第4話 これまでの生活

 今日もダンジョンへ挑む。

藤堂に話した通り、ゴブリンをターゲットにして行動するようにした。

 ゴブリンはこの洞窟ダンジョンの二階から四階にいるモンスターだ。

緑色の肌、尖った耳と大きく通った鼻。

頭髪は無く、

とても小さな目と顔が裂けたような大きな口がアンバランスで

個人的に見ても世間的に言っても醜悪な顔をしている。

 小鬼とも呼ばれ、背が低くみすぼらしい腰ミノだけを着ている。

人間を見るや否や、奇声をあげて襲い掛かってくる。

 このモンスター、ゲームや漫画では雑魚として扱われることが多いがなかなか油断できない。

まず、武器を持っている。

短い棍棒や錆びまみれのナイフを持っており、

でたらめに振り回して襲いかかってくる。

 リーチは短いが、

なかなかに力があり男性の骨くらいなら容易く折れる。

なお、この武器はゴブリンを倒すと消える。

奪い取っても消える不思議な武器だ。

 そして、最大の難点は知能が高いこと。

小型犬並みの知能があり、群れで行動する。

不意討ち、騙し討ち、単純な連携をする。

 場合によっては命乞いして不意打ち、

死んだふりして魔石を拾っているところを騙し討ちしてくるそうだ。

 また、女性を相手にするときだけの特異行動として、

攻撃後止めをささずに強姦するそうだ。

モンスターがどう繁殖しているのか不明だが、

ゴブリンの被害者女性はその行為の最中に全て死亡している。

 現状ゴブリンは雄のみ観測されている。

腰ミノの隙間から揺れる男性器は戦闘中ハンターの視界に入り、

男女問わず強い不快感があると聞いた。

女性を相手にしたとき、

勃起させた状態で襲い掛かってくる個体も多いと言う。

俺は背が高いためか、

明確に目に入らないので少しありがたい。


 この二日ゴブリンを狩っているが、

入念に止めをさすことと魔石になるまで近寄らないように心がけている。

 スライムと比べると危険も多く、

闘っている感じがある。

魔石も良い値で売れるので収益が見えてきた。

 ゴブリンは奥へ行くほど群が大きくなる。

二階は二匹から四匹程度。三階なら五匹から八匹辺り。

四階に行くと十匹以上の群れで襲ってくる。

 俺は登校日の時のことを思いだし、

勇者症候群にならぬよう自戒しながら二階をまわっている。

ここならまだ地図も精度が高い。

何かあってもすぐにスライム階へ逃げられる。

 耳をそばだて慎重に先へ進む。

洞窟なので足音が響く。

ハンターは靴を履いているが、

ゴブリンは素足なので足音に違いがある。

それを聞き分け、距離を予測して不意打ちを防ぐ。

 近くにゴブリンの足音が聞こえた。

曲がり角の先にいて、

こちらに向かって来ているようだ。

俺は角の死角に身を潜める。

ゴブリンが角を曲がってきたところに拳を叩きつけた。

 何が起きたか理解される前に終わらせる。

不意討ちの極意だ。

慌てふためくゴブリンに対し、

的確に頭を殴り叩きのめす。

一メートル近くある身長差を生かして、

拳や手刀を叩き落とした。

手に固いものを潰す感覚が響く。

 動かなくなったゴブリンから少し距離をとって、

魔石になるまで待つ。

その間も周囲への警戒は緩めない。

スライムと違って死体が大きいからか消えるまで時間がかかる。



 そう言えば魔石を換金した日、

帰宅してからドロップアイテムの紙を確認した。

 不思議なことに紙には文字が書かれている。

“従魔契約書”と記載されているが、

驚いたのは自分の名前がそこに記入されていたことだ。


“契約者は櫻葉 涼治を主とし、

死別するまで心身を主に従属する。”


