第29話 帰り道

 日本政府の再編は想像より早急に実施された。

年明け早々行われた緊急の選挙が終わったら、

すぐに臨時政府を解体し“ダンジョン対策委員会”を設立。

臨時政府をそっくりそのままそこへ移した。

 今までの異界探索者管理委員会とは異なり、

トップは法務省で公安がバックに控えている状態。

制圧済みのダンジョンおよび、

観察中のダンジョン災害地の管理と監視。

ハンターの登録と管理に、

新しく犯罪を犯したハンターの逮捕、留置が加わった。

 今まで無法地帯だったダンジョンに、

定期的な巡回がされる予定だ。

ただし、深い階層には対応できないとのこと。

犯罪を犯すハンターは軒並み低レベルしかいない。

深層まで潜るような攻略ガチ勢こそ、

健全なハンターだったりする。

 この体制が確立する頃には

犯罪者も深層へ隠れる用意をするだろう、と国は見ている。

俺の体感としては、深層はそこまで甘くないと思う。

犯罪がしたい(楽に稼ぎたい)人間が、

殺意の固まりのモンスターに対抗できるとは思えない。

俺のように戦いを望むなら、むしろ人間は対象にならない。

人殺しが目的なシリアルキラーならあり得るかもしれないが、

同じ階層に潜れるだけの実力者が相手だと返り討ちの可能性の方が高いだろう。


 後、新しくダンジョン関連の品の取引を監視する

“異物取引公正管理会”が発足。

魔石の取引の不正について、

厳格に取り締まる予定とのこと。

 ただ、ポーション事件で納税や取引の記録が

一部破損してしまったため、

過去の不正はハンター側から調査依頼が出た場合だけ対応するそうだ。

業者は急いで今までの不正を隠そうと躍起らしいが、

ソコを突いて税務署が一斉調査をするらしい。


 治験についても、

年明け早々判決が出て原告側の全面勝訴。

医師会および医師は多額の賠償金を払い、

処置者リストにあった医師は医師免許を剥奪。

 検察は当該処置者たちを殺人罪で立件することも

視野にいれているそうだが、

医師会から医者への風評被害が増すので止めて欲しいと嘆願書が出された。

引き換えに医師会は判決が出た裁判を控訴せず、

速やかに賠償金を支払うと言っている。

だが、世間の流れは厳罰を求めており、

処置者たちとその家族は既に殺人鬼扱いされている。


 ポーション事件以降、

ハンターの必要性が再認識された。

社会不適合者に武器を持たせて戦わせている、と言う

認識から、

ダンジョンと言う不可解なものに立ち向かう人、と言う

認識に変わっているらしい。

 そのため、犯罪ハンターや治験でハンターの数が

劇的に減っていることはとんでもない損害だ、と

言う風な世論になっている。

マスコミは今までのネガティブキャンペーンが

なかったかのようにハンターのことを持ち上げ出した。


「アルジ様、ネルも安定してきたので、

そろそろ下に降りましょう。」

「あ、ガーネット様、その、ごめんなさい。」

「貴女は気にしなくていいんです。

それに、下は結構危険なので、

魔王とはいえ魔法が使えない貴女では

すぐに死んでしまいますよ。」

「そうだ。ネルはよくやってくれてる。

“呪術”だったか?

あれは不思議だな。」


 呪怨の魔王ネル。

彼女は以前のガーネットのようにスキル“賢者”から

魔法の知識を取り出して使う。

そのため、魔力が大量に必要だった。

彼女のレベルを5まであげたが、

ガーネット程魔力値が上がらなかった。


「あ、呪術は、あの、一度かけてしまえば、

えっと、術者が解除するか死ぬまでかかります。

あ、でも、魔力は一回分で済むので、

コストパフォーマンスに優れています。

 あ、難点もありまして、

かけている間は術者が弱体化するのと、

効果がかなり特殊です。」


 彼女の説明どおり、

コスパはべらぼうに良いが

使い勝手がべらぼうに悪い。


「そこは使い方次第だな。

さっきの“呪害”はあえて俺にかける方が効果が見込める。」

「え……?

