第6話 追い詰められた生活

 いつもの時間に目覚めることができた。

だか、身体の痛みがひかない。

俺は寝転んだまま身体をよじってみた。

動くことはできるがあちこち痛む。

 今日も布団から這い出る。

とりあえず、居間へ行く。

ガーネットはまだ眠っていた。

あのべらぼうな学習速度は

彼女の言う通りスキル“賢者”によるものだろう。

そして、そのスキルの使用に対する代償がこの睡眠時間だと考えるのが妥当か。

 俺は台所へいき水を飲んでトイレへ入る。

布団を畳んで、ヨガマットを敷く。

寝間着姿のまま軽くストレッチしてみた。

やはり痛む。

顔をしかめてしまう程痛い。

 無理せず動かせるだけ動く。

筋肉と関節、骨を意識して可能な限りゆっくり動く。

イメージはスローモーション映像だ。

 身体が温まったら、シャワーを浴びる。

洗いながらキズを確認した。

青アザが昨日より目立つ。

太もものアザは青より黒っぽく見えてきた。

 やっぱりまずいな。

ハンターは身体が資本だ。

怪我はまずい。べらぼうにまずい。

控えめに言ってピンチだ。

 とりあえず昨日藤堂のおじさんに話した通り、

魔石の換金をしてモグリ医を探そう。

なんとか二ヶ月くらい休んでも問題ないくらいの稼ぎはある。

 シャワーを終え、体を拭いて服を着た。

ガーネットが起きているか居間をもう一度覗く。

まだ眠っているようだ。

昨日の夕方からなので、

12時間は眠ったままだった。


 俺は朝食を用意するため台所へ移動した。

ガーネットが昨日のおやつ以降何も食べてないので、

食事を用意してから起こすことにした。

 今日も消化に良いものを用意しよう。

俺は鍋に昨日の夕飯の残りの米をいれた。

ガーネットが起きても良いように、

昨日の夕飯の米は多めに炊いていた。

 冷蔵庫から昆布や煮干し、鰹節を水に浸けて出した

出汁を用意する。

野菜も根菜を中心に取り出した。

 おじやを作る。

雑炊でもいいのだが、

単に米を洗うのが面倒だった。

 くつくつ煮えてきた所に、

ガーネットが居間から駆け寄ってくる。

 彼女に着せたシャツは既にヨレヨレになっており、

何回も着て洗濯したようになっている。

豊満な谷間が露になって、山の頂が透けて見える。

心頭滅却。

……早く服を用意しないと。


「おはよう、ガーネット。」

「お、おはようございます。

あの! 昨日は眠ってしまって申し訳ありません。

それについてもですが、

時間がないので手短にお話ししたいと思います。」

「朝食ができたから、食べながらでいいか?」

「はい!」


 ガーネットは頷いて手をたたく。

器におじやを盛り付け、居間へ運ぶ。

ガーネットの分も用意して、スプーンを出した。


「あの、私も食べていいのでしょうか?」

「おあがり。

おかわりはもうないが、ちゃんと食べろ。」


 ガーネットにスプーンの使い方を教えてから、

食事にする。

ガーネットが急いで口へ放り込むが、

熱かったようで悶えている。

 俺が水を差し出し、飲ませた。


「んぐ……んぐ……。

ふぁ。すみません。

ありがとうございます。」

「そんなに時間がないのか?」

「はい。

私のスキル“賢者”は常時起動(パッシブ)です。

私が起きている間、ずっと“魔力”を消費します。

“魔力”は食事や睡眠で回復しますが、

限界まで使うと昨日のように昏倒して、

何時間も眠ってしまいます。

こうしてお話ししている間も

どんどん魔力がなくなるので、

早くお話ししたいです。」

「わかった。

色々疑問があるが、とにかく話を聞こう。」


 もう完全に一人の人間と同じように話ができる彼女を

俺はとにもかくにも受け入れる事にした。

俺は頭を意地で切り替えて、聞く体制になる。


「あ。ですが、ご飯は絶対いただきます。」


 ガーネットはそう宣言して、

またおじやに向かった。

美味しそうに食べてくれるのは嬉しいが、

そんなに急がれるとそれでいいのか心配になる。

 俺は自分のおじやを食べながら、

ガーネットが食べ終えるのを待つ。

そもそもおじやは流動食なので、

熱ささえ突破すればすぐ食べ終えられる。

