第20話 心の理

 階段を降りながら、

ガーネットと俺は装備と身体を確認する。

 完全に想定外の事態だった。

この後の事を考えると、べらぼうに面倒くさい。

思わず大きなため息が出てしまった。


「ご安心を。アルジ様の手を煩わせないよう、

ガーネットがさっきの事態の一部始終を動画撮影しています。

 そもそも、戦闘の様子やボスモンスターの撮影を

小田様に依頼されていたので持っていたカメラです。

中身の機械部分以外はダンジョン仕様とのことです。」

「すごいありがたいが、

よくそんなもの用意したな。」

「ボックスの魔法さまさまですね。

小田様にも感謝です。」


 落ち込んでいる俺を励まそうとしているのだろう、

ガーネットがそう言いながら笑顔で抱きついてきた。


「アルジ様が気にする必要はありません。

全部、異界探索者管理委員会が悪いのです。

 だから、今はボスモンスターに集中しましょう。

ね?」


 俺は今日何度目か分からないため息を付いて、

ガーネットの頭を撫でる。


「そうだな。

うだうだしてても、どうしようもないか。

ボスモンスターで鬱憤を晴らそう。」

「はい!

私も頑張ります!」


 ガーネットは満面の笑みでそう言った。

階段を降りながら、

彼女がベタベタ俺の身体にまとまわり付いてきた。

ホント、俺と同じシャンプーとボディーソープなのに、

彼女だけいい匂いがするのは何故だろうか。

 階段が終わると、

一本道が続いていた。

通常時の俺でやっと通れるほどの細道だ。

ここでボスと遭遇することはないだろう。

 先に進むと、

後ろで重いものが引きずられて動く音がした。

振り返ると階段がなくなっていた。


「なるほど、そうなるのか。」

「アルジ様、

これでさっきのアイツらが何かしてくる事はないでしょう。

安心してボスと闘えますね。」

「まぁ、挟み撃ちはされないと見ると、安心か。」


 しばらく進むと、開けたところに出た。

高さは天井が見えないほど。

広さは左右の壁が見えないほど。

柱になるような石柱がなく、だだっ広い空間だ。

 俺たちは立ち止まり周囲を見渡した。

少し離れたところに、人影がたたずんでいる。

俺たちと人影まで距離が結構あるが、

しっかり相手が見えるのは大きさのせいだろう。

その人影はサイクロプスだった。


「ガーネット、スピードバフを頼みたい。

後、予定どおり“索敵”も頼む。」

「完了しています。

索敵は、

一撃でいいのでアルジ様がサイクロプスに攻撃すれば

発動できます。

 なので、申し訳ないのですが、

連撃が決まりそうでも一撃目は

一発だけで止めていただけますか?」

「なるほど、承知した。

後、ギリギリまで一人でやってみたい。

いいかな?」

「はい、もちろん。

思い切りどうぞ。」


 ガーネットはそう言って笑顔で親指を立てて見せる。

俺はガーネットに礼を言って、サイクロプスに向かって歩き出す。

 近づくほど分かるが、

サイクロプスは当たり前にでかい。

10メートルと資料にはあったが、

もう少し高い気がする。

四階建ての商業ビル程度だ。

 後、横にもでかい。

巨体を支えるためだろう。

筋骨隆々。

パーツが全部でかい。


「的がでかくていいが、二足歩行か。

そんな細足で大丈夫か?」


 俺は思わずそう口にだした。

体のバランスがあまりにも人間じみているからだ。

ここまで巨体なら、二足歩行はあまり向いていない。

もっと太く短い足ならまだしも、

七頭身ではアンバランスだ。

と、言うことは。


「パワーバフを自分で常時発動させている。

いや、軽量化もあるか。」


 何らかしらの魔法を使用している可能性が高い。

なら、あの裸に見える身体も

おそらく魔法で強化、硬化されていると見ていい。

 真っ裸の巨人なのは見た目だけ。

ガチガチに鎧を着て、

パワーアシストスーツを装着したモンスターか。


「やりがいがある。」


 高鳴る胸。

