第16話 物の理

 俺はため息をついて仕切り直した。


「なんでもいいんで、

こっちの装備渡していっていいっスか?」

「無視して進めましょう。

小田さん、ファールカップは?」

「これっス。」


 小田さんは自分の胸くらいの高さのある段ボールを

引っ張って持ってくる。

よく見ると、倉庫によくある車輪つきジャッキで

段ボールを持ち上げて引いている。

 小田さんは段ボールから飛び出している紐を

引っ張って中のものを取り出した。

ファールカップだが、デカイ。

小田さんの顔よりデカイ。

 それには腰に巻くのか紐がついている。

普通のファールカップは下着の上に沿えて、

スパッツのようなサポーターで固定する。

目の前のこれは紐が左右に延びているだけだ。


「とりあえず、下着の上にこれ巻いてくださいっス。

で、いつものスーツで押さえつける感じっス。

腰ひもは、

お兄さんのスーツの素材を再現できないか

テストしてるときにできた素材を使ってるっス。

丈夫さは再現できなかったんっスけど、

同じくらい伸縮する素材っス。」


 俺は言われた通り装着した。

全身にピッタリ張り付いたスーツは、

筋肉の小さな凹凸にも張り付いて伸び縮みする。

股間は違和感なく、

しっかりカバーされて目立たない。


「次はこれっス。

着方はこの動画見て覚えて欲しいっス。」


 そう言った小田さんは、

長めの長方形の白い布のようなものを渡してきた。


「ライダースーツはもうボロボロだし、

伸縮の邪魔になってると思うんで、

ファールカップの紐と同じ素材で作った布っス。」


 動画を見ながら下半身に巻き上げると、

見事にズボンのようになった。


「あれだ。インドの腰巻き布。

何て言うんだっけ?

タカミさん、知ってる?」

「先生、俺もわかったけど、名前が出ねぇ。

カミさんと二人で

ボリウッド映画見たばっかりなんだけどな。」

「ドゥティって言うっス!

これなら伸び縮みするし、

破損してもすぐ代えられるし。

巻き方を覚えれば、すぐにつけ直せるっス。」


 軽く動くと、動きに合わせて布がついてくる。

これなら、

全速力で走ってもずれたり脱げたりしないと思われる。

着方はそんなに難しくない。

覚えれば数十秒で着られる。


「一応、大きくなってもいいですか?」

「どんと来いっス!」


 小田さんは自分の胸を叩いていった。

俺は苦笑いしながらスライムヘルムを被る。


「おぉー。

そのヘルム、

いつ見てもどこで変質してるか謎っスねー。」

「最大から可変して行って、副腕も試します。」

「動画の準備おけー!

いつでもどぞーっス!」


 小田さんはいつものカメラを構える。

後ろでチーフ達は沢山のカメラを用意し出して、

ドローンまで飛ばし始めた。

 待った方がいいのか悩んだが、

何も言わないのでテストを始める。

 スーツの下で触手を伸ばし、絡めて、

最大3メートル超の巨体を構築する。

ドゥティもファールカップも定位置にいた。

 軽く歩いて、ジャンプをしたが安定している。

ヨガの猫のポーズと英雄のポーズをとったが、

ドゥティはちゃんと巻かれてほどけない。

ただ、最大だと生地が部分的に脚に張り付いてしまうのは、

もう仕方がない。


「頭のスライムは、サイズが変わらないから、

他のパーツか何かを身体に付加して

巨体を構築してるんっスよね。

もっと大きくなれるっスか?」

「なれますが、動けなくなります。

自由に動けて大きくなる最大がこれですね。」

「ざっと3.7メートルくらい?

