第12話 生活

 耳に飛び込む、親友の声。

俺は思わず笑ってしまう。


「くっははっ。おうとも。

全部ぶちのめそう。」


 俺は口のなかで転がすように応えた。

拳を軽く握って、こめかみの辺りで構える。

副腕は脱力させて、腰の辺りで構えた。

フットワークを前気味の重心で始める。

キックボクシングのスタイル。

腕が四本あるのはご愛敬だ。


 トンボは目が良い。

そのため、

目の前で指を回すと指の動向に気を取られて

簡単に捕まる。

あれは目を回しているのではない。

トンボがゆっくり回る指を

集中して目で追い続けているため、

他のことに気づけず捕まっている。


 トンボは俺のフットワークを凝視している。

俺は全身で回る指の役をしている。

ふわっ、と射程内に入ったトンボを俺は見逃さない。

パンッ、という大きな破裂音が辺りに響き、

トンボの羽と目が爆ぜる。

 よし、当たった。

俺は手応えを感じた。


 副腕の運用はかなり悩んだ。

殴るためにはやはり骨が必要だった。

どんなに工夫して見ても、

副腕のパンチではちゃんとダメージが通らない。

恐らく筋力が足りない。

触手1本の太さが1メートルくらいあれば、

パンチできるのだろう。

 なら、どうするか。

俺はガントレットを買って副腕に装備した。

イメージは一本鞭。

身体の動きはジャブ。

ガントレットの重さも利用して、

全身を駆動させ、副腕をしならせる。

コンパクトに素早く腕を引くことで

拳と標的の間に真空が生まれ、鞭独特の破裂音が鳴る。

 思った通り、甲虫に比べてトンボは羽や甲殻が脆い。

フットワークで誘い、

副腕のジャブで確実に数を減らしていく。

中には猛スピードで突っ込んでくる個体もいるが、

ジャブの連打で沈める。


 また声援が耳に入った。

いつの間にか校門にはたくさんの避難した生徒がいる。

彼らは口々に声援をあげていた。

 中でもとびきり大きな声を出しているのは、

藤堂だった。


「恩人の方は、とてもよい人ですね。」

「恩人で、親友だ。」


 ガーネットにそう答える。

ガーネットは素敵ですね、と微笑んでいた。

 話しているうちにトンボの数がどんどん減ってきた。

校庭がとうとう死骸の山で埋まる。


「ガーネット、死体が消えていないように見えるが、

俺の気のせいか?」

「いいえ。消えていません。

この大きさでも、

そろそろ血だまりくらいは消えると思うのですが。

後、魔石が一つも落ちていないです。」

「とりあえず邪魔だから、

死体をボックスに入れられるか?」

「はい。

空き容量はオーストラリア大陸くらいあるので、

まだまだ入りますよ。」

「モンスターの素材だ。

魔石より高値で小田さんに売れそうだ。」

「そうですね。レア度はこちらの方が高そうです。」


 ガーネットが手を叩くと、

校庭中に飛び散っていたモンスターの死体が消えた。

本来のボックスに入れるときの挙動と違った。

ガーネットは俺が指示していないが、

収納時にダンジョンに食われたように擬装してくれたようだ。


「さすが、ガーネットだ。」

「お褒めに預かり、光栄です!」


 そう言って彼女は笑った。

俺は残りのトンボに取りかかる。

残り数匹のトンボは、

さすがに近づいてくれなくなっていた。

 俺は校舎の瓦礫を副腕で掴み、

円盤投げの要領でトンボめがけて投げつける。

投石には対応できるようで、

トンボに当たりはしなかった。

俺はそれでも構わず瓦礫を投げ続ける。

 すると、瓦礫を避けた拍子に

トンボ同士が接触して高度が落ちた。

すかさず俺はジャブのフリをして、トンボの頭を掴む。

身体を引き寄せ、トンボの背に乗った。

 ここからなら、全部に届く。

俺は全力でジャブを打ち込んだ。

足場にしてるトンボが気づく前に、

他のトンボを仕留めきる。

 足場のトンボは、羽の付け根を殴って落とす。

着地は五点接地で受け身を取った。

墜落した衝撃でトンボが絶命する。

 着地後、自分の状況を確認する。

怪我はない。疲労はそこそこ。

意識ははっきりしている。


「ガーネット、お前の状況はどうだ?」

「負傷なし。残存魔力は八割以上。

校門の生徒達には被害なしです。」

「パーフェクトだ、ガーネット。」


 俺はウエストバックから

ゼリー飲料をもう二つ取り出して飲み干した。

戦闘時間は二十分くらいか。

 警戒は切らさず、一息つく。

終わりか?


