第13話 事後処理

 秋が深まり、暦は11月。

すっかり冷えてきたので、

早い気もするがこたつを出した。

スイッチをいれなくても、布団だけで暖かい。


「こたつ!

すごいですね!

暖かい、柔らかい!」


 ガーネットがはしゃいでいる。

なんとなく、彼女が猫のように見えた。

ただ、身体に合わない大きな乳房が邪魔になり、

こたつの中にはもぐれなかった。


 あの後、学校は当たり前だが閉鎖された。

現在もまだ壁があり、

誰も入れず中は瓦礫の山らしい。

生き残ったのは俺たちを含めた59名。

 校長達は残念ながら行方不明。

あの誰かの両親だと名乗った男女も見つかっていない。

甲虫の初撃が職員室辺りだったので、

生存確率は低い。

 今でもテレビは大きく報道しているが、

俺や他の生徒の顔や名前は完全に伏せられている。

 ただ、どこかの誰かが俺の戦闘を動画撮影して、

インターネットへアップロードしやがった。

おじさんはすぐさまプロバイダに情報開示を請求したが、

投稿者は既に母国へ帰国していた。

空港から先の足取りは不明。

 どうやら投稿者は

どこかの国の諜報機関に所属している人間だったらしい。

ただ、動画をアップロードした理由だけが謎だ。

俺は動画データを持って帰ればいいのでは、と

考えてしまう。

おじさんいわく、

足がついてもアップロードする必要があった、と

考えた方がいいらしい。

そのお陰で、

動画は消しても消してもどこかからアップされてくる。

 おじさんは今も忙しく

俺に対する問い合わせをさばいているらしい。

ミミコさんいわく、

顔が生き生きしているから、

心配しなくていいとのこと。

藤堂いわく、顔はニコニコしてるのに怖いそうだ。


「海外からスカウトまでじゃないけど、

お誘いがあるって父さんが言ってたんだが。

櫻葉、海外いくの?」

「行かない。」


 携帯のスピーカーからは、

藤堂の声がした。

ガーネットの存在はもう明かしているので、

ガーネットもそばにいる。


「日本のハンター制度がひっどいのは、

お前からさんざん聞いたけど。

海外はどうよ?」

「どこも変わらんよ。

“勇者”が日本で好き放題したことがあって、

大体ニパターンになってる。」


 一つは軍パターン。

ハンターを軍属にして、国で完全に管理する。

対外的にも分かりやすく、

しかも既存の軍に付随させるため導入が楽だ。

利益は限定的だが、安定して得られるのが利点。

中国、モンゴル、ロシア、ドイツ等はこのパターン。

 もう一つは法人パターン。

ハンター登録時に保証人が必要で、

その保証人の条件を満たすことができる法人にハンターを所属させる。

法人は国の厳しい基準をクリアしないと保証人になれないので、

犯罪者や素行に問題がある人間は簡単にハンターになれない。

ハンターの管理も法人が責任を持って行う。

状況次第で収益に波はあるが、

きっちり制御できればアメリカのように

大きく利益が出せる。

導入にかなり力が必要なので、

このパターンを採用できたのは

資金的、エネルギー的余裕があった国だ。


「その場合の利益は何よ?」

「魔石やドロップアイテムこのとだ。

今、日本でも発電量の半分は魔石だぞ。」

「ふーん。

でも、アメリカって良い気がするけど。」

「俺はペットのサル扱いされるのはごめんだ。」

「何それ。」

「こんなジョークがある。

美女がアジア人男性の前で突然堂々と着替えだした。

アジア人男性が女性をたしなめると、彼女が言う。

“貴方は飼ってる猫の前で着替えないの?”ってな。」

「……何それ? どういう差別?」

「差別の方がいいかもな。

人間とすら認識されてないってのが、正しい。

これが平然と“ジョーク”って

言われてる時点で察して余りある。」

「じゃ、イギリスは?」

「軍パターンだ。

このパターンは自由にダンジョンへ潜れない。

だから、自動的に中国とかもなし。」

「法人パターンって、どこでやってんの?」

「アメリカ、ドバイ、韓国とか。

後、元産油国は法人パターンだ。」

「それでいくと、日本はどっちだ?」

「どっちでもないよ。

イレギュラーパターン。」


 過去の“勇者”による被害は、

