第40話 上り道

 ヘリはいわき市の郊外に降り立った。

人気がない。

閑散としている。

 ヘリの運転をしていたのは、

ポーション事件でもヘリを飛ばしてくれた彼だ。


「目的地はここから約20キロ北です。

アイツ、大きなスケルトンを三体くっつけて、

城を建てやがったんです。

市民の死体でです。」


 いつかのようにその瞳には怒りが宿って見える。

俺はあのときのように言った。


「周囲はあの“黒い風”が吹き荒れています。

何をするにせよ、距離を大事にしてください。

とりあえず、逃げている生き残った人たちを集めて、

大型バスかなにかで運んでください。

貴方は大抵の乗り物を運転できるでしょ?」

「分かりました。

ただの乗り物好きのフルビッターですが、

やれることは全てやりたいです。

 ちなみに、船も行けます。

バスがダメなら船で皆を埼玉まで運びますよ。」


 彼はそう言って、ヘリを飛ばしてどこかへ行った。

俺はああ言う人がヒーローだと思う。

 俺みたいなただ暴力を振り回すやからは、

決してヒーローではない。


「さて、皆さんは六人ずつ三チームで散会して、

ドローンを一機ずつつれていってください。

動画を見た公安の方が無線で指示をくれるので、

手当てと移送をお願いします。

 魔力計は四つしかないので、

各チーム一つずつもってください。

常に針をみて、

イエローのゾーンに入ったら引き返してください。

レッドのゾーンに入ったら死にます。

分かりましたか?」


 黒川が手を上げた。

俺は仕方なく、どうぞ、と言う。


「連れていって欲しい、とは言わないけど、

櫻葉さんの様子を知りたいの。

たまに通信ください!」


 俺の予想より控えめな黒川に、少し驚いた。


「……随時、というのはムリですが。

標的が視界に入ったときと、

戦闘開始は必ず通信します。

そのときは可能な限り俺たちから離れてください。

巻き込んだって気づきすらしませんから、

一目散に逃げてくださいね。」

「分かった!

ありがとう!」


 黒川はそう言って、

手際よく大和桜のメンバーを三チームに分けていった。

 俺は“神装”を装着し、“鐡鎖”を伸ばす。

六本はスフェーンにやられて、

まだ中ほどでちぎれている状態だ。

残りの鐡鎖は十本。

まぁ、これは無いものとして考えよう。

鎖を引っ込めて、地面に墜ちていた金猿を掴み上げる。


「……それさ、ホントに魔王?」


 黒川がそう言うのもムリはない。

痩せ細り、目は虚ろ。

毛という毛をむしられ、

手足を引きちぎられ、耳も鼻も乳房すら奪われて。

辛うじて生かされている金猿。

もうモンスターとしての覇気が一つも感じられない。


「良いモルモットです。

死ににくいので、崩れる経過を観察しやすい。

中身が逃げるか、スケルトンになるかも見物ですね。」

「……“憑依”だっけ?

魂とかそんなのが自由に出入りできる、って

考えると強いよね。」

「まぁ、捕まればこの通りですがね。」


 俺は干し葡萄のような魔王をつり上げて見せる。

大和桜のメンバーは一様に苦笑いした。


「では、各自、散会。」


 俺たちは運転手の彼が言っていた城へ向かう。

大和桜のメンバーは城の周囲を回るらしい。

各々散会して行った。


「とりあえず、最短ルートで行く。

飛ぶぞ。

ガーネット、ネル、乗るか?」


 二人は同時に手を叩いた。

両肩に魔王を乗せて、

片手の魔王を引きずり俺は飛び出した。


「ガーネット、パワーバフを頼む。

ネルは“呪害”でウェイトアップを任せた。」


 指示と同時に魔法と呪術がかけられる。

まっすぐ飛び続けると、

白い建物が廃墟の真ん中に見えてきた。


「アルジ様、まだ距離はありますが、

魔力計が、イエローとレッドの間くらいです。」


 ガーネットの声を聞いて、

俺は止まって地面に降りる。


「アル、アルジ様。

鑑定結果、“黒い風”は魔法でもスキルでもないです。

から、身体の一分がこれです。

 でも、混ざってて、ごちゃごちゃで、

ちゃんと鑑定できません。」

「混ざってて?

