第23話 善悪の理

 ヘリに乗ったのは産まれて初めてだが、

ここまで揺れないのか。

俺はもっとぐらぐら揺れると覚悟していたが、

日本海上の小舟より快適だ。


「そろそろ東京に入るよ。」


 ヘリのパイロットがそう言った。

彼は公安の人だとタカミさんから聞かされている。

人当たりの良さそうな顔の男性だ。


「本当に一時間でヘリに乗ってるよー。

あっははは……。勝てる気しないよー。」

「吾郎、待って。

私も気が遠くなったのに、

アンタだけ先に逝かないで。」


 横で騒がしい二人は置いておいて、

俺はおじさんに頼まれたドローンを八機用意する。

 一つは俺たちを追尾するらしい。

後の七つはどこで雇ったのか、

プロの撮影者が東京の映像をリアルタイムで撮影するそうだ。


「なんだありゃ……?」


 パイロットがそう呟いた。

俺たちは窓から外を見下ろす。

 本来なら夜景が広がるはずの街には、

明かりがまばらにしか点っていない。

道路を走る車はなく、

乗り捨てられた車の何台かは炎を吹き上げている。

 ビルの窓は破られ、

高層ビルすら明かりが消えて人気がない。

黒煙があちこちで上がり、

炎が這うように広がっていく。


「おじさん、無線の調子はどうですか?」

「クリアだよ。涼治君、どうかした?」

「急いでドローンを下ろします。

街の様子を撮影してください。」

「了解した。

ヘリのドアを開けて、

ドローンの黒い面を地面へ向けて投げて。」


 俺はパイロットに断ってヘリのドアを開けた。

投げるドローンに振り分けられた番号を宣言しながら、

ドアから七機のドローンを投げる。

ドローンは空中で羽を回し、四方へ飛び去っていった。

 ドアを閉じて、三人で小さいモニタを覗き込んだ。

そこには八つに別れた映像が流れている。

一つはこのヘリ内の映像。

残り七つは、戦場と化した東京の映像。


「嘘だろ。」


 財前はそう呟いた。

黒川は口許を両手で押さえ、

込み上げるものを抑えて耐えている。


 一方的な殺戮だ。


 ショットガン構える部隊が、

道を進行しながら手際よく銃を撃っている。

 向けられた銃口の先には、

廃墟と化したビルに立てこもっているハンターと警官。

車や自動販売機をバリケードにして防衛しているが、

戦闘訓練の有無と装備の差は埋まらない。

 催涙弾を打ち込まれ、

開いた道を部隊は駆け抜ける。

AHUの隊員は目についた人間を区別なく皆射殺している。

 機動隊か何かの装甲車が部隊へ突進したが、

スラッグ弾の一斉掃射で運転手ごと穴だらけにされた。

装甲車が爆発する。

明かりのない街は赤い色で照らされた。

 ハンターと見られる集団がスキルか何かで対抗するが、

剣や弓矢では圧倒的に劣性だ。

これでは一般人がどうなってるのか、想像したくない。


「マスコミは何してるんだ!?

なんでこんなになっているのに、

俺たちは知らなかった!?

 自衛隊は?!

誰か、いや、あー!