全世界敵にみても尋常ではなかったらしい。

そのため、

現在の日本のハンター制度は国連加盟国から

“提案”されたものだ。

実際は“指定”とか“指示”と呼んで差し支えない。

“治験”がその代表で、

採取されたデータはWHO経由で各国に送られている。


「え。治験って日本だけなの?」

「そう。

全世界が日本をダンジョンの実験場にしてるんだ。」

「何だよ、それ。酷いな。」

「“勇者”の事件以降、日本政府は言われっぱなし。

やられっぱなし。

金と魔石もとられるから、

発展途上国より扱いは下だ。」


 今も毎年賠償金として、

各国へ数百億円の支払いの代わりに数百トンの魔石を

輸出している。

そのせいで、社会生活も数十年変化がない。

 対して他の国は魔石によりエネルギー問題が解決し、

SF映画でしか見たことがないような技術が

平然と使われている。


「“ディスプレイ”って、あれ数億円するヤツ、

アメリカなら携帯みたいに皆持ってるって言うしな。」


 ディスプレイはイヤーカフ型携帯端末だ。

思考とハンドサインで操作でき、

画面表示に液晶や有機ELが不要。

空中にモニターが浮かんでいる様に表示され、

他人には見えない。

動力は魔石で、

スライムのサイズで1ヶ月は連続使用可能だとか。


「日本はガラパゴスどころか、

時代錯誤の先住民族みたいな扱いだ。

ペットのサルより、下手すると下になる。

本当にちょんまげ結って、

腰に刀さしてるって揶揄(いわ)れてる。」

「日本、ヤバイな。」

「ヤバイが、どの国もダンジョンに忙しくて、

日本を潰せないんだよ。

だから、枷だけつけて、絞るだけ絞って、

絶対に植民地にはしないんだ。」

「はい、アルジ様。

質問です。

植民地化しないなら、日本政府に自治権があって、

国民も日本の法に則って生活してますよね。

なら何故、異界探索者管理委員は防衛省所属なのに、

その委員長は他国籍の国連議長なんですか?」

「簡単な話だ。

全世界、誰もが

“日本を放っておくと、何するかわからない”って

思ってるんだ。

ベッタリつくわけにはいかないが、

監視はしたいんだよ。

 “勇者”の事件しかり、

今回のダンジョン災害の件もだ。」


 そのせいで俺は今も

管理委員から出頭するよう要求されている。

おじさんが俺の怪我を理由に、

職員を誰か寄越すか書面で聴取するよう伝えているが、

向こうは出頭にこだわっている。

俺の身柄を拘束したいが、罪には問えないって感じだ。


「真面目でおとなしいけど、

何を考えてるか分からない。

理解できない。

目を離した隙に突拍子もないことをする。

油断ならない。

これが、日本に対する各国のイメージだ。

学校に一人くらいいる、

先生に反抗したり問題は起こさないけど、

先生がちょくちょく様子を見に来る子って感じだ。」

「でも、日本よりハンターの扱いはいいだろ?」

「日本は実験場だから、

ハンターの自由度が段違いなんだよ。」


 ダンジョンへの入場、武具の購入、魔石の売却等、

ハンターとして必要な事は

最初のハンター登録でもらえる証明書だけあれば

ハンターが単独でできる。

その分、悪用されても止める根拠がない。

 軍パターンは、

全部軍部が管理して指示された通りしかアタックできない。

進行速度も綿密に計画され、

儲けもすべて国庫行きだ。

 法人パターンは、

法人がその辺りの権限を持ってるので

いくつも申請して許可を都度都度とる必要がある。

アタック中は自由だが、

儲けは一旦法人へ渡して年俸やボーナスの形で

現金化されたものがハンターに渡される。


「何より、

どっちのパターンも“ソロハンター”は禁止されている。

ガーネットのこともあるし、

日本の自由度が丁度良い。」

「申し訳ありません。」

「いや、ガーネットには感謝しかない。

不都合だなんて、思ってないから。」

「仲良いな、おい。

まぁ、ガーネットちゃんのお陰で助かったし。

櫻葉も一人じゃないし。

俺としてもありがたい。

ありがとう、ガーネットちゃん。」


 ガーネットはいいえ、いいえ、と言いながら

嬉しそうにしている。


「そいやさ。

その“勇者”って、捕まったんだよな?

