第43話 一本道

 押し寄せる蛇に、

ドローンが体当たりするが水が弾けるだけだった。

それでも、呉羽さんたちドローン隊は俺の周りを飛行して、

蛇たちを牽制してくれる。


「お兄さん!

グローブ!

いや、マントっス!

殴って! 早く!」

「馬鹿者!

まだ怪我が残ってるだろうが!

回復魔法を再施術できるまで、退避が優先だ!」

「おらぁ! 呉羽ぁ!

もっと気合い入れろぉ!」

「こいつが限界だ!

皆も全力だ!」


 無線越しに聞こえる研究所の皆の声が、

逆に俺を冷静にさせてくれる。


「火薬できたよ!」

「馬鹿者どもめ!

ここに火薬があっても、運ぶドローンがもうない!

ドローンがあっても、

あそこまで運ぶのに何時間かかると思ってるんだ?!

こんなっ!

ええい! 我輩たちの回復魔法が完成していれば!」

「まだですよ、皆さん。

生きてる限り、俺は往きます。」


 俺は笑ってそう言った。

ドローンを無視して近寄る蛇へ拳を振るう。

爆発が起きるが、一メートル程度の大きさだ。

蛇を数匹燃やしてはいくが、まったく数が減らない。


「これは好都合。

ここまで弱ってるなら、今のうちに仕留めるか。」


 蛇がそう呟いた。

そうだろうな。

俺だってこんな状態じゃそうする。

 突然、目の前の景色が動かなくなった。

蛇もドローンも、雨粒さえ止まる。

俺も身体が動かない。


「クレ!

なにやってんっスか?!」

「違う! 違う!

そうじゃない!

エアーの粘度が上がってる!

てめぇの速度が下がってる!

モータ、計測機器もスローリだ!

こーなりゃ、誰もスローリだ!」

「クマバチか何かじゃねーんだぞ!

呉羽ぁ! 気合いが足りねぇんだ!」

「新手の魔法かっ!?

カメラの画像以外、計器はどうなってる?!」


 無線越しに呉羽さんの言うとおり、

空気が重い。

じんわりじんわりとなら、

身体を動かせるが遅すぎてどうにもならない。

 視界の端にネルが見えた。

彼女は中に浮き上がり、光輝きだした。

途端、俺の身体は動けるようになった。

見上げると、

ドラゴンと男が、

ガーネットの拳の魔法に殴られた状態で止まっている。

角が生えたガーネットはまだ動けないが、

攻勢でかなり優勢に見えた。

これなら、ガーネットに任せてネルへ駆け寄ろう。

 一応念話でガーネットにネルへ向かうことを伝えると、

返事がすぐ戻ってきた。


「アルジ様、ご無事で何よりです。

無線は無理ですが、

これなら意志疎通できました。

 ここは、私にお任せを!

コイツらはガワの財前さん込みで殴りたいので!

渾身の力で殴りたいので!」


 頼りになる返事だ。

俺はネルに向かって急ぐ。

ネルはどんどん光を強くして、

直視できなくなってきた。


「ネル!」


 呼び掛けても返事はない。

俺はもっと近づこうとしたが、突如光が爆ぜた。

 光が収まってくると、

そこには雰囲気が変わったネルがたたずんでいた。

白いローブは赤を基調とした炎のような刺繍がされ、

ローブドレスと言った感じのデザインになっている。

黒い髪は長く伸び、

頭頂部で団子状に結い上げられてなお腰辺りまで垂れ下がっている。


「なんだ、あれ?」


 俺は思わず呟いた。

ネルの背後に、幽霊のような透けた人間が浮いている。

女性だ。

真っ赤な着物を着て、長い髪を逆立て、

美しい顔に隈取りのような、

焔のような赤い化粧をしている。


「ミィタァニィ!!」


 幽霊に激しく反応したのは蛇だった。

気づけば、

俺以外も動けるようになっていた。


「てめぇ! そんなところに、まだいたのか!?」


 蛇が声を荒げ、殺意を露に顔を歪める。

ミタニ。そうか。

彼女が、“勇者”たちをあのダンジョンへ幽閉した。


「彼女は依頼人です。

私は彼女の怨みを、憎しみを、辛みを、怒りを、

請け負いました!

 貴方たちは性懲りもなくここへ戻ってきた!

であれば、もう一度、

あの岩窟へ引きずり戻して差し上げましょう!」


 ネルが声を張り上げる。

もう発音も綺麗にできていて、

その意思はしっかりと“勇者”たちに届いた。

 とっさに俺は自分のステータスを確認する。

ネルの項目が変化していた。


“従魔(メイガ・ボア:ネル)”


 魔王でなくなった?

メイガ・ボア、メイガ、メイガスか?

