第3話 ハンターの生活

 とにかく校舎から出て、可能な限り距離を取る。

やっぱり、人間を相手にすると面倒なことこの上ない。


「飯、どうするよ?」

「ハンターの話聞きたいから、

ゆっくりできるとこが良いんだが。

そ言えば、お前今日ホントに暇だったのか?」


 気遣いが上手い後藤はいつもこんな質問をする。

俺が同じ質問をしたら威圧感が凄いが、

藤堂は嫌味を感じさせない。


「お前に声をかけられなかったら、

特急券買って隣の県まで魔石を売りに行く予定だった。」


 魔石の売却は国で指定された業者にしかできない。

必ずダンジョンのそばに買い取り窓口が設置されており、

ダンジョンから戻ったらすぐに換金できるよう24時間365日営業だ。


「何でいつも行ってるダンジョンのそばの換金所に行かないの?」

「ぼったくられるからだ。」


 また苦い顔になる後藤。

魔石はエネルギー資源として国家間で取引される。

安定供給が難しいため、売価は時価。

換金所では毎秒変動する価格を統一するため、

午前中は毎朝取引開始時の値段、

午後以降は正午の値段で取引する。

法律でも定められた統一規定だが、

抜け穴、しかもかなり大きな穴がある。

 税務署が監視してるのは換金業者と国の間での買取価格だけなのだ。

換金業者とハンター間の買取価格は監視していない。

ハンターが全国あちこちで換金するため、

確認に手間ひまがかかるからだ。

 監視してないとはいえ、法的には認められていない。

訴えれば業者が確実に負けるが。


「これがうまいことできてるんだよ。」


 換金業者が勝手に決めた値段でハンターから買い取る。

業者はその日その時間の正しい時価で税務署に報告する。

業者は税金を取られるが、

ハンターからぼったくった分よりは少ない。

税務署としても、

正しい額で納税されているので問題なしと処理される。

差額は丸ごと合法的に業者の純利益になる。

 もし、ハンターにバレて訴えられても、

差額を返金すれば良い。

ハンター一人、二人に対しての返金より、

合計した儲けのほうが遥かに高額なので、

業者は何の痛痒も感じない。

国も規定通りの税収があるから、問題視しない。


「地獄かな。それとも、中世ヨーロッパの税務官じゃん。」

「ちなみに、隣の県と言っても電車で1時間もかからない。

こっち寄りにダンジョンが1ヶ所あるから、

キャリーバッグに詰め込んで隣り合った二席予約しとけば、周りを気にせず快適に行ける。」


 藤堂は少し考えて言った。


「それって、俺ついていっても良いの?」

「換金はほとんど待ち時間だから暇だと思うぞ。

俺は電車で飯食って、

待ってる間に併設されてる武具屋を見るつもりだった。」

「それいいじゃん。俺も行く。」


 本人が良いと言ってるし、いいか。

とりあえず、魔石を取りに一旦家に帰る。

収穫した千以上のスライムの魔石を金庫から取り出す。

総数は数えてあり、メモを袋に入れてある。


「千四百……?

