第30話 国道

 やっぱり、と言うか、どうにも、と言うか。

人間はべらぼうに面倒臭い。

 ここ数日、俺の後をつける多国籍な人たちについて、

公安から直々に連絡が来た。


「大変申し訳ありません。

今、貴方に各国から

何かしらの働きかけをされていると思うのですが。」


 何かしら、と言う辺り日本政府は

本件の全体像しか捕えられていない様子だ。


「今も世界各所で特殊モンスター、通称“魔王”が暴れており、

どんどん人間の生活圏が減っています。

日本は運良く、

貴方と財前ハンターに助けられました。

 そのため、お二人を魔王の暴れている地域へ派遣せよ、と国連が主張しています。

日本政府としては、断固拒否しておりますが、

各国は独自に貴方へコンタクトを取ろうと動いているようです。」


 だからわざわざ俺に気づかれるように尾行してきたり、

待ち伏せしたりしていたのか。

プラスのイメージだろうが、

マイナスのイメージだろうが、

話すきっかけができればなんでもいい、と思っているらしい。

 本当にどの面下げて、と思うが、

各国に住む国民に罪があるかと言われれば難しい。

そんな代表を選んだお前らが悪い、とも思うし、

政治の暴走による被害者とも考えられる。


「警察と協力して大まかに取り締まってますが、

いかんせん人数が多くて。

どうにも取り逃してしまっております。」

「藤堂です。

委細承知しました。

ただ、そちらとしては今後どうされるつもりですか?」


 おじさんがそう言う。

ネット回線での通話なので、

相手の顔は見えないが生唾を飲む音が聞こえた。


「警官によるパトロールの強化しか。

何分、向こうはわざとバレるようにして、

貴方たちと接点を作ろうとしています。

私たちにバレるのも計算ずくで、

これでは全部囮で本命です。」


 あぁ、面倒臭い。

思わずため息が出る。


「つきまして、大和桜よりご提案がありまして。」


 おっと、財前か。

俺は思わず身構える。

彼が何か俺の情報をバラすとは思わないが、

質問責めから逃げたがっていた。

何を提案したのか。


「異界探索者管理委員会で応募したダンジョン警備隊の訓練を大和桜主導で行う予定です。

それに、櫻葉さんも同行してもらえないか、と

財前ハンターからご提案がありました。

 もし、訓練に参加していただけるなら、

訓練を行う二週間の間は公安で周囲をがっちりカバーできます。

訓練は皆様の住むG県で行うので、

ご自宅に毎日送迎の車を派遣します。

身柄は決して拘束しませんので、ご安心ください。

 その二週間で本件にケリをつける算段もありますので、

ご一考いただけないでしょうか?」


 なるほど。

そこそこ有意義な提案だ。

俺は気になるところを質問する。


「財前さんは、教官として参加されるのですか?」

「はい。

黒川さんはお忙しいとのことで、参加はされませんが。

財前さんとクランメンバー数人で教官をしてもらう予定です。」

「私は名目上何をするのですか?」

「櫻葉さんにはアドバイザーとして、

カリキュラム作成に参加してもらう予定です。

特別仕事は用意いたしませんので、

ご自由に過ごしていただいて問題ありません。」

「訓練に参加する警備隊は何人ですか?」

「百名を予定しています。

ちなみに、この百人は全員警備隊の隊長候補です。

 自衛隊とも協力して、

警備隊の訓練内容を正式に決定する予定です。

なので、この訓練はあくまでも試験的なものです。」


 何となく掴めてきた。

だが、二週間暇を持て余すのは結構辛い。


「ダンジョンは近くにありますか?」

「ダンジョンの中での訓練も視野にいれているので、

ダンジョンを二週間借しきって行う予定です。

参加いただければ、

そのダンジョンにご自由に入っていただいて結構です。」

「失礼、藤堂です。

その場合、魔石やドロップアイテムはどうなりますか?」

「訓練生も含めて、

訓練中ダンジョンでモンスターを倒した場合、

戦闘に参加した人に所有権を認めることになっています。

ソロでダンジョンへ挑む櫻葉さんの場合は、

全部櫻葉さんの物として扱っていただいて問題ありません。

ただ、何が幾つ手に入ったかだけは、

毎日必ずご報告いただきたい。」


 今通っているダンジョンではない別のダンジョンへのアタック。

いくらか新戦術に不安があるが、

挑みたい気持ちが勝ってしまう。

 おじさんは俺の気持ちをを感じ取ってくれたらしい。


「当方としては、

送迎の安全が保証されれば問題ないと考えています。

ダンジョン内では涼治君一人の方が安心できます。

むしろ、誰か足手まといがいる方が不安ですね。」


 ポーション事件のときに

三人をかばって俺が死んだ事を言っているのだろう。

何となく、俺にも釘が刺された気分だ。

本当にすみません。


「車も運転手も当方で用意いたします。

周囲を別途用意した護衛車で挟んで行きます。