藤堂に借りた漫画にあった、北欧の魔女のことだ。

薬と治癒の知識に丈けた、呪いと予言の魔女。


「スキル、“呪怨の代行者”発動。

眼前の敵、完全消滅まで能力制限解除。

アルジ様、ガーネット様への祝福を展開。」


 ネルがそう呟くと、

彼女の背後の幽霊が燃え上がり、

着物を着て燃える骸骨になった。

 周囲の雨水が熱気で沸騰し始める。

地面がネルを中心にどんどん乾いていく。

だが、俺の身体にはなにも感じない。

一番ネルに近いはずの俺は、

むしろ濡れていた装備と身体が乾いて心地良いだけだ。

だが、蛇は違う。

蛇はどんどん数を減らしていく。

 慌てて蛇は最初の大きな個体を作り、

ネルから遠ざかる。


「ギフトの名称を変更、“賢者”改め、

“エル・エルミタニャ”、起動。」


 ネルはかしわ手を打った。

すると、背後の燃える女性の姿がどんどん変化して、

赤いローブの魔女のような姿へ変わる。


“拝命しました。

スキル、エル・エルミタニャ。

これより、怨敵を完膚なきまでに叩きのめします!”


 幽霊は、ミタニはそう言って、

“勇者”たちを睨み付ける。


「続けて、“エル・エルミタニャ”へ私の種族を転写。

種族名、メイガ・マラに上書き。」


 ネルがそう言うと、

透けていた背後の女性の輪郭がはっきりしていき、

実体を持ち始める。

骨だけだった姿も、肉をつけ、皮が張り、

絶世の美女が姿を表す。


「ありがとう、ネル。

さぁ、悪い魔女の登場よ。

たーっぷり、いたぶって上げる。」


 その美しい顔を呪怨に歪めたミタニを見て、

“勇者”たちが明確に怯んだ。


「……味方、でいいのか?」

「アルジ様、私たちは貴女の味方です。

私たちはメイガス。

我らがアルジへ祝福を、

我らが怨敵に呪いあれ。」


 ネルがそう言って柏手をもう一度打つと、

カーテンを勢いよく引くように雨雲が晴れ上がり、

満点の星空と月が顔をだした。

 俺の身体も、痛みと疲労が消し飛び、

絶好調な状態になった。

俺は自分のステータスをもう一度見た。

ただ、スキルは復活していなかった。


「あらあら、同窓会って聞いてなかった人が、

居酒屋で鉢合わせたみたい?

私は、私たちは呼ばれてない側だよね?」


 魔女は“勇者”たちにそう言った。

そして、彼女は指を鳴らす。

周囲を囲むように紫色の炎が立ち上がった。


「逃がさない。

逃がすわけない。

どれだけ、どれだけこの時を待ったか。

私の手で! 私たちの手で!

アンタたちを、地獄に引きずり込むこの時を!」


 魔女の叫び声と共に、

紫色の炎の中から人影がぞろぞろ出てきた。

誰も彼も見た目は普通だが、瞳がない。

くりぬかれて穴だけ。

口もよく見ると歯はあるが、舌がなく、

穴になっている。

どちらも底が見えない。


「なんだよ、これ!」

「地獄でアンタたちを待ってた“私と私たち“。

皆、皆、アンタたちが来るのを待ってた!

 それなのに、死にたくない?

ふざけるな!

ふざけるな!

アンタたちがどれだけ殺したか!

どれだけ奪ったか!

思い出せ!」


 空を飛んでるはずのドラゴンと男の周囲にも、

人影が現れる。

蛇は飛び上がり、ドラゴンの上に乗った。


「逃げろ!」


 さすがだな。退却判断が速い。


「私が逃がすとでも?」


 そう言うのはガーネットだ。

炎と全員を囲むバリアを展開して、

彼女は笑う。


「ネルだけに活躍させませんよ!

特に財前! 貴方はダメだ!」


 バリアに体当たりしたり、

ブレスを吐いたり魔法を打ち込む“勇者”たち。

だが、びくともしない。


「死ににくいだけで、

攻撃力はアルジ様より低い貴方たちに

このバリアは破れませんよ。

ネル、ミタニ様、あとはお譲りしますよ。」


 ネルがそう言うと、

いつの間にか“勇者”たちの真後ろに

人影の群れを引き連れたネルと魔女がいた。


「チクショウ!

やられてたまるか!」


 男がそう叫んで電撃を人影に向けて放ったが、

すり抜けていく。


「実体がない!

狙うなら、ミタニだ!」


 蛇がそう指示する。

さっきまでの余裕が嘘のような慌てぶりだ。

ドラゴンが魔女とネルへブレスを放った。


「温いわ。

私は、私たちは地獄の業火を味わってきたのよ?

こんな程度じゃ、風邪引いちゃう。」


 ブレスを無傷で受けきった二人。

“勇者”たちの顔が絶望に歪む。


「おま!

お前だって殺したろ!?

ミタニ、お前だけ善人ぶるんじゃねぇ!」

「そうよ?

