第18話 人生の理
いつもの時間に目が覚めた。
俺は久しぶりに全力で朝の鍛練に取りかかる。
二十キロのランニング、
広場に着いたら受け身と体術の反復訓練。
前まで広場に放置されていたタイヤが
なくなっていたので、
自重の筋トレを息が切れるまでやった。
帰りは遠回りして二十五キロを全力で走り、
帰宅したらシャワーを浴びる。
シャワーを終えると、
服を着てガーネットを呼び出す。
「おはよう。ガーネット。」
「おはようございます。アルジ様。
やっぱりその髪型が良いと思います。」
ガーネットは満面の笑みでそう言った。
この前、小田さん達に俺の髪の毛を提供した。
そのまま前髪をバッサリ行かれてしまった。
視界が開けて居心地が少し悪い気分だが、
女性三人には好評だった。
「ガーネットのその髪もとても似合ってるよ。」
「ありがとうございます!」
ガーネットはボブカットと言う髪型とらしい。
ヘアスタイルについてほぼ知識のない俺にはよく分からないか、
とても似合っていると思う。
ガーネットは嬉しそうに自分の髪をいじった。
ガーネットを見て思うのだが、
以前のカミソギを使った散切り頭でも美少女だったが、
今の髪型はそれより更に美しさが増した気がする。
やはり髪型は重要なんだ、と再確認した。
「今日は久々のダンジョンアタックだ。
ガーネット、朝食を食べ終わったら準備してくれ。」
「承知しました。
ただ、あそこはゴブリンの巣です。
私が行くとまた大群になる可能性があります。」
「姿を消しても匂いとかで見つかるか。
まぁ、索敵しなくても良いと考えればいいが、
それでまたダンジョンが閉鎖されたら意味がないしな。」
考えながら朝食を作り出す。
作り置きの野菜スープを小鍋に移して、
味を見ながら味噌をいれる。
コンロに取っ手付きの網をのせ、
冷蔵庫から取り出した魚をのせる。
サワラの西京漬けだ。
鍋に湯を沸かして、ほうれん草を下茹でする。
ボウルに醤油と砂糖、冷蔵庫にあるだし汁を少し入れて、
茹でたほうれん草を加えてあえる。
各々の皿にもって、鰹節を上からかけた。
ほうれん草のおひたしだ。
冷蔵庫から作り置きのひじきをだして、
小鉢へもる。
同じく作り置きの切り干し大根も小鉢へ。
純和風の朝食だ。
味噌汁へ戻した乾燥ワカメと、豆腐を入れる。
軽くあぶった油揚げを小さく切って、
最後に入れて椀へ注ぐ。
テーブルを見ると、
ガーネットが配膳を終えている。
新しく買った大きめのおひつへ米を入れて、
テーブルへおいた。
おかずの皿もテーブルへ並べていく。
時計は八時を少し過ぎていた。
俺とガーネットは席に着き、
いただきます、と言って食事を始める。
「和食はちょっとずつ色んな物を食べられるので、
楽しいです。
おひたし、甘めで美味しいです。
お魚の焼いたものも、
ホロホロと口の中で崩れるのに
甘い油がじゅわぁっと広がって大好きです。
お味噌汁、初めての時に
泥水って言ってしまってごめんなさい。
今は大好物の一つです。」
いつも聞かされているので慣れてきたが、
ガーネットの食レポがどんどん上達してきた気がする。
基本的に食事は俺の手作りなので、
毎食新しい物は無理だがまた新しい物も食べて欲しくなる。
「アルジ様、
おひつのお米をおかわりしていいですか?」
「たんとおあがり。
炊飯器にまだあるから、
おひつが空になったら教えてくれ。」
ガーネットは手を叩いて、
ありがとうございます、と言った。
「お米、なんと言う素晴らしい穀物でしょうか。
甘くしてもしょっぱくしても美味しい。
パンも好きですけど、
私としてはお米が良いと思います。」
「世界的に見ると、
米を主食にしてる国は少ない。
