第17話 人の理
タカミさんとおじさんはすごい。
再確認させられた。
あのべらぼうに面倒そうな東野技研での事故を
あっという間にまとめ上げ、
各方面から吸い取れるだけ吸って行った。
まず驚いたのが、
異世界探索者管理委員会が事故の調査に来たが、
俺については全く何も触れなかった。
色々あったとはいえ、
これも俺の身柄を拘束するチャンスだと思うのだが、
タカミさんの古巣が何かしたらしい。
次に小田さんだ。
人間じゃなくなった彼女は俺が保護することになった。
今、彼女は俺の隣の部屋に住んでいる。
彼女は委員会に拘束されるものと勝手に思っていたが、
どうやら彼らはかなり追い込まれているらしい。
こういう事故は過去にもあり、被害者もいた。
首だけになった、と言うのは聞いたことがないが。
この場合、
被害者はダンジョン事故として委員会経由で
病院へ入れられる。
入れられたら、ハンターと同じ治験へ送られる。
要は口封じだ。
だが、今は治験が問題になっている真っ最中。
更にその問題を暴露したとおぼしき
藤堂のおじさんが現場にいた。
こうなると委員会としては
いつもどおり処理できない。
訴訟が不利になる事は避けたい。
そこで彼らは理屈をこねてかき回して、
小田さんを俺とセットにし、
いつか回収する予定にしたようだ。
もう一つは研究員の人たちだ。
あのあと、意識を取り戻した五人だけでなく、
チーフ以外の他の研究員全員が
辞表をチーフに投げつけた。
呆然自失のチーフをよそに、
研究員たちは俺のところに来て履歴書を渡してきた。
いわく、小田さんの逆スカウトを放送で聞いていたので、
是非自分達も加わりたいとのこと。
彼らはチーフのパワハラも大きな要因だと言い放った。
しかし、こういうダンジョン関連の研究員は
なかなか再就職できないため、
彼らは退職をためらっていたそうだ。
「しばらくあたしの手足の代わりをしてくれるなら、
他は自由に自分のやりたい研究して良いっスよ。」
小田さんのその一言で沸き立つ研究員。
床に膝をついて頭を抱える経営陣。
焦点の合わない目でそれを眺めるチーフ。
大笑いするおじさんをいさめるタカミさん。
結局、小田さんをリーダーに
八人の研究員を引き抜くことになった。
もろもろあって、
東野技研から慰謝料をかなりの額引き出した。
初めてで九人も雇いいれることになって、
すこし戸惑ったがこれでしばらく資金は安定する。
また、東野技研に小田さんの研究成果について、
こっちで特許を取っても口を出さないことを約束させている。
この特許が数も質もかなりのもので、
今おじさんはてんてこ舞だ。
すでに大手から素材の取引の申し出がある。
これらで稼げれば、俺の装備も充実させられる。
後、税金対策がうまく行った。
ハンターの最低納税額の抜け道の一つに、
俺を法人化するものがある。
ハンターは法的に人間とは別枠なので、
生きている個人を法人に変換できる。
所有権等一部の個人の権利は法人に
移ってしまうリスクはあるが、最低納税額がなくなる。
手続きにはかなりの額の金が必要だが、
賠償金と銀行からの融資で余裕だったとおじさんは言う。
実は公安からの要望もあり、
法人に変換した、とタカミさんは言っていた。
「法人になったら、
海外のクランに引き抜かれづらくなるんだよ。
有能なハンターを外に出さない、
税収も確保できる、
魔石の回収も安定する。
って言うんで、国は一挙両得どころか、三得するんだ。
後、法人になったら主管が委員会から公安に変わる。
今後、身柄の拘束を逃れる為にも、
ここは法人になっておいてくれ。」
法人化について、リスクは小さくない。
だが、おじさんとタカミさんが任せて欲しい、と
言う限り俺の乗った船は宇宙戦艦と同じだ。
俺は納得して頷いた。
「ただなぁ、これで完全に委員会と敵対したって、
捉えられたみたいでよぉ。
わたしゃぁ、この歳で初めてだったぜ?
