第38話 別れ道

 新学期が近づいてきた。

藤堂とはしばらくWEBの通話しかしてなかった。

久々に会えるのは楽しみだ。

最近は研究所のこともあるので、

通話の頻度が減ってる。

 その研究所に、黒川が入り浸っている。

パイルバンカーの訓練、というが、

財前がついてきて、

毎回土下座して武器と服をねだる。

財前だけ出禁にしようか悩んでるところだ。


「お願いいたします!

お金も用意しますし、可能な限りなんでもします!

防具を!

武器でも良いです!」


 地面に顔を埋めて叫ぶあの必死さは本気だ。

でも、人間ブラックホールに興味を抱いてしまった

研究員たちには何も響かない。

悲痛だ。

あまりにも憐れだ。

 黒川が装備で化けたこともあるが、

服が圧倒的に良いらしい。

黒川が左肩のバルドリックをメインに

中世ヨーロッパの貴族風のデザインにしたのが

更に防御力を上げる結果になった。

この前俺も完成形を見たが、

肩鎧やかすね当て等鎧も付いていて中々強そうだった。

 黒川もノリノリで着ているので、

大和桜のメンバー内でかなりの物議が起きているらしい。

曰く、どこの企業のものより丈夫で防御力もあるのに、

服であり布である。

その上に鎧を装備しても軽く、動きやすい。

特に女性ハンターは鎧を仕方なく着ている人が多いので、

黒川がデザインした防具は画期的だったらしい。


「今売ってるダンジョン仕様で被服系は、

普通の布に魔石のコーティングをしてるだけだから、

防具としてはほぼ意味ないの。

でも、これは生地から染料までダンジョン仕様で、

しかも、凄い性能でしょ?

 でも、不良品、なんだよね。

櫻葉さんが着ているのは、

私が着て走っても燃えないし、

固くてサイクロプスの一撃にも耐えられる。

 それと比べるのが間違いだと思うけど、

小田さんたちの中ではそれが最低基準だから、

仕方ないのかもね。」


 黒川がそう言っていた。

その宣伝効果があったのか、

インナーの再販分のほとんどを

大和桜のメンバーが買い占めた。

財前も愛用していると言う。

 後は、あのパイルバンカーだ。

以前の俺のパンチを再現した、と

研究員たちが言っていたがそれよりすこし強いらしい。


「黒川さんのスキルありきの武器だとは存じておりますが、

なんとかなりませんか?」


 防衛相からそんな問い合わせがあったらしい。

なんとか、ってなんだと思ったが、

向こうはかなり必死な様子だったとのことだ。

 魔王の驚異のせいで、誰も彼も力を欲している。

俺としては、悪いことじゃない。

俺はヒーローじゃないから、

頼られるのは正直勘弁してほしい。

だから、皆も強くなれば頼られることもなくなる。

そう思っていたんだが。


「櫻葉さん、緊急事態です。

アメリカのワシントン州から出発した原子力空母が

日本にまっすぐ向かっているようです。」


 財前から電話が掛かってきた。

開口一番これだ。


「国防の話では?」

「そうなんですけど、

その空母の甲板にゾンビがぎっしり積載されていました。」

「魔王ですか。

でも、私に言うことではないのでは?」

「そうなんですけど、本当にそうなんですけど。

あのですね。」

「火薬は本当に在庫ゼロですよ。」

「それは、うちが買ったものを全部回しました。」

「空母なら大きいし、

黒川さんが二発打ち込めば終わるのでは?」

「海上では足場がなくて無理です。」

「あのスキル、ほとんど飛べるでしょ。

右足が沈む前に左足を出して、と。」

「試してもらいましたが、

移動はできてもパイルバンカーは無理そうでした。」

「で、私に何かご用でしょうか?」

「あー、分かります!

ものすごい分かりますよ!

