第44話 花道

 月下美人の花の本物を見たことはない俺が、

一番最初に連想したのが月下美人の花だった。

上下が反転しているとか、

脚のような手のようなものが生えているとか、

そんなことが些末に思えるほど美しく、恐ろしい。


「私もよくわからないのだけど、

ここに来れたの。

だから、貴方に逢いに来たちゃった。」


 そう言って笑うスフェーン。

ガーネットとネルがすごい顔でにらんでいる。

ネルの後ろで魔女が腕を組んで困っている。

白もやになった財前は、

青い顔だけもやから出していた。


「従魔……の契約はされていません。

何者かが連れ出した、と考えましても。

モンスターをダンジョンの外へ、

しかも、この人を連れ出すなんて不可能かと。」


 ガーネットが鑑定結果を教えてくれた。


「相変わらずステータスとかスキルは見えないのに、

名前は見せるのですね。」


 ネルが忌々しげに言った。


「だって、せっかく貰った名前だもの。

見せびらかしたいでしょ?」

「それは否定しませんが、

鑑定できるのは私とネルくらいですよ?」

「あら?

そうなのね。

じゃぁ、名乗らなきゃいけないのね。

 改めて、私はスフェーン。

リョウジ、一曲いかがかしら?」


 スフェーンはそう言って、

俺へ向かって手を差し出した。


「財前さんは戦えますか?」

「ごめん、自分の身体を保持するので手一杯。」

「わかりました。

ガーネット、ネル、バフを俺にかけてくれ。

ミタニさん、貴女も私に強化系の呪いがあれば、

お願いいたします。」

「え? 行くの?

