第41話 砂利道

 ドラゴンが吠える。

俺も吠えた。

 一足飛びに巨体へ向かい、

拳を振る。

赤い鱗が剥げ、砕け、血飛沫が舞った。

ドラゴンは、

まさか自分が傷つくなんて思ってもなかったようで、

驚愕に顔を歪める。

 そこに、

やっぱり、というタイミングで男の横やりが入る。

予想通り過ぎてあくびが出そうだ。

身体能力やスキルは良いが、

実戦経験というか対人経験がないのだろう。

 俺は、

ひょい、とホントに音がなりそうなくらい余裕で男の攻撃を回避し、

男の黒い骨の頬にビンタを打ち込む。

扇風機の羽のように回転してどこかへ飛んでいく男。

こいつは弱い。

 巨体が動いた。

振り下ろされる尻尾を回避し、

蹴りを見舞う。

両断された尾が宙を舞った。

だが、次の瞬間には尾が生えて、

二撃目が振られる。

 なるほど、コイツは再生能力持ちか。

俺は足を地面食い込むほどふんばり、

更にスパイクを突き立て、

尻尾を真正面で受け止める。

衝撃はあったが、スフェーンの蹴りより遥かに軽い。

びくともしない俺に、

ドラゴンはまた驚いた顔になる。

 ふと、蜥蜴もこんなに表情豊かなのか気になった。

まぁ、今は良い。

掴んだ尻尾を思い切り引っ張った。

全長約40メートルの巨体が浮き上がる。

そのまま俺は背負い投げの要領で地面へドラゴンを叩きつけた。

地面に深くめり込む赤い巨体。

重さすら利用した地球という地上最大の鈍器による一撃。

血飛沫がテーマパークの噴水のようにあがる。


「ガーネット、ネル。」


 俺がそう言うと、

ドラゴンへ向けて息付く間も無く魔法が降り注いだ。


「死なないなら、死にたくなるまで死に続けろ。」


 俺はその死に体のドラゴンへ思い切り拳を振り抜いた。

閃光、発火、衝撃波。

土埃が収まると、

大きなクレーターの真ん中にドラゴンらしき肉片がいくつかいる。

よく見ると肉片は蠢いて集まっていく。


「なかなか死なないのか。」

「痛みはある、あると思いますよ。

呪術とか効果的かと。」

「ネル、貴女はムリしない。

魔力を温存ですよ。

まだ何が起きても不思議じゃありませんから。」

「ネル、最近上手く話せるようになってきたな。」

「ある、アルジ様、みたいな、

あの行とらの行がならぶと、

時々つっかえてしまいます。」

「貴女が覚えてたあちらの言葉は、

発音がかなり特殊ですからねぇ。」

「“アルミ缶の上にある、あるミカン”、は言えます。」

「誰だ? そんなの教えたのは。」


 俺たちに緊張感は欠片もない。

コイツら、思っていた以上に弱い。

スキルや身体能力は凄まじいが、

ネルの時のような巧妙さがない。

金猿のような姑息さがない。

 大きな棒切れを振ってる子供と言った感じだ。

例え棒切れでも、達人が持てば必殺の凶器だが、

こうなると見ていられない。


「私も本気を出す必要なさそうですね。」

「ガーネットの角がまた見れるかと思ったんだが。」

「アルジ様、あれは一応“黒歴史”と人が呼ぶ部類です。

望んでそうなってませんし。」

「カッコ良かったぞ。」

「今度生やします。」

「……ガーネット様、あの山の人の時、

角が生えてましたよ?

一瞬でしたけど。」

「……マジですか?」

「そう言えば、確かに。」


 話しているうちに、ドラゴンが元の姿に戻っていく。


「二分くらいで全快ですか。」

「ある、アルジ様。

二分置きに、うろ、鱗を全部剥がしましょう。」

「身体がデカイから、末端部分の感覚が鋭敏なはずだ。

鱗を剥がすなら、足の先か手の先だ。」

「コイツら、狂ってんのか?」


 離れたところから声が聞こえた。


「おら! ドラゴン!

聞けぇ!

 このままじゃ、俺もお前もやられちまう!