 この文章が日本語だけでなく、

英語、中国語の簡体字等の別言語でも記載されている。

しかも、見たことがない、

調べてもわからない言語での記載があった。

 字はインクの様なもので書かれているが、

普通のインクとは違い濡れてもにじむことがなく、

消えない。

手元にあった他のペンや油性マジックで何か書き加えることができるか試したが、何も追記できなかった。

 自分の名前が記載されているため、

低い値で売りたくない。

調べたが同じような出品は見つからなかった。

とりあえず、ウエストバッグに入れて常に持ち歩くことにした。

モンスターは問答無用で襲い掛かってくるので、

ハンター相手にこれが使えれば面倒事を簡単に処理できるかもしれない。

使えるかわからないが、試すのはタダだ。

 さらに気になるのは、

この紙の何処にもサインや捺印する欄がないことだ。

裏面は何も書かれていない。

使い方がわからない。



 地面に散らばった魔石を拾って袋へ入れる。

今日はこれで八個。時計は正午を指している。

この二日は、朝から潜って昼過ぎで二十個前後は拾えていた。

今日はそれと比べるとペースが遅い。

もっと遭遇率が高い感じがしたが、触れ幅があるのか。

 まだ余裕があるが、今日は帰ることにする。

ソロハンターの“まだいける”は危ない考えだ。

大人しく引き返すのが吉。

命より高い代償はない。


 懐から地図を取りだし、帰路を確認する。

あまりゴブリンに遭遇していないこともあり、

結構奥まで来てしまっている。

最短距離で帰るルートをとることにした。

 少し進むと、また足音が聞こえる。

立ち止まって聞き耳を立てた。

 今までと違い、足音は一人分だ。

だが、ハンターではない。ゴブリンだ。

裸足で歩幅が短い。

近くにハンターがいて、

群れを攻撃し逃げてきたはぐれのゴブリンか?

しかし、他の足音は聞こえない。

周囲への警戒を怠らず、近づいてくる足音に注意する。

 少し先の曲がり角からこちらへ近づいてきているようだ。

しかも、足音は走っている。

今から角へ近寄って死角から奇襲するのは間に合わないだろう。

 どんどん近づいてくる足音。

しかし、ハンターの足音や気配はない。

近づくゴブリンも相変わらず一つだけ。

別ルートへ行くにせよ、もう少し確認したい。

 角を注視していると、妙なものが飛び出してきた。

ズタボロの布を頭からすっぽりかぶり、

姿がはっきり見えないがおそらくゴブリンだ。

露出している手足は緑色だが、

これらも汚れきっておりかなり汚い緑色だ。

そして、べらぼうに臭い。

そこそこ距離があるが悪臭が鼻をつく。

よろよろとこちらへ向かってきたが、

俺を見て立ち止まった。

 少し悩む素振りを見せたが、こちらへ向かって走り出した。

敵意は感じない。

足がもつれて、息も上がっている。

必死にこちらへ向かってくる。

 攻撃すべきか迷っている内に、

それが俺の足にしがみついた。

しまった!

そう思ったが、ボロ布の隙間から覗くこぼれ落ちそうなほど大きな赤い瞳が俺を射抜く。

 それは、涙ながらに何かを訴えている。

鳥の鳴き声のような言葉が耳に入ってきた。

何を言っているのか、全くわからない。

ただそれが知能を持ち、

必死に意思を伝えようとしているのはわかる。

そして、何を伝えたいのかをわかってしまった。


“助けて。”


 頭ではこれを振り払うよう訴える。

だが、振り払うことはできなかった。

自分にそんな人間性が残っていることに少し驚く。

 膝をおり、可能な限り姿勢を低くして

それと目を合わせた。

ため息をついて、

それの頭と思われる部分を優しく撫でる。


「任せろ。

壁の方へ行って、屈んで待ってろ。」


 耳に飛び込んでくる新たな足音。

聞き間違えることはない。ゴブリンの群れだ。

 ゴブリンがゴブリンに追われているのか。

だが、何故?