でも、僕も外れくじと言うか、

押し付けられて言うのはご考慮いただきたい。

櫻葉さんに救援要請が出るそうです。」

「うちの顧問弁護士通しました?」

「今、防衛相がそっちに話してます。」

「まぁ、その結果次第ですね。」


 正直興味もないし、やりたくない。

戦うにせよしがらみが多すぎる。

なんの気兼ねもなく全力が出せないのは、

いただけない。


「なんとなく、櫻葉さんのことが分かってきました。

戦闘になりますが、

ご想像の通り政府の指示に従う感じです。」

「それはいただけませんね。

命の危機に際しては、独断で逃げますからね。」

「……櫻葉さん、逃げなかったでしょ。

分かります。

暴れられない、と思います。

お三方の連携を国に隠すなら、

本来の力を発揮することができませんから。

それより、あのダンジョンの山に行って来いって

言う依頼の方が皆嬉しいでしょ?

 櫻葉さんは暴れたい。

でも、それはしがらみも何もなく、

全力で、仲間と一緒にです。

分かってますよ。」


 財前はため息をつきながら話す。

それでも俺は続けて話す。


「そうです。

それに、この話は国防の話です。

一個人に頼るのは、間違えている。」

「現状国家並み、いやそれ以上の力を持っているのが、

貴方たちです。

国も頼らざるを得ない。」

「そうやって私たちをかつての“勇者”にしたいだけでは?」


 さすがに財前が黙りこくった。


「国が個人に頼るのは、

専門知識を借りる場合だけです。

武力は借りないことです。

 私たちは“勇者”になる気なんてさらさらありません。

金にも興味ないです。

自由にハンター家業を続けることが目標です。

 そもそも、この話も“勇者”が関係してるでしょ。

私には関係ない。

国が、国連が過去やらかした尻拭いでしょ。

私は生まれてすらない時代のツケを払えと言われても、

正直困ります。」


 財前は大きく息を吐きながら話し始めた。


「正直言いますと、僕も櫻葉さんの意見に賛成です。

僕はクラン大和桜のリーダーとして参加してますが、

それもギリギリな気がします。

出資が国なのでまぁ、仕方ないなとは、思ってますけど。

 ただ、個人的にあのポーション事件や

魔王の襲撃を体験した者として。

あれくらいの事件が今後たて続けて起きるなら、

何とかしないとと、思うんです。」

「正義感は否定しませんが、

ご自身でできる範囲にしてくださいよ。」

「そうですよね。

でも、今は無理です。

黒川さんが装備をもらって

かなりの戦力になっても、

まだ足りない。

 それに、この空母が日本に上陸したら、

どれだけの被害が及ぶか。

想像に容易い。」


 財前が言うこと自体は納得できる。

財前個人には同調しても良いと思えるが、

国が絡むなら話は変わる。

そこまでする義理はない。

徴兵じゃないので、義務もない。


「……分かります。

僕もポーション事件以来、

国と距離を取りたいと思ってますけど。

まだ発足したての政府なので、

何かに頼らざるおえない。」

「そちらの都合は理解しましたが、

それこそ陸上されてパニックになってからの方が

私には好都合でしょ。」

「……そうなんですよね。

絶対そうなんですよ。」


 パニック状態で俺が暴れて色々起きたとしても、

ポーション事件の時のように有耶無耶にできる。

国の依頼で始めから参加していたらそうは行かない。


「じゃあ、知恵を貸してください。

貴方たちの知恵は私より良い案をだせるものでしょ?」


 財前は言い回しでうまく避けたが、

ガーネットとネルの知恵を借りたいらしい。

ガーネットとネルを見ると、うんざりした顔だった。

 しぶしぶガーネットが口を開く。


「知恵といえるほどじゃありませんけど、

太平洋沖の魔王とかち合わせてみては?」

「……同調されて二組で攻められたら不味い、と

却下されました。」

「船はもう魔王に占拠されたと見て、

航行は多分魔法かゾンビの航海士とかに

やらせてるはずです。

小型のドローンにダンジョン仕様の爆弾を

ありったけくくりつけて撃ち込めば?