モンスターと魔王がですか?」

「それと、財前さん、もです。」

「……あの人、生きてるのか?」

「そこまでは分かりません。

本当にグチャグチャで。

常に動いてて。

ちゃんと捉えられないです。」


 なるほど、分からないということが分かった。


「ありがとう、ネル。

ガーネット、この猿で実験開始だ。

呉羽さん、ドローン展開。

小田さん、計測と分析を。

他の皆さんはなにか気になったら、

すぐ無線で教えてください。」


 無線越しに歓声が聞こえる。

それに遅れて大和桜のメンバーから、

ドン引きした返事が聞こえた。


「狂ってるくらいでちょうど良いんですよ?」

「櫻葉さんの感覚、分からなくないけど、

実践した人初めて見た。」


 黒川の声も引いている。

気を取り直して、俺は“鐡鎖”を金猿に結んだ。

ゆっくり城へ向けて猿をつき出す。

ドローンは十機付いてきた。

それのうち五機は俺たちの周囲で止まり、

五機は猿を計測しながらついていく。


「そろそろ“風”に触れる。」


 よく見ると金猿の身体が崩れ出した。

人間の身体よりゆっくり崩れ出す。


「ガーネット、ネル。

二人で鑑定してくれ。」

「はい。

まだ、魔王はあの猿の中にいます。」


 魔王に苦しんだり痛がったり、

そう言ったアクションはない。

お湯に付けた固形の入浴剤みたいに崩れていく。


「小田っス。

やっぱり体温が奪われてるっス。

凍傷とは違うようっスけど、

結果的に壊死して崩れてるっス。」


 すこししたら完全に肉がなくなり、

骨だけ残った。


「その……まだ、そこにいます。

魔王の、魂とか言うのでしょうか。

情報だけ残ってます。

しかも、身体を失っているので呼吸できず、

痛みと苦しみでどんどん疲弊してます。

 あ。なにか来ました。」


 さすがに俺にはなにも見えないが、

なにか来たらしい。


「……これ、凄いです。

弱った状態の魔王ですが、隷属されました。

従魔契約に似てますけど、

従う方に自我があろうとなかろうと、

主の指示に従う人形にされてます。

 しかも、マッチポンプです。

死霊術と言うのでしょうか、

死んだのに死ねない苦しみに対して、

解放を対価にしてるから断らない、断れない。

 契約が締結されました。

動きますよ、あれ。」


 俺にはずっと猿の骨しか見えない。

だが、それはゆっくり揺れだし、

やんわり光る。

光が欠損した手足に集まり、

徐々に骨の手足が生えていく。

 猿の骨はゆっくり立ち上がり、

城の方へ歩き出した。


「……酷いですね。」

「ある、アルジ様、気を付けてください。

多分、主従契約ごと持っていかれます。

ある、アルジ様があれにかかってしまったら、

私たちも操られます。」

「死んでるのにか?」

「死んでからなら大丈夫ですよ。

従魔契約は死ぬまでですから。」


 俺が以前死んだときは、

ガーネットとの契約がきれた。


「それなら、

死なない程度にいたぶって契約した場合は

二人もしたがうことになるのか?」

「多分、そうなりますけど、

アルジ様、それで契約します?」

「しないな。」


 最後まで戦う。

従う気はさらさらない。


「お兄さん、さすがっスねぇ。

一応、そのスーツに体温調節機能はあるっスけど、

あそこまで急激なのは防ぎきれないっス。

スキル“神装”で防いで欲しいっス。」

「泉屋だ!

ブーツの具合はどうだ?

あぁ? 良いに決まってるな? な?!

 それよぉ、ダンジョン仕様の青銅だからよぉ。

熱伝導率がかなり良いんだわ。

わりぃ。

 でもよぉ、足の裏に踏ん張りが効くように、

スパイクを仕込んである。

かかとで踏ん張ると、

三ヶ所から針が飛び出すからよぉ。

うまく使ってくれ! な?!」


 俺は新装備を確認する。

確かに、装着した上からスキル“神装”を発動したが、

いつのまにかマント、グローブ、ブーツは

神装の上から装着されていた。

グローブとブーツは大きさが神装に合わせて

大きく広がっている。


「承知した。

じゃぁ、まっすぐ行ってみようか。」

「アルジ様、少しだけお時間をいただきたく。」


 珍しくガーネットが手を上げて言う。


「良いぞ。どうした?」

「ネル、ちょっとこっちに来てください。」

「あ、え?