あっという間に食べ終えたガーネットは

ごちそうさまでした、と言って笑った。


「はい。撫でて貰いたいですが、

今は時間がありません。

お話しを聞いてください!」

「はいはい。

わかったから、落ち着いて話してくれ。」


 ガーネットは笑顔ではい、と応えて手をたたく。


「端的に言います。

アルジ様、私のレベルを早急に上げていただきたい。」

「レベルか。」

「はい。

“賢者”の消費魔力以上に魔力を自然回復できれば、

私がアルジ様のお身体を癒すことができます。」


 “魔力”。

ダンジョンが現れて約五十年。

科学で解析できないそれらを

“魔法によるものだ”、

として魔法の存在を提唱するハンターや科学者が多く存在する。

彼らからすれば、

ハンターのスキルも魔法によるものだとのことだ。

 ただ、それを観測したり実践できた者は

今現在一人もいないとされている。


「レベルアップの当てはある。

ただ、ガーネットはどれくらい活動できる?」

「二時間程度と思ってください。

私のステータスをもう一度見てください。」


 ガーネットがステータスを表示させてこちらへ向けた。

 ステータスには力、耐久、俊敏、知力の四項目がある。

各項目はバー表示で表現されており、

具体的な数値はわからない。

自分は“力”のバーが“俊敏”のバーより長いから、

前衛のタンクをしよう、と言う具合でハンターは目安にしている。

 更にこのバー表示は人によって上限値がちがうので、

自分よりアイツの方が“力”のバーが長いから力で負ける、

とは限らない。

同じバーの長さでも

上限値が“十”と“百”なら十倍数値が異なるからだ。


 ガーネットのステータスを見ると、五項目あった。

五つ目の項目名は“魔力”。

それに驚いたが、

フィジカルに関する二項目が軒並み低いことに目が行く。

比較的長い“耐久”のバーと比べても、

“魔力”と“知力”のバーがべらぼうに長い。

 しかも、“魔力”のバーがみるみる縮んでいる。

これがスキルで消費されていると言うことか。


「“魔力”は総量の約0.5%を何もしなくても自然に回復します。

これが、自然回復量です。

“賢者”によって常時消費されている量より

多く回復できれば、私は“魔法”が使えます。」


 話している間もどんどん減っていく“魔力”の項目。

俺はガーネットのレベルを確認した。

レベル2だった。


「レベル5で新しいスキルか、

“既存のスキルの強化”がされる事があるらしい。

ガーネット、後3つレベルを上げられれば、

また変わるか?」

「申し訳ありません。

私にはスキルの情報があまりないので判断できません。

ただ、後3つレベルがあれば自然回復量が

消費量を超える見込みです。」


 とりあえず俺は、

急ぎ案を構築してガーネットに伝える。


「今日急いでも、運の要素がかなりある。

俺の身体もかなり疲弊してる。

分が悪い賭けになる。

もう少し詳しく聞きたい。」

「魔法には、“回復魔法”があります。

最低でもアルジ様のお身体を完治させて、

疲労を回復させることができます。

元通り、とまではいかないかも知れませんが、

リハビリすればかなり元に近づけると思います。」

「よし。賭けるには十分だ。」


 俺は携帯で特急の予約をする。


「ガーネット、食事でも魔力は回復するんだったな。

ちょっとステータスを出したまま、

何か食べてみてくれ。」

「はい。

甘い味、辛い味の物の方が回復量が多いのですが……。

できれば、甘い味の物のが好きです。

昨日のおやつは、とてもとても美味しかったです!」


 口からよだれを垂らしながら言いきったガーネット。

俺は思わずよだれは早く拭くよう指示する。

ガーネットのよだれを垂らした顔は、

控えめに言ってエロ漫画の一コマだった。

煩悩退散。


ものは試しだ。

ゼリー飲料、プロテインバー、

チョコレートの三つを用意した。

 最初はゼリー飲料だ。

グレープフルーツ味で甘酸っぱいが、

味付けとしては少し薄め。

 ガーネットに食べ方を教えると、

彼女はちゅーっと一気に吸いきった。