「アルジ様!

地面の下から魔力反応です!」


 ガーネットの声を聞いた俺は、

残っている校舎の壁をよじ登り、屋上へ逃げる。

直後、地震のような強い揺れと共に、

崩れている校舎の瓦礫が動き出した。

 瓦礫を掻き分け出てきたのは、

高層ビルのようなオオムカデだ。


「これはこれは。大きく出たな。」


 ここまで大きい生き物を初めて見た。

存在感だけで圧倒される。

 だが、俺の顔は笑っていた。


「ガーネット。パワーバフに切り替えを頼む。」

「承知しました。完了しています。」

「ガントレットをボックスへ収納してくれ。」

「承知しました。ガントレットを投げてください。」


 ガーネットの指示通り、

外したガントレットをガーネットの方へ投げる。

紫色の箱がどこからともなく現れて、

ガーネットの前で開いた。

ガントレットはその箱に、

水洗トイレで水を流したみたいに吸い込まれていった。

 俺はオオムカデと目があった。

にらみ合いながら、副腕を格納する。

本来の腕に副腕を絡ませ、筋力を更に底上げした。

腕の大きさが一回り大きくなる、


「そっちは破れかぶれ、いや、奥の手か?

じゃぁ、最終ラウンドだ。」


 ムカデはその巨体を生かし、

俺に向かって倒れ込んできた。

俺は全速力で駆け出し、

ムカデが飛び出した地面の大穴に飛び込む。

 とんでもない衝撃と轟音。

振動で立っていられない。

 俺が穴から飛び出すと、

校舎はもう跡形もなくなっていた。

残っていた体育館も大破している。

 ムカデは向きを変えようとしていたが、

仕切られた範囲が狭かった為見えない壁につっかえる。

 俺はそこを見逃さず、

ムカデの足から胴へ登る。

胴についたら胴と胴の接合部分へ向かい、

全力で拳を叩きつけた。

大きなクレーターが甲殻に出きるが、

中まではダメージが通っていない。

 ムカデは身体をよじらせて俺を振り落とそうとする。

俺はクレーターのヒビに手を突っ込んで、

振り落とされないようにしがみついた。


「ガーネット! 校門は!?」

「バリアを設置して防いでいます!」

「ありがとう!」

「はい! ご存分に!」


 俺はのたうち続けるムカデの甲殻へ、

腕を叩きつける。

片腕でしかも姿勢が定まらない。

左腕で地面に穴を掘るように、

ショベルフックの要領で殴り続けた。

しがみつきながらでも、

バフのお陰でかなりの衝撃が起きる。

 とうとう甲殻が剥がれ、毒々しい緑の中身が見えた。

俺はそこへ向かって更に拳を叩きつけた。

濡れた雑巾を壁に叩きつけるような音が何度も響く。


 とうとうムカデは女性の悲鳴のような、

金属が削れるような叫び声をあげた。

その一瞬だが、

ちゃんと姿勢を整えて殴れる状態になった。


「ここだっ!」


 傷口を全力で殴った。

液体の入ったポリタンクを

アスファルトに落としたような音が響く。

耳をつくムカデの叫び声が更に大きくなった。

 そして、自重を支えきれなくなった

ムカデの胴体が殴ったところから引きちぎれる。

俺は急いで飛び退き、周囲を見回した。

 もう瓦礫すら粉微塵になっていた。

ムカデは痛みでのたうち回っている。

切り離した胴も、ビチビチと動き続けている。

どっちに近寄ってもタダじゃ済まないだろう。

 俺は大きく距離を取った。

ムカデはそれを見逃さなかった。

大きなハサミを構えて、

怨嗟の目をしてこちらに飛びかかってくる。


「失礼します!」


 突然、ムカデのハサミが片方なくなった。

ガーネットだ。

カミソギで切り落としたらしい。

 ムカデには何が起きたか理解できなかったようで、

慌てて俺から飛び退いて距離を取った。


「ガーネット、残存魔力は?」

「残り五割を割りました。」


 そろそろ三十分経つ。

仕留めよう。

 左右の手を軽く握り、

左手を突いた状態にまっすぐ伸ばす。

右手はあばらの下あたりで構える。

足は肩幅より少し広く。

 これは正直、ふざけてやった実験だった。

どうすれば、

バフがかかった状態で触手スーツを駆使し、

最大瞬間火力が出せるか。

色々試した結果が、これだった。


 俺は左腕を引きながら、右腕を捻りつつ突く。

空気が裂け、右の拳を中心にソニックブームが起きた。

ムカデとは10メートルくらいの距離がある。

突き出した腕は伸びきり、

拳で押し潰した空気が竜巻のように螺旋を描き

ムカデを襲った。

全身全霊の正拳付きだ。


 ムカデは全身を見えない壁に叩きつけられ、

グシャグシャになった。

ムカデはしぶといとはいえ、さすがに動かない。

仕留めたようだ。

 周囲を見渡す。

校門と一部の壁を除いて、

建物は完全に粉々になっていた。


「アルジ様、回復します。」

「ありがとう、ガーネット。」


 ムカデのロデオは無傷ではできなかった。

ガーネットの回復魔法のお陰でできる無茶だ。

 ガーネットが魔法を使うと、

一瞬で痛みも疲労まで消える。

なんだかズルをしている気分だ。


 少し待ってみたが、

追加のモンスターは現れなかった。

ガーネットにムカデの死体も回収するよう頼む。

 触手スーツを格納しながら、校門へ歩いていった。

五十人程度の生き残りが藤堂を中心にそこにいた。


「終わった。」

「櫻葉、お前、すげぇな!」


 藤堂が笑顔でそう言った。

俺はスライムヘルムを外した。


「キャリーバッグ、もういいぞ。

効果切れだ。」

「あぁ。ありがとう! これのお陰で助かった!」

「使い捨てだが、数十億する代物だ。

使ってみてお前に怪我なんかされたら、

店に返金を要求する。」

「ちょ! ま! そんなするの!?」

「気にするな。命あっての物種だ。」

「ムリムリムリ! 気になるわっ!」


 俺は笑いながら校門へ近寄っていく。

見えない壁の向こうには報道陣や自衛隊、

召集されたとおぼしきハンター達がいて、

こちらを見ている。


「さて、やれるだけやってみようか。」

「え?」

「藤堂、お前これで終わりだと?