だから、協力しよう!」


 なるほど、従属させるのか。

さすがに止めよう。


「あぁ!?

お前、竹田か?!」


 どうやら、ドラゴンもやはり“勇者”だったようだ。

竹田は後から参入した一人の名前だと思う。

ただ、どうやってあの男はドラゴンのことがわかったのか。

 ドラゴンはどう見ても会話できる声帯じゃない。

鑑定なら、俺にもかけているだろう。

そうなら、俺は拒絶している。

しかし、鑑定のときに対象に起きる悪寒はなかった。

施術者のレベルが圧倒的に高いと、

悪寒もないらしいが。

実はアイツの方がレベルは高いのか?


「今も鑑定不能ですけど、

ある、アルジ様よりはレベルは低いものと思います。」


 ネルが察して答えてくれた。


「ネル、もっとよく鑑定してください。

今、アイツの中に猿の魔王の情報も混ざってませんか?」

「……いいえ、それはありません。

混ざってるのは、アイツと霧の何かと、

財前さんです。」


 ネルの鑑定は“賢者”込みなので、

かなり詳細まで見えたはずだ。

ガーネットも鑑定しているが、

どうやら結果は同じらしい。


「契約される前に、男は仕留めとくか。」


 俺はドラゴンに向けて話し続ける男に全速力で近寄った。

男は驚いた顔で、完全に無防備だ。

対象との距離、約一メートル。

必殺の間合いだ。

 刹那、真上から何かを感じる。

俺は直感にしたがって飛び退くと、

今度は大きな石が真上から降ってきた。

男に直撃し、下敷きにしたそれは、

卵のように割れて中から大蛇が出てきた。


「……日本に着いたんじゃないのか?」


 全長六メートルくらい、

太さも二十センチくらいある大蛇が日本語を話す。

これは、不味い。


「てぇめぇ!

山元! どけ!

重いわ!」

「……てめぇ、江頭か。

知るかよ。

自分で出てこい。」


 やはり、“勇者”だ。

どんどん集まってきている?

戦闘によって発散している魔力に呼び寄せられたのか?


「……そこのドラゴン、竹田だな。」


 どうやら、“勇者”同士ならお互いを認識できるらしい。

山元、江頭、岡村は初期の“勇者”の三人だ。


「……そこのやつらは、誰だ?」

「敵だ!

やっちまえ!」

「お前はうるせぇんだよ、江頭。」


 しゃべる蛇は淡々としている。


「岡村、そこにいんのか?」

「あぁ?!

岡村は死んだから、俺の能力で助けてるんだ!」

「どこが助けてる、だ。

道具みてぇにしやがって。」


 気になる点はあるが、

全員集まる前に仕留めよう。


「そいつら、バケモノだ!

めちゃくちゃつえぇ!」

「敵対したのはお前だ。

俺は知らん。」


 そう言って、

蛇は岩から降りて俺たちの方へ向き直る。


「話し、できるか?

俺はコイツらと知り合いだが、

仲間ではない。」

「はぁ!?

一緒に“勇者”やってたろぉが!」

「黙れ。」


 雲行きが怪しい。


「俺は、死にたくない。

敵が強力なら尚更だ。」


 やっぱり、行動原理は“不死への渇望”か。


「インドは水が合わねぇ。

文字通り水質が違う。

やっぱり、日本の水が良い。

水がありゃ、他は望まん。

だから、見逃してくれ。」


 インド周辺にいた魔王か。

十六人の内、四人がここにいる。

今はどいつが敵か、が重要だ。


「すまんが、そのまま見逃すほど暇じゃない。

俺と契約するなら、見逃して良い。」

「……江頭が岡村にしてるみたいな、か?」

「それは知らん。

違うと思うが、わからないものを比べられない。」

「じゃぁ、交渉決裂か。」


 俺はとっさに左へ飛ぶ。

俺が居たところに氷のつぶてが降ってきた。

 なるほど、コイツは闘いが上手い。


「竹田、前に出て盾になれ。

岡村、お前は速く出てこい。

江頭、岡村を解放してどっかいけ。」

「何言ってんだ?!