畜生!!」


 財前が叫ぶ。

無線からおじさんの声がする。


「放送して一分もたたずに、日本中パニックだ。

私の世論の誘導なんかいらないな。

 AHUは、自衛隊じゃない。

侵略軍だ。

最悪のクリスマスだ。」


 例のダンジョンは宝萊山古墳が元になっている。

ダンジョンに近づけば近づくほど、

被害が甚大になっていった。

 崩れたビル。

燃え盛る民家。

小さな爆発が所々起きている。

 AHUの隊員は銃を構えて街中を往く。

小隊、中隊規模の部隊はしらみつぶしという感じで、

人間を刈っていく。


「パイロットさん、

俺たちが降りたら大至急引き返してください。

 今はこのヘリに偽装工作を仕掛けて、

見つからないようにしてます。

ただ、俺たちが降りるとそれの効果がなくなるので、

ご注意を。

アイツらに見つかったら打ち落とされる恐れがあります。」


 ガーネットも姿を消してヘリに同乗している。

そのため、

ヘリを外から見えないように魔法で誤魔化してもらっている。


「承知です。

私もこの状況を見て、腹が立って来ました。

 公安調査庁に行けるか試します。

同僚たちがいれば、

住民の避難誘導くらいできますよね。」

「さっきドローンが確認しましたが、

公安調査庁はもう占領されてるみたいです。

行かない方がいいかと。

恐らく、国会も警視庁も同じでしょう。

 可能なら、

隣県へ降りてそこの警察に助けを求めてください。

それが一番効果的に住民を避難できるかと。」

「情報ありがとうございます。

もうすぐ着きます。

パラシュートの用意を。」


 視界の先にダンジョンが見える。

かなり大きな建物だ。

ここ“勇者”の一件以降厳重に封印されている、と

資料で知っていたが、

ステーキを焼く鉄板に蓋するように、

建物がダンジョンを大きく覆っている。


「元々あった多摩川台公園全部が、

ダンジョンを監視するための施設に変えられています。

ダンジョンの場所はわかりますが、

捕らえられた人はどこかに収容されてい……。」

「死んでますよ。

財前さんも見たでしょ?

街の惨劇を。

 アイツら、はなから生捕りにする気がない。

即、射殺だ。

捕まってる人も殺されていると思います。」

「ちょ! 待って!

でも、どこかにいたら?!」

「黒川さん。

私も生き残りがいるかも、と言うのは否定しません。

でも、確率的にはかなり厳しいかと。」


 黒川は眉間にシワを寄せ、俺を睨み付ける。


「黒川さん、櫻葉さんを睨んでも意味ないよ。

悪いのはAHUどもだ。」

「でも!」

「では、二手にわかれましょう。

私はダンジョンを抑えます。

二人は捕まってる人を探してください。

 私は派手に暴れますから、

囮にしてもらえれば探しやすいかと」

「いや、櫻葉さんに負担が……。」

「財前さん、この身体でどうやって潜めと?」


 二人は俺の身体を見て確かに、と呟いた。


「お二人はパラシュートを付けたら出てください。

私は先に出ますんで、巻き込まれないようご注意を。」

「櫻葉さん、どこへ降りるつもりですか?」


 財前は俺の肩を付かんで問う。

俺は肩に置かれた手を掴んだ。


「正面ゲートへ。

大暴れしながら、ダンジョンの方へ向かいます。

モンスターと間違えないでくださいね。」


 俺の肩をつかむ財前の手に力が入る。


「……頼みます。

AHUは敵でしょうが、

できる限り殺すのは回避してください。

 無理難題なのは理解しています。

理由は倫理観とかじゃない。

“貴方の風評”のためです。

 これは“大和桜”ではなく、僕が個人で望んだことです。

だから、世間に櫻葉さんの事を悪く印象付けたくない。

 悪評は僕が請け負います。

貴方は悪人じゃない。

むしろ、善人だ。」


 財前のその声に、俺は何故か哀しみを感じる。


「貴方は、櫻葉涼治は、

ヒーローとまでは言わなくても、

善良でまともなハンターです。

 貴方は“僕がなりたかったハンター”です。

それを、“悪人”にしたくない。

僕のわがままで悪人にちゃダメだと思うんです。

 だから、できればでいいんです。

殺しは無しでお願いしたい。」


 理由は理解できる。

ただ、俺は納得できない。


「ここへ来ると決めたのは私です。

財前さんが理由じゃないし、

大和桜だからって訳でもない。

“私が”腹が立ったから、殴りに来たんです。

 だから、悪評だろうが好評だろが、

ましてや世間の顔色なんて“糞食らえ”、です。」


 俺がそう言うと、

財前はキョトンとした顔で少し止まった。

一拍置いて、笑い出す財前。

俺の肩に乗っていた手が下ろされ、

両手を自分の顔の横に上げた。


「降参、降参です。

わかりました。

存分に暴れてください。

あ、できれば原口がいたら、

僕も殴りたいんでちょっと待っててください。」

「ちょ! 吾郎!

