第33話 食道
見学が終わると、すっかり夕方になっていた。
昼食をとり損ねた俺たちは、とにかく腹が減っている。
迎えの車も朝の件が原因で遅れるらしいので、
食事を取るとこにした。
「すみません。
貸し切りなので、食堂も使えません。」
困った。
とりあえず何か口にできれば、と思ってたが、
簡単にはいかない。
ダンジョンのそばには商店がない。
武装した酔っぱらいハンターが暴れる危険性が高いからだ。
一番近いコンビニまで歩いて四十分はかかるらしい。
「厨房を借りて、
簡単に料理しても良いと聞いています。
冷蔵庫に食材は用意されてるらしいので、
使った食材を後で報告してくれれば問題ないと。」
栄養士の人がそう言った。
「お食事ですか?
何か作りますよ?
あ。
その代わり、一品作ってもらえますか。
櫻葉さんの料理が気になってたんです。」
栄養士がワクワクしながら提案してきた。
プロに見せられるようなものではない、と
断るが押しきられてしまう。
「アルジ様、押しに弱い?」
「そうですね。
善意の塊みたいな人が押すと負けますね。
そんな人、なかなかいませんけど。」
「小田、さん、とか?」
「あの人は善意かどうかは別にして、
害意はない人ですからね。
今度、夜な夜な夜這いかけてみましょうか。」
「ご、ご一緒します。」
「ネルはいけますか?」
「ガーネット様より、小さいですけど。
枕くらいにはなれ、なれます。」
「夜這いの意味から教えましょうか。」
魔王二人の会話は後で咎めるとして、
とりあえず冷蔵庫を見る。
さすが食堂用の大型冷蔵庫だ。
小さなスーパーくらい食材がある。
「調味料は一式ありますけど、
スパイスはあんまり用意されていません。
カレー粉とか、コショウとかくらいですね。」
栄養士の言う通り、
食材に比べてスパイスは少ない。
「運動しましたし、お腹も減っています。
油分と塩分を摂りたいですが、
空きっ腹で我慢できないので手早く作りたいです。
塩も普通の精製塩しかないみたいですし。
油も菜種油ですね。
カシューナッツ炒めかな。」
俺はそう言いながら、
冷蔵庫から食材をピックアップしていく。
玉ねぎと赤と黄色のパプリカを細切りにした。
玉ねぎは水にさらしておく。
パプリカをレンジで少し温めておく。
豚こま肉もざっくり切って、片栗粉と塩をまぶしておく。
カシューナッツは無塩のものだった。
軽く砕いて食べやすくしておく。
レンジから取り出したパプリカを油を引いた鍋に入れて炒める。
玉ねぎは水から上げて、
アルミホイルでくるんでトースターへ入れた。
オイスターソースをベースに調味液をつくり、
パプリカの入った鍋へ豚こま肉を放り込む。
玉ねぎが加熱されてくたくたになったら、
これも鍋へ。
カシューナッツも一緒に放り込む。
豚に火が通ったら、
調味液を鍋へ入れて軽く炒める。
良い案配で火を止めて鍋を両手で持って振る。
調味液を具材にまんべんなくまぶしたら、
鍋にふたをして余熱で温める。
「一品です。」
「いいですね。
ガッツリしてますけど、緑黄色野菜もあり。
豚肉はビタミンB系が多い。
後、レンジとトースターで時短したり、
鍋で炒めて余熱調理したり、
下手な主婦より芸が細かいですね。」
「恐縮です。」
俺が一品作る間に、
彼は米を炊いて二品完成させていた。
しかも、俺に合わせて中華料理だ。
さすがプロだ。
「量はこれで足りるのですか?」
栄養士に聞かれたが、
俺の一品だけでも大盛りチャレンジできそうなほどある。
ガーネットとネルの分も作ったからだ。
栄養士の料理も、どれも大盛り用意してくれている。
「いつもなら、これをメインに汁物と小鉢二つ。
汁物が用意できないときは、温野菜のサラダです。
米は白米ですが、
安く手に入ったら玄米など雑穀を混ぜます。」
「バランスがいいですね。
じゃぁ、汁物作りますか。
お待ちの方も増えたみたいですし。」
俺は気づいていたが無視していた。
栄養士の視線の先で、
財前とさっきの若手たちが食堂の席に隠れてこちらを見ている。
誰も彼も、生唾を垂らしかねないくらい緩んだ顔だ。
「櫻葉さんの料理って、かなり本格的。」
「俺たちと違って、
一人で自分の体調管理してるんだろ?」
「ソロでやろうとしたら、あれくらいの能力がいるの?」
「クラマス、櫻葉さんの料理食べたことあります?」
「ないよ。
凄いって聞いてたけど、店出せるよね、あれ。」
聞こえてくるヒソヒソ声。
栄養士は、笑ってそちらへ声をかける。