結局、犯罪者として。」

「んー……。逮捕はされてないな。」

「マジか?」


 勇者達の最後は、復讐された、が正しい。

家族を弄ばれ、失った女性一人が

化物に等しい16人を相手に。

 運が良かったとも、言える。

なんの後ろ楯も、共犯者も内通者もなく。

たった一人で復讐を完遂した。

 勇者達は暇だから、と彼女の父親を

ダンジョンで生きたままモンスターのエサにした。

母親は勇者達の強姦の後、

ゴブリンの群れに投げ込まれ惨殺される。

姉は彼女をかばって捕まり、

勇者達のペットとして飼われ、虐待の末殺された。

 その時、14歳の彼女は壊れた。

己の全てを勇者達の抹殺だけに費やすことに決めた。

彼女は当初、一度目の復讐に失敗して反撃され

半生半死でダンジョンに捨てられたが、

その時たまたまステータスを手に入れる。

 一つ目の幸運は、

勇者達が彼女の死亡を確認しなかった事だ。

 彼女はこれまた運良く、

レベル1でスキルを手に入れる。

スキル名“隔壁”。

自分の肉体を岩壁に変換できるという不思議なスキル。

これを駆使して彼女は誰にも悟られず

ダンジョンから生還した。

 彼女は変わった。

整形とたゆまぬ努力で絶世の美女へ成長した。

同時に壁にできる“身体”を増やした。

髪の毛は背中の辺りでドレッドのように束ね、

固めて抜けないように伸ばし続けた。

抜けた髪は集めてよって束ねて縄にした。

小さい髪も布の生地の隙間へ入れて固めた。

 脂肪をつけるのが一番良いが、

身体が勇者達のお眼鏡に叶わないと

近づくことすらままならない。

彼女は脂肪をつけたら、

すべて吸引して乳房へ移植した。

 勇者達は食いついた。

彼女を可愛がり、何度も抱いた。

一度や二度で飽きられることがないよう、 

話術も知識も身につけた。

彼女は気に入られるため、勇者達の凶行にも荷担した。

 彼女はいつの間にか、勇者達の右腕になっていた。

その時には15年の歳月が過ぎていた。

勇者達はその頃、年齢的に死に怯えだした。

過去の為政者のように“不死”を求め始めた。

 そんな時、また幸運が舞い込む。

ダンジョンからドロップアイテムの“ポーション”がでた。

ポーションは病気や生まれついてのもの以外、

すべての怪我や外傷を癒す。

欠損した部分すら生えてくる。

それを見た勇者達は、こう考えた。


 “ダンジョンには不死の薬があるかもしれない。”