「さっぱりしてて、美味しいです。」


 彼女のステータスを見ると

少し魔力が回復したがすぐに減り始める。

 次はチョコレートだ。

板チョコのかけらで、ミルクチョコなのでかなり甘い。

 ガーネットは茶色い見た目に忌避感を訴えたが、

口に入れると目を輝かせた。


「見た目に反した濃厚で、甘くて、とろけて。

すごいです!」


 食レポ上手いな。

とにかく彼女のステータスを見る。

ゼリー飲料と違い、

口にしてすぐは回復しないのかバーは減り続けている。

数分すると大きく回復して、また減り始めた。

魔力は胃袋で吸収しているのか?

 最後はプロテインバー。

チーズ味で、甘味とほんのり酸味がある。

ベイクドチーズケーキのような味で、

俺のお気に入りだ。


「あぁ。これも知らない味です。

すごい複雑。でも、美味しい。

甘いけど後から酸っぱくて。」


 なにかのレビューが始まりそうだな。

聞き流しながらステータスを見ると、

やはりすぐ回復しない。

こちらは十分以上かかってチョコの倍くらい回復した。


「よし。午後にダンジョンアタックを行う。

今三つ食べた感じだと、

チョコの回復量と回復速度が良い感じだ。

チョコを持っていくから、何とか三時間起きててくれ。」

「わかりました。

では、一旦返送してください。

あそこでしばらく眠って、

ギリギリまで魔力を温存します。」

「興味本位で聞くが、

パーソナルスペースはどんなところだ?」

「森の中にある洞窟です。

木の実は取り放題で、泉も近く水にも困りません。

ただ、私以外に動いたりするものがないので、

ちょっと不気味です。」


 衣食住の食と住は確保されているようだ。


「あ、えっと、あのですね!

返送の前に、

昨日のように頭を撫でていただけないでしょうか……?」

「それくらいなら、お安いご用だ。」


 俺はそう言って特になにも考えず

ガーネットの頭を撫でた。

目を細めて喜ぶ彼女の背に

ブンブン振り回される尻尾が幻視できる。

 ガーネットが満足したようなので、

返送した。

時計は七時前。

特急は八時発の電車がとれた。

 俺は急いで用意を始めた。



 プランと呼べる程ではないが、

予定はこう立てた。

まず、魔石をこの前の換金所で売却する。

個数が多いので、かなり時間がかかる見込みだ。

 次に、安い装備を買う。

スライムを効率よく潰して、

銀色のスライムを引きずり出すため、

打撃武器がいい。

ガーネットにはあのドロップしたカミソリを装備して貰う。

 そして、あそこの塔型ダンジョンへ挑む。

あれも一階層目はスライムしかいない。

地図を買って、袋小路や人が通りそうにない通路、

小部屋をしらみ潰しに回れば行ける。

 恐らくだが、近所のダンジョンと同じように

一階層は皆最短ルートだけ通り抜けているはずだ。

それならあの日のように小部屋にスライムが溜まっている。

そこを狙えば色違いが二匹は出る。

後は運だ。

金色が出てしまうとドロップアイテム。

銀色ならレベルアップ。当たりだ。

ガーネットに銀色を仕留めて貰い、

レベルアップさせる。

 ついでにガーネットが倒した場合に

俺のレベルが上がるかどうかも確認できる。

俺のレベルが上がってもいくらか体力が回復する。


 更に俺は次でレベルが5になる。

そうなれば新しいスキルが手に入る可能性がある。

そのスキルが回復系なら、一気に問題が解決する。

 スキルの資料を何度も見ているが、

超希少スキルに“自然回復”と言うものがある。

どんなキズも瞬く間に修復され、

“不死身”と呼ばれたハンターがいたそうだ。

ただ、短時間で何度も回復すると体力がなくなり、

スキル所有者の最後は餓死してしまったと資料にある。

 今はこのスキルが欲しい。

欲しいと言って貰えるものじゃないが、

欲しい。


 電車に揺られて数日ぶりに塔のダンジョンに到着した。

朝早いが、お盆前で込み合っている。

やはり、盆と暮れはお金がかかるからだ。

 俺はまっすぐ換金所へ向かった。

受付で、二袋に分けた魔石を出してこう伝える。


「急ぎませんので、

可能な限り現金で用意いただけますか?

