第34話 覇道

 朝から工事の音が騒がしい。

昨日、近くの道路で俺が襲われたからだ。

水道管は問題なかったらしいが、

インターネットと電話の回線が爆発の熱でやられたらしい。

急ピッチで復旧作業してると聞いたが、

家を出て道路まで行くと

まだ割れた窓ガラスが道路や歩道に落ちていた。


「被害がガラスだけでしたが、

広範囲でしたからね。

真冬に窓無しは寒さが厳しいので、

片付けより取り付けが優先されてますね。」


 ガーネットがガラスの一欠片を持ち上げてそう言った。


「あ、アルジ様、ネルが、掃除する?」

「ありがとう、ネル。

でも、もう出発の時間だから、業者に任せよう。」


 俺はネルの頭を撫でて、歩き出す。

待ち合わせ場所も変更になった。

家からそこまで少し遠いが、

この辺りは警察がまだたくさん歩いている。

昨日の件の調査と見回りだと聞いた。

原因は明確だが、

被害状況がまだ明確にならないらしい。

 二人の魔王を連れて、街中を歩く。

平日の朝だが、人気がない。

まだしばらくガラスの割れた建物が続く。


「その“神装”というスキルは、

身体強化の効果より防御強化の方が高いようですね。

あの風魔法の爆発、かなり高温の熱波でしたが、

御身体にダメージはありませんでしたし。」

「アルジ、様、火傷、してないです。

ない、ナイロンの服なら溶けて肌に張り付くくらいの、

熱でした。」

「思わぬ収穫、と言うことにしよう。」


 爆心地の近くでは、

建物にヒビが入ったり塗装が溶け落ちたりと

被害が大きい。


「あの猿の魔王はまだ呪術の範囲にいるのか?」

「はい、問題なく発動しています。

丁度24時間経過ですね。

今活動中の分身体全てと今後生まれる分身体も

効果範囲内なので、

簡単に抜け出すことはないでしょう。」

「他の魔王と協力したり、

抜け道があるかもしれないから

警戒は怠らないようにしよう。」


 単純な戦力なら、俺たちの方が高いだろう。

だが、計略を組まれたり不意討ちには対応しきれない。

当たり前だが、

無策で真っ正面からバチバチに肉弾戦を挑んでくる、

何てことは現実に考えにくい。

そう言うフィクションならあり得るかもしれないが。


「この先が待ち合わせ場所だ。

もう、装甲車は来てるか?」

「アルジ様、どうやらキャンピングカーのようですよ。」

「きゃ、キャンプカー?」

「ネルにも分かるように言うなら、

夜営道具を全部積めた幌馬車です。

車の中にはベッドもあるので、

夜営する際は広めの場所に停めるだけで良いので、

とても便利なものですよ。」

「車の、そのままでも、寝れます!」

「まぁ、そうですけど。

私たちくらいの身体の大きさだからですよ。

キャンピングカーなら、

アルジ様の御身体でも横になって寝れます。」

「広い、のですね!」

「私も知識だけで、

実際に乗ったことはないので楽しみです。」


 広い道に出ると、

ガーネットの言う通り白い大きなキャンピングカーが停まっていた。

そばには昨日と同じ運転手がいて、

こちらに手を振っている。


「おはようございます。」

「おはようございます。

お加減はいいのですか?」

「はい。