「席と食器を用意してくれた方は、
お食事をご一緒してもいいですよー。」
栄養士が言いきる前にハンターの身体能力をフル活用して、
七人は食堂の席を片付け食器を並べる。
栄養士は笑いながらスープを作ってくれた。
大きなテーブルに大きな皿で並べられていく料理。
中華料理なので大皿が似合う。
お預けされた犬のように席に座る大和桜の面々。
俺はどんぶりに米をもって全員へ配る。
「あ、私は普通のサイズのお茶碗で。
それにしても、ハンターの方はたくさん食べるのですね。」
栄養士の言う通り、ハンターの食事量は多い。
スキルによっては代償にカロリーを消耗するものもあるので、
体格以上に食べるハンターもいる。
「私の場合はスキルの代償でカロリーを大量に消費するので、
かなり多いですね。
他の方はどうか知りませんけど。」
「なるほど。
それは良い情報です。
栄養価もカロリーも普通の男性より高く設定して、
献立を考えましょう。
見た目は皆さん普通の男性ですが、
ラクビーの選手のようですね。
作りがいがあります。」
彼はそう言って笑う。
なんと言うか、この栄養士も小田さんと同じ匂いがする。
健康オタクというか、栄養マニアというか。
「私が食べ終わったら、追加で作りますね。
では、いただきましょうか。」
栄養士のその一言で、ハンターたちが料理に飛び付いた。
俺にしか見えないが、ガーネットとネルも飛び付いた。
怒涛の勢いで料理が消えていく。
俺も負けじと食べているが、追い付かない。
これでは足りない。
いつの間にか食べ終わっていた栄養士が、
キッチンへ向かった。
十分程度で一品追加される。
一見ただの大根のステーキだが、
どうやっているのか食べごたえが凄い。
「大根は消化を助ける働きをしますから、
皆さんもっと食べましょう。」
そう言い残して彼はまた厨房へ消える。
なんて頼りになる背中だ。
二升あった白米が一粒も残さず消える。
料理もなくなり、
大皿が洗ったくらい綺麗になっている。
「お米は今から炊けないので、
次の料理が最後ですね。」
そう言って栄養士が持ってきたのは、バインミーだ。
ベトナムのサンドイッチで、
炒めた挽き肉、香草、野菜がパンで挟まれている。
「スパイスも色々用意してもらう必要がありますね。
今回は醤油ベースのカレー味です。」
美味い。
かじりつく度、鼻に抜けるスパイス。
蕎麦屋で食べるカレーのような、香ばしい感じだ。
パクチーがなかったのだろう、
白髪ネギで代用されいる。
これはこれで食感がいい。
挽き肉が食べごたえを出し、
パンは全ての旨味を吸っていた。
満腹になった俺たちは、
栄養士が用意してくれた薬膳茶を飲みながら呆ける。
「美味かった……。」
「あの栄養士さん、大和桜のキッチンに来てほしい。」
「櫻葉さんの料理も凄い美味しかった。」
「やっぱり、
ソロでハンターやろうとしたらこれくらいできないとダメか……。」
「クラマス、今日近くで泊まりましょう。」
「経費で落ちないから実費でね。」
「ケチー。」
「横暴ー。」
「財前ー。」
「最後のは僕の名前呼んだだけじゃないの?
なんか、含みあるの?
それ、たまに黒川さんもやるけど、
僕の名前は悪口に分類されるのかな?」
財前たちのコントをよそに、
ガーネットとネルは俺の側でお腹をさすって浮いていた。
「プロ、というのは凄いのですね。
アルジ様のお料理も素晴らしいですけど、
あの方のお料理は名前も知らないお料理でしたね。」
「美味しかった!
ある、アルジ様、も美味しかった!」
満足そうな二人を見て、俺も頷く。
「櫻葉さん。
明日、また来るでしょ?」
財前がいつの間にか俺のそばに来ていた。
「えぇ。
二週間は居ろと言われてますからね。」
「ほら、皆、櫻葉さん明日も来るって。
だから、話したい人はまた明日に話しかけること。
今日は帰って反省会して、レポートを提出。
報告書ができたら、
経費と魔石の売り上げを手渡しするから。
さ、事務所に帰る。」
若手からブーイングが上がった。
本当に、なんなんだコイツらは。
俺はため息を飲み込んだ。
去っていく大和桜の面々。
栄養士が食器を洗っていたので俺も手伝う。
そうこうしているうちに、帰りの車が用意された。
停まっていたのは自衛隊の装甲車だった。
さすがに、このため息は飲み込めなかった。
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