何言ってんの?!」

「申し訳ない。

原口とやらの顔を覚えてないんで、

代わりに全員の顔を殴っときます。」

「櫻葉さんもノらないで!」


 俺は笑って、スライムヘルムを被る。


「では、お先に。」


 黒川が何か言いかけたが、

ヘリのドアを開けた時の音で書き消された。

そのまま、俺はヘリから飛び降りる。

 目指すは正面ゲート。

一緒に飛び出したガーネットが“浮遊”の魔法を俺に施す。

重心を移動させ、目的地へ向かって落下していく。


「ありがとう、ガーネット。

このまま、パワーバフも頼む。」

「かしこまりました、アルジ様。

思い切り行きましょう。」


 近づいてきた地面へ向けて右手を引き絞る。

全身を触手で強化し、触腕は二本とも右腕へ絡める。

魔法のお陰で空中で踏ん張れるが、

今の俺はスーパーとかウルトラな男のポーズになった。

 ゲートにいる人達が騒がしくなっている。

やっと気づいたのか。

もう遅い。

 地面へ向けて全力で拳を放った。

閃光、爆音。

衝撃波が辺りを蹴散らす。

 熱で湯気が上がる地面へ

ガーネットの誘導で着地した。

 正面ゲートは消失。

俺は瓦礫の真ん中で立ち上がる。

少し遠いが、武装した隊員たちが

こちらへ向かってきているのが音や気配でわかる。


「ガーネット。

今日は闘いじゃない。

しらみ潰しだ。

 バリアで攻撃を防ごう。

殴ったときに熱が敵を焼くように、

風か何かで補助してくれ。

 魔法(チート)を全開で完膚なきまで潰す。

ガーネット。

俺が吠えるから、拡声器みたいなことできるか?」

「かしこまりました。

前の防音の魔法をちょっと変えれば、

拡声器みたいになりますよ。」


 続々と兵士が俺を取り囲む。

兵士達はショットガンだけでなく、

いろんな銃を構えていた。

AHUの装備は制圧用の非殺傷武器だけ、と

情報を公開していたはずだ。

これはもう、大嘘にもほどがあるな。


「動くなー!」


 拡声器で誰かが俺に向かってそう言った。


「吠えるぞ。

ガーネット、頼む。」

「はい。いつでもどうぞ。」


 俺は肺に入るだけ空気を吸い込み、吠えた。

拡声器なんて目じゃない。

放たれた声が空気を揺らし、

俺を中心に砂ぼこりが舞い上がり、

周囲のガラスと言うガラスが砕け散った。

取り囲んでいる兵士達が怯えているのが、

手に取るようにわかる。

 前のゴブリン達の反応以来、

こう言うのがちょっと楽しくなってきた。

 恐怖に耐えかねた兵士が命令を無視して俺へ発砲する。

そこからは堰をきったような一斉掃射。

 ガーネットのバリアは、

どこで覚えた演出なのか、

俺の身体の直前で受け止めるよう設定されている。

端から見れば、

俺の身体に触れた弾丸が弾き返され

火花が目まぐるしく散る。


「特殊効果と演出はおまかせを!」


 ガーネットは自信満々にそう言った。

俺は拡声された声で大笑いしながら、

ゆっくり歩き出す。

 兵士達が悲鳴を上げながら手にもった銃を打ち続けるが、

今の俺にはそよ風のようだ。

俺はまっすぐダンジョンの入り口へ向かって往く。

立ち塞がる兵士を蹴散らしながら。


●財前サイド●


