第22話 戦の理

 対ハンター制圧部隊(Anti-Hunter Unit)。

クリスマスから日本各地のダンジョンに配備される。

自衛隊の特殊部隊。略称、AHU。

俺には、“阿呆”としか読めなかった。

 “大和桜”への牽制にしては過激だ。

誰がどう見てもやりすぎだ。

どうやって隠していたのか、隊員は1万人もいた。

ダンジョン一ヶ所につき、30人から200人程度常駐するらしい。


「……どうやら国連が手出ししてる。

日本人じゃない隊員が半数以上って話だ。

これじゃ、占領と言っても差し支えがない。

 一体全体、誰が許可した?

根拠も法令もないのに、既に実施されている。

あまりにも常識がない。」


 おじさんは頭をかかている。

藤堂も眉間にシワを寄せて唸っている。

タカミさんは、はげ上がった頭をかきむしって叫ぶ。


「これじゃ、戦争だ!

いや、戦いもせずに負けてる!

ありゃ、進駐軍だ!」


 クリスマスパーティの予定だったが、

作戦会議になってしまった。

ミミコさんがテーブルいっぱいにご馳走を作ってくれているのに、

席に座る面々の顔は暗い。


「皆もパニックだ。

真っ黒な仮面みたいなのつけて、

ショットガン持ってフル装備の軍人が、

そこらを歩き回ってる。

 友達は怖すぎて外に出れないって言ってる。

そう言えば、櫻葉が家に来るときは大丈夫だったか?」

「ショットガンの中身はゴム弾だって話だが、

古巣に問い合わせたら、がっつり実弾持ってやがる。

しかも、銃も弾丸も“ダンジョン仕様じゃない”!

 人間を撃つ前提の装備だぜ。

ハンターが相手だって言っても、

悪人じゃないハンターもいるんだ。

 どうみても、撃ちたい相手を撃ってから

言い訳をこじつけるつもりだ。

やり口が魔女狩りと同じだ。」

「ガーネットと歩いてここまで来たけど、

ショットガンを“持ってる”んじゃなくて、

“構えて”歩いてる。

あれは、いつでも撃てるし、

多分撃っても良いって指示が出てる。」


 藤堂が拳を握りしめて自分の膝を殴り付けた。


「安易に外出できない!

宅配も業者が無理だっていってる!

政府は何も言わない!

テレビとかニュースはいつも通りだけど、

二、三日前の話題をずっと繰り返してる!