ジャガイモとかトウモロコシを主食にしてる国もある。
今度、そういう料理も試してみよう。」
「インターネットで見ました。
タコスってトウモロコシの
パンのサンドイッチを食べてみたいです。」
「トルティーヤか。
揚げてチップスにしても美味しいしな。
ブリトーも似た料理だったっけか。
今度、やってみよう。」
俺は今まで栄養価を重視していたが、
こうなってくると凝り性がうずいてしかたがない。
携帯から通販サイトへアクセスして、
トウモロコシの粉を買う。
ブリトーの小麦粉は薄力粉だったか、強力粉だったか。
こちらは後で調べてから買うことにした。
食事を終えて、
食器を食洗機へ入れていく。
鍋などの大きなものは
ガーネットがシンクで洗ってくれている。
片付けを終えると、
装備をいつものキャリーバッグへつめた。
新しくガーネットのローブを
小田さんに俺のマントと同じ生地で作って貰った。
この生地に染色する薬品がまだない、と
言うことなのでマントと同じ白いローブだ。
ガーネットは普段は俺の作ったローブを着ており、
ダンジョンへ行く時に着替えたいと言う。
「アルジ様、ガーネットの荷物はボックスへ収納します。
アルジ様の荷物は本当にご自身で持ち歩かれますか?」
「魔法を隠す、と考えると
今まで通りバックを持ち歩く方がいい。
流出した動画で色々見られているが、
俺が認めてない限り全部“憶測”扱いだ。
見えてる部分だけ、でも良いから取り繕っておきたい。」
なるほど、とガーネットは納得してくれたようだ。
身支度を終えて、家を出る。
ガーネットは一旦パーソナルスペースへ帰した。
「あ、お兄さん、おはようっス。
今からダンジョンっスか?
あたしらは、研究所の建設現場の見学に行くっス。」
丁度となりの部屋のドアを開けて、
緒方さんが小田さんを抱えて出てきた。
「おはようございます。そうです。
久しぶりなので、肩慣らしもかねて。」
「そっスか。
できるなら、装備の使用感もメモか何かして
書き置いて欲しいっス。」
「わかりました。
魔石はどうします?
売ってしまっても良いですか?」
「百個以上なら取っておいて欲しいっス。
それ以下なら、売り払って問題ないっス。」
普通のハンターは
五人程度のパーティーを組んで一度のアタックをすると、
平均30個程度の魔石を取るらしい。
ソロの俺に百個と言うのは非常識だが、
百個を越えた前例が何度もあるため会話として成立している。
「承知しました。」
「いってらっしゃいっス!」
「いってらっしゃいませ。」
「お二人もお気をつけて。」
俺はそう言って玄関先で小田さん達と別れ、
ダンジョンへ足を向けた。
●
ダンジョンまでは歩いていく。
徒歩で20分程度の距離だが、
俺の足だと10分くらいで到着した。
俺がダンジョン付近に近づくほど周囲に見られる。
ダンジョンに入ると、
職員もハンターも全員俺の顔を見た。
不快だが、仕方がない。
身長がデカければ肩幅もデカい俺が
こそこそできるはずない。
とりあえず、受付の列にならんで入場手続きをする。
並んでいる間も見られると、さすがにイラつく。
俺は小さくため息をついた。
あぁ、べらぼうに面倒臭い。
殴って済むならどれだけ良いことか。
つくづく過激な発想だと自覚があるが、
今日ばかりは許されるだろう。
俺の許可も得ずパシャパシャと写真を撮るやからや、
電話で友人知人を呼ぼうとするやからまでいる。
話しかけられないのは、見た目のおかげか。
髪を切ったからか。
とにかく、手続きを終えて更衣室へ向かった。
使用料を払おうとしたが、職員に止められた。
「大変申し訳ございません。
恐れ入りますが、あなた様が更衣室をご利用されると
