最終話 三児三妻の父

 どうしよう……わりとマジでどうしよう……。

 童貞だった俺が二日で三人経験したってのは、まあ武勇伝だろう。良いことか悪いことかは知らんけど、まあ凄いことだ。

 でもな……やっぱちゃんと避妊しないとダメだよ。

 結論から言うと、ナナと杏子さんがヒットした。杏子さんはともかく、ナナは未成年なのに……すまねぇ……。

 唯一の救いとして、骨盤やら子宮やらが同年代の子よりも発達していたようで、母子共にリスクは低いらしい。

 でもな? その……お金どうすんの?

 杏子さんが妊娠するまでに例の麻雀で結構稼げたけど、さすがにもう厳しい。

 さすがに腹が出た状態で例の商売はできないし、そもそも妊婦に負担をかけさせたくない。


「さて、借金がまだ二百五十万あるわけだけど……どうすんの?」

「ノミが……」

「言ったでしょ? 最近警察に目をつけられてるって」

「うぐ……」


 そうなんだよな……しばらくは賭場開帳控えないと……。

 で? どうすんの? 賭場開帳しないと、利息すら厳しいじゃん。

 一応弥生の親父さんから仕事貰ってるけど、さすがに利息全額払えるほどの金は貰えない。で、言ってる間にあの二人の出産がくるだろ?

 どうすんだよ、こんなこと親に相談できねえし……。


「なあ、利息どうにかならんか? 今までかなりの大金を納めてきたし……もういいだろ? なあ?」


 ちっぽけな高校生の俺が、高めの車を買えるぐらいの利息を納めてんだぜ? もう許してくれたって……。


「ナナはともかく、杏子さんは降ろさせたらいいじゃない。面倒見る義務なんてないわよ」


 サラッと言い放つには、あまりにも衝撃的な発言内容だった。

 金貸しに人情や温情を求めるのもズレた話かもしれんが、それにしたって酷い。同じ女性として、よくもまあそんな発言を……。


「そんな……中絶なんて倫理に……」

「育てる甲斐性もないのに産むほうが非人道的よ。貧乏人同士のできちゃった婚で、不幸になる子供がどれだけいることか」


 極めて正論だが、納得できない。

 理屈じゃないんだよ、こういうのって。だって……命なんだぞ?


「まだだ……まだ買い占めたカードとかプラモが……」


 震える手でスマホを弄り、相場を調べる。買い占めてから結構経つし、かなりの売り値になってるはずだ。借金百万以下まで減らせるかも……。


「なっ……相場が落ち着いてるだと……!?」

「携帯なんとかカードだっけ? 転売対策で多めに生産したって聞いたわよ」


 んなアホな……そんな小学生みたいな対策法あるか? 企業なんて、転売されたらされたでいいやってスタンスじゃないのか?

 なんでよりによってこのタイミングで……。


「買い占めないで普通に払ってれば百五十万切ってたのにね」


 やってしまった……俺はなんて馬鹿なことを……。

 なんでこうも、不幸ってのは畳みかけてくるんだ? 泣きっ面に蜂とはよく言ったもんだな、おい。


「どうすんの? 学校通いながらじゃ仕事なんてできないわよ? 冬休みと春休みに親父の仕事を手伝ってもらうのは確定として……その頃には利息でパンパンね」

「なんとか……なんとかならんか?」

「ならないわ。で、言ってる間にあの二人が出産するからお金が必要になるわね」


 そうだよ、いくら用意すればいいのか見当さえつかねえよ。俺は一体どうすればいいんだ? 学校退学して、烏丸金融で働くしかないのか? 親に大学出ろって言われてるのに、高校中退? んなアホな……。

 ほとんど無理矢理だぞ? そりゃまあ最終的には俺の意思だけど、かなり強引だったし、ゴム無しは向こうの意思だぜ?

 俺も被害者みたいなもんなんだが、その言い分が通じるわけがない。完全に詰みです。ありがとうございました。


「まっ、返済の催促はしないであげるから、自分でなんとかしなさいな」

「待ってくれよ! おいっ!」




 出産育児一時金とかいう制度のおかげで負担は減ったが、それでもトイチで多額の借金を背負ってる身としては辛い。ましてや二人だぜ?

