第11話 生活の崩壊
騒然とする教室。
窓ガラスが一部われて、ヒビが入っている。
俺はまず自分の現状を確認した。
怪我はない。意識もはっきりしている。
念話でガーネットへ
緊急事態のため待機するよう指示を出した。
すぐに肯定のハンドクラップが聞こえる。
「藤堂、無事か?」
「あぁ。なんだ、これ。地震?」
俺は嫌な予感がしたので、窓辺へ近寄る。
そこからは校門が見えた。
校門に人が集まっている。
門は開いているのにも関わらず、
集まる人々の誰も門から外に出ることができていなかった。
俺は舌打ちをして服を脱ぐ。
「櫻葉。なんで脱いでんだよ?」
「急いで装備に着替える。ダンジョン災害だ。」
「はぁあ!? ダンジョン災害!?」
藤堂の声で周囲が騒がしくなる。
それを無視して俺はキャリーバッグから取り出した
いつもの装備に身を包んだ。
スライムヘルムはポケットにいれて、
ライダースーツの袖に腕は通さずにおく。
「ダンジョン災害って、この後どうなるんだよ!?」
「詳しい情報はないが、
とにかく中に取り込まれた生き物は死ぬ。」
「死ぬって……。嘘だろ!? なんで!?」
「ケースバイケースだ。
突然どこからともなく水が溢れて、
中の人が溺れ死んだり。
突然中にいた人が苦しみだして死んだり。
ただ、一番多いのが……。」
俺が言いきる前に、轟音と振動が襲いかかった。
俺はもう一度窓から音のした方を見る。
校舎の中央辺りがえぐれて崩れていた。
「一番多いケースは、
どこからかモンスターが現れて
生き物を皆殺しにする。」
校舎の瓦礫から大きな虫が這い出してきた。
カブトムシのメスやカナブンに似た甲虫を、
軽トラくらいの大きさにしたものだ。
そいつらはいつの間にか空中に数匹飛んでいた。
すると、次々に校舎に向かって虫達は飛んでいき、
砲弾のように体当たりしている。
音と揺れはそこから来ていた。
「……ガーネット。
召喚するから、自分の姿を見えないようにしてくれ。
“召喚”。」
小声で俺はそう呟いた。
ガーネットは指示通り、姿を消して召喚される。
俺には見えているが、藤堂や周りには見えていない。
「パワーバフを頼む。」
「承知しました。」
ガーネットは詠唱も動作もなくバフを俺にかける。
身体中に力が満ちていく。
「櫻葉、お前、何する気だよ!?」
「ハンターがモンスターになにするか、
なんて聞くだけ野暮だろう。」
教室内に悲鳴が響く。
俺が窓を見ると、
甲虫が一匹こちらに向かって来ていた。
俺は窓際に近寄り、
甲虫が来るのに合わせて窓ごと殴り付けた。
窓ガラスやサッシと一緒に
鉄筋コンクリートの壁が外へ向かって吹き飛ぶ。
俺の拳に触れた虫は、
スイカを床に落としたような音をたてて爆ぜる。
虫の死骸は校庭にぼとぼとと落ちていった。
俺は触手の補助なしで討伐できたので、
問題は数と飛行だと思考を巡らせる。
気づくと、教室の中にいた誰もが口を開けていた。
藤堂も、唖然としている。
「藤堂、校門まで逃げるぞ。」
「……あ。え?!」
俺は藤堂を抱えてキャリーバッグをひっ掴み、
壊れた窓辺に向かう。
「ちょ! おま! ここ三階!」
叫ぶ藤堂をしり目に俺は飛び降りる。
ガーネットもそれについてきた。
ガーネットは飛行魔法で飛んでいる。
俺は着地に合わせて地面を踏みつけ、膝で勢いを殺す。
俺たちはそのまま校門へ駆け寄る。
門に集まっていた生徒らは
そこにある見えない壁を叩いたりしている。
俺も見えない壁に触れてみた。
本当になにも見えない。
見えないが、壁があった。
手触りは鉄のような感じだ。
俺は放心している藤堂を降ろして、
呼び掛ける。
「藤堂? 大丈夫か?」
「え? あ?