要人警護のようにみえみえの護衛車ではなく、

一般車に見えるもので挟みます。

櫻葉さんのご自宅から約20分程度で到着する予定です。

 車へ当たり屋のような事を企むやからもいるのを考慮して、

高速道路と三車線ある大きな道路を利用する計画です。」

「追加で上空をドローンで監視させていただきます。

操作をするのは、

あのポーション事件の件で撮影してくれた腕利き達です。」

「受け入れます。

むしろ、ありがたいです。」


 ポーション事件の際にドローンを操作していた八名と動画の公開を管制していた四名は、

小田さんたちと同じく研究所で働く予定になっている。

秘密保持のため、と俺は思っていたが、

全員働かせて欲しいと逆に土下座された。

 元々おじさんの息のかかった大手企業と契約している

ホワイトハッカーたちなので、

事務処理や情報セキュリティを彼等に依頼した。


「それで、涼治君としては、どうだい?」

「ややこしい部分はありますが、

知らないダンジョンにアタックできるなら行きたいですね。」

「よし、ではその方向で話を進めよう。

詳細を詰めたいので、

ご担当者全員と話すことはできますか?」


 本当にありがたい。

おじさんは頼りになる。

不満があるとしたら、

追加で料金を受け取ってくれないことだ。

また今度、お宅へお邪魔する際に札束を持って行こう。

 公安の担当者は、ホッとしたような声で応える。


「もちろん。明日にでも。」

「では、明日の14時頃に、

うちの事務所でいいですか?」

「はい、よろしくお願いいたします。」

「涼治君は参加するかい?」

「できればおじさんにお任せしたいのですが。」

「いいよ。任せて。」

「ありがとうございます。」



 訓練初日。

朝俺を迎えに来てくれたのは、マイクロバスだった。

身体の大きい俺としては嬉しい反面、

目立ちすぎている。

 俺は姿を消したガーネットとネルの二人を先に乗せて、

いつものキャリーバッグと乗り込む。


「帰りは別の車が迎えに参ります。」


 なるほど、移動の度に違う車で移動するのか。

運転手はヘリを操縦していた人だった。

顔見知りを選んでくれたのか、

運転、操縦は彼の専門なのか。


「実は運転手には志願しました。

ポーション事件の時のお礼を言いたくて。

本当にありがとうございました。」


 すこし嬉しい。

思わずほほが緩む。


「アルジ様!

失礼します!」


 ガーネットが叫び、魔法を発動させた。

車をバリアが包む。

次の瞬間、俺たちが乗っている車を中心に爆発が起きた。

 防ぎきれなかった衝撃でエアバックが開き、

運転手が気を失った。

ネルが呪害で車体を重くして無理矢理止める。

俺は止まった車から飛び出し、神装を発動した。

ガーネットが投げて寄越してくれたスライムヘルムを被り、

運転席のドアを破壊して運転手を引きずり出す。

 ガーネットがネルを抱き上げて車から出てくる。


「アルジ様、

ミサイルとか爆弾のような兵器による攻撃ではありません。

“魔法”による攻撃です。」


 俺が道路の脇の安全そうなところへ運転手を寝かせ、

ガーネットが彼の身体をバリアで保護する。


「ある、アルジ様。

車の呪害を解除しました。」

「わかった、ネル。

ガーネット、スピードバフを頼む。」

「完了しました。

ネル、鑑定で解析を頼みます。」

「あ、完了してます。

く、空気を固めたものでした。

風魔法、です。」


 俺が空を見上げると、

白く光ったバスケットボール大の球が飛んでくる。

あれだな。

 俺は鐵鎖を両腕に3本ずつ巻き付け、

鋲を指の間に握りこんで爪のように構える。

あくまで鋲なので斬ったりはできないが、

貫通力は絶大だ。

残りの十本は副腕のように五本で束ねて、

鋲を束ねて腰の辺りで構える。

 副腕にした鐵鎖を伸ばして、

飛んでくる魔法にぶつける。

魔法は空中で爆発した。

空気がかなりの圧力で圧縮されていたようで、

爆発と共に熱が放出され周囲の建物のガラスがくだけ散る。


「あ、アルジ様。

術者を、見つけました。

上空十キロメートル上にいます。」

「よし、ガーネットは魔法で援護してくれ。

ネルは周囲の警戒を頼む。」


 二人は同時に手を叩いた。


「よし、先に出る。」


 俺は神装で空へ飛び上がる。

バフで速くなった俺が最大加速すれば、

十キロ程度は一瞬だ。

 空の上には俺を見て驚いている

大きな猿が宙に浮いていた。

身長二メートル程度で、筋肉質だが俺より細い。

黄色い長毛のタイプで、人間のような服まで着ている。

あれか。数は四頭。

俺は一気に距離を詰める。

 猿たちから風魔法が飛んでくるが、

全て俺に到達せず途中でかき消えた。

ガーネットが打ち消したのだろう。

 俺は振り返らず一頭目を殴り付ける。

鋲が猿の頭部を貫通した。

頭がつぶれた猿は風船が割れるように消える。

手応えが、ない。


「ある、アルジ様!

