閑話“悔恨”
「いってくるよ、ミミコ君。」
「はい、いってらっしゃい、あなた。
健治によろしくね。」
「すぐ終わる予定だから、健治には会えないよ。」
妻にそう言って私は自分の事務所を出た。
車は側のガレージにある。
涼治君が面倒事に巻き込まれるのは、
その体躯も含めて目立つからだろうな。
私はそれでも彼の側に立つつもりだ。
果たせなかった、幼馴染みとの約束のため。
自分勝手な償いだと自覚している。
だが、それでも涼治君が頼ってくれるなら。
それなら、私は行くとも。
例え、地獄だろうが。
偉ぶってる閻魔大王相手に颯爽と弁護して見せるとも。
「藤堂、そっちが先だったか!
おめでとう! 嫁さんはどうだ?
元気か。よかった。」
健治が生まれて数分で、櫻葉から電話があった。
普段大きな声を出さない彼が、
その時だけは受話器がわれそうなほどの
大声だったのを今でも思い出す。
「ケンジ?
いい名前にしたな。
じゃ、一文字くれよ。」
二月後に生まれた彼の名は“涼治”だった。
「お互い、ここからが大変になる。
何かあったら、言ってくれ。」
「はっはっはっ。
それはこっちの台詞だ。
弁護料は格安にしとくよ。」
私たちは3人とも幼馴染みだ。
小学校の頃は、櫻葉と彼女を取り合った。
それもいい思い出だと思っていた。
正直、弁護士を目指した高校の頃から
二人と疎遠になっていた。
中学時分は気にならなかったが、
大学受験が終わってから3人で話したときに
彼女に違和感があったのを覚えている。
何があったかわからない。
もう調べることもできない。
大学から司法試験にかけては、
大学受験より必死に勉強した。
時々3人で会うのが楽しみだった。
彼女の違和感が強くなっていたことに、目を背けて。
「結婚する。」
私が司法試験に合格し、
ロースクールに通っていると
櫻葉から電話が掛かってきた。
二人が付き合っているのは知っていたので、
この報告はとても嬉しかった。
ただ、その頃から彼女と話すことがなくなっていた。
そして、私も大学時代から付き合っていた
ミミコ君と結婚した。
そして、櫻葉が死んだ。
想像以上にダメージが大きかった。
私は逃げるように仕事に取り組んだ。
家庭を省みるよう妻に叱られるも、
止めることができなかった。
そのお陰か、
仕事は軌道に乗り名も通るようになっていた。
「櫻葉が……。櫻葉が……、大変なんだ!」
息子のこの言葉で、私はやっと正気を取り戻す。
全く見えていなかった。
気づかなかった。
聞いていなかった。
次の日に涼治君を見た私は、
その場で自分自身をぶん殴りたくなった。
痩せ細り、皮と骨しかない身体。
髪の毛は痛み、ボロボロ。
身体中傷だらけで、
目だけはギラギラと怪しく光っていた。
そんな彼を周囲の大人は見て見ぬふりをしている。
「お互い、何かあったら言ってくれ。」
その約束を忘れていた。
弁護士の私が約束を守っていなかった。
怒りに任せて、全てを焼け野原にする勢いで、
私は行動をした。
いつのまにか再婚していた二人を社会的に抹殺した。
見て見ぬふりをしていた大人達も同様に潰した。
腰が重い行政のケツをひっぱたいて、彼を助けた。
理由なんて知ったことかと。
お前らは外道だと、問答無用で。
幼馴染みを攻撃した。
自分を棚に上げて。
それが、不味かった。
金も地位も何もかも失った二人が凶行に走った。
狙いは私の子ども、健治だった。
実はあの日あの時、
一番最初に現場にたどり着いた大人は私だった。
私は息子の健治を襲うあの男を見た。
それを庇った涼治君を見た。
だが、私が駆け寄ったのは健治だった。
涼治君の骨しかない腕は
男の顔が陥没するほど振り下ろされる。
何度も、何度も。
そして、……。
「櫻葉!」
息子の声が私の腕の中から聞こえる。
私は何もできなかった。
幼馴染みが、見たことがない顔で、
自分の子供に刃を突き立てた。
自分の中の彼女と、目の前の彼女が一致しなかった。
止める間もなく、彼女も男と同じ顛末をたどる。
助けて、と叫び声を上げる母親を、
無機質な顔で殴り続ける子ども。
警察はその後到着して、彼を止めた。
私が止めるべきだった。
いや、私が助けるべきだった。
やっぱり私は、約束を守れなかった。
涼治君を保護してからわかったことだが、
彼は櫻葉の子どもではなかった。
彼女の子どもだが、父親は不明。
殴られた養父ともDNAは一致しなかった。
保護された彼はどんどん大きくなった。
骨と皮だった頃が信じられないくらいに。
顔は櫻葉のそれと似ていない。
でも、雰囲気や話し方は櫻葉だった。
事件の処理のため、彼女に会いに行った。
正気を失っていた彼女は、
白馬に乗った王子さまが自分を助けに来る、と
言い続けているそうだ。
そして、その王子さま私だ、と。
私は帰りの駅のトイレで吐いた。
一時間近く吐いていたので、
駅員に救急車を呼ばれかけた。
「君には幸せになってもらいたい。
君の父さんの分も、幸せになってほしい。」
涼治君へ言ったこの言葉は本心だ。
何も見ず、聞かず、言わず。
己の夢だけを追い続け、親友達を見捨てた。
そんな私が、
息子の命の恩人にできることはすべてやる。
親友達の子どもである彼を、絶対に幸せにする。
そのために私は涼治君を敢えて引き取らなかった。
彼の夢がハンターだと知っていたからだ。
私の立ち位置は彼の後ろじゃない。
私の立ち位置は彼の隣だ。
軽快に車を走らせる。
学校はもうすぐだ。
ミミコ君と今度お誕生日祝いも兼ねて
涼治君をささやかなパーティーに呼ぼうと
相談している。
また彼のことだ。
どうにか札束を私に渡そうとするだろう。
ふっふっふっ。
絶対受け取ってやるものか。
君の依頼には最安値で、と決めているのだから。
学校が見えたとき、
閃光、轟音、振動が襲いかかる。
車をなんとか路肩に停止させ、
私は車から飛び出した。
周囲は騒然としている。
地震ではない。
まるで空から大きなものが落ちてきたようだった。
ふと、学校へ視線を移す。
私の目に入ってきたものは、
知識としては知っていたが
生まれて初めて見た光景だった。
「ダンジョン災害……。」
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