じゅ、“呪害”は、対象に、重圧をかける、

じゅ、術です、よ?」

「それで良いんですよ。

つまり、対象は重くなるんです。

 アルジ様のバトルスタイルは、近接戦闘です。

腕力に自重を乗せたパンチやキックは

“呪害”で加重されることで強化されます。

 バフじゃないので、

バフと併用できるのもいいですね。」

「感覚だと体重が増えると言うより、

重石が乗った感じだな。

速度は落ちるが、威力がはね上がる。」


 パワーバフとこの呪害に神装が乗ると、

今までより強力な攻撃が可能だ。

攻撃を受け止める際は、

むしろ吹き飛ばされた方がダメージは軽く済むので

その塩梅を見極めなければならない。

これは、使いこなすのにまた鍛練が必要だな。


「お、お役に……たてるの、ですか?」

「もちろんだ。

ガーネットもネルも頼りにしてる。」


 ガーネットは胸を張って笑った。

ネルは涙を流して俺を拝む。

俺とガーネットは慌ててネルをなだめる。


「ずび…ばぜん。

うれじぐで……。嬉しぐで……。

ずっど、ずっと、何もでぎながった、からっ。」


 性格の差もあるが、

ネルはガーネットより長期間にわたり虐げられてきた。

そのため、自己評価が低く自尊心がない。

俺とガーネットは、

彼女を甘やかしてでも自尊心を取り戻すことに決めている。


「ネル、君は君が思う以上に素晴らしく、立派だ。

俺が保証する。

これからも、よろしく頼む。」

「そうです。

アルジ様だけじゃなくて、私もそう思います。

 私はスキルの“賢者”がなくなって、

色々自力なんで貴女を頼りにしています。

ゆっくりで良いので、自信を持ちましょう。」


 魔王、という種族名だが、

そもそも彼女が悪意を持っている訳じゃない。

そうなるように仕向けられ、貶められたのだ。

 聞けば、ゴブリンの巣穴の中で捕まった

他の種族の女性たちを助けるため、

ネルは命をかけたらしい。

失敗して、その女性たちを死なせたことが

魔王になるトリガーだったそうだ。

涙ながらに語る彼女を見て、

俺はガーネットと彼女を幸せにすると決めた。


「ただ、問題は敵がゴブリンなんですよね。」

「逃げるからな。

鍛練にならないんだよ。」

「ご、ゴブリンが逃げる?」

「あぁ。

この世界のゴブリンはそっちと違うって説明したな。

そっちのゴブリンみたいに巣はないんだけど、

仲間内で情報共有するみたいなんだ。

 すこし前に千体以上相手にして皆殺しにしたら、

それ以来ゴブリンは俺を見ると逃げ出すようになってな。」

「せ、千体?!」


 不思議なことに、下階のゴブリンも逃げ出す。

ゴブリン同士なら階層を跨いで情報共有できるらしい。

 あの時、ガーネットを見つけたんだったっけ。

去年の夏の事だ。

懐かしい感じがする。


「本当に、申し訳ありません。」

「ガーネットは悪くないよ。

俺が無茶したのが悪かっただけだから。」


 申し訳なさそうに頭を下げたガーネット。

俺はガーネット頭を撫でてやる。


「更に下の階層には、コボルトか。」


 コボルト。

二足歩行の狼。

体格は華奢で、身長は150程度しかない。

嗅覚、聴覚が優れ、鋭い爪と牙で近接攻撃をする。

 二足歩行が身体に合ってないのか、移動速度がかなり遅い。

足を引きずるように歩く。

 その代わりに、腕力は体格に見合わず強い。

爪の一振でフルプレートアーマーを着込んだ男性が

両手持ちの大盾を構えている状態で3メートル以上吹き飛ぶ。

おそらく、腕力に魔法のバフがかかってる。

 頑強さも多分バフで強化されている。

俺が殴った感じでは、

固い毛皮が衝撃を分散してるとかじゃない。

触れる前に固い膜に拳が当たる感じだ。

田園調布のダンジョンを襲撃した時に

ガーネットが俺にかけていたバリアがイメージとして近い。

 普通のハンターは移動速度の差を生かして、

ボウガンや弓矢による集中砲火で仕留めるらしい。

近接攻撃でもやりようはあるが、

新しい戦法が自分の物になっていないと不安がある。


「サイクロプスは復活してそうか?」

「まだ索敵の効果は残ってますけど、

あの部屋にはいないようです。」


 コボルトは六階から九階の三つの階層で確認されている。

ゴブリンと同様に、下階におりるほど群れを大きくする。

六階なら、二、三体。

九階なら、六体前後といった具合だ。

 十階から先は未踏破地区になっており、

地図はおろかモンスターについての情報もない。


「俺のレベルも1になったしな。」

「アルジ様の場合、表示だけ1で実際は6位のはずです。

1つレベルを上げるのに必要な“経験値”が、

銀のスライム程度では足りないと思います。

 実際、私はレベル6でネルと一緒に銀のスライムを討伐しましたが、

レベルアップしませんでしたから。」


 ガーネットは進化してレベルが6になっている。

“経験値”というのは、

ハンターの中で言われている都市伝説だ。

ゲームにあるような“経験値”がモンスター討伐時に手に入り、

一定数になるとレベルアップすると言うもの。


「経験値を観測できれば良いのですが、

異世界から奪った権能を駆使しても観測できません。」

「今日は帰ろう。

とりあえず、魔石は二千五百個あるし。

小田さんに頼まれた数より多めにとれたから、

端数は売るか。」


