第14話 三人抜き

 冷房が苦手だの金がないだので、エアコンをつけずに亡くなる方がいらっしゃるらしい。加齢によって体温の調節が鈍ったり、物価高騰で先行きが不安になったりと、気持ちはわかるんだが愚かとしかいいようがない。

 数十年前の日本ならまだしも、現代日本の夏場にエアコンつけなきゃ、死ぬのは当たり前だろ。本当に愚かだ。


「あの……せめて窓を……」

「は? 私達も暑いんだから我慢しなさい」

「男なら平気なはずッスよ」


 冷房好きだし、一日中エアコンをつける金もある。そのくせにエアコンをつけず、部屋を閉め切るのは愚かとしかいいようがない。気が触れてるね。


「事務所をサウナにする理由もわからんが……こんな過酷な環境で、熱々の激辛ラーメンを食べさせられる理由はもっとわからん……」


 何これ? 底辺配信者の考えた企画? 新しい商売?


「死んじゃうって……」

「水と塩飴あるから平気よ」


 いや、水分と塩分で乗り切れる状況じゃないって。なんでこんなイジメみたいなことすんの? お前ら二人も汗だくじゃん。某バスケ漫画並みに汗かいてんじゃん。

 今窓開けたら、死ぬほど気持ちいいだろうなぁ! 自転車で下り坂駆け抜けたら、昇天しちまうかもなぁ!


「充が悪いのよ。あんな乳だけが取り柄のカマトトぶった年増にハメられるから」

「最低ッスよ。テーソーカンネンってのがないんスか? 言葉の意味はよくわかんないッスけど」


 どうして昨夜のことを知っているのかも気になるけど、なぜ怒っているのかが気になって仕方ない。一番気になるのは、このサウナごっこの目的だが。


「年上が好きなんスか? それとも女子大生が好きなんスか?」

「女と電化製品は新しいものにしておきなさい。金のプロが言ってるんだから、思考停止で頷きなさい」


 別に年齢なんて気にしないタイプなんだが、何を必死になってんだ? どうでもいいから、早くエアコンつけてくれよ。あと、このラーメン残していい? 辛さで口の感覚ないんだけど。


「別にそういうわけじゃ……」

「でもヤったんでしょ? しかも生で」

「しょうがねえじゃん! 録音されてたから逆らえなかったんだよ!」


 警察にチンコロされたら、百パーセント負けるしな。

 違法ギャンブルもバレて全員お縄だぜ? 当然、建物を貸してくれてる烏丸金融もアウトよ。


「言質とハンコは手に入れる物であって、取られる物じゃないのよ」


 耳がいてぇよ……。ちょっと脅してやろうと思ったら、まさかの録音だもんな。バカ女だと思って、完全に油断したよ。


「で? なんでサウナごっこ? なんで水着?」

「水着のほうが嬉しいでしょ?」


 え、答えになってなくね?


「それはまあ……そうだが」


 ビキニで汗だくって、誘ってんのか? 俺にそういう性癖はないけど、それでもそそるものがある。男ってバカだねぇ。


「そういや弥生……今日は香水つけてないんだな」

「つけたらナチュラルな匂いが出ないからね」


 ……?

 暑さで脳がやられたか? さっきからいまいち噛み合ってない気がするんだが。


「いや、それにしても冗談抜きで暑いな」


 なんていうかこう、内側からぽかぽかするというか……激辛ラーメンのせいか? 


「姉さん、兄さん……そろそろ我慢できないッス」

「奇遇ね、私もよ」


 え、なになに? なんの話?

 暑さに我慢できないって意味だよな? なんかトロけた目をこっちに向けてきてるけどさ。っていうか近くない? 徐々に距離感が縮まってきてんだけど、何をする気なんだ? やけに鼻をヒクヒクさせてるし……。


「あの……お互い汗かいてるし、あんまり近づかないほうが……」

「何言ってるんスか? 汗かいてるから近づくんスよ?」


 お前こそ何言ってんだ? ちょ、暑いから肩を組むなって! お互いの汗がまじりあって気持ち悪いんだけど!