腕の長さが2メートル程度。

股下も2メートル以上あるっスね。」

「このドゥティですが、

どれくらい丈夫ですか?」

「そんなに丈夫じゃないっス。

ゴブリンの攻撃食らったら、破れると思うっス。

防御力は変わらず今のスーツ頼りって感じっスね。

チ○コのもっこりを誤魔化したいってことなんで、

見た目と伸縮性を重視っス。」

「ファールカップは?」

「そっちはかなり固い素材で作ったものっス。

お兄さんのパンチくらいの威力がないと傷もつかないっス。

代わりに、伸縮性ゼロっス。」


 相変わらず考察力と言うのか、

小田さんは凄い目がいい。

何回か見せているとスキルが“触手”だと看破されそうだ。

 俺は身体の大きさの変化を何度か繰り返す。

動きながら変化させても問題ない。

股間部が覆われただけで、

防御力は変わらないが、安心感が段違いだ。

 腰から副腕を伸ばす。

ドゥティは良い位置に巻いてあるので、

動きは阻害されない


「おっけーっスね。

まぁ、これはただの布とチ○ポジのテストっス。

次からが本番っス!」


 そう言いながら小田さんは段ボールから大きな布を取り出した。


「今度はこの留め具で首に巻いて止めるっス。

肩当ても付けたかったんっスけど、

サイズ可変出来なかったっス。」

「マントですか。」


 白い大きなマントだった。

元のサイズに戻った俺をすっぽり包める大きさだ。

襟は高めに立てられている。

留め具は金属の鎖に見えたが、

さわると樹脂素材の乾いたような感じがする。

長さは俺を一周半くるっとくるむほど。

高さは俺のくるぶしくらいまである。


「留め具をドゥティと同じ素材で作ってるんで、

そこは伸縮するはずっス。

マント部分は伸びないっスけど、

一定以上の衝撃が加わると硬質化する素材っス。

 初めはそれでスーツを作ろうかと思ってたんっスけど、

お兄さんだと普通の動作の衝撃で

一定以上の加圧になっちゃって動けなくなると思うんっス。

 それで、いっそ別付けの防具に、と考えて、

マントにしたっス。

似合ってて良いっスよぉ!」


 白いマント、黒いピッタリスーツ。足元はドゥティ。

頭は緑のスライム。身長210センチ。


「端的に聞きますが、

ダンジョン内で今の俺を見てモンスターだ、と

思わない方がおかしいのでは?」

「いやぁ、ヒーローかヴィランっぽいっス。

両手から衝撃波出せそうっス。」

「おじさんは年代的に

楽器の名前の大魔王っぽいかなって思ったよ。

マカンコウ! って叫んで欲しい。」

「わたしゃ、戦隊ヒーローの敵で、

最後巨大化するやつかな。

巨大ロボットと戦うあれ。」

「どっちにせよ、人外扱いですね。」


 試しに最大化する。

ちゃんと装着されており、首が詰まる感じもない。

長さもそもそも二メートルくらいあるので、

良い感じになる。

 もちろん、マントなので副腕も伸ばしやすい。

むしろ、初動がマントで隠れていい。

 試しにマントを翻す。

すると、布が急に固くなり、棒のようになった。

振り切って減速すると、また布にもどる。


「やーっぱ、硬質化したっスねぇ。

マントにしてよかったっス。」

「こんなに固くなるものなんですか?」

「ダイタランシー流体みたいな布が欲しいなって、

思って作ったっス。

さっきの伸縮生地と一緒に本社に特許申請出したけど、

揉み消されたっス。」

「いや、欲しいな、でできないんだよ。」


 思わず、と言う感じでチーフが口を挟む。


「揉み消の実行犯が何か言ってるのは、

無視するっス。」


 スーツを着た三人がチーフを睨む。

チーフはまた関係ない白衣を一人捕まえて怒鳴り出した。


「うるさいんで、外でやってもらえますか?」


 俺は思わず殺気立ってそう言ってしまった。

周囲が一気に冷える。

チーフとやらは口の中でもにゅもにゅ言いながら、

白衣の人から離れていった。

怒鳴られていた白衣の人は

俺にお辞儀して作業に戻っていった。


「さぁ、気を取り直して。

最後の商品っスよー。」


 そう言った小田さんは俺にグローブを押し付けてくる。

グローブは黒い生地で、

手首から肘にかけてトランペットとか

金管楽器のように円錐形に開いているのが特徴的だ。

 固さは新品の野球のグローブくらいある。

それなのに、指先まで抵抗無く滑らかに動かせる。


「そのグローブの本質は、お兄さんが本気で殴った時っス。」

「装着感は結構良いんですが、

この、ラッパ部分はどうすればいいんですか?」

「そうなんっス!