今からダンジョンに潜るので、

受け取りは夕方以降でお願いいたします。」


 受付の男性は微笑みながら応えてくれた。


「承知いたしました。

この時期ですと、

現金をご所望されることが多いので、

お昼過ぎにはお渡し可能かと思います。

受付番号は発行から24時間有効ですので、

ご都合の良いタイミングで受け取りカウンターにお越しください。」


 俺はお礼を言って番号札を受け取った。

ゴブリンの魔石は千個以上あったので、

安く見ても三千万円以上になる。

本当に現金で用意できるのか少し疑問だが、

今はかまってられない。

 次に俺は近くにあったATMで現金を用意し、

武具屋に入った。

ダメになった防具を出して店員へ修復可能か聞いてみる。


「これはひどい……。

完全に壊れています。

修復はできません。

ガントレットも歪んでますし、

ブーツもひしゃげてます。

メーカーに問い合わせても無理でしょう。」


 仕方がないので、

すぐに履けるミリタリーブーツを見つけて購入した。

武器はステータス取得のときも使った石のこん棒を買う。

 そばにある塔のダンジョンの地図も売っていたので購入した。

ざっと見ても小部屋が複数ある。

良いのか悪いのか、いつものダンジョンより広い。

ちなみに、破損した防具は下取りして貰った。

壊れていても買値の五分の一は返ってきたので、

大変ありがたい。


 貸し更衣室で身支度を終えて、

キャリーバッグをロッカーに入れた。

ボロボロのライダースーツを着たスライム頭の大男が更衣室から出てきたためか、周囲から悲鳴が上がった。

警備員が駆け寄ってきたが、

同じように悲鳴を上げて腰を抜かす。

 俺はなにもしてない。

更衣室から出てきただけだ。

小さくため息を付いて、無視することに決めた。

ずんずん歩いてダンジョンに向かう。

入場手続きは終わっているので、

入り口で許可証の磁気カードをゲートにかざした。

 周りが異様に騒いでいるが、気を回す余裕がない。

俺は全身に走る痛みを耐えながら、

努めて冷静にふるまった。



 初めて入る塔のダンジョン。

足元は板の間になっており、

壁は土壁か何かでできていた。

窓があったので外を覗いてみると、

一階層のはずなのに青空が広がっている。

 頭を窓からだしてみると、塔の中腹のようだ。

下は地面が見えないほど高く、上も果てが見えない。

しかも、現在地は雲より高い。

外ごと異空間か。

外に落ちたら命はないだろう

 道幅は一定だが、迷路のようになっている。

ずっと同じ間隔で窓があり、

壁や天井には目印になるようなものがない。

現在地がかなりわかりにくくなっている。

 特に気づきづらいほど緩やかに曲がっている道は

地図がないと現在地を見失いそうになる。


 俺は脇道に入ってガーネットに声をかけた。

すぐに召喚して問題ないと返事が返ってくる。

ガーネットを召喚して、説明しながら準備した。


「今から俺がスライムを潰す。

短時間で大量にスライムを討伐すると、

色違いのスライムが近くに発生する。

色違いは二種類いて、

金色を討伐するとドロップアイテムを落とす。

銀色はレベルが上がる。

ガーネットには、

銀色のスライムを討伐してもらいたい。」

「はい。

このナイフで切り付ければ良いんですね。

ですが、私は……。」

「ガーネットのフィジカルステータスが低いのは気づいてる。

だから、ガーネットにはナイフを振るだけで状態になって貰う。」


 俺は触手を四本伸ばし、

ガーネットの身体に巻き付けた。

イメージはバンジージャンプやスカイダイビングのハーネスだ。

また彼女の身体をまさぐることになるが、

緊急のため仕方ないこととする。

 シャツ越しでも十分な柔らかさが触手を通して伝わってくるが、我慢だ。

ガーネットの身体を触手で持ち上げ、

ゆっくり動かしてみた。

 銀色のスライムを見つけ次第、

ガーネットをスライムへ近づける。

ガーネットがナイフを振る。

このナイフの切れ味なら、

恐らく一振でスライムを仕留められるはずだ。


「お気遣いありがとうございます。