お陰さまで、頭を打って気を失っていただけでした。

二度も助けていただき、本当にありがとうございます。」


 彼は深々と頭を下げる。


「頭を打ったあとで、頭を下げない方がいいですよ。

お気持ちは伝わりましたから、頭を上げてください。」


 恐縮する彼をなんとか立てて、

運転席へ行ってもらった。

俺たちも続いて乗り込む。

 広い。

マイクロバスより広い。

さすがに天井に俺の頭が付くが、

高さもある。

ベッドは収納されてるようだが、

ソファーがあり、テーブルがある。


「一応運転中は座席に座って貰うんですけど、

多分櫻葉さんの大きさだと席に入れないので。

すみませんが、ソファーに座ってください。

ソファーにもシートベルトがあるので、

着用をお願いしますね。」


 運転手の指示通り、

ソファーに座ってシートベルトを着用した。

座席より座り心地がいい。

ガーネットとネルは早速あちこち探索している。

 車が動き出した。

今日はさすがにまっすぐダンジョンに到着した。

免許が取れたら、キャンピングカーを買おう。

俺はそう決めた。

 降車の際、

運転手にお礼を言って帰りの予定時間を伝える。

今日はダンジョンアタックするが、

18時にはここを出る予定だ。

小田さんと研究員たちが、俺を呼んでるらしい。

19時には小田さんの部屋に行かなければ。


「小田さんたち、何か企んでそうでした。」

「楽し、楽しそうに、してました。」

「破れてるこの装備の件か、研究所の件か。

何にせよ、良い知らせならいいけどな。」


 ダンジョンは貸し切りだが、

個室更衣室には受付がいる。

警備のため、貸し切りでも誰か常駐させているらしい。

俺は更衣室の受付に事情を伝えると、

個室に通して貰えた。

手早く着替えて、荷物は金庫へしまい込む。

ガーネットとネルも白いローブを身に付けて、

準備万端だ。


「あの色のローブも良かったと思うんだが。」

「あれですか?

こうですね。」


 ガーネットはそう言って空中でくるりと身を翻す。

すると、白いローブが夜明け前の空のような藍色に染まった。


「ネルは、できません。」


 ネルは残念そうにそう言う。


「ネルでは魔力が足りませんよ。

レベルが上がれば、きっとできますから。

そんなに肩を落とさないで。」

「ゆっくり強くなろう。

俺もまだまだだしな。」


 俺とガーネットがネルの頭を撫でて慰めた。

更衣室から出ると、

大和桜の面々が何故か集まっていた。

財前以外俺が出てきて驚いているように見える。


「おはようございます、櫻葉さん。

支度も早いですね。」

「おはようございます。

皆さんは何故ここに?」


 見回すと昨日の新人とメインメンバー数名がいる。

昨日はいなかった人もいた。

一様に、ヒーローショーの観客席みたいに目を輝かせている。


「一時間後に隊員候補百名が到着するので、

最後の打ち合わせです。

櫻葉さんはダンジョンですか?」

「えぇ。

軽く潜ってみます。

15時には出てくる予定です。」

「ソロでダンジョンアタック六時間は、

驚異の時間ですよ。」

「スライムを探すんです。

扉付近にいると資料にありましたが、

昨日は見かけませんでした。」

「スライム?