理由が想像できない。

何故布を被っているのか。

何故こいつだけこんなに汚れきっているのか。

疑問がいくつもある。

 でも、今問うことはできない。

とりあえず、生き残ろう。

手をたたいて壁際へ向かうボロ布を見送って、

振り返り立ち上がる。

触手を全て解放して、巨体を構築する。

 角を曲がって飛び出してきたゴブリンの群れは、

殺意をたぎらせ、奇声をあげながらこちらへ向かってくる。


 あぁ、これは敵だ。

 敵は、殺す。


 一足飛びで距離をつめる。

両腕を敵へ叩きつけた。

予想だにしない攻撃にゴブリンが一瞬怯むが、

すぐさま手に持った武器をこちらへ向ける。

 飛びかかってくるゴブリン。

それに合わせて、触手を収納し身体を縮める。

空振りした個体へ拳をぶちこむ。

 数が多い相手には、恐怖を植え付けるといい。

ゴブリンの知能が高いからこその弱点だ。

再度身体を巨大化し、あらんかぎりの声量で吠える。

 怯えて身をすくませたゴブリンへ拳を振るう。

死体には近づきたくないため、

地面に落ちた死体は可能な限り拾って投げ捨てる。

死んだふりをしていてもタダじゃ済まないよう、

壁や地面へ向けて投げつける。

 我ながらどちらがモンスターかわからない。

気がつけば、周囲にゴブリンの姿はなくなっていた。

地面に魔石が散らばっている。

 ヘルムをずらし、

ウエストバッグから取り出したゼリー飲料を飲み干した。

魔石を拾ってみると、17個だった。

結構な群で来ていたらしい。

 振り替えると、

言われた通り壁際でボロ布がちいさくなっていた。

ゆっくり近寄り、

また屈んで軽く肩を叩いてこちらを向かせる。


「とりあえず、大丈夫だ。

俺の言ってること、分かるか?」


 そう言いながら、俺はヘルムを脱いで顔を見せる。

顔を見たゴブリンは少し驚いたようなアクションをしている。

 さて、どうしたものか。

このままさよなら、と言うのは胸くそ悪い。

連れ歩くにせよ、モンスターだ。

 ふと、例の紙を思い出した。

ウエストバッグから紙を取り出し、

ゴブリンが見えるように掲げる。


「何て書いてるか、読めるか?

読めたらでいい、

嫌なら別に無視してくれて構わない。

連れていくにせよ、契約している方が安全だと思う。」


 連れ歩く際は隠しながら歩く。

そのまま外に出たとしても、

契約があれば暴れる事はないと思う。

ただ、どうやってばれずに連れていくかは、

考えないといけない。

 俺がそう考えている間、

食い入るように紙を見るゴブリン。

すると、大きく頷いて手を叩いて紙に手を当てた。

 ゴブリンが紙に触れると、突然紙が光出した。

そのまま紙は光の玉になり、ぱかっと二つに割れる。

割れた半球がゴブリンの身体に吸い込まれていった。

もう片方は俺の身体に吸い込まれていく。

 痛みはない。

何が起きたかわからない。

混乱していると、

耳の奥から自動音声の案内のような声が聞こえた。


“従魔契約、完了。

櫻葉 涼治を主とし、

ゴブリン(ノーネーム)が従魔契約しました。

従魔は返送、と唱えると

その従魔のパーソナルスペースへ転送されます。

召喚、と唱えるとパーソナルスペースから

いつでも呼び出すことができます。”