 ポーションがドロップしたのは、

東京にあるダンジョン。

勇者達は足しげくそのダンジョンに通うようになる。

 そこは独特な作りになっており、

地下だがマヤの遺跡のように

見たことがないレリーフが壁一面に掘られている。

一定間隔で燭台のようなものがあり、

火をつければ燃料があるだけ燃え続ける。

 特筆する部分は、

どの階も階段から鰻の寝床のように細い道が続き、

大きく開けた道につながる構造だった。

その細道の幅は3メートル。高さ3メートル。

長さは200メートルほど。

 勇者達のダンジョンアタック時は大体7人前後で行われた。

賑やかしとして彼女を含めた数人の女性が同行した。

賑やかしの内数人は、

時折おもちゃとしてモンスターの餌食になる。

 彼女の最後の幸運。

その日に限って16人全員で新しい階層へ挑むことになった。

更に、賑やかし要因は連れず、

彼女一人だけを同行させることになった。

 彼女は15年で少しずつ手に入れていた

勇者達が秘匿し続けたダンジョンに関する情報をまとめ、

ダンジョンアタックの直前にインターネットに公開した。

自身の半生、犯した罪の告白と

今から行う最後の復讐方法をファイルに添えて。

 ダンジョンの新しい階層に到着した勇者一行は、

彼女を最後尾にいつもの細道を行く。

彼女はそこで行動を起こした。

 16人が細道を抜けきった辺りで、

長年蓄え、用意していた髪の縄と髪を編み込んだ布を

細道のレリーフに引っかけて道を塞ぎ、

自身に結びつけた。

16人が気がつかない内に彼女はスキルを発動する。

 自分の全身も含めた完全な“壁化”。

発動してしまえば、自分はただじゃ済まない。

生き物ではない、岩窟の壁に成ってしまう。

成ってしまえば、自我なんて消し飛ぶはず。

 自我が残っても、人の身体ではなくなる。

多分スキルの解除も何もできない。

生き地獄だ。

でも、彼女は実行した。

 後からダンジョンへ潜った調査隊が見たのは、

細道を完全に塞ぎ、壁や床と一体化した巨石だった。

それ以降、彼女を含めた17人は行方不明。

問題のダンジョンは完全封鎖された。


「……それ、なんでテレビとかで特集しないの?」

「模倣犯防止のため、被害者と遺族を慮ってとか、

色んな理由でメディアでは取り上げられなかった。

まぁ、日本政府の恥部でもあるから、

記録は公開されているが

自発的に探さないと見つからないようになってる。」

「映画にできるレベルじゃん。

三部作にできるわ。」

「完全に実話らしい。

事実は小説より奇なりって言うしな。」

「彼女は、満たされたのでしょうか……?

復讐を果たせたかどうかも確認できないのに。」


 何故か感慨深そうにガーネットが呟いた。


「むしろ逆だろう。

結果を自分で確認しなくてもいいなんて、

傲慢なくらい自信満々じゃないとできない。」

「わかる気がする。

俺が復讐するときは相手が落ちるまで

自分の目で見ないと安心できないわ。

父さんなら違うと思うけど。」

「私、藤堂さんのお父上なら、

似たようなことできそうに思えます。」

「藤堂弁護士ここにあり、って

言うだけ言って何もせず、

何食わぬ顔で家に帰る人だからな。

父さんみたいになりたいと思ったことはあるけど、

同時に絶対無理だとも思うもん。」

「偶然通りかかったら父さんの悪口合戦かな。

久しぶりに帰宅したのに。

父さん、ショックなんだけど。」


 電話越しに聞こえる声が一人分増えた。

おじさんだ。

なんというか、

タイミングを狙って割り込んで来た気がする。


「ガーネットにはなんにも見えませんが、

絶対聞き耳立てて出ていくタイミング見計らってましたよね。」

「同感。父さんはやるよ、それ。」


 藤堂とガーネットも同意見だったようだ。


「はっはっはっ!

