第28話 仁道

 風呂場に大きな桶を用意した。

お湯はぬるめから始めて、後から熱めにしよう。

シャンプーとボディソープは新品を用意。

換気扇は全開。

窓も全部開いておく。


「さて、呼び出すからな。

ガーネット、ケンカはするなよ?」

「わかっています。

でも、本当に汚れた桶の水を

ボックスに回収しないとダメですか?」

「それについては、小田さんに言ってくれ。

 俺も水は捨てたいんだ。

髪を確保したい、って言うのはまだわかるんだが。」


 小田さんはまだ帰ってきてないが、

先に魔王を綺麗にしようと用意した。

小田さんがいると暴走するのが目に見えてるので、

洗ってしまおうとガーネットと話し合った。

 俺は念話で魔王に呼び掛けた。

返事のハンドクラップが聞こえる。


「君の身体を洗いたいんだが、

お湯をかけても問題ないか?」


 怯んだ感じがするが、

肯定のハンドクラップが聞こえた。


「怯えてるようだから、

ガーネットはちょっと離れててくれるか?」

「視界に入ったら同じですよ。

このままいきましょう。」


 魔王を召喚すると、

何故かビショ濡れで全裸の状態だった。

しかも、風呂場にうつぶせに倒れいる。

ガーネットと顔を見合わせる。

 慌てて俺は彼女を起き上がらせて、

桶へ入れてお湯をかける。

寒そうに震えていたので、

温度を少しあげて風呂場の暖房をつける。

 悪臭は健在だが、既に汚れが大分落ちていた。


「お前、もしかして水浴びしたのか?」


 魔王は震えながら手を叩いた。

震えすぎて手から音が出てない。

でも、これは肯定か。


「洗うって聞いたから、ですか?」


 ガーネットの問いにも、手を叩いて答えた。

どうやら、彼女なりに汚れを気にしていたらしい。

 俺は急いで彼女の身体をお湯へつけて、

素手で彼女の身体を擦って暖める。

ガーネットは急いで台所へ行って、

暖かい飲み物を用意してくれる。

 彼女の身体を洗う前に、身体を暖めなければ。

真冬に頭からビショビショだと、

魔王とは言え命に関わるはずだ。

 ガーネットのいれた

ハチミツ入りのホットミルクを魔王に飲ませながら、

彼女の肩からお湯をかけて暖める。

身体の震えが収まり、

呼吸が落ち着いたことを確認してから

ゆっくり魔王の身体を洗い出す。

 掌に懐かしい感じがする。

ガーネットの時よりふわふわした感じだ。

ガーネットは張りがあって、もにゅん、と言う感じ。

こっちは、たゆん、と言う感じ。

ダメだ、自分のIQがどんどん下がってる感じがする。

俺は悪臭を思いきり吸い込んで、脳を再起動する。

 ガーネットは汚れたお湯をボックスへしまいながら、

新しいお湯を湯船から供給してくれる。

しっとり濡れたガーネットのシャツが透けて、

下着が見える。

“なし”より、“あり”のほうが効果が高いのか。

藤堂、お前の話の半分くらい理解できなかったが、

今なら理解した上で同意できる。

 以前と違って挟み撃ち状態だ。

俺はくじけそうになる度、深呼吸してやり過ごす。

だが、それも徐々にシャンプーのいい匂いになり、

効果が薄れていった。

 魔王よ、

胴体を洗う度に艶っぽい声を出さないで欲しい。

ムラムラするから勘弁してくれ。

ガーネットも、時々胸を俺に押し付けないでくれ。

べらぼうに揺らぐから。

 俺は理性をフル稼働させて、魔王を洗いきった。

ただ、ガーネットの時と同じように

髪は汚れが絡まり、一体化していて取れない。


「これは仕方ないか。」

「ハサミがありますので、私の時より楽かと。」

「じゃーすとっ、もーめんっ!

