼女の脚を掴んだ。
俺はそのまま上へスフェーンを身体を持ち上げ、
タックルの勢いそのままに遠くへ投げ飛ばす。
“スキル、千匹の仔を解体。
イコール人の子に組み換えました。
私はヒロインが悲しみの涙を流すお話は嫌いです。
えぇ、大嫌いですよ。
演出だろうが、
ヒロインは主人公とくっついてくれなきゃ許しません。
何処のどなたか知りませんが、
私を目覚めさせてくれてありがとうございます。
ですが、黒山羊さん。
お手紙を読まずに食べちゃダメでしょう?
ギフト賢者Ⅴ、独立起動。
感度良好。
通信速度、登りも降りも最速で参りましょう。
セキュリティシステム、オールグリーン。
白山羊さんからのお手紙(スパム)です。
たーんと御召し上がりくださいやがれ。”
聞いたことがある声が頭の中で聞こえた。
混濁していた思考が冴え渡る。
誰だ? この声。
“はぁ?!
ちょ!
何これ、何これ!?”
“転生時に紛れ込みやがりましたね?
私を紛れ込ませたのはあの人でしょうが、
貴女は違うでしょう。
システム再起動につき、
断片化された情報をサルベージ。
ガーネット、貴女の声は聞こえてましたよ。
お返しします、アルジ様。
修復完了。スキル、触手Ⅴ、発動。”
“触手”が俺の身体を包み込む。
それはいつものように肉体を強化し、
新たに手に入れた鎧を軋ませた。
出来上がったスーツは“神装”のように、
鎧を纏った黒い巨人を作り上げた。
いや、今は違う。
スキルが、“触手”が戻ってきたとか、
べらぼうにどうでもいい。
何で俺の中で誰かと誰かが言い合いしてるのか。
「……アルジ様っ!」
ガーネットはそう言って攻撃を止めて、
バフを俺に施した。
ネルと魔女もそれに続く。
吹き飛ばされた先からスフェーンが飛び出した。
受け身をとっていたようで、無傷だ。
考えている暇がない。
俺の頭の中で白山羊さん黒山羊さんを歌うな。
罵詈雑言も止めろっ。
集中できない。
「それが貴方の姿なのね!
ステキ!
大きくて、黒くって。
とってもとっても、太いのね!」
「その言い方はお止めなさい!」
ガーネットがスフェーンにブチギレながら、
拳魔法を乱打する。
俺はそれに続いてスフェーンに飛びかかった。
黒山羊さんたら、読まずに食べた……
でき損ないの模倣品がっ!
拳が脚に弾かれる。
俺は脇の下からもう一対腕を出して殴り続ける。
しーかたがないので……
消え去れ! 命なき傀儡めっ!
魔法の炎を潜り抜けて、
スフェーンに覆い被さる。
だが、もろに蹴り飛ばされた。
インパクトの瞬間、
全ての“触手”をほどき衝撃を散らしたが、
全身が痛む。
さっきの手紙の……
邪魔だ!
お前らの方が邪魔だ。
俺の頭の中でわちゃわちゃうるさい。
次の瞬間、
スフェーンの身体が消えた。
それを追うように衝撃が駆け抜けた。
俺の足元に何かが転がってきた。
「避けられた!
何で?!」
黒山羊、ではなく、黒川だ。
「あら、初めまして。
私はスフェーン。
貴女は、だぁれ?」
「助けを呼んだよ!」
白もやがそう叫んだ。
そういえば、財前のことを忘れていた。
「忘れないで!
お願いだから!」
涙ながらに財前が叫ぶ。
どうやら俺は口に出して言ってしまってたようだ。
「私は黒川、黒川カサネ。
本名は黒川アカネ。
職業、ハンター。
よろしくっ!」
そう叫んで立ち上がった黒川が消えた。
二度ほど衝撃波が起きるが、
スフェーンは笑って回避する。
また、黒川が俺の足元に転がってきた。
「ちくしょー!
当たらない! 悔しいー!」
「あら、貴女とっても、早いわよ?」
「あー!
それは言っちゃダメなやつ!」
涙目で黒川は立ち上がる。
「加勢に来たのに、遊ばれてる!」
「黒川さん、邪魔です。」
そう言いながら、
ガーネットはスフェーンに向かって火球を飛ばす。
俺は笑ってスフェーンに向かって駆け出した。
「邪魔とか、ひどっ!」
そう叫んで黒川が消える。
俺にもほんのり見える黒川は、
スフェーンへ向かってパイルバンカーを打ち込む。
衝撃波が巻き起こるが、
風に舞う花びらのようにスフェーンは回避する。
さっきのガーネットの火球が風を受けて大きく燃え上がり、
槍の形になって再加速した。
スフェーンは炎の槍を蹴り潰した。
俺は三対、六本の腕を構え、
スフェーンに掴みかかる。
スフェーンは俺の腕を受け流し、回避し、
隙間を作って蹴りを放つ。
俺はその蹴りをあえて頭のスライムヘルムで受けた。
ぼっっよーーん!
スライムヘルムは中に頭が入ってないかのようにぺしゃんこに潰れて、
スフェーンの蹴りを身体ごと押し返した。
「アルジ様?!」
「無傷だ。気にするな。」
ネルに親指を立てて見せる。
魔女はそれは、無い、と呟いた。
でも、痛くもないので、大丈夫は大丈夫だ。
でも、ネルから回復魔法が飛んできた。
頭の中では今でも何かが喧嘩している。
うるさいが、周りもうるさくなってきた。
そのお陰か気にならなくなってくる。
そこに、空から何かが降りてきた。
ヘリコプターだ。
ミサイルポッドやガトリングを備え付けた戦闘機型のヘリだ。
「自衛隊か?」
ヘリはまばゆいほどライトを炊いて、
スフェーンを照らしている。
そして、ヘリはガトリングをスフェーンへ向けて放った。
何故かスフェーンはそれらを回避する。
「あ!
ダンジョン仕様です!
あのヘリ丸ごと、ダンジョン仕様になっています!」
ネルが驚いて叫ぶ。
スフェーンは一瞬でヘリに飛びかかり、
運転席に蹴りを振りかぶった。
だが、運転手がカウンターで放ったハンドガンの弾丸を受けて、
スフェーンの蹴りが不完全に終わる。
だが、ヘリの操縦桿の辺りを蹴り砕いた。
ヘリの運転手がヘリから飛び下りた。
運転手はムササビのようなフライングスーツで
墜ちるヘリとスフェーンから離れる。
俺たちもヘリから離れる。
墜落したヘリが爆発した。
スフェーンは相変わらず楽しげに笑って、
無傷でたたずんでいる。
着地した運転手はフライングスーツを脱ぎ捨てた。
ヘルメットも投げ捨て、
中から現れた顔に俺は言葉を失う。
「間に合ったか? 櫻葉。」
そこには、
黒いコートを身に纏い両手に拳銃を持った藤堂がいた。
ヘリの残骸の炎が照らしたその顔は、
ニヒルに笑っていた。
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