お兄さん、そのグローブはお兄さん自身から腕を護るものっス!」

「……と、言うことは、こちらも防御力は?」

「今着てるスーツよりは低いっスね。

でも、武器になるっス!」


 殴ったときに発生する自身への反動を、

グローブが吸い上げて、追撃として拳へ誘導する。

小田さんの説明をまとめると、こんな感じだ。


「お兄さんはご自身の肉体に

スキルで筋力か何かをプラスしてるっス。

だから、本気で動かすと生身の部分である

自分の身体に反動を受けてしまう。

流出動画の最後のパンチが良い例っスよ。

 と、なれば、この反動を軽減すれば、

ダンジョン災害の“見えない壁”を破壊する威力が

好きなときに出せるってぇ寸法っス!

 ファールカップとドゥティ、マントの各素材を

ふんだんに使ってるっス。

力学的に計算して、

あえて弱い部分と強い部分とを作って反動を分散、

再集中させて、追撃として拳の辺りへ放つっス!」

「……“放つ”?」

「計算上、熱になって発散されるはずなので、

放つ、であってるっス!

下に着てるスーツが熱を通さないんで、

反動を八割くらい追撃に変換できるはずっス。

追撃にできない反動は、

そのラッパ部分をあえて燃やして発散させるっス。

 なんで、使うほどそこは燃えて縮むっス!

手首らへんまで焦げ焦げになったら、

新しいのに替えるっス。」

「……単語が不穏なものばかりですね。」

「あっははっ!

とにかく使ってみるっス!」


 実験室として、かなり頑丈な建物とのこと。

核爆発は無理だが、

プラスチック爆弾なら百キロくらい行ける、

と小田さんは言う。

だから、殴ってみろと。

 色々心配だが、試したいとは思う。

俺はまた姿を消した状態のガーネットを呼び出した。


「パワーバフ。

いや、スピードバフを頼む。」

「完了しました。

一応、他の方の周りもバリアを展開しておきますね。」


 さすが、ガーネット。

良い仕事だ。

よく見ると小田さんはおじさんとタカミさんへ、

ヘッドフォンのような大きな耳栓を渡している。

チーフ達はヘルメットを各々用意していた。

スーツの三人は何も渡されないので、

小田さんに追加の耳栓を頼んでいる。


 俺はグローブを両手に装着した。

身体を最大化し、左腕に触腕を二本とも巻く。

左腕が右に比べて大きくなった。

 俺が機材から離れると、

誰からか息を飲む気配がした。

左右の手を軽く握り、

右手を突いた状態にまっすぐ伸ばす。

左手はあばらの下あたりで構える。

足は肩幅より少し広く。

 俺は右腕を引きながら、左腕を捻りつつ突く。

空気が裂け、左の拳を中心にソニックブームが起きた。

突き出した腕は伸びきり、

拳で押し潰した空気が竜巻のように螺旋を描き、

数十メートルほど離れた壁がたわんだ。

轟音が遅れてやって来た。

 それと同時に拳の数十センチ先で閃光と爆発が起きる。

驚いた俺は目を丸くして、消える爆風を見送った。


「……爆発しましたが。」

「あやー!

思ってたより、凄いことになったっス!

お兄さん、パンチの瞬間に拳付近で真空ができて、

部屋でもないのにバックドラフトが起きたみたいっス!」


 グローブを見ると、

ラッパ状だった端が枯れたひまわりの花のように割れ、

茶色く焦げて縮れている。

 小田さんは駆け寄ってきて、

機械でグローブを調べ始めた。


「およー。自壊部分は5.57ミリ。

今のでどれくらいの出力っスか?」

「八割くらいです。」


 本当は六割程度だが、俺は少し多めに申告した。


「んー、本気だと10ミリ行くかなー。

それでも、まだまだ長さはあるから使えるっスね。

このグローブは八組あるんで、

全部持っていってくださいっス。

焦げたのは回収して、

報告書と一緒に提出して欲しいっス。」

「これ以上の出力だと、

爆発が腕に届きそうですが。」

「さっきの感じだと、

風圧とかで爆発のベクトルが相手側に向かうんで

燃えたりしないっスよ。

フレンドリーファイアはあり得ると思うっスけど。

 他に違和感とかあったら、教えてくださいっス。」

「いや、違和感とかがないのが違和感なんですが。

殴った時の衝撃とかも感じなかったですよ?」

「おや?

そこまでは、計算外っスね。

でも、いいことっス。

お兄さんはやっぱり

今のパンチをばっしばし打ってナンボっスもんね。」

「確かに今のを気軽に打てるのはありがたいです。」

「いや! おかしい!

そんなのはおかしいんだ!」


 チーフがいきなり怒鳴り出した。


「科学を何だと思ってるんだ?!