 とっさにステータスを表示させる。

すると、スキルの欄に“従魔(ゴブリン)”と表示されていた。

 ゴブリンを見ると、こちらも混乱している様子だ。


「とりあえず、“返送”してみよう。

パーソナルスペースって言うなら、ここより安全だ。

分かるか?」


 さっきより意志疎通ができているきがする。

ゴブリンも迷わず頷いて、手をたたく。

どうやら肯定的な時は手をたたくらしい。


「“返送”。」


 唱えると、

目の前にいたゴブリンの姿が光に包まれ消えた。

立ち上がり、周囲を見回してみるが何処にもいない。

 どうなったのか考えていると、

頭にさっきのゴブリンの声が響く。

自動音声の案内の時のように、

耳の奥から聞こえるようだ。


「聞こえるか?」


困惑しているように聞こえるので、

こちから声をかけてみると驚いたような声が聞こえた。

すぐに肯定のハンドクラップが耳のなかに響く。


「しばらくそこで隠れてろ。

もっと安全を確保できてから呼ぶから、

ゆっくり休んだ方がいい。」


 そう言うと、またハンドクラップが聞こえた。

とりあえず、連れ帰る目処が立ったと考えよう。

声が聞こえたこととか、スキルのこととか、

このゴブリンのことは一旦保留だ。

ダンジョン内で考えることじゃない。

 まず、ダンジョンの外へ出よう。

少し早歩きに変えて、帰路に戻った。



 周囲を警戒しながら先へ進む。

もう少しで階段につながる大きな道に着くはずだ。

地図を取りだし、確認しながら歩を進める。

 体力的にはまだ余裕があるが、

色々あったせいで気が急いている。

落ち着くよう心がけながら階段へ急ぐ。

 早く帰りたい。

大きな道が見えてきたところで、妙な感じがした。

立ち止まって周囲を見回し、耳をそばだてた。

音はしない。それでも何かおかしい。

 ふと、壁に手を付くと違和感が増した。

揺れている?

膝を折って地面に手を付く。

かすかに揺れているか?