櫻葉さんの実力で、ですか?」

「このヘルム、スライムがドロップしたんです。

初めてのダンジョンに来たら、

とりあえずスライムを殴るのが私のルーティンです。」


 俺は手にもった布を掲げて見せる。

被ってないので今はただの布だが、スライムヘルムだ。

大和桜のメンバーがざわつく。


「今度、僕もスライム殴ってみます。」

「財前さんは、槍で突けばいいのでは?」

「倒し方でアイテムドロップの率が変わるかも、

と思って今検証してるんです。」


 金と銀のスライムを知っている俺からすれば、

面白い考察だ。

今度、金と銀のスライムが出たら試そうと思った。


「警戒!」


 ガーネットが叫んだ。

俺は戦闘体勢になる。

財前たちも身構えた。

 そこへ、天井を突き破って金色の猿が飛び込んできた。


「猿の魔王!」


 財前が叫ぶ。

俺は大和桜から距離を取ってスライムヘルムを被り、

“神装”を発動した。

 猿の魔王は、昨日より小さい。

宙に浮いて中腰で俺のことを睨む金毛の猿は

動物園で見る日本猿くらいの大きさだ。

顔つきも何だか幼い。

手足は長いが、昨日の個体と比べてかなり細い。

やはり服を着ているが、Tシャツとホットパンツ姿だ。


「分身体ですが、これは本体の意識と“同期”してます。

身体は別個体で、

人格と記憶を本体と同期させて操っています。

これは昨日かけた“呪縛”の範囲外です。」


 ガーネットの説明を聞いて、

腑に落ちないことがある。


「猿のモンスターの別個体か?」

「……いいえ。

恐らく、さらった女性を孕ませたのでしょう。

魔王の子、という感じです。

 人間とのハーフなので昨日の個体より身体能力は

弱体化してますが、

全く別のスキルを持つ可能性があります。

昨日の個体と同じだと思わないでください。

要注意です。

 ただ、本体は今も痛みに襲われているはずです。

激痛の中コントロールしてるので、

動きは野性的なものに限られるかと。」


 猿の魔王が咆哮した。

すると、周囲の電化製品が爆発する。


「電磁波?!」


 ネルの声がする。

俺は猿の魔王に飛びかかる。

ボクシングの構えを取り、ストレートを放った。

魔王の身体に触れるかどうかのところで、

魔王がバチンと言う音共に消える。

ギリギリ見えた。

猿の身体が雷に変わって、

俺の脇を駆け抜けて行った。

 刹那、俺の身体が吹き飛ばされる。

受け身を取ろうとしたが建物の壁に叩きつけられた。

視界に小さな雷が映る。

あれが魔王か。

すぐ目の前に猿の姿が現れた。

一瞬の出来事だ。

間髪いれず猿の魔王は俺の頭へ両腕を振り下ろす。


 ぽよん。


 猿の魔王の腕がスライムヘルムに弾き返された。

猿の魔王に一瞬の隙が生まれる。

そこへ見覚えのある、

でも俺のものではない拳が複数叩き込まれる。

猿の魔王は吹き飛ばされ、

俺と同じように壁に叩きつけられた。


「アルジ様!

ご無事ですか?」


 ガーネットだ。

彼女は俺のもとへ飛んできた。


「ガーネット、今の拳、なんだあれ。」

「……。」


 ガーネットは気まずそうにする。

ネルは怯えて震えている。

財前は納得した顔をしていた。

 猿の魔王が瓦礫から飛び出した。

憎らしげに俺たちを睨む。

とにかく、

カウンターと不意討ちなら猿の魔王に当たる。

それが分かれば、戦いようがある。

俺は立ち上がり、“鐵鎖”を出した。

 何故かマントも飛び出す。

今までマントも神装に取り込まれていたが、

今日は何故か出てきた。

今考えている場合じゃない。

好都合だと思うことにして、

俺は思考を戦闘に向ける。

 左右三本ずつ鎖を展開して両腕に巻き、

鋲は拳に握り込む。

残りの鎖を五本束ねて二本の腕のように腰に構える。

握り込んだ鋲が爪のようになり、

腰で束ねた鋲は棍棒のようになる。

 周囲にいた大和桜のメンバーたちは一目散に駆け出し、

財前だけ残った。


「装備を身に付けた者から、非戦闘員の避難誘導!

櫻葉さんが暴れる!