 研究所の建物は完成しているが、

機材の持ち込みとそれの設置に伴う内装工事がまだだった。

やっぱり、当初の予定どおり使えるようになるのは来月の二月からだろう。

 ただ、小田さんは早く研究したくて仕方ないらしい。

他の研究員も待ちきれず、

皆俺の住んでるアパートに入り浸っている。

部屋のいくつかをおじさんの許可を得て簡易な研究室に改造し、

そこで欲求を抑えているが触媒にする魔石が足りないらしい。


「これで足りない場合は、コボルトへ挑む必要があるな。」

「コボルトは大きめの魔石でしたね。

時価なので変動しますが、

基本的にゴブリンの倍近い値段で取引されてるくらいですし。

魔力もたくさん含まれてるはずです。」

「あ、足手まといで、ご、ごめんなさい。」

「足手まといだなんて、思ってないよ。

ネルにはネルの仕事がある。

俺には俺の、ガーネットにはガーネットの仕事だ。

俺の仕事の都合だから気にしなくて良い。

 そんなことより、ネルはこの後何が食べたい?」

「あ……、お味噌、汁を。」

「ガーネットは、しょうが焼きを希望します。」


 二人は笑顔でそう言った。

俺は冷蔵庫の中身を思い浮かべる。


「じゃ、しょうが焼き定食だな。

キャベツの千切りをネルに頼むから、

ガーネットはホウレン草のおひたしを頼めるか?」

「承知いたしました!」

「わ、わかりました。」


 ダンジョンから出る際は、

ガーネットがネルの姿を隠して連れて出る。

ネルの魔力は浮遊魔法がギリギリ使える程度だ。

 個室の更衣室へ入って着替える。

ポーション事件以降、

他のハンターは俺を遠目に観るだけになった。

騒いだり後をつけたり、

待ち伏せしたりされなくなった。

 俺は荷物を持ち、更衣室から出て帰路に着く。

そう言えば、ポーション事件の動画は

黒い柱が爆発した時点でおじさんの判断で中継を止めていた。

その動画の最後の最後に

俺がガーネットを呼んだ部分が密かに議論されているらしい。

いわく、スキルの名前。

いわく、守護精霊。

いわく、ナビゲーター。

 チラッとマイクに入っていたガーネットの声も話題になっている。

女性の声である。

マイクに入るから、誰かしら存在する。

姿が一切見えない。

 財前たちは相変わらず黙秘してくれている。

ただ、この前財前から電話がかかってきた。


「櫻葉さん、

大和桜(うち)のメンバーが詳しく話を聞かせてって、

すごい剣幕でして。

黒川さんなんか、

自分の新装備のデザインに掛かりきりだし。

 ちょっとでいいから、

そっちに避難させてもらえません?」


 俺はリーダー不在はさすがにダメだろう、と

諭したが財前が辟易しているのは理解した。

研究所が完成して、

黒川と打ち合わせするときにこっちに来るよう提案した。

財前は渋々了承していたので、

なんやかんや理由をつけて来訪しそうだ。

 スーパーに寄り道して、

生姜をはじめとした不足している食材を買う。

ガーネットは変わった調味料に興味を示すが、

ネルは手書きのポップを見つめている。


「アルジ様、“あごだし”って何のことですか?」

「飛び魚の事を九州で“あご”って呼ぶから、

飛び魚の干物の出汁って事だよ。」

「お魚ですか。

美味しいのでしょうか。」

「ものにもよるけど、煮干しより香ばしいかな。

俺は結構好きな方だ。」

「あ、アルジ様。

こ、この文字、なんて読みますか?」

「“うおぬま”。

日本の地名だ。

魚沼って場所で育てたお米ってことだよ。」

「とっ、土地と作物はどう関係して、

なな、何が変わるのですか?」


 なんだか、小さい子供を連れた気分だ。

ネルは発音がまだ拙いので、すこしつっかえながら話す。

ガーネットいわく、

向こうの世界の言葉で話すときもキツめの東方の訛りで話をするらしい。

日本で言うと、

ゴリゴリの北海道弁みたいなイメージだと言われた。

ベースの発音の癖が強いため、

日本語が話しづらいみたいだ。

 俺はネルに産地について簡単に説明したが、

スキルの“賢者”のお陰ですんなり納得する。


「アルジ様、後をつけられています。」


 ガーネットが俺に報告してくれた。

俺も偶然にしては執拗だと感じていた人がいる。

黒人女性と白人男性が交互に代わりながらついてきている。

 いくらグローバルになったとはいえ、

日本の街中での日本人の比率はかなり高い。

そんな中でこの人選は、

追跡より俺に気づいてもらいたい意図が感じられる。


「これはあえてスルーした方がよさそうだ。

ガーネット、

会計が終わって店を出たら俺の姿も消してくれ。

ネルは一旦返送するが、家に着いたらすぐ呼ぶよ。」

「承知いたしました。」

「わかり、ました。」


 会計後、サッカー台で荷物をまとめて

ネルをパーソナルスペースに返送する。

自動ドアを潜ったと同時に、

ガーネットが俺の姿を消した。

 俺が振り替えると、

白人男性が慌ててスマートフォンを取り出し、

どこかへ電話をかけていた。

黒人女性もスマートフォンを取り出して、

どこかへ駆け出す。

 この様子だとアパートの前も張り込んでるだろう。

俺はガーネットと足早に家へ帰る。

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