うぉ! お前! 飛び降りるなんて!」
「正気に戻ったところ、申し訳ないが、
ここからは気絶しないように気を付けろ。
怪我人がここに来ると思う。」
「え。あ。お、おう。」
藤堂は血を見ると気を失う。
今それは不味い。
少し考えていた嘘を試す日が来るとは。
「藤堂、キャリーバッグを持て。
ここで待っててくれ。」
「櫻葉は、どうすんだよ?」
「俺は害虫駆除だ。」
「あんなの、どうにかできんのか?」
「一匹潰したろ。
ほら、そのせいで他の虫が攻撃を止めて、
こっちを見てる。」
俺が指差した先には、
さっきより数が増えた甲虫が飛び回っている。
彼らは一様にこちらを見ていた。
「藤堂。キャリーバッグを離すな。
絶対だ。」
「なんで?!」
「このキャリーバッグには、
一時的にモンスターが近寄れなくなる
ドロップアイテムが仕込んである。
ここは既にダンジョンになってるから、
置いてるとダンジョンに飲まれてアイテムが消える。
誰かが持ってないと効果がないんだ。」
「わ、わかった!」
藤堂は俺のキャリーバッグを持った。
「周りにいるヤツも聞いてくれ。
このアイテムは大体二十メートルくらいまで、
モンスターが近寄れない。
藤堂を囲うように集まってくれ。
ただし、藤堂からバックを離すな。
離れると効果がなくなる。
後、藤堂が死んでも効果がなくなる。
気をつけてくれ。
最後に、これの効果時間は三十分位だ。
それまではじっとしててくれ。」
校舎から逃げてきていた二十人弱は、
俺の説明を聞いて藤堂に近寄る。
俺は藤堂から離れて校舎へ歩きだした。
ポケットからスライムヘルムを取り出しながら。
「櫻葉!」
「大丈夫。すぐ終わらせる。」
そう言いながら、俺はヘルムを被った。
ぷるん、と頭を覆い尽くすスライム。
同時に触手スーツも展開する。
校庭に巨人が現れて、辺りが騒然とする。
二匹の甲虫がこちらに向かって突進を開始した。
「ガーネット、スピードバフに切り替えてくれ。」
「承知しました。
校門に向かう個体はどうしましょう?」
会話の最中も甲虫が向かってきた。
バフで少し遅くなった世界。
向かってきた個体を回避し、両手かぎ突きを叩き込む。
もう一体は真っ正面からアッパーで上へかち上げる。
スイカを潰すような音が遅れて聞こえた。
周囲に青臭い臭いが立ち込める。
「藤堂は俺の恩人なんだ。
校門に近寄るモンスターがいたら、
藤堂は助けてくれ。」
「承知しました。
アルジ様の恩人は私の恩人です。
お任せください。」
ガーネットはそう言って、笑って校門に飛んでいく。
「さぁ、かかってこい。」
俺はそう言って宙を舞う虫の群れを睨み付けた。
甲虫は羽を覆う甲殻があるため、
頑丈だが飛行の精度はかなり落ちる。
蜂や蚊なんかに比べると、
急旋回や空中での急停止、滞空ができない。
また、羽の作り上一度着陸してしまうと、
羽を甲殻に仕舞う必要がある。
そうなると、飛び直すのに少し隙が生まれる。
見ている限り、
校舎に突進した個体は少し歩いて飛び直していた。
カブトムシのように、歩行速度はかなり遅かった。
俺は今潰した二匹の死体の側で待機する。
真上から二匹飛んできた。
俺は落ち着いて回避し、
着陸したところで腹を殴りつけた。
死体が増えるほど、俺に有利になっていく。
予想通り、虫達は着陸したがらない。
また、同族の死体には体当たりしない。
恐らく、お互いに甲殻が固いので、
突進すると自爆ダメージがあるのだろう。
甲虫はいつの間にかすごい数飛び回っていた。
俺は死体や校舎の瓦礫の影に陣取る。
突進してきた個体を避けて、着陸したところを潰す。
鉄筋コンクリートを突き破る程甲殻は固いが、
身体の構造は虫だった。
昔に理科の授業で習った通り、
頭、胸、腹の三つに分かれている。
その間に繋ぎ目があるので、
そこを狙って拳を叩き込んだ。
最初に潰した個体で分かったが、
この甲殻なら真正面から殴って潰せる。
ただ、相手が大人数な為、極力消耗は避けたい。
いつかのゴブリンの大群に比べれば、
どうと言う数ではない。
落ち着いて、潰していく。
ゴブリンの大群のときは、
必死で意識も曖昧になってしまった。
今は違う。
しっかり前を見て、敵を殺す。
そうだ。俺が求めいたのはこれだ。
スライムヘルムで見えないが、
多分俺は笑っている。
気づけば、
足の踏み場が見当たらないほど死体が転がっていた。
真夏の畑の中ような臭いが周囲に立ち込めている。
カメムシよりはまだましかな、と
思いながら着々と仕留めていく。
いつの間にか、羽音が聞こえなくなった。
見回すと、甲虫の姿がどこにもない。
ここだと思った俺は、
ウエストバックからゼリー飲料を二つ取し飲み干した。
空になったパックを地面へ投げ捨て、
警戒レベルをあげる。
こんなものか?
本当に、こんなものなのか?
そう思った刹那、新たな羽音が耳に飛び込んだ。
見上げると、新たな虫がどこからともなく現れる。
「はっはっはっ。これは、これは。」
俺は思わず声を出して笑った。
「あぁ、そうだな。
第二ラウンドといこうか。」
空を覆うように飛び交う、
巨大なトンボの群れが俺を見下ろしている。
さっきの甲虫より二まわりは大きい。
ただ、身体の構造上殆ど羽だ。
その代わり、さっきと違い飛行速度も制度も段違い。
更に、トンボは獰猛な肉食昆虫。
そのため、足は獲物を捕らえてつかむことができる。
また、複眼は動くものをコマ送りにしてとらえるので、
見つけた獲物を逃がさない。
想定される行動パターンは、
空中からのヒット・アンド・アウェイ。
数は先程より少ないが、厄介なことこの上ない。
飛べない俺はつまみ上げられて、
空中で投げ捨てられるだけで甚大なダメージだ。
「ガーネット、
ボックスからガントレットを出してくれ。」
「承知しました。
バフをかけ直しているので、いつでもどうぞ。」
俺の頭上になんの前触れもなく
大きいガントレットが現れた。
俺は慣れた手付きでそれを空中で掴み、副腕にはめる。
腰から一対の副腕を伸ばす。
なんとなく、校門の方から息を飲む気配がする。
まぁ、そうだな。
控えめに言って、
モンスターがモンスターを殺している様に
見えているのだろう。
思わず自虐的に笑う。
どうと言うことはない。
いつものことだ。
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