すげぇ多い気がするけど、どうなの?」

「8日間連続で朝から夜まで12時間位潜って、

調子に乗って狩り尽くした。

ちょっと後悔している。」

「どれくらい調子に乗ってたのか想像つかないが、

桁が違うのは何となくわかる。」


 袋をキャリーバッグに詰め込み、蓋を閉める。

最小の魔石で一つ一つは小指の爪大だが、

千以上もあると結構な重さがあった。

 スマホで特急券を購入し、藤堂にも買い方を説明した。

藤堂の用意ができたので、家を出て駅へ向かって歩き出す。


「ハンターでどれくらい儲かるの?」

「それこそ人による。

スキル持ちか、クランに所属してるか、専属のパーティを組んでいるかとか。」

「OK。お前みたいな個人でならどんな感じ?」


 スマホで今日の魔石売価を調べる。


「ハンターになる前から調べてるけど、ピンキリだな。

ダンジョンの入場料と税金分を最低限稼ごうとしたら、

月100から130万くらいは必要。

今持ってるのはスライムの魔石だから、

一番安い売価だ。

今日の午後時点で一つ320円だな。」

「30万以上あるのか、これ。

でも足りないのか。」

「もう一つ上のランクの魔石だと今日は三万千円だから、効率は段違い。

基本的にこのランクで稼いでる人がほとんどだ。

スライムが人気がない理由の一つだよ。」


 近所のダンジョンだとスライムの一つ上のランクはゴブリンだ。

ゴブリン相手なら十体で今持っている魔石と同じ額が稼げる。


「額だけ聞くとすげー金持ちじゃん、ハンター。」

「儲けのほとんどは装備とかで消し飛ぶ。

あと、身体が資本だからそういったケアで貯蓄が必要。

さっき話したみたいに気軽に病院に行けないから、

ドラッグストアで買い込んどくんだ。

傷薬とか、湿布、栄養ドリンクとかな。

余裕が出てくるのは最低限から十倍くらい稼がないと難しい。」

「世知辛い。」


 駅に着いたが、少し早かったので売店で弁当を買い漁る。


「食う量増えた?」

「ハンターになってから増えた。

消費カロリーがべらぼうに増えたから、

いつもの量だと全然足りない。」


 弁当を四箱持ってる俺を見て、藤堂が困った顔をした。


「それも必要経費、だよな。」

「領収書貰ったから、

あとで魔石の売上と一緒に税理士さんへ報告する。」

「通るの?」

「通るよ。

先に強制で取られる額が決まってるから、他は緩い。」


 電車が到着した。

俺が取った二席から通路を挟んで隣の席を藤堂が取っている。

運が良いことに他の客はほとんどいない。

俺はキャリーバッグを窓際に置いて、

通路越しに話を続ける。


「命がけで魔石取って、そのほとんどが税金行き。

儲けを出そうと思うなら、ドロップアイテムだな。」

「魔物からまれに取れる地球上に存在しない物質や、

模倣できない道具、だっけ?」

「一つで数億とかざらにある。

金儲けが目的でハンター始めた奴は皆ドロップアイテム狙いだ。」

「億の単位か。想像できん。」

「過去最高値は未確認の金属を含んだ拳大の石で、

二兆円とか。

海外の話だから円換算だとって話だが、

日本だとほとんど税金で取られて残らないだろうな。」


 うひゃ、と口から音を出して藤堂が漏らした。

そう言えば、紙のドロップアイテムがあったが装備と一緒に家に置いてきてしまった。

疲れ果てててドロップしたのをすっかり忘れてた。


「桁がそこまで行くと、ゲーム内の通貨の話じゃないか。」

「ダンジョンの攻略目当てでハンターやってる奴だったら、

ドロップアイテムが売りに出ると数十億で買ったりするから二兆でも足りないとか言ってるからな。

ゲーム感覚だ。」

「ハンターになった途端おかしくなる人間がいるわけだ。」


 弁当を開けて米を頬張る。

今忘れてたドロップアイテムについて言わなくて良いだろう。

帰ったら改めて確認しよう。


「命がけでそれは安いのか高いのか。

体感的にはどうよ?」

「……そうだな。

モンスターと戦って死ぬより、他の要因で死ぬことのほうが確率が高いから、割にあってないと思うぞ。」

「さっきの治験とか?」

「それだけじゃない。

ダンジョンの中で強盗。

新人を食い物にするクラン。

臨時パーティーで仲間割れ。

挙げればキリがないが、原因はすべて人間だ。」

「無法地帯ってこと?」

「法は適用されるが、

物的証拠や被害者の遺体ががダンジョンに飲まれて消えるからな。

現行犯でないと難しい。

目撃者もダンジョンで被害者と一緒に処理されるから、

出てこないしな。

暴力、腕力に確固たる自信があっても、

寝込みや不意打ちでやられる。」


 藤堂は口の中の弁当ごと生唾を飲んだ。

ダンジョンの中のモノは一定時間動かない場合、

モンスターの死体と同じく消える。

ダンジョン仕様の装備などは少し長く残るが、

数時間もすれば跡形も残らない。


「まぁ、逆に復讐されてダンジョンで殺されるやつも多いけどな。

冤罪もザラにあるし。」