“覚悟しておけ”、なんて言われたの。」
とにかく、無事に年の瀬を迎えている。
師走の意味どおり、
おじさんはまだ走り回ってくれている。
タカミさんも研究所の建築予定地に足しげく通って
建設会社と何かしてくれている。
俺は我が家で小さいため息をついた。
「お兄さん、お兄さん。
ガーネットちゃんの“鑑定”をスーツにかけたら、
成分表とか出るっスか?」
「ガーネット、そこまで出たか?」
「どうでしょうか。
ドロップアイテムの場合は、
かかっている魔法と使い方は出るんですけど。
成分表は出なかったと記憶しています。」
小田さんにガーネットや魔法のことを話した。
それ以降、彼女はずっと俺の家に通っている。
後、小田さんの生活の補助をしてくれている
緒方さんと言う女性の研究員にも同じ話をしている。
今彼女は何も言わず、
ずっとガーネットをスケッチをしている。
「お昼、食べますか?」
「あ! 欲しいっス!
お兄さんのご飯は美味しいっス!」
「ガーネットはお手伝いします。」
「恐縮です。」
最後のが緒方さんだ。
満面の笑みである。
彼女は口数が少ないが、
表情が豊かなので分かりやすい。
俺は苦笑いして、ガーネットとキッチンへ向かった。
緒方さんは離れたところでガーネットのスケッチを続けている。
人数が四人。
俺とガーネットは結構な量を食べる。
米は冷凍庫にいくつかストックがあるが、
今日はパスタにしよう。
俺は冷蔵庫を開いて覗き込む。
大根とシメジ、
昨日俺が茹でたサラダチキンを取り出す。
大根は洗って皮ごとおろして、大根おろしを作る。
シメジは石づきを切って、
ガーネットに頼んで手でむしってもらう。
サラダチキンも同じく手で粗めにむしってもらう。
俺はお鍋へ冷蔵庫のポットに入った出汁を注ぎ、
火にかける。
温まったら塩昆布を加えて味見して、
シメジとチキンを入れる。
軽く沸騰してきたら、
大根おろしを入れて混ぜる。
パスタ鍋を出して、
細目のスパゲティを茹でる。
この時の塩は気持ち少なめ。
お出汁の鍋はここらで火を止めて、味見した。
パスタとあえるので、濃いめの味が良い。
俺は少し塩昆布を足す。
付け合わせは温野菜か。
冷凍庫に下処理済みの野菜があるので、
カボチャ、じゃがいも、ブロッコリー、カリフラワーを
取り出す。
まとめて耐熱ボウルへ入れて、レンジ加熱。
レタスとキャベツはガーネットと手でもぎ、
食べやすい大きさにする。
パスタ鍋からパスタを取り出し、
パスタにバターを絡ませてから皿へ盛る。
出汁をパスタの上からかけて、刻んだ大葉を添える。
チューブの梅肉とブラックペッパーは味変用だ。
レンジから温野菜を取り出し、
レタスとキャベツと共に皿へ盛る。
ドレッシングは胡麻油をベースに塩とニンニクで
ガッツリめにする。
背中に視線を感じた。
振り替えると、
いつの間にかテーブルで待っている小田さん。
緒方さんもいつの間にかスケッチを止めて
テーブルで待っている。
ガーネットはテーブルへ
水の入ったピッチャーとコップを魔法で配膳していく。
いつの間にか大所帯だ。
災害以降ダンジョンに潜れていないが、
これはこれで悪くないと思う。
「お兄さん、なんでモテないんっスかねー。