精ちで崇高な計算を積み重ね、

実験を重ねあげた上に結果があるんだ!

そんな、感じとか計算外とかを

放っておいて良い訳ないだろう!?

 だいたい、なんなんだ!?

子供がその辺の雑草や泥を混ぜて遊んでるんじゃないんだぞ!?

そんなほいほい新素材ができるわけないんだ!

お前がやってるそれは、

既存のなにかに毛が生えたようなものだろう!?」

「うっせぇ!!

こちとら、ちゃんと他の研究者でも再現できるように、

報告書にまとめて提出してるっス!!

それを! 見もせず! 試しもせずに! 捨てるのは!

あんたの言う崇高な計算を侮辱してるっス!」


 俺はチーフへ言い返す小田さんを念のため抑える。


「だいたい何なんっスか!?

崇高? バッカじゃねぇの!?

あんたのそれは、

わからなくて怖いものを科学の枠に押し込めて

あんたの理解できる怖くないものにしてるだけっス!

そんなん、科学でもなんでもないっス!

子供が被ってくるまってる毛布と同じっス!

あんたはベッドの隙間のモンスターに怯えてる子供っス!」

「なんだとぉ!?」

「やるっスよ!!」


 抑えてて正解だったようだ。

飛びかかろうとする小田さんを抑える俺。

チーフは白衣の人たちに抑えられている。


「そもそも! あたしにとって!

科学はあたしの夢を叶えるためのツールの一つっス!

あんたの、そういう宗教じみた科学論に興味ねぇーっス!」

「うるさい!

科学は、先人の血と涙の結晶だ!

それをツールだと!? ふざけるな!

だいたい、計算もろくにしてないくせに、

いきなりテスターにテストさせるなんて、

危険すぎる!」

「社内規定は合格してるっス!

あんたが報告書を読まないだけっス!」

「あんなおままごとみたいなものを報告書と呼べるか!」

「三徹したときのは、

確かに酷い報告書だと認めるっス!

でも! 他の! 報告書は! ちゃんと書いてるっス!

読んでないのに好き放題言うなっス!!」

「お前の報告書に割り当てる時間があるなら、

睡眠時間に当てるわ!」

「てめぇ! こっちは寝ずに書いてんだぞ?!

ぶっころっス!」


 ダメだな。

これは収拾がつかない。

チーフと小田さんはもうお互いの顔しか見えてないようだ。

 俺は片手で小田さんの身体を吊り上げて抑えている。

白衣の人たちはチーフを床に押さえつけたが、

それでも止まらない。

 ふと、スーツの三人を見ると冷や汗を流していた。

おじさんとタカミさんがこの光景をみて微笑んでいるからだ。

あれは、確かに怖いな。


「あんなの見せられた後で、

用意していた武器を出せると思うのか?!

剣とかハンマーとか用意してたんだぞ?!

彼が握っただけで破損するわ!」

「あたしは言ったっスよ!

お兄さんの腕力に耐えられる武器がないってぇ!

聞いてなかったんっスか?!

報告書にも書いてるんっスよ?!

あんたの独善は害悪っス!」

「うるさい!

お前のいきなりテストの方が独善だ!

全部お前の都合だろうが?!」

「いきなりに見えるのは、

お前が全部もみ消すからだろーがよー!

今日は許さないっス!」


 突然、爆音が轟く。

俺は音のした方に首を向け、

小田さんをかばう。


「なんだ?!」


 飾ってあった鎧の辺りで煙が上がっていた。

後ろにあった水槽が破損し、

中から黒い液体が流れ出る。

 俺はガーネットへ

おじさんとタカミさんを護るよう指示を出した。


「まずい!

電源を落とせ!」


 チーフが指示すると、

彼を押さえつけてた白衣の数名が駆け足で電源へ急ぐ。


「おじさんとタカミさんは、

その三人と退避してください!

小田さん、爆発物は他にありますか?」

「倉庫は空だったっス!

昨日運び込んだ荷物以外なかったっス!

爆発物はこの荷物になかったっスよ?!」

「ケーブルから発火してる!

誰だ!?

ケーブル間違えて挿してるぞ!」

「ケーブルは触ってないっス!」

「さっきの作業員か?!