アンタたちを殺すため、

アンタたちと一緒に殺した。

認めるけど、だから何?

 これは、私の復讐!

アンタたちを殺せるなら、私はなんだってするの!

そして、私たちの怨念をネルが請け負ってくれた!

だから、私と私たちがここにいる!」


 人影が一斉に嗤いだした。

声はないが、勇者たちを見て笑う。

木のウロのような目と口が開かれ、

不気味な笑顔が並ぶ。

 ガーネットが俺の横に来た。

俺のうなじに寒気がしたので、

ガーネットが鑑定したようだ。


「健康状態に異常ありません。

スキルは破損してるみたいですが、

命には関わらないようです。

恐らく、スキルは盾になってくれたのだと思います。

 二度も不覚をとってしまい、申し訳ありません。」


 萎びた顔でガーネットが謝る。


「何を言ってるんだ?

俺が言ったんだ、次も助けるって。

忘れたのか?」


 俺はそう言いながら、

ガーネットの頭を撫でた。

赤い瞳を潤ませて首を横に振るガーネット。


「それでも!

それでも、です!

もう嫌です! あんなのは!」


 しまった。泣かせてしまった。

ガーネットの大きな瞳からボロボロ涙が溢れていく。

俺はガーネットを抱き寄せて、頭を撫でた。

ガーネットは泣きながらしがみついてきた。


「たす! 助けてくれ!」


 上からそう聞こえてきた。

どうらやら、あっちは佳境を迎えたみたいだ。


「嫌だぁ!

死にたくない!」


 泣きわめくドクロ男に人影が群がり、

取り囲み、しがみつく。

ネルがそれを見て、あきれた顔で言う。


「ゾンビの王が、

ゾンビ映画みたいな状態になって。

もうB級映画のオチですね。」

「ネル、その骨も“勇者”の誰かよね?

骨が着てる骨も“勇者”なの?」

「たしか、岡村って呼ばれてましたよ。」

「あぁ、あのゲスね。

あれも剥ぎ取ってしまいましょう。」


 人影たちがドクロ男の着ている猿の骨をつかむと、

イカの皮をむくように猿の骨だけひっぺがした。


「ついでに、江頭。

アンタもでてきなさい。」


 今度は財前の身体部分だけを人影たちはつかみ、

一人が黒いドクロの目と鼻の先孔へ指を入れた。

そして、今度はイカの軟骨のように黒い骨を引き抜いた。

 財前の亡骸が、突然白いもやに包まれる。


「なんか、彼、死んでないの?

あれで生きてる?

私と私たちの憎い相手じゃないし、

どうしようか? ネル。」

「あー……。

鑑定の結果、生存してますね。」

「ネル、ナイスです。

そのまま私に殴らせなさい。」

「待って!

ごめんなさい!

許して!」


 知ってる声が、知ってる話し方で謝罪する。

もやから顔をだしたのは、顔が半分ない財前だった。


「なるほど。

ダンジョンの不明モンスターを“従魔契約書”で契約して、

欠けた身体の代わりをさせてますね。

ガーネット様、これなら本気で殴ってもいけます。」

「ホントに待って!」


 黒川の言っていた“奥の手”は、

契約書だったのか。


「従魔ごと魔王に乗っ取られといて、

許されると?」

「……不意打ちで、その、えっと……。」

「ミタニ様、

そのままソイツも地獄に連れていってあげてください。」

「本当にごめんなさい!」


 人影から、もやが逃げ出した。

人影たちは暴れて命乞いをする二つの骨を食べ始めた。

どうやら、猿も黒い骨も逃げられないらしい。


「スキルは無駄よ。

死ぬんじゃないもの。

そのまま地獄に行くの。」

「嫌だぁ!

助けてぇ!」


 二体はあっという間に食い尽くされて、

消えていった。

蛇とドラゴンが身震いする。


「さぁ、アンタたちもそろそろ終わり。」


 死刑宣告だ。

“勇者”たちが怯えて、震えて、

必死に命乞いをする。


 刹那、空から月が堕ちてきた。


 一直線に勇者たちへ堕ち、

ガーネットのバリアを貫き、

蛇とドラゴンは挽き肉になった。


「アルジ様!」


 ガーネットの叫び声。

俺は堕ちてきたそれを見て思わず笑った。


「……“勇者”たちは、完全に消滅しました。」

「ネル。あれ、なに?」

「あれ、あれは……。」


 月光に照らされ、純白の肌が光を飲み込み、

鍾乳石のように柔らかく輝く。

彼女は艶やかで、でも張りがあり、

美しい曲線を惜しげなく晒す。


「こんばんは。

ステキな月夜ね。」


 色っぽい声が、辺りに響く。


「あぁ。

べらぼうに、良い夜だ。」


 ダンジョンの外、

何故か目の前にスフェーンがいる。

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