岡村を解放したら死んじまうんだぞ?」

「じゃぁ、お前は邪魔だから、岡村に変われ。」

「できねぇって!」


 指示をてきぱき飛ばし、

ドラゴンはその通り俺たちへ駆け寄ってきた。


「ネル、ガーネットと蛇を。」


 俺がそう言うと、二人は手を鳴らした。

ドラゴンはまっすぐこちらに来たので、

俺はまっすぐ殴り付ける。

俺が拳を振り抜く瞬間、

俺の顎の下から氷柱が飛び出した。

ガーネットは指を鳴らして、氷柱を消し飛ばす。

その一瞬をついて、

ドラゴンは羽根と腕を胸の前でクロスして防御を固めた。

俺の拳が振り抜かれる。

ドラゴンとの距離、約15メートル。

衝撃と爆風がドラゴンを襲うが、

巨体が踏ん張りなんとか耐える。

 上手いな、ホントに。

司令塔が立っただけでここまで変わるのか。


「竹田!」


 ドラゴンはその一言で傷だらけの身体のまま俺に爪を振るう。

俺はその爪に向かって回し蹴りを放った。

小気味良い音と共に大きな爪が両断される。

だが、それはまばたきより速く回復した。

身体は傷だらけのままだ。

ここに回復を集中させたのか。

俺は振り下ろされた爪を飛行で回避する。

爪の跡に地面がぱっくり割れる。

 俺の身体にまた氷のつぶてが放たれたが、

飛行できる俺には空中にいることはどうということはない。

簡単に回避して、ドラゴンに向き直る。

飛べない相手なら、今ので仕留められたろう連携だ。


「飛べるのか。」

「俺も!」


 男はまた俺に向かってきたが、

ケンカパンチを俺の顔めがけて振りかぶるので、

思わず笑ってしまった。

黙って食らってやろう。


 ぽよん。


 案の定、拳はスライムヘルムに弾かれる。

鳩が豆鉄砲を喰らった顔、とはこれのことか、と

俺が感心するくらい間抜け顔で男が驚く。

次の瞬間、ガーネットの拳の魔法が男を乱打した。

男は地面に派手に叩きつけられる。


「ガーネット、前も聞いたが。

これ、なんだ?」

「あー……。

魔力をイメージで固めて、飛ばしています。

ネルの防御壁の攻撃転用です。」

「なんで、俺の手の形なんだ?」

「……アルジ様のパンチ以上に強力なものを私は知りません。」

「……ガーネット様、もう諦めていいのでは?」

「ネル、私、今だけは正論を聞きたくないです。」


 ローブで顔を隠したガーネットと、

その肩を揺するネル。

まぁ、後で聞き直すか。


「邪魔だっつってんだろ、江頭ぁ。

黙って俺の言う通りにすりゃ、良いんだよ。」

「うるせぇんだよ、山元!