 思わず黒川さんと顔を見合わせる。

あの咆哮は上空のヘリまで届いた。

窓ガラスが割れそうなほど揺れた。


「敵だと恐ろしいけど、味方だと爽快だね。」

「恐い。恐すぎるよ。」


 黒川さんは青い顔で震えていた。

下手するとアレと殺し合う羽目になっていたと思うと、

ゾッとする。

あの時、本当に敵対しなくて良かった。

心底そう思う。


「僕たちも降りよう。

ほら見て。

ドローンがまだここにある。

これは僕ら用らしい。」


 僕はそう言ってドローンを外へ投げた。

羽を開いたドローンは、高度は低いがヘリと並走を始める。


「南の方へ降りよう。

北上して櫻葉さんの後ろへ出るように探索だ。」

「わかった。」


 あんな真似ができない僕らは、

パラシュートを装着して外へ飛び出した。


●???サイド●


「これは、想定でも一番不味いタイミングですね。」

「どうなってる!?

問題ないと先ほどお前が言っていたろ!?」

「大丈夫ですよ、議長殿。

少し、通信をいたしますのでお静かに。」


 彼女はコンソールのボタンのひとつを押して、

マイクへ口をつける。


「総員、ダンジョンへ。

侵入者の目的はダンジョンです。

最奥の研究室へ集まって、待ち伏せしなさい。

 捕らえているハンターもそこへ集めなさい。

非戦闘員もダンジョンの最奥へ退避。

あそこの壁が一番頑丈になっています。

 あと、部屋の入口付近へ罠を大量に仕掛けなさい。

時間がないので、

15分したら全員入っていなくても扉は閉めなさい。

以上。」


 通信を終え、彼女はニヤリと嗤う。


「議長殿は私とこちらへ。」


 原口はそう言って、

壮年の白人男性を連れて部屋を出ていった。


●櫻葉サイド●


 群がる兵士を蹴散らして歩く。

モンスター役は闘争のそれとは違う楽しさがある。

闘争の方が俺は好きだが、こちらも良い。

 ゲート付近にはたくさんの兵士がいたが、

ダンジョンへ近づくに連れて数が大きく減ってきた。

俺はさすがに不気味に感じてきた。


「ガーネット声はもう普通に戻っているか?」

「はい、戻しました。」

「ありがとう。通信する。」


 俺は無線を全体へオープンにして通話する。


「こちら櫻葉。

ダンジョンの入り口はもうすぐだが、

向かってくるAHUの数が急激に減っている。

 不気味だ。

皆の様子を聞きたい。」

「はい、こちら藤堂。

ドローンで見ても周囲のAHU達がいない。

近くのドローンを順次そっちへ向かわせてみるよ。」

「財前です。

こちらは、牢のような部屋を見つけたんですが、

もぬけの殻です。

 捕らえたハンターのリストを見つけて確認していますが、

一応生きているハンターは数十名いるみたいでした。

……それ以外は、殺害されているようです。」

「えっと、黒川です。

吾郎と一緒にいるけど、兵隊さんに遭遇しなかったよ。

 全部櫻葉さんの方へ行ったのかと思ってたけど。」


 俺はガーネットを見る。

ガーネットは何か考えているのか、

空中で腕を組んで漂っている。


「単純に待ち伏せ?

さすがにそこまで単純じゃない?

アルジ様と財前、黒川ペアの襲撃は織り込み済み?