はい。」


 ネルはふよふよとガーネットのそばまで飛んでいく。

ガーネットはネルの肩に手を置いて、

神妙な面持ちになった。


「ネル、いいですか。

今から貴女には話しません。

貴女の中の、

たぶんいるであろう存在に話します。

貴女は何を言われても気にしないでください。」


 俺も、ネルも思わず首をかしげる。

だが、ガーネットは真剣な顔だ。


「聞いてますよね?

そこにいますね?

私の知ってる人じゃないと、思うんですけど。

でも、言いたいので、言います。

 ネルを助けて上げてください。

貴女もあの人のようにここで何か感じているなら、

少しでも良いので助けてください。

 過去に色々あったのは、

私でも察して余りあるものがあります。

でも、いえ、だからこそ、

ここならネルを助けて良いはずです。」


 俺は察して何も言わないことにした。

ネルは知らないので、今もぽかんとしている。


「貴女に言っても意味がないことは分かっていますが、

私はお礼を言いそびれてしまいました。

だから、代わりに貴女に言います。

ありがとうございます。

お陰で、私は幸せです。

 ネル、ありがとう。

もういいですよ。」


 ネルはポカンとした顔のままで頷いた。

俺は知っている。

多分、ガーネットはギフト“賢者”に話したかったんだ。


「よし。

じゃ、ここからは戦闘開始と見なす。

ガーネットは遊撃、

ネルは鑑定と周囲の状態を逐一報告してくれ。」


 二人は同時に手を叩いた。

俺はまた“神装”の能力で浮き上がり、

低空で飛行する。

ガーネットは、ネルを抱えて付いてくる。

 城が近づいてきた。

白い、白い城だ。

デザインは洋風。

城壁はない。

城だけがそこにある。

ただ、デカイ。

あそこのどの辺りに敵がいるのか。


「ある、アルジ様!

敵に捕捉された模様です!」


 ネルがそう叫ぶのと同時に、

“黒い風”が竜巻のように渦巻き襲いかかってきた。

俺は空中で体勢を整え、思い切り右の拳を振り抜く。

 閃光、爆音。

そして、見えたのが太陽のような火球。

なんだこれ。

 パンチの破壊跡を焼き尽くして消える太陽。

あ、これが追撃か。

いつもの爆発なんて目じゃなかった。

小さい太陽が、襲いかかっている感じだ。

文字通り、俺の目の前が更地になった。

右手のグローブは2センチほど焼けて縮れている。

 ガーネットとネルすら口が開いたままになっていた。


「小田さん、やりすぎ。」

「いやっふー!

サイコーっス!!」

「ねぇ! 櫻葉さんの方でなんか光ったよ?!」

「黒川さん、戦闘開始しました。

あれに巻き込まれたくなかったら退避を。」

「うわっ!

全員、退避!」


 無線の向こうが慌ただしくなる。

俺は周囲を見ると、黒い風がなくなっていた。

今ので吹き飛ばしたか?


「アルジ様、黒い風、残ってた分は逃げました。」

「ある、アルジ様、凄いです。」


 二人は目を丸くしている。

俺は思ってたより酷い有り様になった街の風景に、

心の中で謝罪した。

なんか、すみません。


「んだ?!

てめぇ! なんだ!」


 声が聞こえた。

財前の声だが、財前はそんなことを言うはずがない。

出てきたようだ。

 人骨のオオムカデにのって、

テレビで見たあの男が城からこちらに向かってきた。


「なんだお前?!

新手のモンスターか?

あぁ?