管制塔を仕留めればなんとかなると思いますよ。」

「今それ準備中です。

 でも、狙いは船の側面で、沈没させるとか。」

「沈没は悪手です。

泳いでくるか、

海洋生物をゾンビにして攻め込まれますよ?」

「分かりました。

管制塔を攻撃するよう打診します。」

「後は、黒川さんが空母に乗り込んで

パイルバンカーを撃ち込む案ですが。

乗り込むのが最難関ですから、お勧めできません。」

「それも同時進行してますけど、

飛行機とかで近づけば行けそうですが。」

「相手は空母ですよ?

対空装備を山ほど積んでますから、

近づく前に撃ち落とされるに決まってます。

 成層圏をマッハで移動すれば、なんとかなりますが。

日本にはそんな飛行機ないじゃないですか。」

「……途中から黒川さんが走れば行けそうでは?」

「黒川さんのスキル稼働時間が延びて、

地球が滅亡する可能が高まるので止めてくださいね。」

「……ブラックホールですもんね。」


 八方塞がり。

どれも決め手に欠ける。

ネルがおずおずと話し始めた。


「かい、海上のダンジョンの中へ、

引きずり込めば?

だん、ダンジョンの中で黒川さんが、待ち伏せれば。

足場も気にせず乗り込めて、

スキルの稼働時間も気にしなくていいです。」


 なるほど、利にかなっている。

ただ、ダンジョンの中でブラックホールが

拡大したらどうなるのか不明なので、すこし不安だ。


「……進行方向近くに一つダンジョンがありますね。

それ、採用させてもらっていいですか?」

「ネル、ダンジョンの中へおびき寄せる案はあるか?」

「魔王の情報が少ないので攻撃しておびき寄せるしか。」

「ガーネットは?」

「んー。

魔王が“勇者”だった時のことを覚えているなら、

ポーションとかでおびき寄せることができるのでは?」

「日本政府は二本ポーションを持ってます。

これの一つが櫻葉さんに渡す予定だったものなので、

これを使ってみましょう。」

「海上のダンジョンの所有権はほぼ全て日本です。

それがここで役立つとは。

 しかも、大和桜がその全てを調査してます。

ここもそうです。

詳しい資料がありますから、僕の力、僕らの力で、

なんとかできそうです。」


 財前の声がいくらか明るくなる。


「できれば、スライム階で戦えるといいかと。

じ、邪魔が入らないと思うんです。」

「ネル、その場合、“あの山の”みたいなのが

出てくる可能性がありますよ。」

「……計算上、あんなのがでてくるまで、

じ、十分は時間があります。

最悪、あれ、あれらの戦力に魔王を潰してもらえばいいです。」

「……その場合、

僕らや黒川さんの命が危険にさらされるのでは?」

「アルジ様のように何とかされれば?」


 ガーネットの一言で唸る財前。

確かに、どこのダンジョンにも

スフェーンみたいなのがいると仮定すると、

ゾンビも魔王も、大和桜も十把一絡げに

処理される可能性が高い。


「櫻葉さん、その場合、来ませんか?」

「さっきよりは魅力的な話ですけど、

国に関わる点が変わらないのでお断りしたいですね。」


 財前はまた唸りだした。


「せっかく可能性が見えたのに、

別の問題が浮上するとか。

いや、贅沢は言いません。

お知恵を借りられただけで、

ここまで好転したんです。

これを有効に活用できなきゃです。

 それに、逆に考えれば、

僕らがしくじっても櫻葉さんは日本にいます。

日本にいてくれれば、

日本で何かあっても簡単には滅びはしません。」


 俺は大きなため息を吐きながら言い返す。


「それこそ買い被りすぎですよ。

私は身近な友人や恩人さえ無事なら、

他はどうでも良いです。

 それこそ、ポーション事件だって

AHOがいなければ私は参加してません。

私はそんな人間です。」

「それでも、貴方は戦う。

その選択肢を取れる人は、どういう理由だとしても、

英雄とかヒーローと呼ばれるんです。

普通は、逃げるか隠れるんですよ?」


 財前はそう言って、声を上げて笑った。

結局おじさんはこの依頼を断った。

俺としても、妥当だと思った。

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