 触手を一本出して、地面へ這わす。

大きな道の方が揺れている。

足音を殺して、大きな道へ出た。

道幅は20メートル以上ある。

天井も同じくらいあり、かなり広い。

 この道を通らないと階段へ戻れないのだが、

揺れは階段がある方からこちらへ近づいているように感じた。

 触手を戻して、

洞窟では使わないと思っていた折り畳みの望遠鏡をウエストバッグから取り出す。

ヘルムを脱いで、

階段の方へ向けて望遠鏡を覗き込んだ。

 ゴブリンだ。

土埃をあげ、地を揺らしこちらへ駆けてくるゴブリンの大群。

道幅いっぱいに緑色の肌が見える。

奥にも居るようで、数は百や二百じゃ済まない。

 舌打ちして、望遠鏡をしまいこんだ。

ヘルムを被って来た道を戻りながら地図を開く。

どおりで遭遇数が少ない訳だ。

二階でこんな大群ができるなんて、聞いたことがない。

映画で見た暴走する牛の大群のように見えた。

 地図を睨みながら打開策を考える。

あの大群をやり過ごさないと、階段へ戻れない。

だが、一人でどうにかできる数じゃない。

こちらの存在を気付かれていないことを祈りながら小走りになる。


 映画……か。

ふと、昔観た古い映画を思い出した。

地図を見ると近くにいい感じの場所がある。

一か八か。

 地図を懐にしまい、目的の場所へ走り出す。

たどり着いた所の道幅は

さっきと違い二メートルあるかないか程度。

天井も三メートルギリギリない位。

そんな細い道が六十メートルほど続いており、

最奥が行き止まりだった。

 身に付けていたバッグや水筒を外し、魔石を入れる大きめの袋につめて行き止まりの壁際に置く。

この袋はダンジョン仕様なので、

短時間ではダンジョンに飲まれない。

 少し離れたところで壁に背を預け座り込む。

今は休めるだけ休む。

気付かれていないなら、ここで少し時間を潰す。

気付かれていたとしたら、ここで迎え撃つ。

 ゴブリンの身体が小柄とはいえ、

これだけ道幅が狭いと取り囲まれることはない。

一度に一匹ないし、二匹だけ相手取ることができる。

 しかも、あの大群がここに来たとしても狭すぎて勢いが削がれ、必ず渋滞する。

死体は後続に踏みつけられ、死んだふりはできない。

 また、数が減れば後続に控えているゴブリンが怯み、

逃げ出すこ可能性が高い。

そうなれば大群を全て相手にしなくて済む。

奥が行き止まりなので、回り込まれる事もない。

 目を閉じてゆっくり意識的に呼吸する。

頭のなかを可能な限り空にする。

一難去ってまた一難。

でも、生き延びよう。

 揺れが少しずつ大きくなってきた。

近くを通りすぎるのか。

はたまた、こちらへ向かっているのか。

判断が難しいが、とにかく休むことに注力する。

 ここに陣取ったのは正直背水の陣だ。

狭すぎて巨大化できない。

両腕を振る幅も狭まる。

だが、大群を全て相手にできるわけない。

 俺は物語の主人公でも、ヒーローでもない。

ただのハンターだ。



 揺れが大きくなってきた。

目を開けて来た道に視線をやると、

緑色と土埃がかすかに見える。

 来たか。

大きな道のところで見つかっていたらしい。

立ち上がり、触手を身体に這わす。

 道幅が細くなるにつれ、

ゴブリンの進行速度が遅くなり渋滞が起こり出す。

先頭が見えてきた。

持っている棍棒やナイフの分幅をとるためか、

一匹ずつ位でこちらへ向かってきた。

 俺は両手の拳を顎の近くで軽く握り、

脇を軽く締める。

かかとを軽くあげて、親指の付け根より少しした辺りで地面を蹴る。

重心は上下に揺らさず、

コンパクトに動くことを意識する。

ボクシングスタイルだ。

 一匹につき、ワン·ツーの二撃で仕留める。

可能な限り回避。

ガードは足が止まるので、したくない。

 ゴブリンの声が聞こえてきた。

大きく息を吐き、吸い込み直す。

よし、殺す。

俺は大声で吠えた。


「一ぉつっ!」


 近づいてきたゴブリンの棍棒をかわし、

頭を殴り潰す。

テンポよくワン·ツーと拳を繰り出す。

 狙いは頭、顔。

椀子蕎麦どころか工場のレーン作業のように

続々とこちらへ押し掛けてくるゴブリン。

なるべく終わりを見ず、手前の敵を確実に仕止める。

 長い戦いになる。

拳を握って、気を引き締めた。



 どれくらい時間が経ったのか。

俺はまだ生きている。

 息が苦しい。身体中痛い。

周囲の音がエコーがかっていてよく聞こえない。

なのに自分の鼓動だけは

うるさいくらいはっきり耳に届いている。

 どれくらい殴ったのか。

地面はゴブリンの死体と魔石で埋まっている。

このお陰で残りのゴブリンは、

動きづらそうにしている。

 装置のように拳を繰り出す。

何度構え直しても拳は胸の辺りまで落ちてしまう。

腰、背中をひねって腕を伸ばし、何とか殴り続ける。

 以前にも似たような事があった。

思い出したくはないが、脳裏に浮かぶ。


 父さんが死んだ。


 飲酒運転していた自動車に轢かれて。

即死だと聞いた。