でも、これだとアルジ様の負担が増えるのでは?」

「早くレベルが上がる方がいい。

それに、色違いが出る確率は二分の一。

更に色違いを出すのに

一時間くらい全速力でスライムを潰し続ける必要がある。

その間こうしておけば、ガーネットは安全だし、

銀色が見つかり次第攻撃できる。

色違いが出現していられるのは数分間だから、

速攻勝負だ。」


 問題は他のハンターにガーネットを見られることだが、

運が良いのか人の気配がない。

もし、他のハンターが近づいても触手を引き寄せて

ガーネットを隠せる。


「待機中は俺の左の背中辺りにいてもらうから、

ナイフを俺に当てないようにだけ注意してくれ。」

「はい! わかりました!」


 ガーネットはそう言って手をたたいた。

俺はガーネットを背中に寄せて、

全身に触手を這わせる。

 いつもは強化のための触手装甲だが、

今からは身体を動かすための触手だ。

スライムを探して走り出しながら、

痛みを感じないようどうすれば良いか何度も触手を巻き直す。


 スライムを潰し続けて一時間近くたった。

討伐数は400を超えたので、そろそろ色違いが出現する。

 ただ、以前とはうってかわって、

俺は肩で息をしていた。

あのダメージはやはり軽くなかった。

命懸けだったから当たり前だが、

動いてみて初めて実感した。

 俺は意識を周囲に巡らせる。

銀色が視界に入った。


「ガーネット! 今だ!」


 俺はそう叫んで触手でガーネットを

銀色のスライムに向かわせた。

ガーネットは抜群のタイミングでナイフを振り、

銀色が両断される。

 見る魔に銀色のスライムは消えて、

魔石だけが残った。


「ガーネット、ステータスを確認してくれ。」

「はい! ……すごい。

レベルが一つ上がって3になってます!」


 ついでに俺は自分のステータスを出した。

こちらはレベル4のままだ。

やはり仕留めた者のレベルを上げるらしい。


 ただ、身体が悲鳴を上げていた。

壁に背を預けて床に座る。

ガーネットが心配そうに駆け寄ってきた。


「アルジ様、今日はこれで一旦帰りましょう。」

「はぁ……はぁ……はぁ……。

いや、少しやすんで、もう二匹。

今の内にガーネットも食べておくといい。」


 ウエストバッグから一口チョコを取り出した。

ミルク、ビター、ストロベリー、クランチ、ヌガー、ゴーフルと飽きないよう多種類用意した。

俺が駅の脇のコンビニで買えるだけ買ったものだ。

 ガーネットは言われた通りチョコを食べ始めるが、

俺のそばからは離れない。

彼女は時折心配そうに顔を覗き込んでいる。

 俺はプロテインバーを取り出し、頬張る。

水筒の水を飲み、流し込んだら痛み止を追加する。

絶対数良くないが、今は必要だ。

しかも、朝食が5時頃だったのでもう五時間以上経過している。

今飲んでも問題は小さいはずだ。

 太ももの痛みが強い。

患部が熱を持ってきた。


「アルジ様、私には大丈夫に見えません。

やはり、一度帰って休みましょう?」

「はぁ……はぁ……はぁ……。

いや、時間が経つ程動けなくなる。

はぁ……はぁ……はぁ……。

可能なら今日で終わらせたい。」


 少し前のスライム潰しと大違いだ。

今では1匹でこの有り様だ。

俺は思わず自嘲した。

自業自得の結果だ。

ハンターになったなら、いや、

一人前になったなら、

自分の選択に責任をとらなければ。


「よし。次だ。

ガーネット、魔力が半分以下になったら教えてくれ。

その時点でチョコを追加で食べて貰う。」

「わかりました。

でも、ご無理はなさらぬよう。」


 昨日とは違い、秘書でもできたようなやり取りだ。

さっきと違う自嘲をしてしまう。

これも、自分の選択の結果だな。

一人でない、と言うのも案外悪くない。


 俺は触手を身体に巻き直して立ち上がった。

痛む身体を触手で吊り上げ、

マリオネットの要領で動かしていたが、

これではダメだ。

 もっと動きを意識して、初動は身体で。

触手はそれに追従する形で動かす。

身体も触手もほとんど無意識で動かしていたが、

反復訓練と同じと考えて動かして調節する。