 あっ……濃厚な匂いが……。

 決して良い匂いではないはずなんだが……なんかこう……内側から何かが湧き上がるというか……。

 こいつのことは妹としか思えなかったけど、このままじゃ女として見てしまいそうだよ。見てはいけないと頭ではわかっているんだが、目線が谷間にバキュームされてしまう。ダメだ、見るな。こいつはあくまでも俺を兄として見てるんだ。

 落ち着け……実妹の顔を思い浮かべて萎えさせるんだ……。ダメだ、実妹が可愛すぎて効果が薄い。

 仕方ない、オカンの顔を……嫌だ、この状況でオカンの汚い顔なんて思い浮かべたくない。飯食ってる時に虫とか便所のこと考えたくないだろ? それと同じよ。


「アンタもそろそろ脱いだら? ズボンもパンツも汗でびっちゃびちゃでしょ?」


 ああ、数刻前からびっちょびちょのしったしただよ。女に言ってもピンとこないだろうけど、暑すぎて股間が伸びてるよ。皮がだるんだるんになってるよ。

 ズボン……クリーニングしないとダメかもしれん。洗濯じゃ汗の臭い落ちないだろうし。ああ、せめてシャツを脱ぎたい。絞ったら凄いことになるだろうなぁ。

 なにより靴下を脱ぎたい。でも脱いだら臭いヤバいだろうな。だって、靴を脱いだだけで悪臭してきたもん。こいつら平気なのか? 俺は自分の足の臭いで吐きそうなんだが。


「もう今更……って、お前まで抱き着くなって!」


 あかん、暑いし辛いし腹いっぱいだし、頭が上手くまわんねぇ。まわんねぇけど、異様な空間にいることはわかる。

 空間が歪みそうなくらい熱気を放った部屋で、汗だくの水着美少女二人に挟まれている。天国なのか地獄なのか判断に悩むぞ。

 ダメだ、なぜか知らんがこいつらが魅力的に見えてくる。いや、元々女性としてのレベルは高いんだけど、そうじゃなくてだな。

 いつもより色気があるというか、性的というか……扇情的?

 水風呂に入りたいとか、冷たいジュースをがぶ飲みしたいとか、そういう願望と並ぶぐらい、こいつらと性的なことをしたい。

 何を言ってるんだ俺は……さっきから、俺らしからぬ下卑た考えが脳裏をよぎってしかたがない。なぜだ? なぜ汗だくの二人に欲情してるんだ?

 ああ、ダメだもう。におい、いや、匂いにやられちまう。匂いフェチじゃないのに、こいつらの匂いがたまらなく好きだ。好きになってしまった。


「あ、あのさぁ! お前らも大概おかしいけど……俺もなんかこう……変な気分になってるから……離れてくれないと……何しちまうか自分でもわからねえんだ!」


 自分が何を言ってるのかさえよくわからない。異常な暑さとはいえ、なんでここまで頭がポワポワすんだ?

 飲んだことないけど、酒飲んだらこんな感じなのか?


「アタシも変な気分ッスよ……なんで未成年も食べていいんスかね?」


 え? なんて? 未成年を食べる? は?


「これッスよ、これ。ウイスキーボンボン」


 ……さっきから何か食べてると思ったけど、これだったのか。

 え? まさかまさかのまさかりさん? は? あかん、脳みそがバグってきた。


「ナナ……ひょっとして、こんなので酔っちまったのか? こんなもん百個ぐらい食べて、ようやくビール一本程度だろ?」

「えへへぇ」


 ダメだ……演技とかじゃなくて、ガチで酔ってやがる……。

 これで酔うって、普通の酒飲んだら死ぬタイプじゃね? ヤリサーで泥酔させられそうな性格してるくせに、酒弱いとかマジかよ。大事にしないと……。


「この酔っ払いが……」

「充もよ?」


 は? 俺は一個も食べてないぞ? っていうか今まで食べたことすらないわ。


「そのコーヒー牛乳……本当にコーヒー牛乳だと思ってるの?」


 え? 辛さ対策のカフェオレが一体なんだと……あっ……もしかして……。

 嘘だよな? カルーア的なアレなのか?


「辛さと甘ったるさで全然気づかなかったようね」


 や、やりやがったよ! 賭博場開帳図利罪とばくじょうかいちょうとりざいとかいうワンチャン、ストーカーより重い罪を犯してる俺が言うのもなんだけど、未成年に騙し討ちで酒飲ませるなんて犯罪だぞ!


「……何が目的なんだ?」

「昨日あの女と何発やったか知らないけど……まだ二発ぐらいは出るわよね?」

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