あの時、俺が石投げたから、“勇者”んなったんだろぉが!」

「なん十年も前のことを、

ずっと擦ってるようなみみっちぃヤツが、

偉そうにすんじゃねぇ。」


 “勇者”同士の仲は悪そうだが、

目的が同じなら協力する感じか。

ドラゴンは既に全快している。


「ガーネット、ネル。」


 俺はそれだけ言うと、全速力で駆け出した。

目標は、蛇。


「竹田!」


 ドラゴンが立ち塞がるが、いかんせん巨体な分遅い。

俺は足の間を駆け抜け、蛇へ向かって加速する。

そこへ、雷が駆け寄ってくる。

 これも雷の状態では攻撃できないようだ。

俺の目の前に男が表れたので、

そのまま轢く。

骨を踏み砕く感覚が俺の足に響く。

 蛇から氷のつぶてが飛んできた。

だが、そのまま俺は突き進む。

俺の走る速度は氷のつぶてが飛び出すより少し速いようで、

威力が減衰する。

蛇がそれに気づいて、

氷のつぶてを空から落とし出した。

 だが、もう遅い。

俺は氷のつぶてを身体に受けながら突き進み、

蛇へ肉薄した。


「……マジか。」


 蛇の呟きを無視して、

全身全霊のタックルを叩き込む。

だが、手応えはなかった。

水が跳ねる大きな音が響き渡り、

俺の身体が濡れる。

 蛇は視界にいない。

水が跳ねるだけだ。

水風船を割ったようだ。

まさか、と思い全速力で飛行して身体から水を飛ばす。


「……感が良いな。」


 蛇の声がする。

水が磁石に引き寄せられた砂鉄のように集まっていく。

水が固まり、スライムのような、ゼリーのような、

半固形になって、蛇を形作った。


「身体の中から食い破ってやろうとしたが、

あの頭のやつ、飾りじゃねぇな。

水になってる俺すら通さなかった。」


 “水”で構築された身体。

なるほど、水に形はない。

叩いて砕けず。

切ることもできず。

熱すれば湯気や雲に。

冷やせば氷に。

臨機応変に形を変える不滅に近い存在。


「これは、べらぼうに面倒くさい。」


 俺自身タフネスを売りにした戦法を取っているが、

目の前のやつらも同じようだ。


「鑑定が終わりました。

ある、アルジ様のお察しのとお、通りに、

身体が水でできてます。

ただ、あの蛇の“魂”が溶けた水のみ、

身体としてコントロール可能です。」

「また“魂”か。」

「アルジ様、“魂”を個人を形作る情報と仮定して、

計測しようとしてます。

観測はできましたが、干渉はできませんでした。

 もっとクラッキングして、

転生の権限も奪えば良かったかと。」

「転生って、結局死なないのか。」

「その辺のミジンコに転生させれば勝てましたよ。」

「闘いとしてはつまらないが、

この場合は仕方ないか。」

「ドラゴンの方は見た目通りです。

後、食べたものを全てエネルギーに変換するスキルが

ある、あるくらいでした。」

「便をしないのはエコで良いですね。」


 情報が出た。

無線の向こうから声がする。


「小暮だ。

そのドラゴンが蛇と猿を食べたら、どうなる?」

「エネルギーに変換されて吸収されます。

“魂”だけ、どう変換されるのかわかりませんが。」

「行けそうっスよ。

だって、“魂”が情報と仮定すると、

何らかのエネルギーの固まりっスから。」


 情報を適切に取り扱い、

考える人が別でいるのは力強い。


「ドラゴンにどうやって食わせるか、が問題か。

ガーネット大師、魔法で操れないか?」

「長時間は無理ですが、短時間なら。

三分ほどですね。」

「ガーネットちゃんの幻覚とかどうっスか?」

「“勇者”同士なら、何故か見分けられるので、無理です。」

「ネルちゃんの“呪害”で行動を制限して、

ガーネットちゃんが操れば行けそうっスか?」

「ある、アルジ様の“呪害”を解除することになるので、

試すにはリスクがあり、あります。」


 こうしてる間に、

ドラゴンが俺に向かって飛び上がる。

ガーネットたちは姿を消しているが、

いつバレるかわからない。


「ガーネット、戦闘体制に移行。

ネルにバリアをはって、護れ。

ネル、随時鑑定をして、新しい情報は無線で流せ。

後、大和桜のメンバーは退避できましたか?」

「あ、黒川です。

一応皆かなり遠くまで来たよ。

大体八キロくらい離れてる。」

「わかりました。

小田さんたち、研究所メンバーは、

なにか気づいたら報告してください。」


 俺はそう言いながら、

大きな口を開けて向かってきたドラゴンを回避して殴る。

頭がつぶれるが、すぐ復帰する。

 ドラゴンの頭が首から切り落とされた。

ガーネットがカミソギを振り切った。


「竹田。

見えないが、近くにもう一人いる。

岡村、相手しろ。」

「だから!

岡村はだせねぇって!」

「なんでもいいから、行け無駄飯食らい。」


 雷が飛んできた。

ガーネットは見つかってなさそうだか、

そろそろうっとうしい。

だが、予想外に雷は俺を通りすぎて空高く上がっていく。


「こうだぁ!!」


 空高く、稲光が割れた窓ガラスのように空を覆う。

轟音が響き渡った。

すると、雲が見る間に集まり、雨が降りだす。

雨だ。

水だ


「べらぼうに不味い。」

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