「江戸時代とかの感じじゃん。」

「何かあったら、またおじさんに頼るかもな。

今度はちゃんと依頼料払う。」


 藤堂は弁当を平らげたが、俺はまだ残っている。


「この話、父さんにした方がいいか?」

「既にご存じだと思うぞ。」


 弁護士、検事はこの件について対策を取ろうと動いている。

ハンター資格を持った死体処理屋が生まれたからだ。

普通の事件でも証拠をダンジョンに捨てたら、飲まれて消えるから大問題だと聞いた。


「ヤバさが想像以上だな……。

でも、やるのか?」

「あぁ、もちろん。

夢だったからな。

それに誰かに指図されなくて良いって言うのが

非常に良い。

俺は世渡りとか人の顔色伺ったり、

根回ししたりできないからな。」

「なるほど。それは利点だな。」



 電車に揺られること約四十分。

目的の駅に到着した。

 食べ終えた弁当のゴミを駅のゴミ箱へ捨てて、

改札を出る。

改札を出たらすぐにダンジョンが目についた。

ここは塔型のダンジョンで、上へと階段を上がっていくらしい。


「おぉ。初めてダンジョン見た。

すげぇ低いな。もっと大きいと思った。」

「元々お寺があって、そこの五重塔が侵食されたとか。

中は異世界になってて、階層は見た目より多いらしい。」


 ダンジョンは災害だ。

唐突に一定範囲の土地が見えない壁によって区切られる。

区切られた時に壁の中にいた人間を含めた生き物はすべて死滅する。

壁の中で何が起きているか、

断片的な情報しか残っていないが生き物は何者かに殺害されるそうだ。

 早ければ数時間、長いと数ヵ月の間壁の中へ入ることはできない。

また、壁の中から誰かが出てくることもない。

壁が消えると土地にあった建物はダンジョンに侵食され、様々な見た目に作り替えられる。

先ほどの五重塔の場合だと、西洋式の塔に作り替えられている。

 出てきたダンジョンの入り口は軍やハンターで包囲し、シェルターで囲う。

調査して、問題なしと判断されれば“制圧した”とみなされる。

ハンターがアタックするのはこの“制圧した”ダンジョンだ。


「ここは入り口、換金所、武具屋が一つになってる大きな施設がある。

中にフードコートがあって、ハンター以外でも利用できる。

まぁ、柄の悪い奴のや猛禽系女子ハンターがいるから、

気を付けろ。」

「こっわっ。早く受付して来い。」


 換金所の受付にある発券機から番号札を引き抜く。

番号札には、同じ番号が上下に印字されている。

受付に換金したい魔石を袋ごとと番号札を渡す。

番号札の真ん中に今日日付の割印を押してもらって、

二つに切り離してもらう。

片方は魔石と一緒に奥へ回収された。


「数が多いので、

こちらで数えた個数をメモして袋に魔石と一緒に入れてあります。」

「お心遣いありがとうございます。

掲示板に番号札にある番号が掲示されましたら、

黄色の窓口へ番号札を持ってお越しください。

窓口の担当者には、

こちらの番号札とご自身のハンター証を提出してください。」


 簡潔な説明だが、丁寧に案内された。

巨漢の俺を見ても動じないのは、

見慣れているのかプロなのか。

番号札のもう片方と魔石を入れていた袋を受け取り、

失くさぬようキャリーバッグに仕舞う。

 藤堂はどこで待ってるのか、聞くのを忘れていた。

辺りを見回すと、

こちらに向かって手を振る藤堂を見つけた。

俺は歩いて近寄る。


「受付は終わった。

あとは掲示板に番号札の番号が掲示されるまで暇潰しだ。」

「なるほど。だから近くにフードコートと武器屋があるのか。」

「掲示板に出てる待ち時間が目安だから、

一時間くらいは待つらしい。」


 大きな電光掲示板の液晶を眺めながら言う。

藤堂はそれを見て呟いた。


「なんか、銀行とかダムダムのアプリ注文みたいなシステムだな。」

「人件費削減だろ。あと、金額に文句言って暴れるハンターもいるから、受付と払い出しを別けてるとか。」

「結構な金額だし、生活に直結する金だしな。

暴れるハンターの気持ちもわからないこともないな。」


 黄色の窓口は壁一面に複数あり、各個別に壁でしきられている。

スーパーのレジみたいな感じだ。


「イメージより事務的だな。

もっと、こう、人がたくさんいるイメージだった。」

「昔はそうだったらしいぞ。ここ数年でこうなってるとか。」

「逆にフードコートはイメージ通りだな。

装備つけたまま飯食って酒呑んでる人がテンプレみたいにいるじゃん。」

「酔っぱらいには近寄るなよ。

絡まれたら、べらぼうに面倒だからな。」


 おっかねぇ、と呟いた藤堂。

とりあえず、武具屋に向かった。

ここも以前防具を買った店と同様に、

ファイルがたくさん並んでいる。


「こっちはあれだ。

トレーディングカードのショップみたいだな。」

「武具は高級だし、店頭に並べてると危ないからな。」


 藤堂は武器のコーナーにあるファイルを一つ手に取った。


