閑話“牛歩”

「遺憾です。

大変遺憾ですね。

“魔王”の動向は、報告していただかなければ。」


 スズキは電話越しでもわかるほど

怒りを混めてそう言った。


「不可能だ!

もう、国土の七割は“魔王”に占領されてしまった!

朝鮮半島とも連絡がつかない。

大韓民国も北朝鮮も、もうヤツの手に。」


「それなら、なおこのと周辺国へ知らせるべきです。」


「うるさい!

それより、なんなんだ?!

あんなにあっさり……。

まるで、我が国の軍部を嘲笑うように!」


「彼は攻撃を迎撃した。

それだけですよ。

嘲笑う?

おかしなことをおっしゃる。

 そもそも、貴方たちの巻いた種子でしょう。

自分達で処理できないからと、

16歳の少年に押し付けていいものじゃない!」


 黙りこくった電話越しに相手の苦悩がわかる。


「もう、もう、何もない!

国としての体裁も、歴史も、威信も!

毎日、毎日、毎日!

あの猿どもの笑い声に怯えて!」


「良かったじゃないですか。

今は猿の悲鳴に変わったんでしょう?」


「うるさい!

私の故郷はとっくの昔に滅ぼされた!

北京ももう跡形もない!

毎日山ほどの難民が、上海に押し寄せてくる!

政府? はっ!

もう誰も政なんて行ってない!

お前らの遺憾なんて、私にすら届かない!」


 そう叫んで相手は電話を切った。

スズキはさらに強まる他国からの派遣要請を見て、

頭を抱えた。


「渦中に引きずり込んだのは、

いったい全体誰ですか?

身体が大きいとはいえ、彼はまだ少年だ。

戦いへ駆り出す?

愚かすぎる。

大人で何とかしなさい。」


 まるで自分に言い聞かせるように、

彼はひとりゴチる。

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