 どうなるんだよ……。

俺たち、どうなるんだよ。」

「藤堂様、落ち着いてください。

ガーネットはアルジ様や皆様は

異界探索者管理委員会の標的から外された、と見ています。」


 おじさんが前のめりで聞き返す。


「どういうことだい?」

「インターネットからの情報なので、

確度は低いのですが。

ひとつ、今に始まった話じゃない。

ひとつ、契機は三年前。

ひとつ、大きく転換したのは、アルジ様のダンジョン災害の件から。

ひとつ、この部隊の編成は本来二年後の予定だった。」

「いや、インターネットだけで良くそこまで調べたな。

わたしゃ、昔からパソコンでネット使ってるけど、

そんな便利につかえないぜ。」

「ありがとうございます。

でも、これらを踏まえると、

作戦の最終段階に移行した、と

見て間違いないと考えます。

 今のフェーズは私たちだけじゃなく、

日本中を警戒させます。

こうなると、

時間が掛かりすぎたせいで発生する要素に

マイナスになる要素が増えます。

 短期決戦と考えると、

今の委員会にアルジ様や皆様に構ってる暇はないかと。」


 マイナス要素。

俺が思い付く限りでも、

国民の反発やハンターの反抗が考えられる。

 特に大きなクランで、

委員会の息がかかっていない“大和桜”は最大の敵になりうる。

マスコミにも影響力を持っているクランなので、

下手な話クーデターや内戦に持っていける。


「今委員会が牽制したいのは“大和桜”です。

そして、アルジ様はこの前、

大和桜と不和を起こしました。

 あれも作戦の一部だと考えると、

“大和桜”にアルジ様が迎合するのを避けたい、と

考えているものかと。」

「私たちが警戒を強めて、

動かなくなるのも好都合、か。

 手玉にとるのは楽しいが、とられるのは癪だね。

せっかくの愛妻料理の味が分からないくらいなら、

攻勢に出る方がいいのか?」

「はいはい、皆さん。

物騒なお話は一旦置いて。

料理が出揃いましたよ。

いただきましょう?」


 凛と鈴のような声が響く。

ミミコさんだ。

柔らかい物腰と、礼節を極めた所作。

どこに出しても恥ずかしくないお嬢様、と言う風貌だ。

だが、この人はこの人である意味怖い人だ。

 元傭兵。

アニメとか漫画でしか聞いたことがない響きだが、

ミミコさんは本当にそうなのだ。

 AHUがショットガンを持って闊歩する町に平気な顔で出ていって、

いつも通り買い物をする胆力。

ハンドガンなら大抵分解できると言っていたのも、

多分嘘じゃない。

俺が対峙しても勝てるイメージがわかない。

 そして、いつも聖母像のような笑顔で

とんでもなく優しい。

 ミミコさんとおじさんがどうやって出会って口説いたか、二人に聞いても

“大学時代に付き合ってね”としか話してくれない。


「お食事の時は、仕事のことはなしよ。

でも、昨日の内にお肉を買ってて良かったわ。

クリスマスなのに、

お店がほとんど閉まっちゃってたから。

 さ、ターキーも焼いたし、シチューはシーフード。

皆、たんとおあがり。

 あ、ガーネットちゃん、

お手伝いしてくれてありがとうね。」

「いいえ。私も、大変勉強になりました。」


 ちなみに、何故かこの前の大和桜との戦闘と

サイクロプスとの戦闘の動画を

おじさんと一緒になって見ていた。

凄惨なシーンを見ている間のミミコさんの顔は、

いつも通り聖母のようだった。

 だが、帰り際に一言だけ俺に言った。


「身体が大きいのは利点だけど、

もっとコンパクトに動いた方がいいわ。」


 この人には、俺のバフありでの動きが

しっかり見えていたようだ。

背筋に冷たい汗が流れた。

例えガーネットと協力しても、この人には敵う気がしない。


「いつも思うんだが、どの料理も絶品だね。

今年はカミさんがアイツらのこと怖がっちまって、

連れてこれなかったのが悔しいよ。」

「ふふふ。ありがとう。

タカミさん用に持って帰れる料理は包んであるから、

持って帰ってね。

容器は使い捨てのものだから、

食べたら気にせず捨ててって奥さんに言っといて。」

「悪いね。助かるよ。

ほんと、ミミコさんは良い嫁さんだ。

うちの息子らも

あんたみたいな嫁連れてくりゃ良いんだが……。」

「二人とも、まだ結婚してないもんね。

そういえば、娘さんはお子さんが

産まれたんだって?

タカミさん、おじいちゃんになったのか。

お祝いしなきゃね。」

「先生、あんたはいつも何で知ってるのかね。

つーか、まだ産まれてないって。

予定日は来月だ。」

「タカミ様、

お孫さんの名前はどなたが決めるのですか?」

「タカミさんが決めるの?

櫻葉、タカミさんの下の名前ってなんだっけ?」

「まさし、だっけ。“正しい”に“武士の士”って字か。」

「そうだ。文字もあってるよ。

でも、孫の名前は教えてもらえてないんだよ。

わたしゃ、名付け親になりたいなんて一度も言ってないのに、

勝手に名前を付けられちゃ困る、なんて言われてよぉ。」


 美味しい食事。

気心知れた友や恩人。

俺は、暖かいと感じる。

俺のクリスマスの良い思い出は、

指折り数えるくらいしかないが、

そのなかでも今日はとても良い日だった。


 デザート食べ終え、みんな一息付いていた。

手作りだとわかっているが、

あのババロアはその辺の店より美味い。

レシピをもらったが、俺の腕で再現できる自信がない。


「三人とも夜も遅いし、泊まっていくかい?」

「ありがとうございます。

でも、私たちは帰りますよ。

歩いて5分くらいなんで、走ります。」

「そういう問題かねぇ。

わたしゃ、もう歳だから、走ろうって思わんよ。」


 俺のスマホが鳴り響いた。

音声着信だ。

だが、知らない連絡先だった。

俺はテーブルの上にスマホを置いて皆に確認する。


「誰か、見覚えは?」

「財前だ。財前吾朗の個人番号。」

「先生、それ何で知ってるの?