「……どこ見ても億の単位しかないんですけど。」

「高い位置にあるファイルは値段が高い。

低いところなら、低い。」


 一番下の棚にあるファイルを取って藤堂に手渡した。


「一気に下がった。原付くらいの値段か。」

「俺はそのファイルのランクの防具を買った。

もっといいのが欲しいが、さっき見たとおり高い。」

「さっきのファイルは、

土地付き一軒家でもなかなか見ない額だもんな。

ビルとかの値段だわ。

これ、どう違うの?」

「純金と似た感じだ。

ダンジョンの素材の使用量で値段が違う。」


 普通の素材にダンジョンの素材をコーティングして、

金メッキのようにした武具が一番下の棚にあるファイル。

ダンジョンの素材を直接加工している武具がその上で、

混ぜ物だったり一部部品のみダンジョンの素材を使用していたりすると価格が下がる。


「ナイフの刃部分だけダンジョンの素材を使っていて、ナックルガードや柄の部分はコーティングとかかな。」

「なるほど。その素材の使用量でか。

一番高いのは全部ダンジョンの素材のか?」

「いや、最高クラスは“武具の”ドロップアイテムだ。

ごく稀に剣や鎧なんかがドロップアイテムとして落ちるらしい。

それはオークションでしか売買されないし、

値段も国家予算並みだそうだ。」


 そんなドロップアイテムを手に入れた場合、

売らずに使うハンターがほとんどなので入手はほぼ不可能だ。


「曲がらず、欠けず。大抵のモンスターを一刀両断。

そんな剣や槍を手にしたら、よっぽど事情がない限り売らないだろ。」

「そんなに凄いのか?」

「アメリカのトップハンターで有名なジョン·マクレーンはドロップアイテムの弓を使用してる。

中国のトップハンターの黄梓晴(コウ·シセイ)の甲冑もドロップアイテム。

日本だと有名なのは攻略トップ組の財前吾郎だ。

ドロップアイテムの槍を使ってる。」

「詳しくない俺でも名前を知ってる人ばっかりだな。」

「ドロップアイテムの武具は、

トップになるための切符とか言ってるハンターまでいる。

人工的に再現不能な超高性能アイテムだから、

あながち間違えてないしな。」


 武具を直接見てなくても、なかなか楽しいものだ。

藤堂とあーだこーだ言いつつ時間を潰す。



 思っていたより早く番号札の番号が掲示板に表示された。

藤堂に待ってて貰うよう言って、黄色の窓口へ向かう。

 開いてる窓口にはランプが点っていた。

適当に入ると、女性が窓口に座っている。


「番号札とハンター証を提出してください。」


 言われたとおり、番号札とハンター証を手渡す。

受け取った受付さんがパソコンでハンター証を確認し、番号札を手に裏へ下がった。

すぐに戻ってきた受付さんの手にはトレーにのった現金。


「個数をメモしていただいていたので、

査定が早く終わりました。

ありがとうございます。

また、このサイズの魔石は取引が少なく、

常に在庫不足なので、

まとめて売却いただいて大変助かりました。」


 現金と書類を受け取り、確認する。

書類に明記された金額通り現金があり、

書類にも不備がないことを確認した。


「受け取りました。

ありがとうございました。」

「今後も何卒よろしくお願いいたします。」


 丁寧なお辞儀をされた。

書類は手に持ち、現金は財布に入れて窓口を去る。

 見回すと藤堂はフードコートにいた。

飲み物とフライドポテトをテーブルに乗せてスマホを眺めている。

少し離れたところから声をかけて、正面に座った。


「早かったな。」

「問題なし。スマートに終わった。

あとはこの書類とさっきの弁当とかの領収書を税理士さんに送る。」


 テーブルに書類を置き、スマホの清算アプリを開く。

清算アプリにあるカメラ機能で書類や領収書を撮影し、

税理士さんにSNSアプリで確認を依頼した。

書類はキャリーバッグに詰め込み、大きく伸びをする。


「これで完了。」

「お疲れ。

まだ時間あるけど、どする?」

「この駅はダンジョン以外に娯楽はないから、

何かするなら戻ろう。」

「武器見てるの楽しかったけど、

現物って見れないの?」

「ハンター証と、貸出料金を払えば見れる。

俺が現物見る場合は藤堂は見れないよ。」

「あー。そりゃ、つまらんわ。

でも、来れて良かったわ。ダンジョン。

なんか、動画とかニュースで見てた感じだと、

こう、作り物感あった。

実際にみたら、結構な感じだわ。」

「なんだ、結構な感じって。

まぁ、戻るなら特急の切符取るぞ。」


 来た時と同じようにスマホで特急券を予約する。

藤堂は気づいてないと思うが、

俺が受付から出て声をかける少し前、

柄の悪そうなハンターが何人か藤堂の周りを囲んでいた。

俺が声をかけたのを見てそいつらは散っていった。

威圧感があるこの身体もたまには役に立つ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る