全部、分身体ですっ!」


 ネルの声が聞こえた。

何となく理解した。

なるほど、目の前の三頭はそこにいるが、

実体がここにないのか。


「一頭残してください!」


 ガーネットが叫ぶ声が聞こえた。

俺は猿が逃げようとするのを察したので、

二頭を副腕で殴り付けて割る。

もう一頭は左腕に巻いていた鐵鎖で巻き取って捕獲した。


「逃がしません!」


 ガーネットが俺が捕まえている一頭に魔法を放つ。

簀巻きになっている猿はもろに魔法を浴びた。

 すると、猿の頭に黒い縄目のようなアザが浮かび上がる。

ガーネットはガッツポーズをして喜ぶ。


「アルジ様、

その猿はもう放して問題ありません。

もうなにもできません。」

「が、ガーネット様、すごいです。」

「魔法がわからない俺にはわからないが、

ガーネットが言うなら問題ないだろう。」


 俺は猿を巻いていた鐵鎖をほどいた。

猿は一目散に逃げ出した。


「おそらく、あれは斥候です。

分身体だとしても、弱すぎますし。

何より、あんなに簡単に私の魔法がかかるなんて。

向こうもいきなり王手をされて、

困惑していると思います。」


 ガーネットが胸を張ってそう言う。

ネルはそのそばですごい、すごい、と

言って興奮している。


「すまん。俺にはよくわからない。

簡単に説明してもらえるか?」

「私も上手く行きすぎで、

テンションが上がりすぎました。

すみません。

 簡単に言いますと、

分身体にも種類があります。」


 今相手にしたのは、

“自分の身体の一部を使って産み出した分身体”。

イメージとしては近いのは“クローン”だそうだ。

本体と同じような見た目だが、

本体と何もリンクしていない。

分身体に何が起きても、本体は気づかず、

倒したとしても本体は痛くも痒くもない。

 だが、呪術での扱いはどちらも“同一の対象”になる。

今ガーネットがかけたのは“呪縛”と言う呪術らしい。

対象は実体のない縄で全身縛り上げられた状態になる。

ガーネットが命じると、

その縄が締め上げられて身体が動かなくなり、

逃れられない激痛が全身を襲うそうだ。


「今魔法を受けた分身体だけでなく、

本体と他の分身全部に同じ状態を付与しました。

もちろん、

本体が新しく産み出した分身体も同じ状態になります。」


 そう言ってガーネットは笑いながら右手に魔力を集め、

思いきり握りつぶした。

俺たちの周囲には何も起きない。

だが、どうやら“呪縛”が締め上げられたようだ。


「これで、どこかで分身体と本体は泣き叫んでるはずです。

このままアルジ様を不意打ちしたことを後悔させましょう。

耐久1200時間です。」

「魔王とか呼ばれてる相手に苦痛って効果があるのか?」

「種族的なものはあるでしょうが、

この痛みは魔法の効果によるものなので

アルジ様のご想像の三十倍は痛いです。

 強いて言うなら、

握り拳大の尿路結石を無限の長さの尿道から

出そうとしてる感じですか。」

「キング•オブ•ペインか。

しかも、膀胱から出ようとしてるのか。

そりゃ辛いだろう。

 耐久って、

その間ガーネットは弱体化するんじゃないのか?」


 呪術の特徴のひとつに、

呪っている間は術者の能力が低下する、と

言うデメリットがある。


「私、私がいます。

ネルはガーネット様の、負荷を肩代わりしてます。」

「そんなことができるのか?」

「あ、通常の呪術の術者よりステータスが低下するです。

元々低いネルには、問題ないです。」

「ネルは大丈夫なのか?」

「あ、ありがとうございます。

低下するのは腕力なので。

あ、特に問題ないです。

 それ、より。

あ、あの呪術はなかなかかけられないものです。

力量の差もありますが、

た、対象に抵抗されてかからないことがほとんどです。

あそこまで見事にかかることは希です。」


 リスクの割りに効果がエグいと思ったが、

なるほど、相手に抵抗する余地があるようだ。

本来のデメリットなら力のステータスが三割減、

肩代わりなら四割減るらしい。

二人のコンビネーション技だな。


「じゃ、降りて運転手の無事を確認しよう。

救急とおじさんに連絡して、

とりあえず指示をあおぐか。」


 俺たちは地上へ戻ってきた。

まだ大きな道に出るために脇道を走っていたので、

他の車は被害がなさそうだ。

ただ、近くの建物は幾つか倒壊し、

塀は砕けてガラスは割れていた。

俺たちが走っていた道路は大きくへこんで、

クレーターができている。


「アルジ様、周囲の人的被害までは確認できませんでしたが、

運転手の方は回復魔法で全快にしています。」

「ありがとう。

おじさんはドローンで既に現状把握済みだって。

救急車とパトカーが来るまでここで待機だ。

俺は装備はそのままで、最低限の警戒を続ける。

二人はどうする?」

「ガーネットはご一緒いたします。」

「ネルは、ご一緒したいです。」


 二人とも残ってくれるなら、百人力だ。

すこし離れたところからサイレンが聞こえる。

前途多難だな。

俺はため息を飲み込む。

最近、ため息が癖になってる気がするので気を付けよう。

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