 二人同時に事実婚してるっていう異常事態も、どう収拾つけたらいいのかわからないし、膨れ上がった借金をどう返せばいいかもわからない。

 高校卒業するまでに一千万超えるだろうなぁ。で、大学出るまでに……あかん、計算する気も出ないわ。

 現実的な話、杏子さんが子供の面倒を見て、俺とナナで働く感じになるか?

 幸いなことに、再び賭場開帳できそうだし、なんとかなるか? いや、額が額だしなあ……。


「言っとくけど、ウチの物件を賭場にするなら追加で百万払ってもらうわよ? まさか一回払っただけで永久に使えるなんて思ってないでしょうね?」


 鬼だ……鬼畜生だ……まるで慈悲がない……。

 そしてこの追加の百万というのも一回こっきりではないだろう。定期的……いや、定期的ならまだいい、不定期という名の気まぐれで請求されるのではないだろうか。

 一気に借金を返さない限り、なんやかんや難癖をつけられて借金が増える。そんな永久機関が待っている気がする。


「悠長に大学に行こうとしてる時点で、返済なんて夢のまた夢ね」

「そんなこと言われても……」


 諦めろというのか? 生涯賃金を考えると、大学を出たほうが絶対に良いはずだ。

 でも俺はトイチの借金持ちで、尚且つ子供と奥さんが二人ずつ。その場合どうなんだろうか。

 いや、そもそもの話なんだが……大学出る意味あるのか? おそらく烏丸金融で働かされることになると思うんだが……学歴で給料上げてくれるような会社とは思えない。いつか逃げられる保証があるなら大学に行くべきだが……いや、そもそも親の意向というものが……。

 などと思考を巡らせていたら、助け舟……いや、泥舟を差し出された。


「……私とも子供作るなら、大学在学中は無利子にしてあげてもいいわよ?」


 え? この人、真面目な顔で何言ってんの?

 三人目? 三人目の事実婚? 二人でヒイヒイ言ってる俺が、三人目を作る?


「私と籍を入れるなら完全に無利子にしてもいいわ。もちろん、返済はしてもらうけどね」


 ……薄々感づいていたが、こいつ俺のこと好きだったん?

 そりゃそうだよな、好きじゃなきゃ無理矢理迫らんよな。

 ……選択肢なんかないよな。弥生と結婚しないと、あの二人の養育費なんか出せないし……。


「いちいち貸すのも鬱陶しいし、とりあえず三千万ずつぐらい渡しておきなさい」


 初めからこの展開に持っていくつもりだったらしく、キャッシュケースと借用書を机の上に乗せる。


「そんな大金……」

「相手の親を納得させるためにも必要だわ。そもそも事実婚よ? あの子達はいつ捨てられるか不安に怯えているはずよ」


 俺は捨てる気なんて……いや、口で言うのは簡単か。相手の立場からすれば怖くて怖くて、仕方がないよな。俺も逆の立場なら不安で眠れなくなる。

 それに俺の気持ちが本物って保証もない。善人ぶろうとしてるだけで、少し追い詰められたら平然と手のひらを返すかもしれない。

 そもそも人の決意なんて、一晩寝たら消え去るなんてことが往々にしてある。仕事中は『帰ったら絵を描くぞ!』って意気込んでたのに、いざ家に着いたら何もせずに寝るなんてザラにあるだろ?


「それぞれ三千万渡して納得してもらいなさい。で、それとは別に毎年決まった額を予め渡すの。まあ、八百万ずつあれば足りるかしら?」


 定期的に多額の借金を背負わせて、万が一にも返済できないようにするって魂胆かよ。生かさず殺さずを徹底するとは、とことんプロなんだな。

 もはや反抗する気も起きねえよ、だって明らかに立場が下だもん。弥生にヘソを曲げられたら、全員もれなく不幸になっちまう。

 大金を借り続け、弥生の機嫌を取り続け、全員を愛し続ける。十代にして、幸福な奴隷になろうとは……どこで道を誤ったのだろうか。俺はただ……熱いギャンブルが出来たらそれでよかったのに……。


「さ、どーすんの?」

「……俺と……結婚してください」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

サラ金の社長令嬢に金を借りたら人権を失った件 シゲノゴローZZ @no56zz

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