現役じゃないが、

わたしゃ見逃しちゃイケナイ気がしてきたなぁ。」

「まぁ、いいじゃないですか、タカミさん。

涼治君、どうする?」


 俺はスピーカーモードにして受電した。


「あ。突然怪しい番号でごめん。

単刀直入に言うから、切らないで。

 財前です。委員会の目的がわかった。

アイツらが求めてるのは、

“ポーション”だ。

アイツら、“勇者”が閉じ込められた

東京のダンジョンを解放するつもりだ。」

「櫻葉です。詳しく。」


 俺は財前を促す。


「ありがとう。

時間もないんだ。

 “勇者”の最後について、知ってるよね。

委員会というか、

国連は例の彼女が封じたあの道を開こうとしてる。

櫻葉さんが狙われてたのは、

あのパンチで彼女の岩盤を割るためだった。

 今は別の方法が見つかって、

それを実行するために国連はあのAHU部隊を出した。

既に例のダンジョンは部隊に制圧されてて、近寄れない。

 岩盤を割る別の方法が何かはわからなかったけど、

黙って見てられない。

どうやら、その方法に大量のハンターが必要らしい。

 今東京は、地獄絵図だ。

アイツら、ハンターならどんな人間でも

捕まえて連れ去ってるらしい。

反抗するハンターは射殺。

死体もあのダンジョンに運び込まれてる。」


 財前から矢継ぎ早に伝えられた内容は

かなりショッキングなものだった。


「ごめん、藤堂弁護士事務所の藤堂です。

素人質問で申し訳ないけど、

その“ポーション”って他ではとれないの?」

「取れません、藤堂弁護士。

世界中のダンジョンを探しても、

東京の田園調布にあるダンジョンだけです。

 他のダンジョンに“未到達地区”はあるので、

今後はわかりませんが、

現在はあそこだけでとれるアイテムです。

 しかも、“勇者”の件で封じられた

階層に出現するモンスターからドロップするアイテムです。

なので、今は国やクランで確保しているか、

研究に利用されているものしかありません。

 そのため、

ポーションは時価で取引される超レアアイテムです。」

「櫻葉です。

財前さん、それを私に伝えるのは何故ですか?」


 周囲の人が息を飲むのがわかった。


「……僕がこの情報を手に入れたのは、

原口の罠だと思います。

更に大人数のハンターを

他県から呼び込むために“大和桜”に情報を流した。

 僕がこんな話を聞いたら、

東京の仲間を助けに行きたいし、

何より許せない。

今も東京の仲間とは、誰とも連絡が取れないんです。

ここにいる仲間を連れて東京へ行きたいんですが、

それでは相手の思う壺だ。

 だから、原口が嫌がることをしたいと思い、

櫻葉さんに連絡しました。」


 その場にいた全員がガーネットを見た。


「櫻葉さん、

原口は僕と君が手を組むのを防ぐために

この前の騒ぎを起こしたみたいなんです。

 この前の事は今一度謝罪します。

僕の部下の管理が行き届かず、

ご迷惑をおかけして大変申し訳ありませんでした。

 そして、無理を承知で貴方に依頼したい。

僕と一緒に東京のダンジョンへ行って欲しい。

報酬は、今現金が用意できないので、

現在大和桜で保管してるドロップアイテムを

全部貴方に譲ります。

 数は11点。

用途不明なものがほとんどだけど、

価値はあるものだと思います。

 同行者は黒川さんだけ。

三人で東京の田園調布へ向かう計画です。

どうか、捕まってる仲間を助けて欲しい。」


 俺はガーネットを見ながら、

ため息混じりで言った。


「追加条件を足しても?」

「どうぞ。」

「ひとつ、報酬は先払い。

ひとつ、かかった経費は全額“大和桜”が持つ。