顔は隠れてるけど、よく見ると濃いめのイケメンだし。
背は高いし、家庭的だし。
むしろ、あたしが勝てる点がないくらいっス。」
「高スペ男子は手が出せない。」
「緒方様の言う通り、
アルジ様はスペックが高過ぎて
釣り合う女性がいないかと。」
女性が三人でかしましい、と
言うのは差別になるかわからないが、
実際女性三人で話をしていることが多い気がする。
パスタと野菜を並べ、俺もテーブルについた。
小田さんはモーターの駆動音を鳴らして、
自作の腕を伸ばす。
小田さんいわく、
ダンジョン仕様の素材じゃなくていいなら、
これくらい余裕っス!、とのこと。
彼女の頭の周りには四本のロボットアームが装着されており、
器用にフォークとスプーンを持った。
「いただきます!」
「はい、おあがりください。」
小田さんに続いて、
ガーネットと緒方さんもいただきます、と言った。
「んまー。
コショウ、取ってくださいっス。」
「大葉の香りもいいですが、
ちょい足しの梅干しが良いですね。
大根おろしとお出汁が
お腹からポカポカと暖めてくれるのも良い感じです。」
「温野菜が美味しいです。」
感想をくれるのは嬉しいが、
ガーネットの食レポは相変わらずだ。
「小田さんはこの後どうするつもりですか?」
「んー。
ガーネットちゃんと魔法で色々したいんっスけど、
研究所の建設が来年の2月までかかるんっスよ。
場所を借りたいっスけど、
気密性やら頑丈さを考えると難しいんっスよー。」
「いや、その前に自分の足作りましょうよ。
そのタコみたいな状態では不便でしょう。」
小田さんはアームしか作っていない。
四本のアームで床をタコのように這って歩く姿は
かなり心臓に悪い。
しかも、大きな段差は越えられないので
外出時は緒方さんに補助してもらっている。
彼女の重さはアーム込みで約30キロあるので、
緒方さんは倉庫などで使われている
パワーアシストスーツを着て運んでいる。
彼女たちが移動するときの見た目がまた不穏なのだ。
全身に機械を装着した白衣の女性が、笑う頭を抱えて歩いている。
しかも、その笑う頭からは機械のアームが延びてうごめいている。
近所の小学生達が
この辺にマッドサイエンティストがいる、と
噂していたのを俺は聞いた。
俺が見てもそう思うから、仕方がない。
「お兄さん、知ってるっスか?
頭って意外に揺れるんっスよ。
ロボットで身体を作ってもいいんっスけど、
歩くと揺れで酔っちゃうんっス。」
「人型のロボのお腹の辺りに頭を格納すれば良いのでは?」
「あたしは脳ミソ以外も無事っスよー。
そんな、クラゲみたいなのはさすがに嫌っスー。」
「ドローンで飛ばす。」
「緒方様、ドローンは着地に難があります。
ここは、三角のキャタピラとかいかがでしょうか。
階段も三角なら上り下り可能ですよ。」
「それは戦車っぽくなるっス。
後、毛足の長い絨毯だと
キャタピラが毛を巻き込んで動かなくなる可能性が高いっス。」
ちなみに、俺のスキルについても話した。
さすがと言うか、
小田さんの予想がほとんど的中してたので
あまり驚かれなかった。
そのスキルを参考にして、
今彼女が使っているロボットアームを作ったらしい。
「ごちそうさまっス!
