第42話 悪道
「江頭ぁ。
そうやってたまに出すファインプレーがあるから、
お前は雇われてんだよ。」
蛇が大きな口を歪ませた。
雨足はどんどん激しくなり、
すぐに雷雨になる。
地面にたまった水溜まりから、
全長一メートルくらいの蛇がどんどん溢れ出してきた。
ああやって操れる水を増やすのか。
「さぁ、形勢逆転だ!」
雨の中、
ガーネットは幻覚を解いてローブをまぶかく被った。
雨をごまかして姿を消すこともできるのだが、
それをするには幻覚魔法だけに集中する必要がある。
闘いながらは無理だ。
消費魔力を温存する意味でも、
幻覚を解くのは利に叶っている。
「なんかちぃせぇのがいたぜ!
あれは俺の獲物だ!」
雷がガーネットへ落ちる。
ガーネットはバリアで易々と防ぎ、
拳の魔法が男に打ち込まれる。
男は雷になって雷雲に紛れて消えた。
「アルジ様、あっちは私が。」
ガーネットはそう言って、雷雲に突っ込んでいった。
俺はどんどん地面を覆っていく蛇の群れを睨む。
ネルは少しはなれたところで浮いていた。
その姿は見えているのでコイツらに見つかっているのかわからないが、
ドラゴンも蛇も俺の方を向いている。
俺は空を飛んでいるドラゴンへ接近する。
下から何か飛んできた。
水だ。
嫌な予感がしたので、回避する。
よく見ると水のレーザー砲だ。
地面にいた蛇が一斉に同じものを放つ。
俺は加速して回避し、ドラゴンから距離を取った。
一つ一つは威力は小さいが、
この数だと蜂の巣じゃ済まない。
俺は地面へ向かって拳を放った。
グローブの効果で火焔が地上の蛇たちを焼く。
だが、文字通り焼け石に水。
むしろ、湖へ焼け石を投げ込んだようだ。
雨が降り続いているため、
いくら殴って消し飛ばしても蛇は新たに沸き上がってきた。
だが、
どうやら雨水全てに自分を投影できないようだ。
よく考えれば、
それが無限にできるなら海と同化してしまえばいい。
そうしてない以上、ある程度で限界だろう。
地面にぎっしり蛇がうごめいる。
ドラゴンは何故か空中で俺を睨んでいるだけだ。
突然、ドラゴンは大きな口を開いて真上を向いた。
バケツに水をためるように、
口に雨水をためて飲み干す。
たしか、ドラゴンのスキルは食べたものをエネルギーへ変換する。
つまり、雨水でエネルギー補給してるのか。
俺は回復をさせないようドラゴンへ向かうが、
地上から蛇が水鉄砲を飛ばして邪魔をする。
俺は仕方なく回避してしまった。
大量の雨水を飲み込んだドラゴンが、
俺に向き直った。
ドラゴンの口が発光する。
ドラゴンなら、ブレスか。
案の定、大きく口を開いたドラゴンから、
ブレスが放出された。
俺は回避しようとしたが、足が動かない。
気づくと、
地面から伸びる氷柱が俺の右足首から先を覆っていた。
水鉄砲の隙に、か?
俺は回避を諦めて、ブレスに向かって正拳を放つ。
閃光、火焔、爆風。
俺の正拳突きはドラゴンブレスをかき消して、
ドラゴンの上半身を消し飛ばした。
「なんだそりゃ。
パンチでそんなん出されたら、
ドラゴンの立つ瀬がねぇな、竹田。」
蛇がそう言って笑う。
ドラゴンはすぐ元通りに回復していた。
「傷もどうやら、回復してる。
パンチはブレスより強力。
人の形で防御力もかなり高い。
竹田、ありゃお前の上位互換だな。
とりあえず、近接攻撃で引き付けろ。
俺がフォローしてやる。」
蛇がそう言うと、
ドラゴンは咆哮して俺に向かってきた。
俺は足の氷柱を破壊してドラゴンへ向き直る。
蛇はどれもこれも本体。
一度に全部破壊するのは俺の能力では無理だ。
ドラゴンは一度全身を吹き飛ばしたが、
小さな肉片から復活している。
倒す手が思い浮かばない。
小田さんたちの言う通り、
ドラゴンに蛇を食わせれば蛇はいけそうだが、
この量を一度に口へ放り込むのは無理だ。
雨さえ降らなければ、と思ってしまうが、
今さら仕方がない。
やれるだけ、やってみよう。
俺はドラゴンのタックルを回避して、
すれ違いざまに左鉤突きで攻撃した。
空中でドラゴンがもんどり打つ。
「避けて!」
ネルの叫びが無線から飛び込んできた。
俺は全速力でその場から離れる。
俺は自分の左足に違和感を感じた。
「蛇が針のような氷柱を大量に撃ち出してます!