毛穴が開く感じがする。

全身の筋繊維が軋み、大きく肥大化する。


 いいな。やっぱりこれだ。


 スライムヘルム越しに、俺は笑った。

サイクロプスが咆哮する。

威嚇行動か。

応えるように俺も叫ぶ。


 お互いに駆け出した。


 サイクロプスが拳を振り下ろす。

俺はさらに踏み込んで振り下ろされる拳をかわし、

伸びた肘へショベルフックを叩き込む。

大きな音と肉が焼ける匂いがする。

 サイクロプスが悲鳴を上げながら、

拳を引いて蹴りを繰り出す。

人間で言う脛への下段蹴り。

 俺は触手スーツを最大解放して巨体を作り、

蹴りを受け止めた。

全身に衝撃が走る。

俺の踏ん張りが効いて、身体が吹き飛ばなかった。

意識はある。身体は動く。


「この程度か?」


 俺がそう言うと、

言葉が通じたのかサイクロプスの顔が怒りに歪む。

 すぐにサイクロプスの追撃が来た。

両腕を俺へ叩きつけてきたので、一気に懐へ潜り込む。

 サイクロプスの足の親指へ全力で拳を叩き込んだ。

鉄板に肉の塊を押し付けるような音と臭いが立ち込める。

手応えあり。

サイクロプスは叫びながらバランスを崩すが、

意地で身体を捻り俺に向かって倒れ混む。


「パワーバフ!」

「完了です!」


 さすがだ、ガーネット。

俺は身体を捻りながら倒れる巨体に合わせて、

アッパーを叩き込む。

 サイクロプスの巨体を浮かすほどの爆発が起き、

俺は下敷きから逃れた。

 予想外の反撃をもろに食らったサイクロプスは、

地面にのたうち悲痛な叫び声を上げている。

だが、手応えは浅い。

 予想通り、

身体は魔法か何かで強化されているようだ。

拳の直撃と爆風を受けてやっとダメージが通っている。

足の指はバランスを崩すくらいで、出血もやけども浅い。


「スピードバフではここまでか。

ガーネット、ありがとう。

パワーバフのかけ直しを頼む。」

「完了です。

回復はいかがですか?」

「もう少し、このまま行きたい。」

「かしこまりました。

ここからは私の判断でアルジ様へ回復をかけますね。」

「頼りにしてるよ。」

「お任せください!」


 サイクロプスが立ち上がる。

その大きな目は憎しみで満ちていた。


「あれでメスなら嫁候補なんだがな。」

「アルジ様、ガーネットも候補にいれて下さい。

絶対に全部挿入りますから。」

「挿入っても、動いたらまずいだろ。

内蔵が全部シェイクされるだろ。」


 ガーネットと軽口を交わしていると、

サイクロプスは叫びながら両手を付き出してきた。

俺は触腕を両腕に巻いてそれを正面から受け止める。

 がっつり組み合った。

力は拮抗している。

だが、さっきの一撃が効いているようで、

サイクロプスが少し押され始めた。


「おし、こんなもんか。」


 俺はそう言うと、

サイクロプスの両腕を捻りあげる。

悲鳴をあげるかと思ったが、

サイクロプスは雄叫びを上げて頭突きをしてきた。


 ぷよーん。


 サイクロプスの渾身の頭突きは、

スライムヘルムに押し返された。

俺は至近距離で

サイクロプスの“鳩が豆鉄砲を食らった顔”を見た。


「残念だったな。」


 俺は笑って、腕に力を混める。

サイクロプスの両ひじが逆に曲がって、

骨が皮膚を突き抜けて露出する。

 予想外に血は青色だった。


「銅が血液で酸素を運んでるから、青色の血液。

イカとかと同じか。」


 俺は小学校の理科で習った知識を思い出して呟いた。俺は握っていたサイクロプスの手を離して、距離を積める。


「止めだ。」


 よろめくサイクロプスのくるぶし目掛けて、

体重をかけ身体を捻りながら下段蹴りを放つ。

固いものが砕ける音が響く。

 俺は倒れる巨体をかわし、

頭部へ駆け寄り左ストレート。

頭は骨が大きいのでダメージが通りにくい。

だが、目当ては平衡感覚の一時的な喪失。

 ふらつく巨体を建て直そうと、

サイクロプスが繋がりかけている両手を