ぼうっと見てたら、巻き添え食うぞ!」


 財前は彼らの背中にそう叫んだ。

財前はそばにあった自分の槍を構えて俺に話しかける。


「足手まといですか?」

「いや、避難誘導はありがたいです。

手加減できる相手じゃなさそうなので。

 ガーネットはスピードバフを頼む。

ネルは金猿の解析を任せた。

全力で往く。

巻き込まれないように。」


 ガーネットとネルは同時に手をたたく。

財前は俺から離れて懐から何か取り出した。

それを金猿に投てきする。

金猿は飛来してきたものを払い除けるが、

それは手に触れると簡単に砕ける。

砕けた中から異臭のする液体が飛び散り、

金猿の手と身体に振りかかった。

悲鳴のような叫びを上げ、その場から飛び退く金猿。

 俺はそれを見逃さない。

一足飛びに距離を積めて金猿に殴りかかった。

金猿はまた雷に変身して逃げ出す。

身体が雷の状態では攻撃できないのか、

敢えて攻撃しないのか。

意図を図りかねるが、こここそ隙だ。

天井に現れた金猿へ、俺の副腕が襲いかかる。

だが、それも雷に変化して回避された。

 悪臭が俺の鼻をくすぐる。

俺の足元からだ。

そこへノールックで鐵鎖を叩き込む。

金猿の悲鳴が上がる。

だが、俺が感じた手応えは浅い。

金猿はいつのまにか天井に現れ、

天井に張り付いてこちらを睨む。

鐵鎖は金猿の顔に当たったようで、鼻血を流していた。


「財前さん、あの瓶なんでしたか?」

「獣系モンスター用の臭い瓶です。

クサヤとシュールストレミングの汁を酢酸と混ぜて、

簡単に落ちないよう香水に加工した最悪の一品です。」


 財前は笑って答えた。

なるほど、それは臭い。

お陰で見えなくても何となく位置がわかる。

 金猿は突然そばの壁を殴って破り、逃げ出す。

嫌な予感がする。


「財前さん、この先は?」

「分電盤……。まさか。」


 俺たちと財前は急いで金猿の後を追う。


「しまった!」


 そこには分電盤を破壊して、

高圧電線にかじりつく金猿がいた。

アニメのように電気が空気中に放電されているが、

金猿は嗤う。


「電気を吸収してます!」


 ネルの一言で、ガーネットが動く。

魔方陣が展開され、部屋が一瞬で凍った。


「ゼロにはなりませんが、

これで流れる電気は減ったはずですよ。」


 ネルは手をたたく。

小田さんの教育の賜物か。

 電気が減ったためか、高圧電線を吐き捨てる金猿。

だか、その身体はさっきと違い発光し、

かなりの電力が帯電しているのが目に見える。

しかも、高圧電流による高温で香水が蒸発したようで、

臭いが消えている。


「エネルギー補給と消臭を同時に?」


 財前が呟いた。

こいつ、拷問並みの激痛の中ここまで思考が回るのか。

ここにいる身体は別だが、

元の身体は激痛の中にあるはずだ。

思考がリンクしてるなら、

痛みで思考が混濁していて当然なはず。

それでもここまでテクニカルに戦えるのは、おかしい。

どうやらガーネットとネルも同じことを考えていたようだ。

 ネルが動いた。


「雌個体です!

それ、雌個体で、思考をリンクしてません!

ほん、本体が憑依してます!

雄個体より雌個体の方が痛みに強いみたいです!

じ、呪術対策だ思われます!」


 憑依、か。

魔王は激痛の身体を捨てたのか。

 猿の魔王の戦術は、万を越える分身による質量戦術。

緊急時は身体を捨てて予備の身体に憑依して逃げる。

本体も分身も全部一度に討伐しないと、倒せないのか。

分身に憑依した場合、

元の強さを引き継いでるのかは分からないが。

なるほど、べらぼうに厄介な能力だ。

 勝つまでやれば負けない。

負けても逃げて再起、再戦を繰り返し続けるモンスター。

ゲームのリトライと変わらない。

下手すれば強くてニューゲームだ。

冒険の書を消さなければ、倒せない。


「じゃあ、昨日みたいに“呪縛”しても、

別の身体に逃げるだけか。

なら、殴っても死にかけたら逃げるんだろうな。」


 どのみち、今は殴れない。

高圧電流を吸収して放電する身体に触れれば、

どうなるか。

一瞬だとしても感電してしまうと、

身体の自由が効かなくなる。

 昔養父と産みの親が俺に向けて

スタンガンを使っていたことがある。

感電を実際に体験したが、かなり厄介だ。

身体が完全に硬直し、

痛みとショックで意識が飛んで、

思考まで混濁するので無防備になる。

スキル“神装”があると言っても、

ノーダメージとは行かない。

“鐵鎖”もこんな発光するほど高圧電流だと、

鎖が壊れなくとも電気を通して身体まで届けば

感電する。

 金猿は突然、両手を俺に向けて付き出した。

俺たちは全力で金猿の手から離れる。

予想通り、

付き出された金猿の腕から電気が放たれた。

雷のような屈折した電光ではなく、

レーザービームのような光線が両手の間から射出される。

一直線にしか進まないが、

速度は恐ろしく早い。

スピードバフのかかった俺ですら目視できなかった。

 金猿は、また俺に向けて両腕を付き出す。

俺は咄嗟に副腕の鋲を地面へ突き立てて、

急旋回して回避する。

ガーネットはネルを抱えて飛び退いた。

いつのまにか財前は部屋を出て厚い壁の裏へ逃げている。 

二撃目の閃光が走った。

ダンジョンを覆う建物が

絵に描いたチーズのように穴だらけになる。

このままでは建物が倒壊する。


「ダンジョンの中へ!」


 財前がそう叫んで駆け出した。

確かに、ダンジョン内に電気はない。

だが、誘導できるか?