 藤堂弁護士、

ここに配備されていたAHU隊員の数とかわかりますか?」

「はいはい、こちら鷹見。

公安と警察、海上保安庁が東京の動画を見て

本格的に味方になってくれたぜ。

横流してもらった情報も新しいし、確度が高い。

 ただ、自衛隊は上から止められて動けないって話だ。

すぐに出せるのは機動隊が限界らしい。

それでも、周囲の県から総動員してくれるそうだ。

用意でき次第順次突入して、

民間人を東京から脱出させるようだ。

 それで、

今日付けで配属されたAHUは一万人の内の五千人。

全員国連が用意した多国籍軍だ。

東京に三千、大阪に千、博多に千いる。

 で、そのダンジョンには二千五百人配備されて、

安全保障理事会の議長もそこにいるそうだ。」

「財前です。今の女性の声誰?」

「聞かない約束でしょ?」

「あー、そうでした。」


 ガーネットは更に考え込む。


「AHUの隊員は、皆ステータスを持っていますか?」

「レベルはわからんが、

全員ステータスを持ってるそうだ。」


 ガーネットは苦い顔をする。


「急ぎましょう。

最悪の場合、向こうの仕事が終わってしまいます。

 捕らえているハンターもこの施設の設備管理をする人間も、

全員ダンジョンに連れていったと思われます。」

「財前です。

僕らも櫻葉さんに合流します。」


 突然、瓦礫から機械音が響く。


「こんばんわ、櫻葉涼治。

財前吾郎もいるのかな。」


 瓦礫の下のスピーカーから原口の声が聞こえる。

管制室がどこかにあるのか。

俺はとりあえず、側の無事そうな部屋を殴り付ける。

殴った部屋は爆発で吹き飛び、燃え上がる。


「おぉ、怖い怖い。

あぁ、まったく、

とんでもないタイミングで襲撃しましたね。

お陰で何もかも前倒しにする羽目になりました。」


 前倒しに、と言うことは“目的の何か”が

もう終わったのか?

ガーネットは警戒している。

俺も警戒を強めた。


「櫻葉涼治、

貴方はこの前の東野技研での事故で

殺しきれれば良かったのですがね。」


 脳裏によぎるのは、

小田さんが首だけになった時の事だ。

原口は突然何を言っているのか理解できない。

思わず眉間にシワが寄る。


「作業員に工作員を潜り込ませて、

事故を起こしたのですが。

櫻葉涼治の関係者を含めて全員殺害、は

うまく行きませんでした。

 ですが、思わぬ副産物を手に入れました。

いやぁ、良い感じに落ちぶれたんで拾いやすいし、

誰も気にしなかったのは運が良かった。」

「……何の事だ?」

「“黒いスライム”とその作成者です。」


 突然、地面が激しく揺れる。

地震にしては震源が近い感じがする。

 俺はガーネットが伸ばした手をとり、

一緒に浮遊して瓦礫から距離をとる。

 ダンジョンを中心に

地面から黒いドロドロとしたものが溢れ出てきた。

それは瓦礫を飲み込み、周囲のものを飲み込む。

 俺たちはかなり離れたところへ着陸した。

揺れが収まった。

ダンジョンのみならず、

見渡す限り全てを黒いそれが飲み込んでいた。


「助かった!」


 財前と黒川が俺たちのそばに転がるように駆けてきた。

どこで拾ったのか、男性を抱えている。


「二人とも、無事でしたか。」

「あの、櫻葉さん、飛んでなかった?」

「跳びました。漢字が違う。」

「あー。あー。

羨ましいなー。いーなー。」

「吾郎、それより、この人どする?」


 抱えられていたのは良く見ると白人男性だ。

中年でスーツを着ており、兵士には見えない。


「藤堂です。

その人の顔、ドローンに向けて?」


 気づくと俺たちの周囲をドローンが三機飛び回っていた。

黒川が白人男性の顔が見やすいように座らせる。

財前が無線機を身体から取り外して、

スピーカーに切り替えた。

 白人男性は意識ははっきりしているようだが、

息を切らせてぐったりしていた。


「あ。その人が安全保障理事会の議長だよ。

タカミさん、確認して。」

「おいおい、大物拾ったなぁ。

本人だと思うよ。

へい、ミスター・ハートマン。」

「わ、私は。」


 そう呼ばれた白人男性は、

息を切らせて何かを言いかける。

予想外に日本語が流暢だ。


「私は、何も知らない。

よくもこんな酷いことを。

反乱軍どもめ。」

「反乱軍?

はっはっはっ!