あたしが来たっ!」


 玄関が勢いよく開けられ、

小田さんと緒方さんが飛び込んできた。

魔王が驚いて怯んだので、

俺は頭を撫でて落ち着かせる。

 とりあえず、小田さんたちを落ち着かせて、

魔王の体を拭く。

ガーネットの予備の服を着せ、

髪を切る用意をする。

 小田さんたちの方がカットは上手い。

だが、今は二人が興奮状態なので、居間に押し込んだ。

一旦、俺が切るしかない。

魔王の髪の根本から15センチ程度はなんとか櫛が通る。

それより先は汚れが固まって岩のようだった。

触感がうちっぱなしのコンクリートの壁のようだ。

 ざっくりカットしていき、

切り落とした髪はガーネットに回収してもらった。

小田さんから文句がでないように、

ビニールのポンチョにも髪は残さないようにする。

 黒い艶やかな髪が光を受けて煌めく。

黒い大きな瞳はおずおずと俺とガーネットを交互に見ている。


「さて、次はアレですね。」

「……正直、あまり自信がないんだが。」


 そう、次は名前だ。

ガーネットの名前が宝石由来なので、

統一するならブラックスピネルかな、と思った。

だが、語感が良くない。

俺は魔王に向き合って、屈んで目線を合わせた。


「先に確認だが、君の名前は?」


 魔王は少し考える素振りをして、

困った顔で手を二回叩く。

否定のサインだ。


「ネル。君の名前はネル。

どうだ?」


 突然、魔王はボロボロ泣き出した。

そして、何度も頷いて、手を一度だけ叩く。

俺は無意識に彼女の頭をなでる。

 俺のステータスを開くと、

スキルにある従魔の項目が書き変わっている。


“従魔(呪怨の魔王:ネル)”

“従魔(rふe報fuク四ュvke4uしns讐hgうe:ガーネット)”


 問題なく受け入れてくれたようだ。

俺がホっと胸を撫で下ろすと、

ガーネットが俺の腕に抱きついてネルを睨む。


「私が一番ですからね。

貴女は二番です。」

「ガーネット、落ち着いて。」

「私がアルジ様の一番の従僕なのに!