地面について上半身を持ち上げる。

 サイクロプスの肘はいつの間にか

自動回復されている。

しかし、さっきの肘の回復が間に合っておらず、

塞がってない傷口から大量に出血した。

 俺はその両腕の間に潜り込み、

全力で拳を振り上げた。

サイクロプスの大きな目に爆風が食らいついた。

両手で顔を覆い、悶え苦しむサイクロプス。

 一時的な無力化になった。

ここぞと俺は正拳突きの構えを取る。

狙うは背中側から心臓の辺り。

全力で拳を振り抜いた。


 閃光。爆音。

 突風が吹きすさみ、焦げ臭い臭いがする。


 ふと、俺は付き出した右手のグローブを見た。

手首近くまで焼け焦げていた。

これはダメだな。

左手も半分以下まで焦げている。

 サイクロプスを見やると、

胸に大穴を開けて地面に倒れていた。


「ガーネット、鑑定して生死の確認を頼む。」

「アルジ様、既に死亡しています。

ただ、“索敵”の魔法が解除されません。」

「対象が死亡したら解除されるはずだったな。

どうなってるのか、見てみよう。

 死体が消えるまでここで待つ。

魔石を回収して再確認だ。

ガーネット、魔力の残量は?」

「本戦闘では、バフしかかけていません。

回復していませんので、ほぼ満タンです。

良ければ、回復をおかけして良いでしょうか?」

「そうだな。回復を頼む。」


 はい、と言ってガーネットが手を叩くと、

俺の身体から痛みや疲労が消える。

彼女は仕事が速くて助かる。

 俺はグローブ脱いでガーネットに“ボックス”の魔法で回収してもらい、

同じくボックスから取り出された新しいグローブを受け取った。


「さっきの戦闘ですが、

ドローン型カメラは無いので

私が手に持ったカメラからの一面的な映像ですが、

撮影に成功しました。」

「今再生できるなら、見せてほしい。」


 ガーネットは笑顔で小さなモニタを取り出して俺に向けた。

飛翔するガーネットはドローンより小回りが効くので、

結構よく撮れている。


「また帰還したら確認して反省会だな。

小田さんにも提供して、次は靴を作ってもらおう。」

「スーツで足の裏もカバーされてますが、

洞窟内の地面ではちょっと踏み込みが浅かった感じですね。」

「痛みはないが、踏ん張りが効かないときがある。」


 動画でも浅い攻撃がいくつか見てとれる。


「バフなしでサイクロプスくらい討伐できればいいんだが。」

「アルジ様のスキルのレベルが上がれば、

可能性はあるかと愚考します。」

「ガーネット、今周囲に何もないなら“鑑定”頼む。

俺もガーネットも、二人ともな。」

「承知しました。」


 俺は何となく筋力や武術では越えられない強さを

この戦闘で強く感じた。

サイクロプスはただの巨大生物ではなく、

魔法を使っている。

人間が対抗するには同じく魔法を使うか、

スキルやドロップアイテムが必要だな。


「ガーネット、どうだった?」

「アルジ様、新しいスキルが発生しています。

ちょっと特殊ですが、強力です。

 後、“賢者Ⅱ”になったためか、

スキルへの“鑑定”ができました。

スキルの説明付きでお話しします。」


 おぉ、これは嬉しい。

俺はスライムヘルムを脱いで、ガーネットの説明を聞く。

 新しいスキルの名前は“巨獣殺し”。

ジャイアント・キリングだった。

詳細は対峙した相手が自身の身体の大きさの倍以上の大きさだった場合、

俺の攻撃が相手に防がれないとのこと。

 スキルの効果なので、

相手はバフやスキルで防御できないらしい。

相手は回避は可能だが、当たれば確実にダメージが通る。

かなり強力なスキルだ。


「“身体の大きさ”の定義に装備は身体に含まないが、

別のスキルでの変化、巨大化は含むそうです。

 アルジ様の場合はスキルでの巨大化なので、

巨大化したお身体より倍以上大きな相手、となります。」

「元々二メートル超えの長身だから、

モンスター相手でもなかなか発動しないスキルだな。

 その代わり、効果は絶大か。

