閑話“欲望”
報告書を読み返し、
沸き上がる笑いを抑える。
だが、目の前にいる黒川さんには睨まれた。
「……今回に関しては、笑っていいと思うよ。」
僕は破裂するように笑った。
報告書にはダンジョンから生還した
櫻葉涼治の姿が写真に納められている。
「単身で、ボスを討伐した!
はははははは……。出鱈目だ。漫画だ。
ファンタジーだよ。」
「大和桜で攻略したとき、120人で行ったっけ。
スキル持ち60人集めて、荷物いっぱいで。
それが、たった一人で、ボディーバッグだけで、
私たちと争った直後で、だよ?」
死者28名。重傷者9名。軽傷13名。
これがあのときの被害の内訳。
あのまま争っていたらと考えると、ゾッとする。
「……委員会、なんも言ってこないよ。」
僕は笑うのをやめて、黒川さんに向き直る。
「だろうね。でも、絶対なにかしてくる。
あと、絶対なにか裏がある。
こんな変な動きをするに至る訳がある。」
今まで委員会は目立たない組織だった。
それこそ、事務的にダンジョンを管理しているだけだった。
大和桜に所属していた委員の人たちも、
特に目立った何かをしてくることはなかった。
それが、この三年で急に変わった。
僕でも調べきれてない部分はあると思うが、
“鑑定”のスキル持ちに辻鑑定をさせたり、
時には暴力も、殺人も、拉致すらしている。
そして、トリガーはあのダンジョン災害。
学校を襲う巨大な虫の群。
逃げ惑う人。
たった一人、立ち向かう巨人。
「多分、櫻葉さんの力が必要なんだよ。
ダンジョンの隔壁を割るような。
でも、ミサイルとかじゃダメなんだ。
と、言うことは必然的にダンジョンの中に何かあって、
それを壊したい。
モンスターか? なんだろう?」
「巻き込まれたの?
私たちはそのためにあんな危ない目にあったの?」
黒川さんはかなりショックな顔をしている。
彼女はハンターになってからずっと大和桜にいる。
だから、他のクランやハンターをあまりしらない。
「言っちゃ何だけど、
櫻葉さんのあれはかなり良心的だった。
それは断言できる。
現に皆のなかに櫻葉さんに対して警戒はすれど、
悪い感情はないだろ?」
「分かってる!
分かってるつもりだよ。
でも、死人がいるんだよ……。」
「彼らは委員会、というか原口に
いいように騙されたんだよ。
勝手に“鑑定”されたら、ああする他にない。」
「情報を漏らさないように、約定とか……。」
「無理だ。
それは大和桜内なら言っても良いことになる。
それに、人の口に戸は建てられない。
殺すしかないよ。」
「……吾朗もそんなこと言うの?」
「逆の立場なら僕でもああしてる。
付け足せば、僕なら皆殺しにしてた。」
「……本気で?」
「もちろん。
昔話したことあるよね。
パーティに裏切られて、
両足切られて幼馴染みとダンジョンで囮にされたって。
幼馴染みは、モンスターに、生きたまま食われて死んだ。
助けてっていう彼女を見つめるしかできなかった。
見捨てた奴らは笑ってた。
見捨てた奴らは今も元気にクランでハンターしてるよ。
笑ってんだ、アイツら今も。
見かけたときは殺したかった。
それでさ、囮にされるとき、反抗できたんだ、僕は。
でも、今の君みたいに殺すことはない、
なんて思ってた。
話せば止めてくれると思ってた。
その結果が、今だよ。」
「分かってるって……。」
消え入りそうな声で黒川さんはそう言った。
僕はため息混じりに吐き出した。
「そうか。
黒川さんは、アイツらが生きてて幼馴染みが死んで良かったって、言いたいんだね?」
「違う!」
「だってそうだろ?
立場が逆なだけだ。違うかい?」
「命は……。」
「命がかかってなければ良いって?
身柄の自由だって守るべきものじゃないか。
鑑定されて、委員会に対策をたてられたら、
ソロの彼では太刀打ちできない。
その情報がうちのハンターから出たっていうなら、
うちが原因ってことだろ?
責任はどうとるつもりだい?
自分達が良ければいいって?」
「違う!」
「……ごめん。言いすぎた。
昔のことが絡むとどうも……。」
「いえ。私が悪かった。
……そう。私、納得できてない。
やっぱ、無理だよ。」
黒川さんはハンターのこういうところは直視できない。
過去にも何度か仲間が他のクランに襲われたときがあった。
そのときも似た反応だった。
「そうか。
なら、うち辞めるかい?
法人にしたのは僕のわがままだから、
お金とかはいらないよ。
逆に退職金はちゃんと出すし。」
「辞めない。
でも、有給まとめて頂戴。」
彼女はたまにそう言って、
十日くらい休んでバカンスへ行く。
趣味がスキューバダイビングなので、
沖縄辺りへ行くみたいだ。
僕は苦笑いしながら、
無記名の有給申請書にサインして手渡した。
日付の欄も空欄だが、判を付いてある。
「大変です!」
そう叫んで、秘書が部屋に飛び込んできた。
彼女は自分のスマホを僕たちにかざした。
「……クリスマスプレゼントには早すぎだな。」
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