死体の損傷が激しく、

最後の顔は見せてもらえなかった。

 すると、元々俺のことを遠巻きに見ているだけだった産みの親が、ここぞとばかりに行動を始めた。

葬式が終わった翌日には別の男を連れて家に帰ってきた。

その男が養父となった。


 その日から虐待が始まった。


 ニュースで見た様なものはもちろん、

時には万引きや犯罪を強要してきた事もあった。

もちろん、拒否したがその分殴られた。

地獄の日々が続いた。

 養父が主犯だが、

産みの親も嬉々として俺をいたぶった。


 それでも俺は折れなかった。

父さんと夢を、ハンターになりたいと言ったことを胸に、耐えた。

ハンターなんてろくでもない、

とほとんどの人に言われたが、父さんは応援してくれた。

必ずハンターになると父さんと約束した。

 俺は受けた虐待を全てハンターになるための訓練だと思うようにした。

食事を抜かれれば、

遭難したときの訓練と思い、体力の温存に勤めた。

 小学校の給食が唯一の食事だが、

軟禁されることもあった。

その時は脱出の訓練だと思い、

何度も抜け出して学校へ行った。

 真冬に水を頭からかけられ、

外に出されたときは体温調節の訓練と思い、

濡れた服は全て脱ぎ捨てて、

その辺のゴミやダンボールを身体に巻いてしのいだ。

 そんなことをしていると、藤堂が俺のことに気づいた。

学校の教師も含めて周囲の大人が何もしなかった中、

藤堂のおじさんはすぐに動いてくれた。

 あっという間に訴えられた養父と産みの親。

俺はとりあえず一時的に保護団体で暮らし、

学校へ通っていた。

 裁判が始まる前日、下校時刻になったので校門を藤堂とくぐると養父がこちらへ向かってきた。


 手には大きな刃渡りのナイフを持っていた。


 死ね、とか叫んでいたので、

俺は藤堂を遠くへ突飛ばした。

あと数歩のところで、俺は心から理解した。


 これは敵だ。人間じゃない。モンスターだ。


 そう思ってしまえば、行動は早かった。

虐待で成長が止まり小柄だった俺は

振り下ろされるナイフをかわし、

養父の金的へ持っていた水筒を叩きつけた。

 悶絶する養父の横っ面をサッカーボールの様に蹴り抜いて黙らせた。

馬乗りになり、顔の形がわからなくなるまで殴った。

 養父が助けて、とか言っていた気がするが無視する。

自分の拳の肉が裂け、骨が見えても殴り続けた。

 藤堂がなにか叫んだ。


 次の瞬間、産みの親が俺の左肩へ包丁を突き立てた。


 包丁を引き抜かれた。

血が出る。

でも、この程度、どうというわけはない。

今までも似たような事をされていた。


 そうだ。これも、敵だ。

 敵は殺す。


 産みの親の腹へ拳を喰らわせる。

うずくまった所でくるぶし目掛けて蹴り抜いた。

倒れたので、養父と同様にこめかみを蹴り抜く。

 そして、こちらも馬乗りになり殴り付けた。

なにか叫んでいたが聞こえなかった。

誰が叫んだのかもわからない。

俺自身だったのかもしれない。

 駆けつけた警察官に止められたとき、

気が抜けた俺は気を失った。


 気が付いた時は病院だった。

養父と産みの親は殺人未遂で逮捕。

裁判はもちろん、こちらの優位で決着。

俺は自己防衛とされ、罪には問われなかった。

傷は深かったが後遺症は残らず、正常に動けた。

 ただ、養父と産みの親は傷と後遺症で寝たきりになったらしい。

今でも警察病院で服役中だ。

出所しても親戚に疎まれているので、

何処にも行けずどこかのNPOが保護するらしい。

そもそも寝たきりで動けないので、

保護しやすいとのことだ。

 藤堂のおじさんは俺の戸籍や何かを色々して、

法的に養父と産みの親との親子関係を解消し、

他人にしてくれた。

後見人も見繕ってくれ、

平穏な生活ができるように取り計らってくれた。

 報酬を払う際、

おじさんはお金を最低限しか受け取ってくれなかった。

理由を聞くと、君のために使うようにと言われたが、

納得できなかった。

 改めて聞くと藤堂のおじさんは

産みの親の幼馴染みだったそうだ。

そして、父さんとも幼馴染みだった。


「君には幸せになってもらいたい。

君の父さんの分も、幸せになってほしい。」


 哀しげにそう言うおじさんを見て、

それ以上何も言えなかった。

 そして、藤堂はこの件で血にトラウマをもってしまった。

少量でも血を見ると気を失ってしまう。

土下座して謝ったが、藤堂は違うと言った。


「お前は何も悪くない。

なんか、母親が自分の子どもを殺そうとしたのがショックで。

でも、辛いのはお前であって。

とにかく、お前は悪くない。」


 そう言って友達でいてくれた。

ずっといつも通りの態度で話しかけてくれた。

それがとても嬉しかった。

 中学になり、

栄養が摂れるようになった途端タケノコの様に背が伸びた。

身体も鍛えて、大きくなった。

そして、高校に上がりハンターになった。

 そうだ。父さん、夢が叶ったんだ。



 意識が覚醒する。

しまった。気を失っていた?