予期せぬ混雑が想定されるので、
あっちの個室の更衣室をご利用いただけますか?」
奥に女性やハイレベルハンター用の個室の更衣室がある。
これもこっちの共有の更衣室と同じく貸し出しされているが、
月極めで使用料を払わなければならない。
「完全にこちらの都合のため、
特別にこちらと同じ利用料で本日限りご利用いただけますので、
ご了承いただけますか?」
「わかりました。」
ここでごねる理由もない。
俺としても近々個室の更衣室を契約するつもりでいたので、
予定が早まったと思うことにした。
俺は個室更衣室の受付へ足を向けた。
周囲がにわかにざわつく。
更衣室へ駆け出すハンターもいる。
俺の後をつけよう、なんて考えているのだろうか。
それは自意識過剰なのだろうか。
俺は個室更衣室の窓口で契約を済ませる。
窓口担当者いわく、三ヶ月契約をして貰えるかなら、
今日の使用料はサービスする、とのこと。
俺は半年で契約した。
鍵になる網膜情報をスキャンしてもらい、
入り口で利用方法を聞いた。
更衣室内で寝泊まりはしないように、
と言われたときはまさか、と思ったが、
入って部屋を見ると納得した。
広い。15畳程度ある。
鍵付き、冷凍庫付き冷蔵庫がある。
ロッカー位の大きさの金庫もある。
硬貨を入れると動作するマッサージチェアがある。
大きな洗面所とシャワールーム、
三面の全身鏡まで用意されていた。
これは、住める。俺はそう思ってしまった。
毎月貸倉庫より高い金を払っても
利用を希望するハンターがいるのは納得だ。
他の男性ハンターはクランに所属するか、
レベル3以上でなければ個室更衣室の契約ができない。
この時、“鑑定”スキル持ちに鑑定して貰って、
鑑定書をもらい受付へ出さないといけないが、
俺は免除された。
もっとも、俺はレベル5なので調べられても条件を満たしている。
堂々と利用しよう。
一応姿は消した状態でガーネットを呼び出した。
ガーネットに盗聴機やカメラがないか軽く調べて貰う。
「盗聴機の類いはないです。
ただ、となりの部屋の利用者が集音機をこちらの壁に付けて聞き耳を立ててますね。
聞かれないよう防音のバリアを張りました。」
「すごいな。」
「創作魔法です。
地味ですが、自信作です。」
胸を張るガーネット。
俺はお礼を言いながら頭を撫でた。
魔法を作る、と言うのが
イマイチピンと来ないが今現在すごく助かっている。
「こんな風に魔法を操作できるのは、
小田様に科学理論を教わったことが大きい要因です。
小学生の理科程度の知識、と言われましたが、
私にはとんでもなく高度なもので
大変ためになりました。
今度アルジ様からも小田様へお礼をお願いいたします。」
「三人で何かしていると思ったら、
そんなこともしてたのか。
まぁ、俺からも二人へお礼はしっかりしておこう。
そのためにも今日は少し下の階層を目指すぞ。」
「はい。承知しました。」
ガーネットは笑顔で手を叩いた。
俺が着替えを始めると、
ガーネットは既にローブを着替えていたので、
マッサージチェアの上に乗ってこちらを眺めている。
俺は手早くスーツを着込み、ドゥティを足に巻いた。
マントを装着し、グローブを着けたところで自分が映る三面鏡が目に入った。
……白いマントもさることながら、
グローブがヴィラン感を醸し出している。
いつもスライムヘルムはダンジョンのなかで着けるが、
何となくこの格好が恥ずかしく感じたので
更衣室内でスライムヘルムを着けることにした。
あの事故の後、
小田さんが手慰みと言いながら作ってくれた
ボディーバックを腰と背に装着して軽く動いてみる。
このバックの紐部分は俺のドゥティと同じ素材なので、
とても伸び縮みする。
