閑話“引金”
抱えられて、走る。
「次、左です。」
激しく揺れるが、道は間違えない。
このためにどれだけ這い回ったか。
どれだけ、犠牲者がいたか。
「先に謝るよ。
アンタのことゴブリンの仲間だと思って、
石ぶつけて悪かった。」
私を抱えて走るドワーフの女性が、
そう言った。
「にげ、きって、からです。」
「ははっ! その通りだね。」
走るのは全員裸の女性。
岩窟の奥から今まさに外へと抜け出さんとしている。
「次、左。
道が狭いです。」
「待って。後ろから追ってきた。」
一番後ろのドラゴニュートが言う。
全員一時停止した。
「私、囮になる。」
ヒューマンの一人がそう言った。
「なに言ってんだ。
皆で逃げるよ。」
「私、もう“遅い”から。
どうせ死ぬなら、皆を助けたいの。」
地面の石を握って、彼女は笑う。
ゴブリンの子を孕むと、母体は必ず死ぬ。
私は彼女のすこし膨らんだお腹を睨む。
「“これ”も道ずれに死んでやるんだ。
だから、皆逃げて。」
ゴブリンの子を母体を護って取り出す術はない。
彼女は笑ったまま、来た道を引き返していった。
誰も、それを止めることができなかった。
私たちは先を急ぐ。
分かれ道で挟み撃ちにされそうになった。
「ここは任せて。」
エルフの女性が道を作ってくれる。
一人、また一人、仲間が減っていく。
私は涙をこらえて、道を案内する。
「ここは私の番かよ。
ほれ、道案内を受けとりな。」
とうとう、
ドワーフが私の身体をヒューマンに渡した。
「ほれ、先に謝って正解だよ。」
彼女はそう言って笑った。
あと五人。
私が死んでも構わない。
だから、この五人は生きて逃がす。
何度か危ない目に遭って、
やっと出口が見える。
五人の顔に希望が浮かんだ。
私は最後の力を振り絞って、叫ぶ。
「とにかく遠くへ!」
外もゴブリンのテリトリーだ。
その外へでなければ逆戻りになる。
私たちは洞窟の外へ飛び出した。
そこには、武装したヒューマンたちがいた。
助けが来てたのか。
私は嬉しくて涙が出た。
多分、ゴブリンの私は殺される。
でも、皆は助かる。
五人とも喜び、ヒューマンたちへ駆け出す。
「撃て。」
五人に矢の雨が降った。
どうして?
何故?
私は抱えられていたため、致命傷は免れた。
でも、五人は身体中に矢を射られて、倒れ込む。
「なん、なんで……?!」
私を抱えていたヒューマンが、私の身体を抱き寄せた。
まだ生きてる。
「貴女は、逃げて。」
彼女はそう言い残して、逝った。
武装したヒューマンたちは、
彼女たちの死体を蹴り、念入りに腹へ槍を突き立てる。
彼女たちに、罵詈雑言を浴びせながら。
彼女たちの何を知っている?
彼女たちに罪はない。
むしろ、被害者だ。
なのに、なのにっ……。
「ゴブリンの便所にされた女なんて。」
そう言いながら、彼女たちの死体に火をつけた。
死んだふりをしていた、私も燃える。
何故?
何故こうなった?
彼女たちのことを助けられなかった。
自問自答。
こんな、こんなのって……。
炎にまかれ、息ができない。
それでも涙は止まらない。
私は何もできなかった。
私は彼女たちの死を早めただけだった。
私は、あぁ、私は。
私を焦がす炎が黒く染まった。
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