閑話“道祖神”

 ドローンにくくりつけたポーションは、

ニンジンのように魔王を見事釣り上げた。

このダンジョンは入り口が大きい。

空母もすっぽり収まる。

だから、海上に建築した人工の門で蓋をしていた。

 門を開く。

海水が流れ込む。

門が全開になるまで十分かかる。

 その間、大和桜のメンバーたちは外で待っている。

全員フル装備だ。

備蓄もたっぷり用意した。

総勢341名。

その内スキル持ちは102名。

他のクランでは不可能なスキル持ちの大軍勢だ。

スキルがない者もレベル3以上しかいない。

日本のトップハンターだけで構成したクランだ。


「全員、聞こえてる?

財前だ。

通信機の確認と、作戦の最終確認をする。」


 通信機から、いつもとは違う財前の声がした。


「このままドローンで魔王を乗せた空母を

ダンジョンへ引き込む。

約三十分くらいでここに来る見込みだ。

 全員二階へ降りる階段近くに待機。

空母がダンジョンに入ったら、作戦開始だ。

所要時間は八分。

それ以上、一秒でもオーバーする場合は撤退だ。

デッドラインは十分。

それを越えると何が起きてもおかしくない。

全員、即時行動可能にしててくれ。

門が開いたら、皆準備開始。

 絶対生き残る。

危ないと思ったら、命令を個人で破棄して逃げろ。」


 逃げろ、なんて普通は言わない。

アニメや映画でしか聞かない命令だ。

でも、今回はアニメや映画が現実に飛び出してきている。

皆、緊張して、身体が強張っていた。


「櫻葉さん、来てないけど。

今回活躍して見初められれば、

黒川さんみたくテスターに呼ばれるかもね。」


 財前の一言でメンバーは一気に盛り上がった。


「マジかよ。」

「あの服いいよね!」

「武器だ。俺もスキル対応の武器がほしい。」


 各々、期待に胸が膨らんでいる。


「まぁ、言っちゃなんだけど、

櫻葉さんより研究所の人が興味持たないと作ってくれないんだ。

僕何回もあそこに行ってるけど、

研究所の人に無視されてる。

と、いうか存在自体認識されてなかった……。

“あ、そんなとこに誰かいたんっスか?”って、

言われてさ……。

顔マジなんだもん。

泣いたよね……、さめざめと泣いたよね。」


 メンバーから苦笑が漏れた。


「吾郎、櫻葉さんそれに気づいて、

吾郎のメンタルのために出禁にしようか、って

言ってたよ?」

「……心遣いが痛いなぁ。」


 通信機から黒川の声も聞こえてきた。

いつもの漫才である。


「研究所のあの人たち、頭おかしいから。

私もなんか、スキルの付属品の扱いだし。」

「聞いてたけど、実際に見ると頭おかしいよね。

良い意味だけど。

その辺の土と雑草を子供が捏ねるみたいなノリなのに、

超絶技巧でさ。

片手間で火薬を捏ねながら真剣に雷管作ってるの見たら

自殺行為なのに、

ちょっとホッとするんだよね。」

「櫻葉さん、人脈が尖ってるよね。

あんな人たち私も遇ったことないもん。」


 メンバーが違う意味でざわめく。

人外魔境、と誰かが呟いた。


「まぁ、そんな人が作った爆弾が山ほどあります。

一つに160グラムの火薬と

BB弾くらいの鉛玉がぎっしり入った

条約とか無視の凶器だから、

魔王もただじゃ済まないよ。

でも、ゾンビの取り巻きを盾にされると届かないから、注意してね。

 後、味方の方に投げたり、

自分の近くに落としたらなんか叫んで逃げてね。」


 弓やボウガンを持つハンター全員に配られている爆弾。

ペットボトルの麦茶くらいの大きさ、重さだ。

近くに落としたらただじゃ済まないのは

見た目でも分かる


「開門完了。

全員突入。持ち場へ走れ!」


 大和桜たちは門の中へ身を踊らせた。

入るとそこは半ば水没した石造りの都市だった。

地下二階へ降りる階段は都市の中央付近にある。