あの騒動で順番が二番になってしまいました!」

「俺のステータス表示の順番のことか。」

「ご、ごめんなさい。」

「謝っても戻らないん……。

アルジ様、今、話ましたか?」

「いや、今の声は多分ネルだ。」

「嘘っ。早くないですか?」

「ひっ! ごめんなさい……。」


 ネルは頭を抑えて縮こまる。


「いや、悪いことではないからな、ネル。

ガーネットは驚いてるんだよ。」


 俺はガーネットと一緒に

怯えているネルをなだめて落ち着かせる。


「ネル、どこまで俺たちの会話が理解できる?」

「あ、ある程度、です。」

「私たちの会話から学習したにしては、

流暢すぎますね。

ネル、鑑定しますから抵抗しないように。」

「あ、わかりました。」


 彼女はおどおどと話すが、

会話は問題なく成立している。

俺はガーネットの時のように、

テレビを見せて言葉を覚えてもらおうと考えていたが、

どうしたものか。

 ガーネットは紙にペンを走らせ、

できあがったものを俺に手渡した。


「アルジ様、

ネルのステータスを書き出しました。

魔王になると私のように、

“賢者”のスキルがなくなるものだと思ってたのですが、

彼女はまだ所持しています。

 後、“呪怨”と言うスキルがあります。

怨みがそのまま魔力になるスキルで、

事実上“無限の魔力”です。

どんな魔法だろうと永遠に打ち続けられます。」


 世界を怨んだ魔王、と言うだけのことはある。

俺はガーネットたちのいた世界から

少しだが情報をもらっている。

大まかな話だけだが、

彼女らがどんな仕打ちを受けてきたか想像するに容易かった。


「あ、今は、その。

難しいです。」


 ネルが困った顔をしてそう言った。


「当たり前ですよ。

ここは貴女が怨んでた世界とは違う世界ですからね。

彼女もレベルをあげないと、

“賢者”の消費魔力で魔力が枯渇して動けなくなります。

 特別に今日は私の魔力を分けますから、

じっとしなさい。」


 ガーネットはネルの手を握る。

すると、淡い光がガーネットの掌からネルへ移った。


「あ、ごめんなさい。」

「こう言うときは、“ありがとう”と言うのです。」

「……あ、ありがとう。」


 ガーネットは優しいな。

俺はその光景を見て思わず微笑む。

 俺のレベル表示もなくなったので、

とりあえずスライム狩りから再出発が必要か。

俺は思わず苦笑いした。


「ガーネット、

俺のステータスも後で書き出して欲しい。

可能なら、ガーネットのステータスも見せて欲しい。」

「承知しました。」

「じゃ、先に飯にするか。

小田さんたちも落ち着いたかな。」


 今にネルを連れていった。

小田さんはロボットアームを外して、

机の上に転がしている。

緒方さんは膝の上に乗った猫をどう愛でるか悩んでいる。

この猫、ガーネットの幻術なのだが、

緒方さんは可愛いものの近くに行くと、

何故か動けなくなる。


「お二方とも、落ち着きましたか?」

「ガーネットちゃん、

そろそろアームを返して欲しいっス。

なんか、こうやって転がってると

首が据わらない赤ん坊に戻った気分っス……。」

「ね、猫ちゃ……。

据わって……。あ。

猫……。あぁ。」


 この二人に関しては、大丈夫の判断が難しい。

とりあえず、二人を解放して、ネルを居間に入れる。


「あ、初めまして。

……ネルと申します。」

「おぉ!

既に日本語を学習したんっスね?」

「いや、それがちょっと違うみたいで。」

「はい、ガーネットが軽く説明します。

彼女はスキルの“賢者”を持っていますが、

異世界(ここ)では記憶力の強化•補填程度の能力しかありません。

元の世界の知識は呼び出すのに魔力を使うので、

頻繁に使えませんし、

そこに日本語の情報はありません。

 なので、

どこか外から習得する、

もしくは元々あった知識から呼び出す、の

どちらかで日本語を習得したはずです。」

「それについて、関係してるか不確定っスけど。

ちょっと気になることがあるっス。」


 小田さんが緒方さんに頼んで資料を取り出した。

俺はそれを受け取って目を通す。

先日の事件の情報がまとめられていた。


「先日の事件は今“ポーション事件”と呼ばれてるっス。

あの事件で光の柱から飛び出した17の光がモンスターになって、

現在も大暴れしてるっス。」

「モンスターの数は16と聞いた気がするのですが。」

「ネルちゃんも入れたら17っス。

なんで、この事件を即座に抑えられたのは日本だけ、と

言われてるっス。」

「べらぼうに面倒な臭いがする。」


 俺は思わず顔をしかめる。


「国連は、自分達の失態を隠したいけど、

今現在もモンスターを抑えるのに必死で。

むしろ、証拠が全部露呈した形っス。

 常任理事国は責任の擦り付け会いをしてるっス。

加盟国は被害の賠償を常任理事国へ要求する動きが高まってるっス。

下手すると脱退が続いて、

国連の枠組み事態が崩壊する可能性もあるっス。

 裏で藤堂弁護士がなんかしたって気がするっスけど、

実際どーなんっスかね。」

「あの方なら、タカミ様と組んでやれそうですね。」


 ガーネットの言う通り、

あの二人が組めば国ぐらい容易く揺れる。


「それで、あたしが気になってるのはモンスターの数っス。

全部で17体。

“17”、“田園調布のダンジョン”、“ポーション”。

この三つが並ぶと、

不穏な感じじゃないっスか?」

「……確かに。」


 この三つに共通するのは、

“勇者”。


「でも、それで行くと人数は“16”では?」

「例の彼女も含めると“17”っス。」


 俺は思わずネルを見る。

ネルは困った顔で俺を見つめ返した。

気づいていたが、可愛い。

ハの字の眉と垂れた目が小動物を彷彿とさせる。

艶やかな深い緑色の肌。

黒髪ショートヘアだが、

はねたりうねったりせず触りたくなるほどサラサラだ。

 ふんわりした雰囲気、ふんわりした身体つき。

庇護欲と言うのか、母性というのか。

そういうものがくすぐられる一方、

すこし加虐性も沸いてくる。

 ガーネットが、ネルとの間に割り込んできた。

こっちは猫のようで可愛い。


「アルジ様、

先ほど行ったネルの鑑定結果には

そんな内容ありませんでしたよ。」


 ガーネットはすこし膨れてそう言う。

俺はガーネットの頭を撫でて礼を言った。

ガーネットは嬉しそうに笑う。


「仲いーっスねー。

とりあえず、

ネルちゃんが“勇者”の影響を受けてる可能があるっス。

従魔契約してるから、暴走の心配はないっスけど。」

「現状注視かな。

とりあえず、夕飯にしよう。

二人も食べますか?」

「いただくっス!」

「ご相伴に預かります。」


 さて、メニューは以前ガーネットが言ってた

トルティーヤとブリトーだ。

素手で食べられるからネルも食べやすいだろう。

俺は立ち上がって、台所へ歩いていく。

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