それは面白い冗談だ。

長年弁護士をしている私でも聞いたことがない。

 我々は他国からの侵略に対して対応しただけですよ。

自衛隊は動かなかったが、

警察と公安はちゃんと動作した。

ただそれだけです。」

「うるさい!

彼らは“移民”だ!

ちゃんと日本国籍をもった、日本人だ!」

「詭弁もここまで来ると笑えない。

 ミスター、落ち着いて。

貴方の国がどうだったかは知らないが、

我々は“ネイティブ”なんて呼ばれて

保護(隔離)される気はさらさらないんだ。

それとも、“英語”で言わなければ伝わりませんか?

“Get lost”。」


 白人男性は顔を真っ赤にしながら、

英語で差別的な罵詈雑言をまくし立て始めた。

この人、

ドローンで撮影しているのに気づいていないのか。

そうなると、おじさんが煽ったのはわざとか。

 海外はともかく、

国内の世論はこれで圧倒的に優位になったと見て良い。


「そうですよ、反乱軍の皆さん。」


 原口の声がした。

声のする方を見ると、

黒いドロドロの中に残っていた大きめの瓦礫の上で

拡声器を手にした原口が叫んでいる。


「“ポーション”と言う素晴らしいドロップアイテムは!

世界中の人間で共有すべきものです!

 どんな怪我も、後天的な病気も癒す。

ドラッグで破壊された脳すらも!

まったくもって、素晴らしいものです!

 平均寿命もガンガン延びるでしょう。

増えてきた人口は、日本へ移民として来てもらいます。

そうすれば、

海外の素晴らしい文化が日本へやって来る!

多様性が発展を産み、広げていく!

これについては、

総理大臣を含む国会議員の七割が賛成しているのです!

 まったく、まったく、素晴らしい!

日本固有の文化とか日本人だとかにこだわるから、

閉鎖的な後進国になるのです!

門戸を開き、

もっと外のものを取り入れるべきなのです!」


 なるほど、

ポーションをドラッグと抱き合わせて金を稼ぐ算段か。

蓋を開けば、やっぱり金と言うことだ。


「ご高説、いたみいるがね。

その開いた門から殺人者や強姦魔、

詐欺師やテロリストが入ってきちゃダメなんだよ。

“門”である以上、セキュリティを考えなさい。

 貴女が言う素晴らしいものは、

“今の平穏を壊してもいいくらい”素晴らしいのかい?」


 おじさんが反論するが、原口は笑っている。


「当たり前です!

“今”なんてものは、

人糞を固めて人形にしたものに

服を着せたような状態じゃないですか。

価値もなにも、害悪にしかならない!

 そんなもの、壊れてもなにも問題ない!

むしろ、世のため人のため壊してしまう方がいい!」

「お前の言う“世”と“人”はどこと誰だ?」


 俺が思わず声を出してしまった。

かなり距離があるが、原口には聞き取れたらしい。

彼女は笑いを深めてこちらを見る。


「決まっています。

“世”は世界、ひいては国連です。

“人”は世界中の人間です。」

「どっちもどこにもないし、

どこにもいないじゃねぇか。

 主語が大きすぎる。

“お前”はいったい何がしたい?」


 自分でも驚くほど腹が立ってきた。

言い返す言葉に殺意がこもる。

それでも、原口の笑顔は崩れない。


「むしろ、私としては不思議で仕方がありません。

貴方達はなぜ個人なんて矮小で無意味なものに

意味や価値を見いだしているのですか?

 世界と言う大きく素晴らしいものを、

円滑に運用して、繁栄させること以外に

意味も価値もないじゃないですか。」


 いつか財前が“狂信者”と言っていたが、

やっと理解できた。

彼女は神ではなく、“マジョリティ”を崇拝しているのだ。

“マジョリティ”に自分が属していることが、

何より重要で美徳なのだ。

“マジョリティ”のため有益なことは

全人類が従うべきだと信じて疑っていない。

 俺や財前は“マイノリティ”だと思うが、

おじさんたちや黒川を含めた他のハンターは

“マジョリティ”だと思うのだが。

彼女はそれらも排除しようとしている。

そうなると、

“マジョリティ”の大きさが価値の大きさなのか。

 原口の精神を刺激することは不可能だ。

俺は“マイノリティ”の最たる存在だからだ。

なので、この問答も全部無駄。

 俺は質問を変える。


「この黒いものはどうした?