見えないよう、
雨に紛れるように調節して撃っています!」
不可視の攻撃か。
俺の左足に食らったみたいだが、
既に“神装”が回復している。
俺はネルに短く感謝の言葉を発し、
ドラゴンの上へ回った。
巨体を盾にすれば、地面から攻撃されづらい。
しかし、氷柱の攻撃は攻撃だけてはなかった。
氷柱は次第に降りしきる雨を凍らせ、
所々に大きな氷柱が起立した。
そして、氷の柱の中を蛇が川の中のように泳いで昇ってくる。
しかも、蛇は時々氷柱から顔を出して水鉄砲や氷柱の針を飛ばしてくる。
これがやたらにうっとおしい。
下から横から俺を絶妙なタイミングで攻撃し、
決してドラゴンへ近寄らせない。
分身ではなく全部一人の人物がコントロールしているため、
文字通り一糸乱れぬ動きで攻撃と回避を繰り返す蛇。
俺は氷柱を何本も殴ってへし折るが、
次々に地面から伸びてくる。
柱の材料の水は空から大量に供給され、
どうやら蛇の魔力も膨大にあるようだ。
すると、
いつの間にかネルの周りが氷柱で囲まれていた。
不味い。
俺はネルに向かっていくが、
蛇が一斉に攻撃を仕掛けてきた。
「あそこのヤツが戦況を把握して報告してるんだな?」
蛇は嗤う。
俺は全速力でネルに向かうが、
蛇の攻撃が激化していく。
そこに、ドラゴンが時折ブレスを吐く。
ブレスのタイミングがさっきより絶妙なのは、
蛇の指示だろう。
俺はダメージコントロールを止め、
蛇の全ての攻撃を受ける。
痛みが全身に襲いかかる。
だか、ドラゴンのブレスだけは殴って打ち消す。
俺はなんとかネルの周りの氷柱までたどり着いた。
全部へし折って、ネルに近寄る。
「ネル!」
「あ、アルジ様!
私より、上です!」
ネルが指差す先は遥か上空。
そこには、雷雲から落ちていくガーネットと、
何故か全身が光輝いて笑っている男がいた。
ガーネットはダメージこそ負ってないが、
慌てて距離を取ろうとしている。
「財前さんの“起死回生”が発動しています!」
ネルがそう叫んだ。
ガーネットがそのスキルを知らないはずがない。
どうやら、彼女は不本意に男を追い詰めたようだ。
俺はネルの入ったバリアをつかんで、
ネルごと遠くへ投げる。
「ネル、何かあったら回復魔法をガーネットへかけてくれ!」
俺はそう無線でネルへ指示して、
ガーネットへ向かって飛ぶ。
男はガーネットへ向かって雷撃を構えた。
ガーネットが男の方を向けてバリアを多重に展開する。
「ガーネット、ダメだ!
そのスキルの発動中は、防御も無効化される!」
俺はそう叫んで男とガーネットの間に割り込んだ。
男から閃光が放たれる。
俺は両腕を“鐵鎖”で巻いて、
盾にして雷撃を受け止めた。
普通なら防ぎきれる。
普通なら。
真正面から全力で受け止めたが、
力がうまく入らない。
割れた鐘のような音が響く。
“鐵鎖”が砕けた。
さらに、甲高い金属音が続く。
“神装”が吹き飛んだ。
“二つのギフトの破損を確認。
当該ギフトの再使用ができなくなりました。”
頭にそんな声が響く。
スキルが盾になったようだが、
衝撃が全身を襲う。
電撃特有の思考の混乱、身体の硬直を意地で抑え、
ガーネットをかばい続ける。
雷撃が収まった途端、
飛べなくなった俺は落下を始めた。
まだ身体の痺れがある。
受け身がまったく取れない。
思考が、遅い。
耳に叫び声が聞こえるが、
水の中のように反響してよく聞き取れない。
俺に向かって回復魔法が飛んできた。
視界の遠く、端にいたネルだ。
だが、ネルはこれを使うと魔力がなくなり、
バリアもなにもできなくなるはずだ。
不味いぞ。べらぼうに不味い。
回復が始まるが、
落下の方が速いので受け身が間に合わない。
地面に衝突する、その瞬間俺の身体か浮いた。
ゆっくり地面へ降ろされる。
「貴様っ、貴様っ、貴様はっ!
赦さない!」
ガーネットの叫び声が聞こえた。
呼吸に違和感を感じるほどの魔力が放出される。
俺から彼女が見えないが、
角が生えたときと同じ状態だろう。
俺の身体の回復は不完全だ。
ネルの魔力が足りなかったのかもしれない。
なんとか立ち上がるが、
俺の周囲に蛇がぎっしり蠢いている。
「べらぼうに面倒くさい。」
俺はそう言って笑う。
雨は降り止まない。
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