第51話 勇猛果敢

 授業が終わり、

とりあえず荷物をまとめて職員室へ向かう。

運が良いのか、調整されていたのか知らないが、

授業内容は通信で習っていた部分に違和感なく合流できた。

 当たり前のように俺と藤堂は同じクラスに編入された。


「この配置は、意図を感じる。」

「同意だ。」


 俺たちはため息をつきながら、

でも笑っていた。

前の学校のダンジョン災害時に、

俺たちは目立ってしまった。

それ以降の件は俺と“大和桜”なので、

藤堂が関係するのは多分それだろう。


「どうせ、またダンジョン災害時に助けてもらおう、

ってことだろうな。」

「それで言うと、生き残って復学したやつ、

皆ここに通うんだって。

家から遠いやつもいるのに。

 そいつらに理由を聞いたら、

また同じことが起きても櫻葉について行けば助かるから、

ってよ。

櫻葉に挨拶もしたことない、

今日もしてない癖に、だ。」

「人間なんて、そんなもんだろ。」

「まぁ、否定できんけど。

次があったら俺も前線出るつもりだけどな。」

「そんな装備で、か?」

「一番良いやつを小田さんにもらう予定。」


 小田さん、と言うかあそこの狂人どもからすれば、

非生物をなんでもダンジョン仕様にできる藤堂のスキルが目当てだろう。


「実験が嫌なら断れよ?」

「解剖とか投薬は断るけど、

計器を着けてスキル使うだけだから問題ないよ。」

「エスカレートするようなら、

殴っていいからな。」

「あの人たち、殴って黙るの?」

「直接の効果はないだろうが、俺は気づくから。」


 なにせ彼ら、彼女らは既に狂っている。

何が起きても、全て自分の研究に繋げてしまう。

日々、何千何万と言う失敗を笑顔で見つめて、

観測し、分析して、糧にする。

へこたれることなんて、ない。

彼らにすれば、殴られたってそれも研究の一部。

ダメージになることはない。

多分、今際の際までメモを取って実況してる人たちだ。


「あそこまで突き抜けないと、

科学者ってなれないのかな……。」

「そうじゃないのもいるからな。」


 藤堂となんやかんや駄弁りながら歩いていると、

職員室に到着した。

そこから更に教員に応接室へ連れていかれた。

応接室には他の編入生が集められていた。


「皆さん、今日はお疲れ様でした。

登校時の騒ぎについて、一先ず謝罪します。

すみませんでした。」


 部屋に校長はおらず、教頭が話し出した。


「編入いただいた九名の皆さん。

以前の学校でのことは、お悔やみ申し上げます。

この学校は絶対安全、とは言いきれませんが、

皆さんには安心していただけるよう努力していく所存です。

 つきましては、

お配りした教科書、カバン、制服等の説明を簡単にいたします。」


 事務的だが、的確にツボを突いた話し方をする人だ。

特に不快感なく説明を聞いた。


「部活については、途中からの参加となりますが、

どの部も受け入れてくれるそうです。

今日から三日間は、

新入生向けの見学に編入生も受け入れてくれるそうなので、

興味がある方は冊子を見て部室へ訪れてください。」


 手渡された冊子を指して教頭が言う。

俺は前も今も部活には入るつもりはない。

ダンジョンへ行く時間が減るからだ。

藤堂は帰宅部だったが、

運動神経がいいので色んな運動部の助っ人に呼ばれいてた。

冊子に一度も目も落とさない藤堂は、

やはり帰宅部なのだろうか。


「櫻葉さん。

うちにはハンターを目指す“異界探索部”がありまして。

部に入らなくて結構ですから、

この三日のうちに部室に顔だけ出していただけませんか?」

「“異界探索部”?」

「えぇ。

活動内容としては、

卒業後にハンターを目指して身体を鍛えたり、

ダンジョンの知識を蓄えたりしています。

皆、身体を鍛えているので、

運動部の助っ人に行ったりすることもあります。」


 そう言う部活があると聞いたことはあったが、

この学校にあるのは聞いてない。

リハビリが忙しくてリサーチを怠った自分が悪いのだが、

べらぼうに面倒くさい。


「実際に前線で活躍されているハンターの櫻葉さんのお話を聞きたいと、部から要望がありまして。

これについて、教員から強要はいたしません。

ぶっちゃけこの部、人気ないので。

新入生向けの実績作りが目当てだと聞いてます。」

「ぶっちゃけましたね。」

「私個人としては、ハンターを否定しません。

ただ、学生の部活にするのは、

本質と違うように思えまして。」


 教頭はそこそこお歳に見える。

多分、“勇者”の活動時期を体験して知っている世代だ。

だが、ハンターに対する姿勢が穏和だ。


「貴方のように、

独学で鍛え上げて自己管理するのがハンターである、

と私は思う次第でして。

ああして、部活にして集まって、

頭でっかちな感じになるのは違和感しかないのです。」


 藤堂が口を挟んだ。


「言っちゃなんですが、

かなりロックなことおっしゃいましたね?」

「私の息子夫婦もハンターでして。

身近にいると色々感じますから。

 二人とも既に法人化して、

引退して孫の子育てに専念してますけど。

それでも、日々鍛えて自己管理しているので、

あれが本物だな、と思うのです。」


 からから笑う教頭。

横にいる他の教員らは苦笑いしている。

 その息子夫婦は“無事に引退できたハンター”なので、