バック部分は俺のマントと同じ素材なので、
いざと言うときには硬化して中身を守ってくれる。
ちなみにこのバック、
特許取得済みで既にあちこちから注文が来るほど人気だとか。
この丈夫さが世界中のハンターの注目の的らしい。
バックにはゼリー飲料。
このゼリーは緒方さん謹製のハイカロリー仕様だ。
栄養価も高いので、
医療現場からかなり注目されている商品とのこと。
ゼリーなので咀しゃくしなくてもいいが、
誤えんの恐れがあるため乳幼児と老人は食べちゃダメ、とのこと。
なお、味はガーネットが監修したスターフルーツ味だ。
後はガーネットの魔力回復用として、
ドライフルーツ多めのシリアルバー。
こちらはタンパク質より糖質とカロリーが多めで、
味は甘酸っぱいものになっている。
これは俺がマシュマロを溶かして固めて手作りした。
ガーネットのボックスの魔法にも保存しているが、
俺のバックにも念のため数本入れている。
これで新装備の装着は完了した。
三面鏡で自分の姿を見ると、やはり怪人にしか見えない。
「とても良くお似合いです、アルジ様。」
ガーネットはニコニコ笑顔でそう言いきった。
何となく、俺はガーネットの頭を撫でた。
更衣室を出ると、周囲が騒然としていた。
俺を見て指を指し、何かわめく人。
写真や動画を撮影し始める人。
ダンジョンへ入場を急ぐ人。
中には両手を胸の前で組み、
祈るようなポーズをする人もいた。
関わるとキリがなさそうなので、
全部無視してダンジョンの入り口へ歩を進める。
入り口にあるゲートにハンター証明書をかざして、
ダンジョンへ入った。
今日はスライム階に用はない。
俺は足早に二階へ降りる。
このダンジョンにエントランスはない。
階段を出たらすぐに道に繋がっている。
俺が階段を出ると、
待ち伏せしている人で人だかりができていた。
これは想定内だ。
俺は触手と蝕腕で巨体化して、
天井へ張り付いた。
岩の突起をロッククライミングの要領で握ったり、
指をかけて安定させる。
そのまま天井を這って人混みを回避し、
二階を駆け抜ける。
まるでゲームで良く見る逃げ回るレアモンスターだ。
最短距離で三階へ降りる。
さすがに三階では待ち伏せされていなかった。
俺はほっと胸を撫で下ろした。
「さすがアルジ様。想定どおりでしたね。」
「昔にも似たことを味わったからな。
なんと言うか、慣れだ。」
俺は小学生相手に待ち伏せ、付きまとい、
尾行し、
時には恫喝したり、騙したりする大人達を直に見ている。
人間のとる行動はどうしても変わらない、
変えられない。
「ガーネット。
昨日も話したが、おさらいしよう。
今日の目標は六階への進行だ。
六階まで降りることができれば、
さっきみたいな襲撃は減るだろう。
ただ、気を付けなければならない。」
「はい、覚えています。
五階に“ボスモンスター”がいるんですよね。」
“ボスモンスター”。
特定の階層にのみ出現する
通常徘徊しているモンスターとは異なる巨大個体。
おおよそ十メートルを越えると
このように呼称される。
また、ボスは討伐されても
しばらくすると同じ個体が同じ階層に再出現する。
ボスには二種類いる。
一つの階層にボスだけ現れ、
ハンターかボスのどちらかが死亡するまで
その階層に閉じ込められる“決闘型”。
もう一つはその階層に他のモンスターもたくさんいるが、
一体だけ巨大な個体がいる“徘徊型”。
ちなみにこのダンジョンは“決闘型”。
ボスは一つ目巨人のサイクロプス。
基本的にボス戦はクラン単位で行われる大事業だ。
討伐できれば次の階層へ行ける。
一度討伐するとボスが再出現するまでの間、
誰でも次のフロアへ行ける。
ボスからのみドロップする魔石が