くそっ! 仕事しろよ!」


 脳裏に浮かぶのは

捨てられたバインダーを拾う作業着の男。

チーフが立ち上がって様子を見に行くが、

また小さな爆発物が起きる。


「ぎゃあ!!」


 先に走って行った白衣の誰かが悲鳴を上げた。

そちらを見ると、

黒いなにかに吊り上げられた白衣の人がいる。


「たっ助けて!」


 そう言いきる前に、

黒いなにかは粘菌のようにうごめいて

白衣の人を飲み込んだ。


「何だありゃ?!

おい! 学者先生よ!

どーなってんだ、こりゃ!」


 タカミさんが部屋の出口付近で声を上げた。


「分からない!

なんだ、これは!!」


 チーフがそう叫ぶやいなや、

黒いなにかは粘菌のように身体を四方に伸ばして、

触れたものを引き寄せ飲み込んでいく。

 俺は小田さんを降ろして出口へ向かうよう言う。

そして、小声でガーネットへ指示を出した。


「……ガーネット、鑑定できるか?」

「無理です。

何回か試しましたが、“UNKNOWN”と出ました。

鑑定を拒否されたのではありません。

多分、“まだ世界にも認識されてない何か”かと

思われます。」

「厄介過ぎる。

俺はこの歳で厄年か?」

「アルジ様、後で解呪の魔法かけときますね。」


 黒い粘菌は、物を取り込む度大きくなった。

始めは数メートルだったが、

今では数十メートルは伸びている。

 白衣の人が何人か飲まれたようだ。

次々白衣の人が出口へ逃げ込む。


「バカどもが! 逃げるな!」


 チーフがそう言って、

爆発した近くの機械へ向かって駆け出した。


「バカはどっちっスか?!」


 小田さんはそのチーフを突き飛ばす。

転んで起き上がりながら、

チーフは小田さんへ悪態をついた。


「何をする……。」


 チーフの目の前には

黒い粘菌に引きずり込まれる小田さんがいた。

誰がどうみても、チーフを庇って飲み込まれた。


「こんにゃろ!」


 何処からか取り出した

スタンガンを粘菌に押し付ける小田さん。

だが、全く意に介さず飲み込まれていく。

 俺が小田さんを助けるため駆け寄ったが、

粘菌は何故か逃げる。


「アルジ様、ステータスです。

ステータスがある人は狙ってないようです。

むしろ、避けている。」


 ガーネットがそう言った。

なるほど、コイツもダンジョン由来の何かか。

見る間に粘菌へ飲み込まれる小田さんの身体。

暴れて何か呟いているが、

やがてそれもなくなり首から上だけ粘菌から出ている状態になった。

白目を向いて口や鼻から体液を垂らしているその顔は、

死人のそれだった。


「小田さん!」


 俺はとりあえず、

座り込んで放心しているチーフを引っ付かんで巨大化し、

そのまま彼を出口へ投げた。


「ガーネット、パワーバフを。」

「完了しました。

いまだに鑑定不能です。」

「分かった。

鑑定をやめて戦闘に移ろう。」

「それですが、小田様は……。」

「あれは、もう無理だ。」

「いや、そうではなく。

小田様だけ、全身飲み込まれていないんです。

首から上は、さっきからずっとあそこで露出してます。」


 そう言われると、確かにそうだ。

他の白衣の人はもう何処にいるか分からない。

資材や機材も大きなものは所々はみ出しているが、

それらも徐々に飲み込まれている。

 だが、小田さんは頭だけ出していた。

今も首がないのか首が据わらないのか、

子供が振り回す人形の頭のように頭部ががくがく揺れている。


「首だけ引っこ抜いて、急いで回復したらどうなる?」

「身体はもどりますけど、

死亡していたら復活はできません。

死体がきれいになるだけです。

それに、復活、蘇生と言った魔法はありません。」

「分かった。

……殴って解決できれば楽なんだが。」


 俺はガーネットと粘菌を追うが、

粘菌器用に避けて逃げ回る。

反撃はされないが、距離があり攻撃もできない。

 こういう時にこそ武器が欲しい。

だが、見回しても粘菌の移動した後だと何も残らない。

移動しながらも、取り込むのを止めないみたいだ。

 試しに一発殴ってみた。

直接は触れられなかったが、

追撃の爆風が粘菌の端を焼く。

追撃、便利だ。

 だが、その後は粘菌が追撃を見越した距離を取る。

知能があるということか。

俺はいたちごっこになるので、攻撃を控える。


「チーフとやら、あれはどうやったら止まる?」

「分からない! 分からない!」

「落ち着いて。いいですか?