走馬灯のようなものを見ていた。

 だが、身体はまだ立っていた。

動きは鈍いが生きている。

 前を見るとゴブリンの死体の山。

そこに二匹のゴブリンが棍棒を持ってこちらの様子を伺っている。

 他に動く気配はない。

あと少しだ。身体を叱咤する。

 左の拳を放つ。

速度は落ちているが、威力は落ちてない。

ゴブリン達は飛び退いて回避した。

他が死んでスペースが空き、

回避できるようになったのか。

 そう思った瞬間、左腕から鮮血が吹き出した。

激痛が走る。

すぐさま目を見開き確認する。

死体の山から隠れていたゴブリンが飛び出し、

腕を切りつけたのか。

 だが、ゴブリンの錆びたナイフでは、

こうはならない。

見るもの全てスローモーションに見えてきた。

ゴブリンの手には鋭く光るナイフが握られている。


 こいつ、ドロップアイテムを拾って?!


 ガントレットとスーツの繋ぎ目が切れた。

腕を振り抜いていたせいか、

切られたところからスーツが裂けた。

ストッキングの伝線の様に切れた周りも裂けてはぜる。

触手でくるまれた左腕が肩口まで露出した。

 左腕を引き寄せる反動で、右腕のアッパーを放つ。

ナイフを持ったゴブリンの頭が潰れた。

落ちたナイフを足で蹴って、突き当たりの奥へ遠ざけた。

 その隙をゴブリンは見逃してくれない。

いつの間にか距離を詰めていた二匹のゴブリンが、

俺の両脇にいた。

両太ももに棍棒が振り下ろされた。

 疲労もダメージも限界だった。

激痛にうめき声を漏らし、膝から崩れ落ちる身体。

とっさに右腕を地面について支える。

 視界の両脇に俺の頭目掛けて棍棒を振り下ろす二匹のゴブリンが見える。


 ここまでか?

いや、落ち着け。

考えろ。諦めるのは死んでからだ。


 更にゆっくりと見える風景。

ゴブリンが笑っている顔すらはっきり見えた。

憎らしい顔だ。

左の腕の露出したところから触手を展開しても片方しか受け止められない。

 考えても振り下ろされた棍棒は止まらない。

諦めてなるものか!

そう思っていても打開策はない。

もう触手も間に合わない。

 とうとう棍棒は頭へ振り下ろされた。


 ぷよん。


 棍棒が弾力に負け、大きく押し返される。

小さな目を大きく見開いて驚くゴブリン。


 今だ!