俺は鋲を抜いて金猿の空けた穴に飛び込んで、

ダンジョンの入り口へ向かって駆け出す。

ガーネットとネルが後を追ってきた。

金猿も遅れて追ってくる。

 金猿は何故か雷にならず、その足で駆けてくる。

電力をチャージしたら、変身できないのか?

俺は試しに副腕の鋲を筒場に開き、

壁に突き立てコンクリートの塊を付くって投げつける。

金猿は、飛翔するコンクリートに両腕を付き出して、

雷撃で破壊した。


「今は雷に変身しないのか。」


 それなら、ダンジョンへ連れ込める。

理由は不明だが、今なら攻撃も可能だ。

 俺たちはダンジョンの入り口がある部屋にたどり着く。

金猿は、また両腕を付き出した。

俺はガーネットとネルを抱えて飛び退いた。

雷撃が駆け抜ける。

建物にまた穴が空いた。

ダンジョンの入り口をみると、

財前と他の大和桜のメンバーが扉を開いて待機していた。


「非戦闘員の退避は完了した!

櫻葉さん、ダンジョンに魔王を叩き込んで!」


 財前がそう叫んだ。

弓を構えた大和桜のメンバーは金猿へ矢を射かける。

だが、金猿の纏った高圧電流で近づいた矢が焼き消える。

 その矢の合間に財前がまた何かを投げた。

金猿も、見逃さなかった。

さっきの臭い香水だと思ったのだろう、

金猿は財前の投げたものだけ、

両手で割らずに受け止めた。

金猿がほくそ笑み、財前は叫んだ。


「退避!」


 大和桜のメンバーと俺は金猿から距離を取る。

刹那、金猿の握っていた何かが爆発した。

財前はそれを見届けて笑う。


「実験段階のダンジョン仕様の黒色火薬です!

爆薬はやっぱり偉大ですね!」


 金猿の両腕から血を拭きだし、

掌はつぶれて骨が露出していた。

さらに、金猿の纏っていた電圧が

見た目でわかるほど下がる。

 ここだ!

俺は副腕にしていた鐵鎖を全部ダンジョンの入り口へまきつけ、

金猿に詰め寄る。

金猿が痛みに耐えながら逃げようとしたが、

いつの間にかガーネットがバリアで囲っていた。

金猿は足で蹴ってバリアを破ったが、

もう遅い。

 俺は金猿に抱きつき、

ダンジョンの入り口に巻いた鐵鎖を全力で巻き取る。

リールに引かれたルアーのように俺と金猿はダンジョンの入り口へ引き込まれた。

抱いている間、電気が俺の身体を蝕む。

だが、抱いた後に感電したので、むしろ拘束が強くなる。

 金猿が自分の身体を雷に変えて、

拘束から抜け出した。

だが、もう既にダンジョンの中だ。

ガーネットがすかさず俺に回復魔法をかけた。


「閉めろ!」


 財前だけダンジョンに飛び込み、

他のメンバーはダンジョンの門を閉じる。


「門は僕が確保します!」


 なるほど、助かる。

槍を構えるて、大きめの魔石をかかげる財前。

ガーネットとネルは財前の魔石を媒体に門にバリアを展開した。

 俺は金猿を目掛けてタックルを仕掛ける。

だが、金猿は雷に変身して回避した。

金猿は俺に両手を付き出したが、

何も起きない。

そこへ、鐵鎖を叩き込む。

鋲は回避されたが、鎖部分で地面へ叩きつけた。

 金猿か飛び起きて叫ぶ。

俺は鐵鎖を十本束ねて、

鋲を交差させて鉄球に見立てた。

鎖付き鉄球のように構えて、鋲をぐるぐる回す。

金猿は俺と財前を睨み付けた。

 俺は鋲を金猿へ投げつける。

金猿はやっぱり雷に変身して回避した。

同時に鐵鎖の束をほどき、

十本の鎖が俺の近くに現れた金猿を襲う。

どうやら雷に変身している間は

回りがよく見えていないようだ。

金猿は慌てて飛び退くが、

鋲と鎖が波状攻撃を仕掛ける。

金猿が着ていた服と体毛を犠牲にして

なんとか逃げ切る。

だが、そこへ俺の拳が振り下ろされた。

 金猿が不完全に雷に変身して逃げる。

手応えはあったが、ちゃんとダメージは通ってない。

俺は雷の逃げた先を一瞥して、そこから距離を取る。


「アルジ様!