ドロップアイテム並みの超高値で売却可能。
色々メリットがあるが、
巨大なモンスターの存在が驚異であることに変わりはない。
複数クランが協力し、
スキル持ちも含めて数百人でボスへ挑む。
全員帰ってこなかった、と言うこともざらにある。
「ここのダンジョンに関しては、
“大和桜”が既に攻略しいて情報も公開されている。
サイクロプスは飛び道具を持っておらず、
攻撃は全て徒手空拳と情報にはある。
それならば、バフを貰った俺で対応ができる。
もし、飛び道具があっても、
ガーネットがいれば対応可能だ。」
「はい、お任せください。
必ずやアルジ様のご期待に応えて見せます。」
「あと、実験もしてみよう。
“索敵”の魔法を使ってから討伐して、
魔法の効果が切れるかどうかみたい。」
「もし、効果が切れなければ、
再出現しているかどうか階層に赴いて直接見なくても
私にはわかる、と言うことですよね?」
「そうだ。
再出現、がどういう仕組みかわからないから賭けだな。
ボスの有無が階層を訪れなくてもわかるなら、
どれだけ便利か。
ボスがいない状態で次のフロアへ降りて、
帰り道でボスと相対した、という事例は山ほどあるからな。
多分、ボスを越えてまで俺を追跡してくる輩はいないだろう。」
歩きながらガーネットと打ち合わせをする。
念のため、ガーネットには熱感知で
近くに人がいないかこまめに確認を頼んでいる。
人はいないが、ゴブリンはいた。
「アルジ様。
前方、角を曲がって20メートル付近に敵です。
数は5体。体格を見るに、ゴブリンと推測されます。」
「この階層はゴブリンしか出てこないはずだ。
早速ガーネットの存在を感知してきたか?」
とりあえず、俺は戦闘態勢になる。
ガーネットと二人で角を慎重に曲がると、
ゴブリン達の姿が少し先に見えた。
ゴブリンの一体がこちらに気づいて、
仲間に知らせる。
この数なら正面からやっても負ける気はしない。
今試したいのはここにガーネットがいる状態で
またあの大群が生まれるかどうかだ。
俺は拳を軽く握って構える。
ゴブリン達が駆け寄ってきた。
俺はアイツらの様子を注意深く観察する。
「ぎぃやー!!!」
先頭にいたゴブリンが俺を見て叫んだ。
明確に顔が怯えている。
他のゴブリン達も同じく叫んで恐慌状態に陥る。
さっきまで足並み揃えてこちらに向かってきたのが
嘘のように狼狽し、逃げ惑う。
「……ガーネット、何かしたか?」
「いえ、特になにもしていません。
鑑定してみましたが、
今あれらはパニックの状態と恐怖の状態です。」
あっという間にゴブリン達はいなくなった。
明確に俺を見て怯えて逃げ出した。
相手は敵だし、モンスターだし、
感性とかどうなっているのか知ったことじゃないが、
べらぼうにショックである。
「アルジ様の魅力がわからないなんて、
失礼な輩ですね。」
ガーネットはそう言ってくれる。
まぁ、不要な戦闘を避けることができて
良かったと思うことにした。
そこから先も、
ゴブリン達は俺を見るや否や叫び声をあげ、
狼狽え、怯え、命乞いをして逃げていく。
俺はモンスターホラー系のチェイサーをやっている気分になってきた。
今度、古いホッケーのマスクを用意してみるか。
ピエロの仮装でもいい。
「小田さんにこの件を報告しよう。
聞いたことがない現象だ。」
「なんとなくですが、彼らの言葉がわかってきました。
彼らはアルジ様を見て、
“ヤツだ!”、“本当にいた!”って叫んでいます。」
「俺を見知ってるってことか?」
「おそらく、というか確実に、
アルジ様が私を助けるために
大量にゴブリンを討伐されたときの生き残りが
他の仲間に情報共有したものかと。」
俺は納得したと同時に、