この大きさになるには

大量に何かを食わせる必要があるはずだ。」

「ハンターです。

ただ、貴方達が攻め込むのが予定の何倍も早かった。

まったく、本当に困りました。

 だから、捕らえているハンターとその死体も、

“AHUの隊員や非戦闘員”も

スライムへ与えることになってしまった。

 全部貴方のせいですよ、櫻葉涼治。

貴方のせいで、数千の人間がスライムに食われました。」

「てめぇがやっといて、後から他人のせいか。

言葉は通じても話が通じないヤツとは

話すだけ無駄だな。」


 タカミさんがそう呟いた。

その通り、俺のせいにするなんて迷惑千万だ。

俺はイラ立つ気持ちをため息で吐き出した。

 ガーネットは俺がなにも言っていないのに

バフを延長してくれる。

触腕を二本とも右腕へ巻き付け、

左腕の触手も右腕へまわす。

 黒川も殺気に満ちた目で原口を睨み付け、

ボウガンに矢をつがえて構える。


「おお、怖い。

ただ、これでもまだ与え足りないのです。

もう少し人間(エサ)が必要なのですよ。」


 原口はそう言って懐から一本の大きなナイフを取り出した。

 ドロップアイテムである可能性が高い。

俺も財前達もそう判断したようで、

後ろへ飛び退き原口から距離をとった。


「では、ごきげんよう。」


 原口はそう言って、

満面の笑みのまま自分の喉笛にナイフを突き立てた。

俺には一瞬何が起きたのか、理解できなかった。

 原口は笑顔のまま口から血を吐き、

黒いドロドロへ身を投げた。


「マジかよ……。」


 財前が呟いた。


「わ、私は、なにも知らない!」


 白人男性はそう叫ぶ。

だが、誰も聞いていない。

 黒いドロドロの動きが急に止まった。

俺は財前達のもとへ駆け寄る。

刹那、ドロドロが隆起しダンジョンの方へ集まっていく。


「おじさん!

ドローンは!?」

「無事だ!

残りも全部そっちへ集める!」


 ドロドロがどんどん集まり、

塔のように高く、太く、大きくなる。

みるみるうちに雲を越え、一本の柱になった。


「……僕、ヤバイ感じがしてきた。」

「吾郎じゃなくてもそうだよ。

何あれ?」

「ガーネット、“鑑定”を頼む。」

「鑑定不能です。

以前と同様に、世界が認知してない。」

「今の声、無線からじゃないよね。」

「吾郎、聞かない約束でしょ。」

「ごめんなさい。」


 大きな音がした。

皆、黒い柱を見る。

続いて、同じような音がした。

固いものに亀裂が入ったときに鳴る音だ。

 次々と音が大きく鳴り出す。

目に見えて塔に亀裂が走る。


「おじさん、ドローンは退避!

財前さん、黒川さん、もっとこっちに来い!

 ガーネット、魔石の使用を許可する!

バリアを俺たちに!

範囲は狭く、強度を高く!」


 塔の亀裂から光が溢れ出す。

亀裂が大きくなればなるほど、光が強くなっていく。

 財前たちが白人男性を引きずってこっちに来た。


「完了しました!

アルジ様、念のため耐衝撃姿勢に!」


 俺は両ひざを地面について、

口を開け頭を低くし両腕で頭部から胸部を庇う。

ガーネットは俺の腹の辺りに潜り込んでしがみつく。

 財前たちも何かしているが、

光が辺り一帯に満ち溢れ、まともに見えない。

 凶兆は、想像通りの結末を向かえた。

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