俺が“勇者”だと知っててカチコミやがったか?!」


 ヤンキーというより、チンピラだ。

三下のいきがってる、チンピラ。

財前の顔だが、声だが、絶対違う人間だ。


「なんとか言えや、ごら!」

「死ね。」


 距離、約三百メートル。

構え、よし。

方向、よし。

 左右の手を軽く握り、

左手を突いた状態にまっすぐ伸ばす。

右手はあばらの下あたりで構える。

足は肩幅より少し広く。

 俺は左腕を引きながら、右腕を捻りつつ突く。

空気が裂け、真空の中を右の拳が貫く。

突き出した腕は伸びきり、

真空の中で起きた高熱で発火し、

巨大な太陽が生まれる。

 遅れて真空を貫いた拳の衝撃が太陽を押し込み、

貫いて閃光と爆音を起こしながら目の前の全てを飲み込んでいく。

多分、黒川のパイルバンカーより速度は遅いが、

範囲が違う。

白く輝く焔が渦を巻いて、

俺の正面にある全てを蹂躙する。

 破壊は一瞬。

土埃と焼けてガラスになった地面から湯気が立ち込め、

何も見えない。

警戒は怠らない。


「アルジ様、まだです。」


 ガーネットがそう言うと、

次第に周囲が見えてきた。

城はなくなっていた。

その代わり、目の前に白い球体が浮いている。

球体から湯気が上がり、

独特な匂いが辺りに立ち込めた。


「……本当に、何もんだ?」


 球体が崩れ、中から無傷の男が出てきた。

漆黒の頭蓋骨に空いた奈落のような瞳が俺を睨む。


「岡村を取っ捕まえてなかったら死んでたぞ。」


 白い瓦礫は次第に猿の骨になっていく。

なるほど、骨を集めて凌いだのか。

後、猿の名前が岡村か。

“勇者”の一人の名前だ。

確か、初期の三人の一人だったと思う。

 俺の右のグローブは中ほどまで焦げて縮れている。

魔王二体。

まぁ、ムリではない。


「集めた下僕がほとんど消えてら。

なんだよ、そ……!

いや! 嘘だろ?!」


 俺は悠長に話す男と骨へ二発目を打ち込む。

次はそれで終わらせない。

打つと同時に上空へ移動し、

大気が熱を持っている中、受け取った爆弾を撒き散らす。

 鉄球入りの物では骨に効果が薄いので、

火薬のみの爆薬をありったけ投げ込んだ。

爆風が収まらない中、殴ったのと逆方向へ移動し、

もう一撃拳を振るう。


「オーバーキルだよ!!」


 無線機から黒川の声が響く。

手首近くまで焦げたグローブを脱ぎ、

ガーネットから新しいグローブを受け取って装着する。


「おまぇなぁ?!」


 土煙から男が叫びながら飛び出した。

雷に変身して、あり得ない早さと角度へ飛び下がる男。

その姿は、猿の骨を鎧のように身に纏っていた。


「ざけんな!

何発も打てるとか、反則だろぅが?!」


 そうがなりながら、

男が俺へ向かってきた。

雷に変身しているので、早いことは早いのだが。

スフェーンを見てしまった俺には物足りなかった。

どうせ出現場所は俺の真後ろだ。

 案の定、真後ろに出て来た男のパンチを回避し、

拳を掴んで握りつぶした。

骨の拳は小気味良い音と共に粉微塵になる。


「はぁ?!

ダイヤより固いんだぞ!?」


 なんか、やっぱり敵モンスターの気分だ。

思わずため息が出る。


「アルジ様! 上!」


 ガーネットの声で見上げると、

とんでもない早さで飛行機が俺と男に向かって急降下してきた。

ソニックブームが音を蹴散らした。

音速で墜ちる気だ。

 とっさにガーネットとネルを抱えた。

ガーネットとネルはバリアを展開した。

 地面に触れた瞬間、閃光と爆発が起きる。

バリアのお陰でなんともないが、

墜ちる瞬間見えたものに虫酸が走る。

さすがに、これはいただけない。


「どういうつもりだ?」


 俺は誰にも届かない疑問を投げつけた。

飛行機の瓦礫の中には、

赤い鱗の羽が生えた巨大な蜥蜴がいた。


「どいつもこいつも、

人に押し付けてくつもりらしい。」


 三つ巴の闘いが始まる。

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