ひとつ、私はそちらの命令は聞かない。

ひとつ、命の危険があると私自身が判断したら、

私は勝手に逃げる。

ひとつ、私の同行者について聞かない、他言しない。」

「待って。

絶対最後のが本命じゃないか。

どういうこと?」

「それも含めて、聞かないことが条件です。」


 電話の向こうで唸る声が響く。


「あのー……。黒川です。

あのね、櫻葉さん。

我々もかなり無茶なこと依頼してる自覚はあるの。

でもね、最後の条件はちょっと不穏すぎるんだけど。」

「そうですね。黒川さんの懸念ももっともです。

だからこその、追加条件です。

 受け入れられない場合は、この話はなかったことに。」


 財前の唸る声が大きくなる。

藤堂が俺の横に来て耳打ちで話し出した。


「あのさ、櫻葉。

俺良くわからないんだけど、

そのダンジョンが解放されたらどうなるの?」

「はっきりわからない。

ただ、“勇者”達が生きてる可能性はゼロじゃない。

だから、“悪い意味で”わからないんだ。」

「何が起きても、国連はその責任を取る気はない?」

「そりゃそうだろ。

責任を取るつもりがあったら、

日本を植民地化するだろ。」

「んー、植民地は困るわね。」


 ふわっと、ミミコさんがそう呟く。

発言内容が意味深すぎる。

俺の額に何故か冷や汗が流れる。


「三人はどうやって東京へ行くのかしら?

戦闘ヘリ(アパッチ)なんて、

日本の一般人では用意できないから、

裏ルートからかしら?

古いコネだけど使えるかもしれないわ。」

「流石、ミミコくん。頼りになる。」

「母さん?!」

「わたしゃ、

今ほど引退してて良かったと思ったことないねぇ。

無責任に聞こえるかもしれんが、

組織内だとこういうのできんからね。

 一時間あれば正規でヘリ、用意できるよ。

ヘリポートは指定するから、そこで集合すればいい。

アパッチと違って、武装してないがね。

急ぐならこっちだ。」

「タカミさん?!」

「では、私は世論操作かな。

動画撮影用ドローン持って往ってよ。

東京の様子をリアルタイムでネット公開しよう。

 国連に潰されないよう、

大量のアカウントとサーバーを用意するよ。

こっちも一時間あれば用意できるね。」

「父さんは、いつも通りか。」

「建治ぃ。なんかそのリアクション、

父さん傷つくなぁ。」


 同行できないのは皆理解してる。

だから、それ以外の部分で力を貸してくれる。

これも、仲間というのかな。

俺は思わず笑ってしまった。


「まぁ、こんな感じの“同行者”です。

私の口からは言えませんよ、詳しくは。」

「……大和桜(うち)より、

そっちの方がすごいんじゃないかな。」

「吾郎、うちで用意したら1日はかかると思うよ。

っていうか、ヘリは無理だよ。

車を装甲車に改造したヤツを用意するつもりだったもん。」

「それは、聞けないなぁ。

悔しいけど、聞けないなぁー。

アパッチとか無理だよ。

操縦もできないよ。」

「あら、そんなに難しくないわよ。

基本自動操縦だし、離陸と着陸だけ手動だから。

戦闘機(ハリアー)とかオスプレイとかF-35Bに比べれば、どうってことないわ。」

「流石だね、ミミコくん。」

「母さん……。」

「あははは……。

わかりました。聞きません。

何も聞きません、今も聞こえませんでした!

 ちくしょー、なんか敗北感すごいんだけど。

これは、原口じゃなくても

手を組まれたらヤバいって思うわー。」


 俺はガーネットもいるが、と

心の中で呟きながらタカミさんとおじさんに協力をお願いした。

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