それこそ、立つ、歩く、座る、殴る、全ての動作を

意識して行う。

 イメージは電動自転車だ。

こぎ出しはペダル。それに追従して、モーター。

こん棒を振り上げ、振り下ろす動作も丁寧に速く。

 しかし、疲労と痛みは無視できない。

脂汗が吹き出る。

痛みで節々がちゃんと伸ばせない。

痛む瞬間、全身の筋肉が萎縮する。

俺は奥歯が砕けんばかりに食い縛る。

 少し前までこんなの日常茶飯事だった。

少しばかり健全な生活が続いたらこうなるのか。

自分を叱咤し、骨で身体を動かすコツを思い出す。

そうだった。こうだったな。


「アルジ様!」


 ガーネットの声で現実に戻った。

目の前に銀色のスライムが見えた。

すぐさまガーネットを引き寄せて、送り込む。

 ガーネットはコツをつかんだのか、

迷わず銀色のスライムを両断した。


「やりました!

レベル4に上がっています。

魔力の減る早さがとても遅くなりました!

……アルジ様!?」


 ガーネットの声が遠く聞こえる。

俺はいつの間にか両手両ひざを床に付き、

全身で息をしていた。

 アナの空いたパイプに風が通り抜けるような、

ヒューヒューと言う音と、

壁をたたくようなドンドンと言う音が耳に響く。

どちらも自分の身体から発している音だと少しして気づく。

 視界が霞む。

ガーネットの声が遠く聞こえる。

何とか首を彼女の方へ向けるが、

何を言っているのか今一聞き取れない。


 彼女は突然、

俺のウエストバッグからチョコをあるだけ取り出した。

魔力がギリギリだったのか。

勝手に食べて良いのに、

彼女が何度も謝っているのがかろうじて聞こえた。

 彼女は乱暴にチョコの包みを開いて口一杯に頬張った。

泣きながら次から次に口へ放り込むガーネット。

もっとゆっくりお食べ、と言いたいが声が出ない。

脂汗がボタボタ床に落ちる。

息が、できない。

 ガーネットはチョコを全て食べ終えると、

俺の身体に近寄って、両手をかざした。

何をするのか聞こうとしたとき、

彼女の両手が輝き出す。

光はどんどん強く大きくなり、

俺の身体を包み込む。

 柔らかく、暖かい。

いつか父さんと入った温泉を思い出した。

少しドライブしたときに、

大きなスーパー銭湯に寄るのが決まりなのだが、

その時は偶然温泉があり、入浴券を買って入った。

 気づけば身体の痛みが消えている。

脂汗が止まり、呼吸が楽になった。


「これは……?

ガーネット!?」


 突然倒れたガーネットを抱き止め、

抱き寄せる。

俺はヘルムを脱ぎ、彼女の顔を覗き込んだ。


「ガーネット!どうした!

何をした?!」

「アルジ様……お加減は……?」


 明らかに衰弱しているガーネット。

突然の変化に困惑する。

ふと頭にガーネットの言葉が過る。

“回復魔法”。


「回復魔法と言うのを使ったのか?」

「アルジ様、……申し訳……ありません。

完治は……させられなかった。

もう一つ……レベルがあれば……。」

「喋るな。今ゼリー飲料水を……。」

「いえ、また眠るだけ……です。

はぁ……。よかった……、アルジ様……お元気に……。」

「ガーネット、おい、何で。」

「……アルジ様。

わがままを……一つ聞いてください。」

「何だ? 返送した方がいいか?」

「いえ……。眠るまで、そばに……いてください。

次は……あすには、……起きられるので……。

ご心配は……。」

「分かった。話すな。

そばにいるから、安心してくれ。」


 俺はガーネットを抱き直し、頭を撫でた。

ガーネットは穏やかな顔になり、眠り出す。

流石に安心できない俺は、ガーネットの呼吸を確認した。

本当に眠っているだけだ。

だが、これが普通の睡眠ではないのと理解できた。

代償覚悟で魔法を使うとこうなるのか。

 ただ、どうしてガーネットがこんな無理をしたのか。

俺には理解できない。

契約はしたが、そこまでとは思っていなかった。

 俺はガーネットを抱いたまま、しばらく座っていた。

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