第21話 秩序の理

 年の瀬もせまり、

世の中は慌ただしく回る。

今年、俺には無関係だったはずのイベントが、

その恐るべき鎌首を持ち上げる。


「ジングルベー、ジングルベー。

んふー、ふふー。」


 ガーネットが歌いながら

自分の背と同じ高さのクリスマスツリーに飾りつけをしている。

緒方さんと小田さんが

クリスマスなんて何年ぶりかな、と話しているのを

聞いたガーネット。

そのまま彼女はインターネットでクリスマスについて調べたらしい。

俗に言う“性なる夜”の情報も含めて。


「なるほど。

人間に発情期がないから、

社会ルールとしてイベントにし、

出産時期を合わせてるのですね。

 なんて高度な仕組みでしょう。

人間が皆が“そう”意識してない辺りが最高じゃないですか。

 さらに、お正月の“姫初め”までの約一ヶ月間、

お店はお休みをして忙しい人たちも“励む”んですね。

凄い!」


 ガーネットは深く考察しすぎだと思うが、

強く否定できない。


「では、クリスマスには私もアルジ様と“性なる夜”を!

クリスマスプレゼント(意味深)をください!」

「だから、無理だって。物理的に。」

「今、小田様にアルジ様の大きさの張り子を

作ってもらっています!

それが挿入れば、いいですよね?!

ね?!」

「いつの間にそんなもの頼んでるの?」

「アルジ様用のホールを作るから、

テスト用に張り子を作る、と小田様が仰っていました。」

「小田さん、

俺のは自分の足より先に作るものじゃないから。」


 こんな調子だ。

俺としては好かれているのはわかるし、

素直に嬉しいが、嬉しいからこそ無理だ。

俺自身童貞で、力加減なんて分からない。

身体の大きさも合わない。

人間の女性と違い、

ワンチャンお尻で、ともなれない。

 そもそも、クリスマスなんてとんと縁がない。

父さんと祝った記憶はあるが、かなり遠いものだ。

基本的に寒空を一人で見上げて、

遠くで鳴るジングルベルを聴いていた。

 サンタクロースは知っていたが、

父さんが死んでから俺には来なくなった。

友達のパーティーに呼ばれ、

プレゼント交換もしたことがない。

 ここ二、三年は藤堂家のクリスマスパーティーに呼ばれるが、

年齢が年齢なので食事会のちょっと派手めのものだ。

 それに、今後藤堂に彼女ができたら

俺は呼ばれることはないだろう。

今年は色々ありすぎたせいで、

藤堂からそんな浮いた話は聞かないが。


「ともかく、ガーネットの初クリスマスか。」


 俺は一人ごちる。


「サンタクロース、は無理だな。

ガーネットの方が色々上手だ。

こっそりプレゼントなんて、難度が高すぎる。

 パーティーと言っても、

小田さんと緒方さんは実家に帰ってしまったしな。

つくづく、小田さんの両親もすごかったな。」


 小田さんのご両親は、今の小田さんを既に見ている。

お二人は大笑いした挙げ句、

三人で小田さんを手提げバッグに入れて遊びに出掛けていた。

 昨日実家に帰る際も、

緒方さんからパワーアシストスーツの使い方を聞いて

小田さんを抱えて帰って行った。


「藤堂の所のパーティーに今年も呼ばれるなら、

ガーネットも一緒に行くか。

 クリスマスらしいことはそれくらいが限界かな。

イルミネーションを見てもいいかもしれんが、

魔法の方が派手だしな。」

「何を考えてらっしゃるのですか?」


 ガーネットが飾りつけを終えてこちらに来た。


「毎年、藤堂の家はクリスマスにパーティをする。

何回か俺もそれに呼ばれるんだ。

もし、呼ばれたらガーネットも来るか?」

「それは是非。

アルジ様が美味と唸る程、

藤堂家のお料理は美味しいと聞いてますから。

楽しみです。」


 ガーネットが生唾を飲んでそう言った。

逐一エロティックに動くんだから、この娘は。

 ミミコさんのお料理は凄い。

店を出しているシェフのように時間は掛けず、

なのにシェフに比肩する料理をする。

俺が料理をするきっかけも、

ミミコさんの手伝いからだった

 スマホが音声通話の着信をした。

画面を見ると、珍しくタカミさんだった。

俺はスピーカーモードで着信を受ける。


「あー、もしもし?