逃げて!」


 ガーネットが叫んだ。

俺は両腕で頭をかばい、

“神装”の全能をフル稼働して回避する。

数毫前に俺がいたところに、

何かが通過して地面にクレーターができた。


「……なんだ?」


 俺は思わず声を出した。

クレーターの真ん中にいたのは、

異形と呼んで差し支えないモノがいた。

 手足が付け根から無い人間の女性が、

逆さまになっている。

その首の付け根から、

ナナフシのようなカマドウマのような昆虫の脚の形をしたものが四本生えている。

脚の皮は人皮で、

脚の先は人の手を三つ放射線状に融合させたような形。

逆さまのまま、その脚で地面を付かんで立っている。

女性の頭髪はなく、きれいな頭が丸見えだ。

顔は整い、とても美しいのが不気味さを増幅する。

大きな乳房、六つに割れた腹筋。

ヘソから臀部の割れ目まで

下着のような濃い陰毛が覆っている。

かなり大きい。

女性部分だけで“神装”なしの俺の身長くらいある。

セクシャルで、バイオレンスで、グロテスク。

 あんなモンスター、

このダンジョンの資料にはいなかった。

財前も生唾をのむ。

 彼女は、俺と金猿を見た。

そして、俺に向き直り笑う。

思わず息をのむほど美しい。

だが、発散されるのは殺気。


「あれは、強いな。」


 俺も思わず笑った。

彼女はいつの間にか目の前にいて、その脚を振るう。

俺は咄嗟にすべての鐵鎖を両腕に巻いて受け止めた。

だが、俺の巨体は枯れ葉のように吹き飛ばされる。

 受け身で凌いだが、

両腕の骨が木っ端微塵に砕けた。

“神装”が回復を開始したが、彼女はもう目の前にいる。

四本の脚はムチのように、縦横無尽に振るわれる。

俺は全神経を研ぎ澄ませ、回避して受け流す。

 行ける。

俺は拳を振り抜いた。

彼女の身体を完全に捉え、その身体を吹き飛ばす。

だが、彼女は回転して衝撃を受け流し、

空中で姿勢を制御して立ち直る。

 そこに金猿が割り込み、俺に蹴りを見舞う。

不意討ちだが、彼女より金猿は遅い。

俺はしっかり避けて、上段回し蹴りを叩き込む。

また金猿は雷に変身して逃げる。

 金猿が逃げてもとに戻った先にいつの間にか彼女がいた。

金猿の顔が驚愕に歪む。

刹那、金猿はあの脚に蹴られ地面にめり込んだ。

血飛沫だけ見える。

あれは、助からない。

俺は直感的にそう思った。

そして、全身のバネを駆使して彼女に迫る。

彼女がこちらに首を向けた。

あの首、360度回るのか。

 また、彼女は笑う。

心底嬉しそうに、笑う。

 俺の脚狙いのタックルは彼女にあっさり回避された。

俺はカウンターで蹴りを食らうが、

両足を踏ん張り鐵鎖をその脚に絡ませた。

そして、鎖を握り彼女を持ち上げ、

ぶん回して地面へ叩き付ける。

大きなクレーターが地面にあいた。

 手応えはあったが、俺には見えてしまった。

地面に叩き付けられる瞬間、

彼女はその威力以上の力で地面を蹴ってダメージを相殺した。

 土ぼこりが晴れると、

鎖をほどいた彼女がクレーターの真ん中に立っていた。

初めて見たそのときと同じように立っていた。


 あぁ、楽しい。


 俺は思わず、笑う。

それに呼応するように、彼女も笑う。

無邪気に遊ぶ子どものように、笑う。

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