まだ閉じ込められてんだぞ。」


 俺は藤堂と生き残った生徒へ

校門から離れるように伝える。

皆素直に指示にしたがってくれたので、驚いた。


「ばぁか。恩人の言うことは誰でも聞くって。」


 藤堂はそう言う。

ガーネットもそうだったから、そうなのか。

 全員が離れ、俺だけ校門の前に立つ。

大きく息を吸い込み、吐き出した。

もう一度、スライムヘルムを被る。


「ガーネット、パワーバフをもう一度頼む。」

「承知しました。」

「いつもありがとう。

追加で申し訳ないが、

この壁みたいなのは鑑定できるか?」

「何度か試しましたが、できませんでした。」

「わかった。

じゃ、全力で殴ってみるから、

もし壁に穴が空いたら追加で頼みたい。」

「穴が空いたら、ですか?」


 俺はガーネットに指示をして、構える。

俺の正拳突きの構えを見た壁の向こう側の人々は、

慌てて校門の前から離れていく。

触手スーツを展開した。

 今度は右腕に触腕二本を這わせる。

右腕が左と比べて太く、大きくなる。

ちなみに、試しているときに

ダンジョンの壁が吹き飛んで大穴が空いた。

誰も通らないスライム階の端の部屋なので、

多分バレていない。


 左腕を引く。

右腕を捻りつつ突き出す。

右の拳が空を裂く。

拳を中心にソニックブームが起きる。

先程とは違い、今度はちゃんと拳が対象に突き刺さる。


 閃光、轟音。

そして、衝撃が襲いかかってきた。

一瞬何が起きたかわからない。

自身の無事を確認できたので、

辺りを見回すが土煙でなにも見えない。

 そこに狙ったように突風が吹いた。

風が土煙を全て払い除けると、

目の前の景色に無数のヒビが入っている。


 見えない壁にヒビが入った。

俺は壁に近寄り、ヒビの辺りを軽く小突いた。

ガラスが割れる音がして、

ヒビを中心に大きな穴が空いた。

 俺はゆっくり警戒しながら穴をくぐる。

無事、外へ出れた。

同じようにゆっくり戻る。

校門の中に戻れた。


「よし。全員、脱出。

走るな、押すな。慌てるな!」


 俺がそう言うと、

放心していたい生き残り達が

一斉に校門へ向かって歩いて来る。

俺の指示通り走らず、押さず、

落ち着いているように見える。

 校門へ到着した順番に穴から外へ出ていった。

外では救急隊員が待機していたようで、

脱出した生徒らは救急隊員に保護されている。

 俺は触手スーツを収納し、

穴の脇に立って皆を誘導する。

そこに藤堂が駆け寄ってきた。


「櫻葉! すげぇな!」

「藤堂、お前も出ろ。」

「俺は最後にお前と出るよ。

それが一番安全だ。」

「なるほど。」

「いや、お前! 腕!」


 俺の右腕は、防具こそ無傷だが

グシャグシャにひしゃげて折れ曲がっていた。

これはガーネットに事前に依頼していた幻覚だ。

 もう一度同じことをしろ、と言われたくないので、

これで腕がダメになりました、と

主張できるように怪我の幻覚を見せている。


「ダンジョン災害だぞ。

腕力で突き破って、身体が無事で済むかよ。」

「お前、早く出ろよ! 救急車!」

「バカ。ハンターが医者に行ったら殺されんだよ。」

「畜生! そうだった!」


 とうとう最後の二人になった。

俺が出ようとすると、

藤堂が左側に回って肩を貸してくれた。

俺たちは穴を潜って外へ出る。

ガーネットは俺以外には見えないが、

幻覚を見せるため俺の右脇にいて

一緒に出てきた。

 俺たちは念のため、振り返って校門を見た。

残っている人間はいない。