それより、涼治君と話して良いかな?」

「ごまかした。」

「ごまかしましたね。」

「無理があるよ、父さん。」

「念のため健治とガーネット君にも聞いて欲しいんだ。」


 おじさんは押しきるつもりらしい。

見えないが、

藤堂が苦い顔になっているのが想像できた。


「新しい学校は、

やっぱり生徒の受け入れまで時間がかかるそうだ。

来年度にはどこかの高校へ編入できるようになる。

それまでは、現状維持。

通信制高校のカリキュラムを使って単位を稼いでくれ。

体育とか実技は免除だそうだ。」


 今俺も藤堂もパソコンとWEB会議システムを使った

通信制高校に一時編入されている。

生き残りは生徒だけだったので、

生徒の成績も情報も断片的しか残っていないそうだ。

 しかも、生き残った生徒の内数名は

PTSD等の後遺症を負ってしまって、

出席どころか外出も困難らしい。


「健治と涼治君には今でも出頭するよう

管理委員が要求して来ている。

まぁ、こちらは強制できないように仕向けたら、

ほっといていいよ。」

「しれっと、なんかすごいこと言ってる。」

「おじさん、黙って追加の依頼料を受け取りましょう。」

「んっふっふっ。

でね、ギルドの“大和桜”から涼治君に勧誘が来てる。

“ポーション”を1本提供するから、

是非ギルドに所属して欲しい、とさ。

1本六千億円のポーションを、ね。」


 日本最大クラン“大和桜”。

日本の名だたる大企業のほとんどがスポンサーになっている。

ダンジョン攻略トップ組でも最前線を走っている。

 リーダーは日本でもっとも有名なハンター、

財前吾郎だ。

彼はドロップアイテムの槍を愛用しており、

かなりのイケメンでテレビや雑誌にも顔を出している。


「条件は東京の大和桜クラン本部に出向いて面接すること。

あそこは日本のトップと言うだけあって、

政府とずぶずぶだからね。

どうせ面接も場所の指定も管理委員の要望だろう。

面接に行ったら、

勧誘を断っても身柄を拘束されるのが目に見えてるね。」

「べらぼうに面倒ですね。断りましょう。」

「それが、そうもいかなくてね。

断るにせよ、

リーダーの財前さんがどうしても君に会いたいそうだ。

気づかなかったけど、

あの日あの現場に財前吾郎を含めた

大和桜の主要メンバーが壁の外側にいたそうなんだ。」


 そう言えば、

確かに壁の前に沢山のハンターがいた気がする。

顔までは確認してなかったが、

どうやら壁を破るのも近くで見てたらしい。


「直接本人と電話で話したけど、

なんか彼、子どもみたいにはしゃいでね。

何年でも待つから会って話がしたい、って言ってるの。」

「他のクランはどうなんですか?」

「他のクランはどうやら日和見らしい。

日本だけじゃなく、

全世界に目をつけられてる人間をメンバーにしたくないようだね。

同様に、他国との衝突を避けてか、

他国のクランは沈黙状態。

どこも涼治君を連想させるような発言はしてるけど。」


 具体的には、

“ダンジョンの壁をぶち破れるようなメンバー募集!”と、

言う具合の募集広告をアメリカ中のクランで出している。

他の国も似たような募集広告を出してるらしい。


「まぁ、大和桜は急いで返事しなくてもいいと思うけど。

他国のクランが動いたら、どうするか考えないとね。

厄介なことに、私と健治もあちこちから誘われてる。

直接涼治君じゃなくても、

仲が良い友人か顧問弁護士にコネを作っておきたいって、

感じだね。」

「なんか被害があったら言ってください。

お金で解決しそうなら私で支払いますし、

必要なら殴ります。」

「相手が消し飛ぶからやめてあげてね。」 

「櫻葉、冗談抜きで消し飛ぶから、人間。」

「全力で殴ると、

周囲の建物まで被害が出るんで手加減はします。」

「そう言う問題でもないから。」


 見えてないが、藤堂はあきれ顔だろう。


「でね、話変わったから戻すけど、

お誘いというか、

問い合わせが溢れてるのがもう一つあってね。」

「私関連で、近しい……ですか?」

「涼治君は人間関係が狭いけど、

相手は結構すごいからね。

忘れてたら、彼女泣いちゃうから思い出してあげて。」

「……あ。小田さんか。」


 東野技研の小田さん。

俺がテスターとして契約している企業の窓口兼、研究員。

オタクかマニアの類いで知識も技量もある人だが、

人間性はちょっとあれな人だ。

 ダンジョン災害の時の報告書も送ったが、

狂喜乱舞して話す言語が日本語じゃなくなっていた。


「連絡窓口は小田さんから私にのみ。

他の経路からの連絡は同じ会社からでも受けない、って

契約してるから。

小田さん、大変らしいよ。」

「あー、どうしましょうか?