 左腕のスーツの穴から触手を何本も伸ばし、

左のゴブリンを絡めとって壁に思いきり叩きつける。

壁に固定した触手を支えにして、

右腕を持ち上げ裏拳で右のゴブリンの頭を叩き潰す。

 立ち上がって左のゴブリンを見る。

触手で壁にはりつけにされ動かないが、

念のため頭を殴り潰した。


 スライムヘルムを着けていたことを、

完全に忘れていた。

しかも、今気づいたがとんでもない防御性能だ。

今のを完全にノーダメージで防いだ上に、

反動で棍棒ごとゴブリンを弾いた。


 辺りを見回すと、ゴブリンの姿はなかった。

今のうちに傷の手当てをしなければ。

 ウエストバッグを探して腰の辺りをまさぐるが見当たらない。

しまった。落としてしまったか。

いや、始めに外してたか。

 ゴブリンの死体の山から視線を外さないよう、

後ずさって突き当たりまで行く。

触手を回収して、袋を拾い上げた。

ウエストバッグを取り出して、

中から止血、消毒のスプレー剤を取り出す。

 左腕を確認する。

傷はない。どうやら触手で受け止めたようだ。

傷ついた触手を目の前に持ってくる。

四本の触手から出血している。

どれも切断されていないが、

一番傷が深いものはかなりの深傷だ。

スプレー剤を噴霧する。

 触手にも痛覚があるので、かなり痛む。

だが、その間も目線はゴブリンの死体の山に向ける。

傷口に泡状の薬剤が付いた。

白い泡は血が混じってピンク色になり、

あっと言うまに凝固する。

 鞄にスプレー剤をしまって、今度はバッチを取り出した。

切り傷を繋げて固定するパッチだ。

本当は縫うか医療金具で固定したいが、

そんな道具も余裕もない。

傷口を塞ぐようにパッチで固定した。

この四本は収納しておこう。

 収納したが、痛みを感じる。

何処がと聞かれると、身体だが違うところが痛い。

不思議な感覚だ。

 袋から水筒を取り出し、浴びるように飲み干した。

ゴブリンの死体はどんどん減っていった。

最後に潰したゴブリンが消えたことを確認して、

俺は壁に背を預けた。


「……とりあえず。はぁ。……助かった。」


 急いで帰らないと。

だが、防具がお釈迦になってしまった。

魔石を拾わなければ、今後にかなり響く。

 空の水筒、ゼリー飲料の食べかすなどをその辺に捨てて装備を戻す。

さっきまでそれらをいれていた袋へ魔石を拾っていれていく。

屈む体力がないので、袋の口を両手で持って触手を箒とちり取りのようにして魔石を拾い集めた。

 大きな袋は45リットルのゴミ袋位の大きさがある。

ゴブリンの魔石はその辺の石のように形が歪だがどれも三センチ程度の大きさだ。

それなのにこの袋に収まりきらない。

少し減らして大きな袋は口を縛って閉じた。

いつも使っている小さい袋はコンビニのレジ袋くらいだが、これもいっぱいになった。

他はそのままウエストバッグとか懐へ詰め込んだ。

大きな袋を担いでみると、

サンタと言うより死体を運んでいるようだった。

 ドロップアイテムとおぼしきナイフを拾う。

刃渡りは7センチ程度。

刃先が潰されており、片刃。

ナイフと言うか、美容師のカミソリみたいだ。

ただ、刃と柄が繋がっており、継ぎ目がない。

一本の金属でできているようだ。

柄は滑り止めとして溝が刻まれている。

 鞘がないので、タオルで巻いてウエストバッグに入れた。


 頭がボーッとするが、

二度目の襲撃が怖いので警戒をしながら先へ進む。

階段からそんなに離れていないので、

すぐ階段に到着した。

その間何にも遭遇しなかったので、大きく息を吐いた。

 階段を上がってスライム階へ戻った。

まっすく出口へ歩を進める。

足がもつれるが、それでも急いで前に進む。


 出口が見えた。

出口だ。


 生き延びた喜びと疲れがのしかかってきた。

外に出るといつもと違って人がたくさんいた。

全員ぎょっとした顔でこちらを見ているが、

構っている余裕がない。

無視することにした。

 フラフラになりながらロッカーからキャリーバッグを取り出し、

貸し更衣室へ入って装備を脱いだ。

装備と魔石をキャリーバッグに詰め込んで着替え、

更衣室を出る。

 布団を何枚も被っているようだ。

身体が重く、動きづらい。

いつもは歩いて帰るが、たまらずタクシーを捕まえた。

 止めてから過去何度か身体が大きい事を理由に乗車拒否されたことを思い出したが、

今日のタクシーは快く乗せてくれた。

どんな人よりこのタクシーの運転手が救世主に見えた。

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