かなりの実力者だと思う。

それと学生を比べるとさすがに可哀想に思うが、

なんとなく教頭の言いたいこともわかる。


「ちなみに、

今朝の件で今も奔走してる校長先生が皆さんに挨拶できなかったので、

明日もまた放課後にここへ集まってください。

彼から直接お話があるそうです。

 お時間を取らせて申し訳ないのですけど、

あの人、そう言うのこだわる人なんで。

私より若いはずなんですけど。」


 教員らはやっぱり苦笑いしている。

どうやら校長は教頭に負けず癖が強い人らしい。


「後、個人的に櫻葉さんにサインか何か貰えたら嬉しいのですけど。」

「教頭、さすがにその辺にしてください。」


 教員たちにたしなめられて、

肩を落として去っていく教頭。


「では、皆さんこの後は部活に顔を出してもよいですし、

帰宅しても構いません。

ただ、自転車通学を希望の方は、

この部屋に残って書類を書いてください。」


 俺は教員の指示通り残って書類を書くことにした。

藤堂も書類を受け取っている。

他の七人は部屋を出ていった。

 俺が書類を書き進めていると、視線を感じた。

どうやら教員の一人が俺を見ている。

書き終えて書類を提出する際も、

その一人だけ俺を見ていた。

 それは頻繁に浴びせられる品定めをするようなものではなく、

嫌悪感を露にしたものでもない。

視線の意味が俺にはよくわからず、ただ不気味だった。

 俺は藤堂と部屋を出て、とりあえず歩き出す。

例の“異界探索部”は保留だ。


「今日はダンジョンか?」

「装備がまだない。

できててもスライムで肩慣らしと、リハビリだ。」

「ヘルム以外の装備が大破してると、そうなるわな。」

「藤堂みたいに簡単に装備を用意できないからな。

サイズもないし、ダンジョン仕様でなければ壊れる。」

「このスキル、自分でもチートだと思うよ。

俺だけ現代兵器使い放題だもんな。」

「それでも、俺の場合はサイズがネックだ。」

「でも、個人の研究所でワンオフの時計みたいに装備を用意できるのは、

それはそれでチートだと思うぞ?」

「現状、スーパーリッチなんでね。」

「確かに、億を秒で稼ぐもんな。」

「特に使い道がないがな。」

「そ言えば、家は買わないのか?

天井とかドアとかをお前のサイズにして、

キングサイズのベッドが入る家。

 今の布団とクッションで誤魔化してる寝室より、

よく眠れると思うぞ。」

「確かに、それは魅力的だな。

足を伸ばしてよく眠れそうだ。

後、壁なし、柱なしのぶち抜き五十畳でリビングダイニングキッチンがいい。」

「ハリウッド映画の豪邸みたいなヤツだな。

土地から探すのか?」

「法人化したから、

土地の購入は少し面倒なんだがな。

おじさんとタカミさんに頼んでみるか。」

「完成は再来年とかになるな。」

「既存の物件でもいいが、

それこそ都合よく見つからないだろう。」

「引っ越したらパーティー呼んでくれよ。」

「気が早いな。

もちろん、呼ぶよ。

研究所の皆とおじさんたち、タカミさんのご夫婦も。」

「“大和桜”の二人は?」

「面倒事が一緒に来そうなんで、呼ばない。」


 この学校は全面土足だ。

下駄箱はない。

だが、校舎の出入り口の脇には来客用の下駄箱がある。

その下駄箱の辺りに人だかりができていた。

 全員制服なので生徒だと思われる。

集まっているのは男女同数くらい、

学年も違うように見える。

生徒だと言うこと以外に共通点が分からない。

 部活関連なら、

ユニフォームや体操服の生徒も混ざると思うのだが、

そこには居なかった。

 俺は藤堂と顔を見合わせて首をかしげる。


「部活の勧誘、にしては文化部しかいないな。

櫻葉を勧誘するのは、運動部だと思うんだが。」

「藤堂じゃないか?

お前、他校にも強力助っ人ととして名前が知れてただろ?」

「それ、運動部での話だ。

文化部の助っ人は漫研でベタの手伝いをしただけ。

 今思うと、手書き原稿ってのは凄かったんだな。

コスト的にも、技術的にも。」

「違う出口を使うか?」

「そっちにもいたら面倒だろ?

ここが一番広いから、

櫻葉の身体でもやり過ごしやすい。

お前はスキル、使うか?」

「俺が外で使うと騒ぎになる。」

「仕方がない、走るか。」

「校門辺りにも人影が見える。

関係ないとしても、俺が走るのは危険だ。

藤堂もレベル三なら、そこそこ危ない。

生身で原付バイクくらいの早さは出るだろ。」

「櫻葉はレベル一だろ?

元が五だったなら、合わせて六。

自動車くらい出るのか?」

「スキル有りなら、電車の準急くらい出る。

持久力を無視して全速力なら、な。」

「そりゃ、危ないわ。」


 話ながらも、俺たちは靴を履き直し、

服を整えていつでも走れるように用意する。

カバンも持ち直して、人混みの方へ歩き出した。

 あと数メートルと言うところで、

人混みの中の一人が俺に気づいた。


「ホントにいた!」

「櫻葉涼治だ!」


 どうやら目当ては俺らしい。

藤堂が少し前に出て警戒した。

人混みは一斉にカメラと色紙やペンを取り出してこっちへ来た。

さすがにこれは俺にもわかる。

これは。


「サインと写真いいですか?!」


 俺は藤堂と逃げ出した。

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