ネル、止めないの?」


 粛々とバフを俺にかけるネルとガーネットを見て、

魔女が驚く。


「止めません。

私たちもお力になれるなら、何かします。

ミタニ様は、どちらでも構いませんが。」

「復讐の邪魔されたし、手は貸すけど。

スキルだったころから思ってたけど、

貴女の主って変わってるよね。」


 そう言いながら、魔女も俺に何か施してくれた。


「一対四だが、構わないか?」

「えぇ、もちろん。」


 スフェーンは艶やかに笑う。

俺は笑いながら、彼女に歩みよった。

彼女の目の前にたどり着いた俺は、

間違いなく勃起している。

性的興奮か、死の際の生存本能か。

どういうものかわからないが、全身がいきり立つ。

 俺は差し出されている異形の手に、

そっと自分の右手を重ねた。

踊ったことはないが、

社交パーティの貴族のように。


「……。」

「……。」


 一瞬か、数分か。

もしかしたら、数時間かもしれない。

俺はスフェーンと見つめ逢っていた。

ピンと張った糸のような空気が心地良い。


 始めに動いたのは、俺からだった。


 互いに重ねた手はそのままで、

生死をかけた攻防が始まる。

スパイクは地面を割るほど食い付き、

かすっただけでスーツが裂ける。

小手調べではない、

全て一撃必殺の攻撃が襲いかかってくる。

 俺のスキルはもう何もない。

皆から貰ったバフだけだ。

それでも、今までの死闘が俺を鍛えていた。

どこから、どうくるか。

俺にはスフェーンの動きが見えないのに、

どうすればいいかわかる。

 鞭のようにしなやかに、

槍のように鋭く、

剣のように苛烈に振るわれる三本の脚。

対する俺は左手一本。

受けた途端に身体の半分が吹き飛びそうなそれらを、

いなし、回避し、隙間を縫う。

 スフェーンは笑っていた。

子供のように無邪気に笑っていた。

多分、俺も笑っている。

 とうとう彼女は俺の手を離して後ろへ飛び下がった。

気づけば、

最初に見つめ逢っていた場所から動いていなかった。

周囲の瓦礫が全てくだけ散って更地になっていた。


「熱烈で、とってもステキ。」


 スフェーンへ拳の魔法が打ち込まれる。

彼女は、易々とそれらを払い除けた。

だが、拳の隙間からネルが飛び出し、

構えていた炎の魔法を放った。

 スフェーンは地面を割り砕き、

作った隙間に身体を滑り込ませて回避する。

ガーネットが俺の身体を回復魔法で回復させた。

炎と入れ替りで俺がスフェーンに飛びかかる。

 スフェーンは地面を豆腐のように切り裂いて、

飛びかかった俺を迎撃する。

しなり、猛る脚の猛攻を殴って受けた。

拳に大きなゴムを殴った感触がする。

タイヤとか空気が入ってるものではなく、

厚さ一メートルくらいあるゴム板のようだ。

 足場が不完全だった俺の身体が後ろへ吹き飛ぶ。

すぐにガーネットの浮遊魔法で拾われ、

無事に着地した。

だが、目の前にスフェーンが迫っていた。

俺はフラッシュジャブを連打して、

振り下ろされた脚をいなす。

 スフェーンが、また真後ろへ飛んだ。

よく見ると、

彼女がさっきまでいた辺りの地面に霜が立っている。

ガーネットの氷結魔法か。

 ネルの火球がスフェーンに降り注いだ。

ピンポン玉大の火球だが、

どれも白く見えるくらい高温だ。

スフェーンはまた俺が見えないほどの早さで駆け抜け、

火球を潜り抜けた。

待ち構えていたガーネットの氷のつぶてが、

彼女の正面から面のように放たれる。

スフェーンは、氷を蹴り砕いた。

 だが、計算ずくの二人の連携はそれで終わらない。

無数の氷のつぶてが、火球に触れた。

氷が気化して一瞬で水蒸気になる。

水蒸気爆発だ。

 スフェーンの真後ろからの面攻撃。

俺には直撃に見えた。

だが、いつの間にか無傷の彼女が爆風の向こうにたたずんでいた。


「ネル、状況を教えてくれ。」

「ノーダメージでした。

爆破と同じ方向、同じ速度で跳んで回避するとか、

アニメとか映画の世界です。

 モンスターの私たちが言ってはいけない気もしますが。」

「決定打にならなくても、

手傷くらい負わせたかったのですが。

ネルのタイミングも完璧な上で逃げられては、

どうにもできませんね。」

「私と私たちで計算した、

完璧なタイミングだったけど。

あれ、過大評価しても足りないくらいの強敵だね。」


 聖母のように、少女のように、淑女のように、

微笑みたたずむスフェーン。


「非常に、非常に、最大級に不本意ですが、

従魔契約書を使いますか?」

「ガーネット様、お顔が。」

「ガーネットちゃん、

梅干しみたいになってるから、止めなさい。」

「わ、私としたことがっ。」


 さっきのガーネットの顔は、

見なかったことにしてあげよう。

俺はそう決めて、頭を切り替える。

 従魔契約書か。

効果はあるだろうが、

また彼女を退屈なところは押し込めるのは気が引ける。

俺個人としてもできるなら、決着をつけたいと思う。


「面の攻撃では早さが足りない。

点の攻撃は回避される。

カウンターしか、当てられない。

まぁ、カウンターで当たったのも意図的に受けられてるから、

ダメージにはなってない。」

「藤堂様風に言えば、チートキャラです。

弱点を探すことも困難ですから、

地道にいきましょう。

 ネル、補助と回復をミタニ様と任せて良いですか?」

「承知しました。」

「私と私たちは、演算しながら鑑定を続けましょう。

倒す糸口くらい見つけられればいいんだけど。」


 俺の身体へバフがかけ直され、

回復魔法も再度かけられる。

連続戦闘だ。

いくら回復魔法で疲労も回復するとはいえ、

精神的に削れていく。

 だが、そんなこと言っている場合ではない。

時間は止まらない。

刻一刻と変化する状況下、今ある手駒でやりくりする。

そうだ。いつもやっていたことだ。

あの養父と産みの親との生活がここで活きてくるとは。

まったく笑えない。

 俺は全速力でスフェーンに向かって駆け出した。

スフェーンはさっきと同じ場所から一歩も動かず、

ただ微笑んでいる。

俺の渾身のタックルを、彼女は二本の脚で受け止めた。

地面についている彼女の残りの脚が深く沈み混む。


「いつかのより、とってもステキ。」


 彼女はそう言って反撃にでた。

スフェーン動きが、急に変化し始める。

さっきまでは本能的な動きだった。

蹴りも横なぎのものがメインだった。

今は違う。

延髄蹴り、回し蹴り、かかと落とし。

これは、まるで武術のような。


「しまった!

学ばれた!」


 俺は思わず大声でそう言った。

ガーネットが拳の魔法で援護するが、

フラッシュジャブの要領で蹴りを放ち、

受け流すスフェーン。

 俺の動きを、学んでいる。

二度の戦闘、しかも短時間の戦闘で、

技の概念を獲られた。

スフェーンの暴力が、武力へ変わっていく。

同じ武なら、腕力の差が顕著にでてしまう。

攻撃の糸口すらない。

 俺は蹴りを正面から両腕で受け止めたが、

派手に吹き飛ばされる。

回復魔法が跳んできたが、盛大に吐血してしまった。

 自分の姿をよく見ると、

小田さん均整のスーツがボロボロでひどい有り様だった。

防御力はもうないだろう。


「とっても、ステキ。

あの服がなくても、リョウジ、貴方は死なない。

とっても、とっても、ステキ。」


 俺は立ち上がって、スフェーンへ向き直る。

横目で見たガーネットが、

シリアルバーをゼリー飲料で胃袋へ流し込んでいた。

琵琶湖くらいあるガーネットの魔力も、

さすがに底が見えてきたようだ。

 ネルと魔女はスキルで無限とも言える魔力があるが、攻撃には適さない。

呪いは対象をしっかり捉えないと成立しないからだ。

スフェーンは早すぎて捉えられない。


「お褒めにあずかり、大変光栄だ。

ついでにもう一撃くらい食らってくれ。」

「いいわ。そう。

ステキ、ステキ。

とっても、とっても。

素敵。」

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