 どん!、と突然大きな音が鳴り響く。


 俺は身構えたが、

身体や近くではなにも起きていない。

校門をもう一度見ると、

さっきまであった穴が跡形もなくなっていた。

案外ギリギリだったのかもしれない。


「終わった……のか?」

「まだだ。

いや、こっからの方がべらぼうに面倒くさい。」


 俺がそう言いきるかどうかぐらいで、

周囲から破裂したように歓声が上がる。

 すぐさまマスコミが俺たちの周囲に駆け寄ってきた。

思わず俺の眉間にシワが寄る。

藤堂を見ると、こちらもうんざりした顔だ。

 フラッシュの閃光。

怒号と言っても差し支えないくらい、

質問がぶつけられる。

 ここにいる人々の顔は、

新しいおもちゃを見つけた子供の顔をしている。

報道の矜持なんて、ここには存在しない。

 前にも見たことがある。

アイツらを殴ったあともこんな感じだった。

でも、すぐに。


 大音量のクラクションが鳴り響き、

白いハイエースが人混みを突っ切ってそばまで来た。


 周囲は騒然とするが、

運転席から出てきた男を見たとたん

水を打ったように静かになった。

 パリッとしたスーツの胸元には弁護士バッチ。

長身、痩身。

蓄えた顎髭を撫でながら、こちらに歩いてくる。

あの時も助けてくれた大人だ。


「遅いですよ、藤堂弁護士。」

「父さん、そのかっこつけた歩き方やめてくれよ。」


 オールバックにした髪を整えながら、

おじさんは笑う。


「はい、そこまでー。

皆様、はじめまして。

顧問弁護士の藤堂と申します。

櫻葉ハンターと息子の健治への取材は

一切お断りします。

生放送? 知りません。

放送したら、訴訟を起こします。

何かご主張があれば、

こちらまでお問い合わせください。」


 そう言いながら懐から取り出した名刺の束を、

手品のトランプのように撒き散らして歩くおじさん。

これがしたいが為に

名刺の紙は高級なトランプと同じにしたそうだ。

 マスコミは一斉にカメラを下げて地面だけを写す。

マスコミ相手の訴訟も数多くこなしているおじさんは、

昔の俺の件もあっという間に沈めている。


「……彼は怪我をされている。

こちらで保護させていただく。」


 救急隊員を連れたスーツの男がそう言いながら近寄ってきた。


「これはこれは、どちらのどなたでしょうか?

こちらは身分も本名も明かしているのに、

名乗りもせずご苦労様です。

後、この辺の病院のハンター死亡率は八割五分。

そんなとこに彼を連れていけるわけないでしょう?」


 おじさんは一息で言いきった。

多分スーツの男は警察官か政府関係者だろう。

それでも怯まず、

察していても分からないと明言する辺り、

駆け引きと言うより嫌がらせかもしれない。


「……私は防衛省所属、

異界探索者管理委員の板垣です。」


 異界探索者は、ハンターのことだ。

全国にあるダンジョンの監視とハンターを管理する政府機関だとされているが、

本来の仕事は“勇者”の再臨を防ぐことだとみられる。

 なるほど、俺は国に目をつけられたのか。

助かるためとは言え、一切の自重をせず暴れた結果だ。

ガーネットも姿こそ見えてないだろうが、

手を出していたし。

 何より“世界初”のダンジョン災害からの生存だ。

世界中が注目しているのは間違いない。


「彼らから事情聴取する必要があります。

どうか、一緒に来ていただきたい。

もちろん、怪我の治療も命の保証もいたします。」

「死亡率九割。

生き残った者ももれなく廃人になるハンターの治験を

斡旋している機関が命の保証?