“触手”なし、はあまりにもリスキーだから、

戦闘時に意識しない方がいいスキルだな。」

「スキルの取得条件は“鑑定”で調べられませんが、

今回のものはサイクロプス戦がトリガーだったと見られますね。」

「この前のムカデ戦も含むかも知れないから、

小田さんに報告だ。」


 レベルがスキルに影響すると言う情報はあるが、

戦闘が影響すると言う情報はない。

もっとも、俺のように闘うハンターはほぼいない。

いたとしても短命だ。

そのせいで情報がでないのだろう

 大和桜の財前が言っていた通り、

ハンターはその名の通り“狩り”をする。

 モンスターの習性などを調べて、

基本的に飛び道具で体力を減らし、

盾と剣で相手の攻撃を引き付け、

時には罠を使って止めを刺す。

 まともなハンターは近接戦はしない。

可能な限り距離を取って狩る。

財前の槍がおそらく最短距離だ。

 俺のようにソロハンターであっても、

基本スタイルは狩りだ。

“戦闘”ではない。

 財前の言っていた

“剣闘士(グラップラー)”と言うのが俺の表現としてぴったりだ。

拳をモンスターに叩きつけ、砕き、引き裂き、殺す。

それが可能なスキルであっても、

ハンター達はそんなことは絶対にしない。

なので、俺を狂人と言う原口の気持ちも分からなくない。

 昔見たダンジョンアタックの映像も、

主に弓やボウガンが主戦力だった。

正面切ってモンスターとやり合うシーンはなかった。

 何故俺はこうなのかと聞かれても、

こうしたいからとしか答えられない。


 そうだな。やっぱり俺は狂ってる。


 殺した感触はモンスターも人も変わらない。

殺した実感はあるが罪悪感はない。

気分はフラット。頭も冷静。

凪の海のような、

何年も通っている通学路を歩いているような平常心。

 サイクロプスの死体が消えて、

魔石が出てくる。

人頭大のエメラルドのような魔石は怪しく光輝いていた。


「すごいです。

含有魔力が今まで見た魔石の比じゃありません。

大きさもさることながら、純度が高いといいますが、

透明度がすごいですね。」


 魔法についてよく分かっていない部分が多いが、

俺が見てもこの石は特別だと理解かる。

怪しさというか、不気味さと言うか。

人知では到底理解しきれない感じがする。


「夜の海とか、霧もやのかかった森の中にいるような。

近くに置いてあるだけで少し不安になるな。」

「ボックスへ収納しておきましょう。

これひとつで研究所のエネルギー全部賄えますし、

必要ならこれを媒体に研究もできますよ。」


 なるほど。

じゃあ、後999個魔石を集めなければ。

小田さんが

千個以下は売ってしまっていいと言ってたしな。


「“索敵”はどうだ?」

「ちょっと説明しづらいのですが、

結果的にはまだ発動しています。

 どこにいるかは詳しく分からないのですが、

まだいる、と言う感じがします。

「死亡したのは鑑定で確認済み。

索敵ではまだ追跡中。

 死ぬ前に身体をどこか別のところへ転移して、

治癒して再出現している訳じゃない。

 これも小田さんへ報告だ。

考えるのはあの人達に任せよう。」


 ガーネットはボックスの魔法で魔石を収納した。

俺は次の階への階段を探すため、

望遠鏡を取り出して周囲を確認する。

真っ直ぐ進んだ先に壁があったので、

見回すと階段を発見した。

 ガーネットと歩きながら階段へ向かう。

ガーネットは俺の右肩に乗っているのだが、

浮遊魔法のお陰か重さは感じない。

 代わりにもよん、もよん、と柔らかさはとても感じる。

戦闘後はスッキリするが、

これでは余計にもやもやする。

 次の階層はコボルトと呼ばれる二足歩行する狼男だ。

このモンスターも近接戦しかしないと情報がある。

 今日は思い切り暴れよう。

俺は苦笑いしながらそう心に決めた。

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