人間とやってることが同じだと感じて呆れる。
想定外になんの戦闘もなく四階まで無事に降りれた。
二人とも肉体的な疲労はないが、
念のため人気のない袋小路で小休止する。
「これは“嬉しい誤算”、と思っておけばいいのだろうか。」
「本当に失礼な輩です。
アルジ様をみて、“スライム人間だ!”なんて。
魔力に余裕があったら、
アイツら全員くびり殺しています。」
ガーネットにゴブリンの言葉を翻訳して貰った結果、
俺はゴブリン達の中で
大量殺戮者“スライム人間”と恐れられているらしい。
俺は今度チェーンソーか錆びた鉈を持って来ることを心に決めた。
ガーネットは苦々しい顔で続ける。
「第一、襲ってきたのはゴブリン達の方で、
アルジ様は迎撃しただけでしょう。
なのに、無差別殺害みたいな言い方で。
許せません!」
「落ち着いて、ガーネット。
怒ってくれて嬉しいけど、
今はボスの事に意識を集中しよう。」
「そうでした。すみません。」
「いや、ありがとう、ガーネット。
代わりに怒ってくれて、ちょっと嬉しかった。」
俺はそう言いながらガーネットの頭を優しく撫でる。
ガーネットが落ち着いてきたので、
俺はゼリー飲料でカロリーを接種して装備を再確認した。
ガーネットも魔力回復のため、シリアルバーを食べている。
すると、ガーネットがなにか気に付いたようだ。
「アルジ様、この先進行方向に人間が大人数います。
百人以上いるため、
正確な人数や何をしているかまで見えません。」
「ガーネット、
一応姿を消す幻惑をかけ直しておいてくれ。
あと、その集団がこちらに近づいてきたら、
俺にスピードバフを頼む。
逆に次の階層への道にいて、
俺から集団へ近づくしかない場合は
パワーバフを頼みたい。」
ガーネットは承知しました、と言って手を叩いた。
俺は慎重に歩みを進める。
どうやら集団は五階へ続く階段の前に陣取っていた。
俺はため息をついて、ガーネットへバフを依頼する。
「アルジ様、階段へ行かれるのですか?」
「五階へ向かうと小田さん達には話してる。
俺個人としても、ボスを見たい。
それにもし、
どこかのクランがボスを攻略していたら、
俺はなにもせず先へ進めてラッキーだ。
攻略中なら、俺なんて構ってる余裕はないだろう。
おとなしく引き返せばいい。」
「襲われるようなら、戦闘ですね。」
「その時は容赦はいらないだろう。」
人を相手にするのは面倒だ。
だが、ここはダンジョンの中。
いざとなれば、皆殺しにして廃棄すればいい。
是非はあるが、俺は人間を殴ることに抵抗感がない。
人間社会でそんな人は犯罪者になってしまうが、
誰しもいざとなれば必要なことだ。
自分の身は自分で守る、というヤツだろう。
「ガーネット、一応警戒してて欲しい。」
「承知しました。
カミソギの使用も視野に入れておきます。」
「そうだな。そのときは思い切り使ってくれ。」
はい、と言ってガーネットは手をたたく。
その顔は真剣だ。
俺は意を決して階段へ向かって歩き出す。
階段前にはたくさんの人がいた。
誰しも俺の姿を見て呆然としたり、
悲鳴を上げる。
俺の目にとまるのは、
その人々の腕に着けている腕章だ。
桜の花のマークが付いた腕章。
このマークを知らない日本人はかなり少ない。
「おぉ! これは奇遇ですね!
櫻葉さん、初めまして!」
少し離れたところにいた好青年がそう言って、
俺に駆け寄ってきた。
「……畜生。」
俺は思わずそう呟いた。
そこにいるのは、
日本最大のクランを率いるリーダー。
財前吾郎(ざいぜん ごろう)だった。
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