旨かったっス!」
「ごちそうさまでした。
アルジ様、ガーネットがお皿をシンクへ運びます。」
「ごちそうさまでした。」
「お粗末様でした。
ありがとう、ガーネット。」
ガーネットが魔法で器用に空いた皿をシンクへ運ぶ。
緒方さんはいつの間にかスケッチブックを持っており、
ガーネットの後を追いながらスケッチを再開した。
「あ、お兄さん。
話変わるんっスけど、
ダンジョンアタックはいつ復帰するんっスか?」
「予定では明後日には近所のダンジョンが再開するんで、
その日に行こうかと。」
「おけーっス。
装備は渡したもので行けると思うんっスけど、
何か欲しかったら言って欲しいっス。」
「ありがとうございます。」
正直、不本意だったがあの事故で
新装備の使用感は大体つかめた。
正直、どれもとても良いものだった。
「後、ガーネットちゃんとエッチしたっスか?」
「……してませんよ。
突然なんですか?」
「ガーネットちゃん、可愛いじゃないっスかー。
ガーネットちゃんに迫られてる、って
聞いてるっスよー。
個人的に興味あるんで、ヤッちゃいましょーよー。」
「サイズ的に無理です。」
「あー、ガーネットちゃんの胴体を
チ○コが貫通するっスよねー。
今度、大きなサイズに対応したホール作ってあげるっス。
貫通式にしとけば、めっちゃ出ても掃除が楽っスよ。」
「……ありがたい気もしますが、
なんで急にそんな話題を?」
「今さらお兄さんのチ○コでふざけたのを反省してるっス。
そのせいで彼女もできないって聞いたっス。
確かにアレ見たら普通の女の子は腰抜かすっス。
ありゃ下手したら風俗も出禁にされるっス。」
「あー。
もうこれは、諦めています。
身体の大きさもありますし、
奇縁でもなければ、とすら思ってますよ。」
「身体は大きいのは結構需要あるんっスけど、
チ○コはいざときに痛いっスからね。
お尻の穴でなら余裕だと思うんっスけど。」
「似た話を中学の時に保険医にされました。」
「おっと、あたし地雷踏んだっスか?」
「大丈夫ですよ。」
その地雷は踏み固められてもうただの地面と同じだ。
「後、お兄さんの髪型も問題っスよね。
切りましょ?」
「長身で短髪は威圧感がすごいと思って
伸ばしてますが。」
「背中まであるなら、ありっスけど。
お兄さんのその長さは怪しさが勝つっス。
せめて前髪切りましょ。」
「小田様、よくぞ言ってくれました。
アルジ様、前髪は切りましょう。
せっかくのお顔が見えません。」
キッチンから戻ってきたガーネットが相づちを打つ。
俺自身はそこまで言うほどではない、と思うのだが、
女性の意見は貴重なので聞く。
「ガーネットちゃんの髪切るハサミ作ったんで、
お兄さんで試し切りっス!
風呂場行きましょ、風呂場。
でっけぇビニールポンチョあるっスから。」
「用意周到ですね。」
「今日、ガーネットちゃんの髪切るつもりだったっス。
でも、とりあえずはお兄さんで試したいっス!」
「マッドサイエンティストですね。」
「レベル5になったら、
多分普通のハサミじゃ切れないっスよ?」
「……マジですか?」
「レベル5なんて、
世界的に見ても二百とか三百人程度しかいないっス。
彼らの日常は基本的に各国の専門機関が
管理してるっスから、
こう言う情報は表に出てこないっス。」
「……ガーネットの身体に似てるな。」
「そうなんっスよ!
だから、お兄さんからもらった情報は凄いんっス!
すぐにでも研究に取りかかりたいっスけど、
建物ができるまでこうして地道な情報収集してるっス。
なんで、お兄さんの髪も切ったら全部貰うっス!」
「ガーネットの髪と服にしてた布もあげたでしょ。」
「お兄さんのも欲しいっス!
できれば、血液と精液、DNAとかも!」
「……血液なら。」
「精液カップの大きいの用意したっスよ!
ちゃっ、とヌイてここへ入れてくれればいーっスから!」
四本のアームに一個ずつ精液カップを持って
駄々をこねる小田さん。
四つとも入れろと?
「ガーネットちゃん、
ちょっとお兄さんから絞ってくださいっス!」
「それは無理です。
その場合、全部ガーネットの物にします。」
「それは無しっスー。
ねー、ちょーおーだーいーっスー!
培養したり、
勝手に体外受精したりしないっスからぁ。」
「マジでマッドサイエンティストみたいなこと
しないでくださいよ?」
なんだこの会話。
エロスの香りより、マッド臭が強い。
緒方さんがいつの間にかスケッチブックを置いて、
注射器と長い綿棒を持っている。
血液とDNA は緒方さんのリクエストなのか。
「わかりました。
髪切って持ってって良いんで、
他は勘弁してください。」
「おけーっス!
さっ、風呂場いきましょ!」
何故かウキウキしている女性三人に引っ張られるように、
俺は風呂場へ連行された。
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