このままだと、

貴方は実験に失敗して人を殺したことになる。」

「私はっ、悪くない!」

「悪くないのであれば、現状を打破するべきです。

実験に失敗して人を殺したのと、

実験に失敗したが数名の犠牲で暴走を止めた、

のでは裁判での裁判員の心象が百八十度変わります。」


 おじさんとチーフがそんなことを話している。

チーフは頭をかきむしり、

さっき自分が駆け寄ろうとした機械を指差した。


「あれだけ取り込まれてない!

あれはあの装置の管理端末だ!

あれは、ナノマシンの集合体で、

電気信号で動いている。

停止指令が出るか、

電気が供給されなくなったら止まるはずだ。」


 確かに他の機材や道具は取り込まれたが、

一つだけ残っている機械があった。

その機械から伸びるケーブルが粘菌に繋がっている。


「あれ、切りますか?」

「カミソギは止めよう。

誰かに近くで見られたくない。」


 流出した動画でもあの斬撃については、

いろんな推測がされている。

相手が大きすぎて俺がよく映ってなかったからだ。

それを今種明かししたくない。


「ケーブルを引き抜く。

バフを継続してくれ。」

「完了しました。

出口付近はバリアを張ります。」

「ありがとう、ガーネット。」


 俺はケーブルへ向かって駆け出した。

すると、今まで逃げ回っていた粘菌は

俺の行く手を遮るように立ちはだかった。

 俺は好都合、と思ったが相手の知能をなめていた。

粘菌はものすごい早さで何かを俺に向かって飛ばしてくる。

俺は身体を縮めてマントで受け止めた。

飛んでくるのは鉄片や石だった。

粘菌が取り込んだものの破片を飛ばしているようだ。

 このマントは凄い。

さすがに受け止めたときの衝撃はあるが、

一切貫通しない。

弾丸を食らったことはないが、

弾丸と思っても差し支えない威力で飛ばされる瓦礫。

 俺はじりじりすり足で距離を積めていく。

粘菌は大きな瓦礫を飛ばしてきた。

とっさにさっきやったように

マントをタイミングよく翻す。

マントが高質化して鈍器になった。

飛んできた大きな瓦礫を叩いて砕く。

これは便利だ。

 実践で体感する。

やっぱり小田さんは凄い。

だが、彼女は今も粘菌から頭だけぶら下がっている。

残念だが、殴ろう。

 俺がそう決めたとき、

突然粘菌が苦しそうに悶えだした。

タバコの火を蛭に押し付けたようになっている。

身体からはみ出していた瓦礫がボロボロこぼれ落ちていき、

とうとう、小田さんの頭が大きく揺れる。


 そして、彼女の頭は椿の花のように床に落ちた。


 空気が冷えた感じがする。

俺はとりあえず、

彼女の頭を回収しようと近寄って行った。

すると、突然。


「てってれー!

ゆっくりしていってね!!」


 目の前で床に転がっている頭から、

そんな声が聞こえる。

俺の幻聴かと思ったが、

出口付近から誰か分からないえ?、と言う声が聞こえた。


「両親がオタク! 生まれ育った環境がオタク!

血統書つきで筋金入りのオタクのあたしが!

科学者として実験してるんっスよ!?

実験に失敗して、

なんか化物に取り込まれるシチュエーションは、

何億、いやいや、四那由多(なゆた)くらい妄想してたっス!!」


 目の前の光景が信じられず、

俺も出口にいる人たちも開いた口が塞がらない。

ガーネットに目配せする。


「……彼女は小田様で間違いないです。

でも、種族が人間じゃなくなっています。」


 生き延びた、のか?

あの粘菌から?


「取り込まれた後、

脱出する方法も八恒河沙(ごうがしゃ)通りは編み出してたっス!

この野郎、制作者バリに根性がなくて、

三十億パターンしか試せなかったっス!」


 彼女の発言は間違いなく小田さんだが、

どうすればいいんだろうか。

俺は頭を見下ろしながら悩む。

 首がないのにしっかり発音できている。

胴体がないのに呼吸できている。

頭だけで大笑いしながら話してる彼女は

ブラックコメディのようだ。


「他の取り込まれた人はまだっスか!?

情けないっス! それでも研究員っスかね?

まぁ、どーせチーフの野郎は

ビビってなんもしてないっスよね。

 しょーがないから、あたしが助けてやるっスよ!