信用なんて、土台無理な話だ。」

「……これは、治験とは違います。」

「であれば、依頼ですらない。

断ってもなんのペナルティもないはずだ。

なので、お断りします。

二人とも、車に乗ってくれ。」


 俺たちはおじさんの言う通り、

ハイエースに向かう。

スーツの男が抗議しているが、

おじさんは演技がかった仕草をしながら

その全てをいなす。

 車の後部座席に乗り込むと、

俺の膝にガーネットが座った。

初めての自動車に目を輝かせている。

すぐにおじさんも車に乗り込んできた。


「とりあえず、涼治君の家に向かおう。

涼治君、前お世話になったって言う

闇医者に連絡ってできる?」


 おじさんは車を発信させながらそう言った。


「前お世話に?

お前、怪我したのか?」

「数日前にも死にかけたらしい。

今日やっと療養が終わって、

ダンジョンに戻ろうってときに災害とは。

涼治君はついてるねぇ。」

「大暴れできてスッキリしましたが、

さっきので帳消しにされました。

最悪の気分です。」

「櫻葉、おまっ。大丈夫かよ!?」

「大丈夫。

とりあえず、二人とも落ち着いて、

顔色を変えないように心がけて。」


 俺がそう言うと二人は頷く。


「ガーネット、二人にも姿を見せてくれ。」

「はい、アルジ様。」


 ガーネットはそう言って手を叩く。

突然俺の膝の上にローブ姿のガーネットが現れ、

二人は驚くが顔色は変えないようにしてくれた。


「おじさんには以前話したと思いますが、

ゴブリンに襲われていたゴブリンを助けたって、

覚えてますか?」

「……覚えている。

それが、その膝の上の?」

「はい。

言ってませんでしたが、

彼女は今俺のパーティーメンバーとして

こうやって姿を消して助けてくれています。

彼女のスキルで幻覚を見せることで、

彼女自身の姿も見えないようにしています。」


 ガーネットはフードで顔を覆っているが、

自慢げに鼻を鳴らした。


「幻覚……。

さっきの学校の時もか?」

「校門で避難していたヤツらが怪我しないよう、

校門を守っていたのも彼女だ。」

「アイテムって嘘だったのかよ。

でも、ありがとう。」

「いいえ。

アルジ様の恩人は、

私の恩人でもあります。

お助けするのは当然です。」


 おじさんはミラー越しにガーネットをみやる。


「ずいぶん流暢に離すんだね。

子ども、ではないんだね。

身体が小さいだけ、なのか。

種族的なものかな?

興味がつきないね。」

「弁護士さんはすごいですね。

お口から生まれたのですか?

私もあの話術に興味があります。」

「はっはっはっ。言うねぇ。」

「二人とも、話を戻します。

彼女の幻覚は、自分以外にもかけられます。

ガーネット、右腕のも二人にだけ見せてくれ。」


 ガーネットが手を打つと、

右腕の怪我が消える。


「……なるほど。幻覚か。」

「右腕は無事です。

疲れたし、身体は痛みますが

急を要するほどじゃない。」

「なんで怪我の幻なんてしてんだよ?」

「わかるよ。

“もう一度ダンジョン災害に挑め”と、

言われたらたまらないよね。」


 藤堂がなるほど、と呟いた。

ガーネットはまた幻覚で右腕を怪我したように見せる。


「事務所に問い合わせられても、

怪我の後遺症でもう同じことはできない、って

答えておくね。」

「察していただき、ありがとうございます。

なので、

そろそろまともに報酬を受け取ってくださいよ。」

「何を言うんだ。

君は息子の命の恩人だ。

ダンジョン災害での死亡率は100パーセント。

今日初めて、君たちを含めた数十人が生還した。

奇跡のような偉業だよ。

本当に、ありがとう。」

「それを言うなら、私も被害者なんで、

チャラですよ。」


 おじさんはそれを聞いても笑うだけだった。

俺は絶対金を払ってやろうと思う。

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