涼次君。今急ぎで聞きたいんだが、いいかな?」

「タカミさんが急ぎなのは珍しいですね。

大丈夫ですよ。」

「ニュースにはなってないが、かなり大変だ。

クラン“大和桜”の所属ハンター全員が法人化した。

異界探索者管理委員会と全面的に敵対するとも明言してる。

現に委員会と繋がりがある人間は、

ハンターも事務員も、清掃員すらクビだそうだ。

 この前、ダンジョンで涼次君とクランが

委員会の策略でもめて死人が出たってのは聞いたし、

動画も見たけどよ。

公安も全面的に“大和桜”側に協力するらしいし。

何が起きてるのか、何が起きるか分からんのよ。

 お前さん、

なんでもいいから身近に異変とかあったか?」


 あの騒動から数日しかたってない。

だが、動きが苛烈すぎる。

委員会は一気に大量のハンターの駒を失った。

 基本的にハンターを取り締まるのは警察だが、

ハンターの警官はいない。

大体は問題が起きたダンジョンを管轄する管理事務所が

クランへ対応を依頼する。

ダンジョンに併設されている各都道府県長の役所からは依頼しない。

クランはそれを受けて対応し、

必要なら容疑者を確保して警察へ身柄を渡す。

 各ダンジョンの管理事務所は、委員会の所属だ。

大和桜はその依頼先として、

日本各地に事務所を構え千を超えるハンターが所属している。

それらが全部、今後委員会からの依頼を受けない可能性が高い。


「大変じゃないですか。

私には特に何もありませんが。

詳しく伺ってもいいですか?」

「わたしゃ、既に引退してるからな。

詳しくは聞いてないんだ。

でもよ、今国が二分してるんだわ。

国連派と日本保守派っていうと、

大袈裟に聞こえるが、実際はそうなんだよ。

 政治家も真っ二つ。

普段日和見して、玉虫色の回答しかしない奴らがだぜ?

不気味だ。ババァが夜な夜な包丁研ぎ出す位な。

うちのお袋はセラミックの包丁使ってるけどな。」


 これは何かある。

具体的には分からないが、何かがある。

情報に疎い人間ですらそう思うだろう。


「良くも悪くも、この話の中心は涼次君だ。

委員会は絶対なにか仕掛けてくる。

警戒は強めといてくれ。

可能なら逃げろ。無理なら殺していい。

とにかく、生き延びろ。

 あーあ。

こんな、現役の時みたいなの、

涼次君に言いたくなかったんだけどなぁ。

すまない。」

「いいえ。

いつも助けていただき、ありがとうございます。

情報も早くて助かります。」


 タカミさんに何度も気を付けるよう言われた。

終話の間際まで言われた。

だが、この話は笑えない。


「やり過ぎたか?」

「アルジ様、お家にバリア張りましょう。」

「ガーネットが家にいる間はいいが、

出掛けたら効果がきれるだろう?」

「魔石を使えば、

私がいなくても発動を継続できますよ。」

「いや、魔石がもったいない。

この賃貸建物丸ごと藤堂弁護士事務所のものだから、

両隣誰も住んでないし。

ビルの影で望遠鏡で覗くのも無理だ。

 身柄保護の必要がある依頼人の

一時保護用に持ってる物件だってさ。

セキュリティは固い。

 今注意すべきなのは外出時だ。

たぶん、何がなんでも俺の身柄を拘束したいはずだ。

おじさんに電話しておこう。

おじさん達にも何かあるかもしれない。」


 俺は藤堂へ電話した。

すぐに出たが、声は二人分帰ってきた。


「おじさんもそこにいるのか?」

「あ。櫻葉。

今電話するとこだったんだ。」

「涼治くん、今いいかな。

タカミさんから電話あった?」

「はい。“大和桜”について聞きました。」

「テレビあるかな?

あったら急いでつけて。

どのチャンネルでもいいから。」


 俺はテレビの電源をつけた。

ガーネットは俺の膝にのってテレビを覗き込む。

 流れる臨時ニュース。

俺は開いた口が塞がらなかった。

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