一旦全員集合し、備品を運んで準備する。


「俺、ソロ無理だわ。」

「ほんと、ほんと。

こんなん全部一人でできるわけない。」

「でも、櫻葉さん、ソロなんだよな。」


 話題はやっぱり櫻葉のことだ。

あの猿の魔王が襲ってきたときにいたベテランたちが話す。


「変身だよ、あれ。

めっちゃカッコよかった。」

「パワーもだけど、タフネスがやばかった。

どんなに攻撃されても、ピンピンしてるもん。」


 学校のダンジョン災害を見てたメンバーもいる。


「ワンパンで、ビルへし折るんだよ。

そりゃ、魔王も木っ端微塵だわ。」

「ロア(咆哮)のスキルあるのかな。

吼えるのカッコいいよな。」


 大和桜のメンバーは、

基本的に引き抜きで集められている。

若手からの育成は最近始めた事業だ。

だからベテランは皆、ハンターの厳しさを体感している。

だから、櫻葉涼治がどれだけ特異か分かる。

 ここにいる誰もが、

大なり小なり酷い目にはあっている。

それを運や知恵で逃げきった。

決して、力では逃げられなかった。

立ち向かうなんて、もっての他だ。

 でも、彼は違う。

その丸太のような腕は、不条理を不条理で叩き潰す。

その辺の大樹の根のような脚は、

地を蹴り空を駆け抜ける。

その丸い緑の頭は、どんな攻撃も弾き返す。

自分達がなりたかったハンターだった。


「いないのか。」


 誰かがそう呟いた。

主語がなくても、分かってしまう。

不安がじんわり広がっていく。


「大丈夫。

俺たちがしくじっても日本にはあの人がいる。」


 誰かがそう言い返す。


「そうだな。」

「家族は助かるかな。」

「あの人のそばに近寄らなきゃ助かるだろ。」

「近くは巻き添え食うもんな。」


 諦観ではない。希望だ。

自分が死んでも、彼がいる。

戦う者にしか分からない、背中の安心感。

死と言う恐怖と不安より、

魔王によって家族や友人がゾンビになる方が

恐ろしい。

 自分が負けてもあの人が何とかしてくれる。

残念なのは、その光景が観れないことだけ。

何故かみんな笑顔だった。


「まっすぐ空母がこっちに来た!

作戦準備!

五分後には戦闘開始だ!」


 いよいよだ。

作戦は単純。

空母が入ってきたら、ダンジョンの入り口を閉める。

黒川がそこにすかさずパイルバンカーを撃ち込む。

狙いは融合炉。

 今メンバーのほとんどは地下二階にいる。

核爆発はあくまでも普通のものなので、

ダンジョンへ影響がでない。

黒川はスキルで地下二階へ逃げ、爆発を回避。

残ってるメンバーも地下二階へ回避。

 被曝の恐れはあるが、

爆発が収まったら地下二階からメンバーたちが一階へ飛び出し、

弓とボウガンで爆弾を飛ばし集中砲火。

2グロス、288本の爆弾をほぼ一斉に放つ。

これはダンジョン仕様なので、

爆弾を放ったら大盾をもったメンバーが展開し弓兵を護る。

この盾なら爆発も耐えきれる予定だ。

その爆発の後、黒川が再度スキルで敵へ近づき、

魔王をパイルバンカーで撃ち抜く。

 運が良ければ、爆弾で仕留めきれる。

ダメでも弱らせることは出きるはずだ。

それに、長居するとイレギュラーモンスターが

現れる可能性が高い。

 イレギュラーモンスターの強さは

魔王を軽く凌駕しているはずなので、

遭遇したら間違いなく死ぬ。

だから、それまでに終わらせる。


「あー、財前だ。

最後に一言。

これは、人類初の計画的な戦闘だ。

今後この作戦をもとに他の魔王とも戦う。

僕らが道を作るんだ。

 作戦名は“桜大戦”かな?

それとも“大和”とか?」

「バカなこと言ってる間に準備しなさい。」


 黒川にたしなめられる財前を皆で笑った。

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