お兄さん、ちょっとあたしを運んで欲しいっス!」

「え? あ、はい。」


 俺は勢いに負けて彼女を持ち上げる。

体温はある。

指が本来首に当たる部分に触れたが、

皮膚の感触がした。

見えないがここに傷も穴も何もないようだ。


「あの端末まで運ぶっス。」


 俺は言われた通り運ぶ。

粘菌はまださっきの場所で悶え苦しんでいる。

小田さんが何かしたのだろう。

 俺は小田さんを小脇に抱えて、

粘菌の横を通り抜けた。


「アイツはしばらく動けないと思うっスよ。

小賢しいナノマシンの管理AIに、

あたし謹製のマルウェアぶちこんでやったっス。

ケチって対策ソフト入れてなかったのが

運のつきっス。」

「小田さんが取り込まれたとき、

パソコンとか持って無かったと思うんですが。」

「落ち着いて聞いて欲しいっス、お兄さん。

人間の脳って、

そこそこ性能が良いパソコンなんっスよ。

繋げてきたのは向こうなんっスから、

こっちからなんでも流し放題だったっス!」


 理屈は俺でも理解できるが、

だからといってそんなことホイホイできるはずがない。

やっぱりこの人はどうかしている。

俺はそう再認識した。


「あ、その辺において欲しいっス。

で、そこの赤いケーブル全部抜いて、

あたしに咥えさせて欲しいっス。」


 機械の上に小田さんの頭をのせて、

指示どおりケーブルを探す。

赤いケーブルはパッと見ただけで二十本くらいあった。

 俺は戸惑いながらも指示どおり赤いケーブルは全部抜いていき、

小田さんの口へ入れる。

何本もケーブルを咥える小田さんは、

タバコでふざける人のようになっていた。


「ひゃー、いふっふよー(さー、行くっスよー)。」


 そう言って小田さんは言語化不能な叫びを上げる。

すると、粘菌は音に反応して踊るおもちゃのように

踊り狂う。

 誰もが何事かと息を飲んで見守る。

すると、ズルンッと粘菌から何か吐き出された。

それは全裸の人間だった。


「ひほひめっふ(一人目っス)!

おひーひゃん、ふぁひゃくひろうっふ

(お兄さん、早く拾うっス)!」


 俺はもう混乱の局地だ。

言われた通り、裸の人を回収して出口にいる人に渡す。

そうしている間に二人目が吐き出された。

次、次、と言う具合に四人回収した頃には、

すこし落ち着いてきた。


「ふひか、ひゃいごっふ(次が、最後っス)。」


 五人目が吐き出された。

俺は回収しながら粘菌を見ると、

さっきと比べて半分くらいに縮んでいた。


「小田さん、さっきから気になってたんですけど、

自分の身体は取り出さないんですか?」

「んー、みひゅかんないっふ(見つかんないっス)。

どーほひったんっふかへー(どーこ行ったんっスかねー)。

あ。にへた(逃げた。)」


 小田さんがあっけらかんと言うと、

粘菌がさっきの勢いを取り戻し、小田さんへ飛びかかる。

 俺は回収していた五人目を床において、

粘菌を殴り付けた。

今度は拳が粘菌をとらえた。

その瞬間、粘菌が内側から爆発四散した。

 俺は思わず口からえ?、と漏らす。

打たれ弱すぎる。

何故か小田さんは

口からケーブルを出して大笑いしている。

粘菌は燃え焦げて消えていった。


「……小田さん、ごめんなさい。

やってしまいました。」

「ぶはっはっ、しゃーないっスよ。

身体はずっと見つかんなかったんっス。

首だけの時間が長かったのは、

ほとんど身体を探す時間だったっス。

 なーんか、違うところへ行ってる感じがするっス。

あのままにしてても見つからないって、

勘がささやいてるっス。

 それより、見たっスか?!

アレで社内規格に適合してたの?、って

ぐらい簡単に壊れたっスよ!

弱すぎるっス!」


 機械の上で文字通り笑い転げる小田さんの頭部。

とにかく、収拾がつかない。

 俺は出口にいる人たちを見る。

出口にいた全員が

俺に向かって譲るアクションをした。

……マジか。

 ため息をついて、

俺は小田さんの頭を捕まえ、

床においていた人を抱えて出口へ向かって歩きだした。

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