おじさんの手間でなければ、

小田さんに連絡を取って貰えますか?」

「後で彼女から事務所に電話が来る予定だから、

仲介してそっちに繋ぐね。

彼女が君に話した事実があればいい、って

ことだから、聞くだけ聞いてあげて。

社内からも、

テスターからスポンサーに契約変更するよう

要望が殺到してる、って言ってたよ。」


 現在販売している武器などを使って活動し、

企業や製品を宣伝する“スポンサー”。

 販売予定の武器などを実際にダンジョンで使用して、

性能や不具合を報告する“テスター”。

 今俺はテスターとして契約している。

マテリアルテストと呼ばれている、

ダンジョン仕様の素材の耐久性や使用感、

問題点を実際に使用して確認する仕事だ。

 初めは俺の体躯に合う装備を用意してくれる、

とだけ思っていたが報告書を出したら百万円単位で報酬が貰えた。


「私としてはテスターが良いんですけどね。

あそこまで伸縮する装備は

他社をみても今のところあれだけしかないですし。」

「櫻葉、あのピチピチスーツがなくなったら裸?」

「裸だな。全裸だ。さすがにダメだ。」

「戦闘を生で見たけど、大きくなって元に戻って、

腕が増えて伸びて、ってすごいもんな。」

「この動きについてこれる装備は俺にとってかなり重要だから、

別の装備に変えるにしてもかなり伸縮するものじゃないと無理だ。

東野技研の正規品に近いものがあるけど。

実際、それを前まで使ってたけど。

あれはかなりキツくて、すぐダメにしてしまった。」


 前の装備は小田さんが回収して、

報告書を元に解析してると聞いた。

このデータを元にまた新しいものを作ってくれる、と

言っていたが、実際どうなるのかわからない。


「なんか、

マンガとかアニメのヒーローが独特なスーツな理由が

分ったわ。

戦う度に裸んなるのを許されるのは、

上半身までだしな。」

「本当にあんなに延びるカーゴパンツがあるなら、

俺は即座に2グロス注文する。」

「あれでも股の辺り以外は破れてるよ。」

「映画版は膝まで残ってたと思うけど。

ちなみに、

今俺が使ってるライダースーツは

もう股の辺り以外残ってない。

合成皮のブリーフパンツみたいになってる。」


 巨大化による自損、モンスターからのダメージ、

本気で殴ると摩擦で消し炭になる等。

ダンジョン仕様なだけの

ただの合成皮では耐えられる訳がないダメージだ。

むしろ、股間部だけでも耐えきったことは

奇跡に近いと思う。


「ぶっはっ! なにそれ!?

あはははは!」

「あの、おじさんが思いますに、

それって不味くない?」

「不味いですね。

股間部の膨らみがどうしても目立ちますから。」

「アルジ様、ファールカップも作って貰うよう

小田様へお伝えする方が良いと思います。

今の服だと不意に勃起すると全部露出してしまいます。

マックス30センチあるんですから。」

「具体的な数字は控えようか、ガーネット。」

「これは失礼しました。」

「……マジで?」

「おじさんビックリ。

ギネス記録って34センチとかだよね。」

「中学の頃の例の件もあって、

大きい自覚はありましたが、

ギネスに近いとか……。

地味にショックです。」

「っていうか、ガーネットちゃんなんで知ってるの?」

「アルジ様の御体については、

幻覚を映す際に細かく確認させていただいてますから。」


 魔法については、今も秘密にしている。

ガーネットにはスキルの“幻惑”があって、

幻を見せていると説明した。

 実際魔法の幻惑で幻を見せるので

完全に嘘ではないためか、

おじさんにはバレていない。


「腕の怪我の幻とか、凄い精巧だったもんね。

俺、本当に櫻葉が大ケガしたって思ったもん。」

「テレビとか例の流出動画で見ても、

怪我に見えるからすごいね。

法廷に君の幻で誤魔化された証拠が出てきたら、

私達はお手上げだよ。」

「いっそ、幻で股間部だけでも隠せないか。」

「その場合、

ガーネットはアルジ様の股間部付近に常駐しない

とできませんよ。」

「別の問題が産まれたか。」


 平和だ。

平和だが、この2ヶ月あまりダンジョンへ行けていない。

怪我を理由にしたのは不味かったか。

 俺は溜まるフラストレーションと、

不意に襲ってくるガーネットの無自覚な色仕掛けで

色々限界だ。

本当に何とかしないと。

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