第10話 朴念仁

 予想以上にノミ屋は盛況だ。五百万円の払い戻しを一括で行った実績が認められ、客が客を呼ぶ形だ。

 烏丸関係の建物で行われるというのもあって警戒する者もいたが、巻き添えで現行犯逮捕される可能性が低いということで納得してもらえた。

 たまに払い戻しが発生する時もあるが、利益のほうが圧倒的に大きい。やはりノミ屋というのは良い商売だ。

 残念ながら、利息でほとんど持っていかれるんだけどな。


「充兄さん、楽しみッスよ」

「そうか……あまりはしゃぐなよ」


 おかげさまで、約束通りナナに水着を買ってあげられるよ。借金増える一方かと思ったけど、しばらくは大丈夫そうだ。

 無論、長続きするような商売じゃないだろうけど。


「充兄さんと弥生姉さんのおかげで毎日が楽しいッス」


 なぜナナが烏丸に感謝してるかって? 烏丸の傘下として、合法的にたこ焼き屋をオープンさせてもらえたからだよ。

 俺に利益がないように見えるけど、実際のところ大助かりさ。この明るさ、愛嬌のある性格は、客寄せパンダとして優秀なんだよ。


「ウチの借金も立て替えてもらえたし、感謝してもしきれないッス」

「……そうか」


 なんで俺はトイチで、ナナは年間で一パーセントなんだろう。差別にも程がない?

 ってか一パーセントって、日本中探してもないだろ。良心的すぎるっていうか、商売する気ゼロじゃん。

 ……裏があるんじゃないか?


「なんでナナに優しくしてくれるんスかね?」

「……妹が欲しかったんじゃない?」

「妹かぁ……へへへ」


 ……今更だけどさ、なんで俺はこいつの世話してんだろ。

 そりゃ今となってはビジネスパートナーだけど、元はただの金食い虫だったじゃんかよ。わらしべ長者じゃないけど、親切にしたのが生きたな。ホームレスに施しを与えると増長するって聞くけど、ちゃんと働いてる人間には優しくするもんだな。


「兄さん兄さん、焼肉! 焼肉行きたいッス!」


 ……優しくしすぎも考え物かな?


「あそこは高級だから別のところに……ってかスイーツ食べ放題に行く予定だろ?」

「知らないんスか? スイーツは別腹ッスよ」


 それ、奢ってもらう人間の言葉か?

 こいつのためにも厳しく……。


「ウチじゃ肉なんてほとんど食べられないし、スイーツなんてもってのほかッス」


 …………。


「いやぁ、水着も初めてッスよ。ワクワクが止まらないッス」


 …………。


「ナナ」

「ん?」

「焼肉……行くか」




 結構使ったなぁ。借金持ちなのに、一回のデートで三万円ってお前……。

 高校生のデートとしても高すぎるぞ。

 でも仕方ないじゃん? あのまま明るいトーンで不幸自慢を続けられたら、俺の精神がもたないってばよ。


「おかえり、色男」


 デート帰りの俺に冷たい視線を送る烏丸。

 え? なんで帰宅したのに烏丸に会うんだって? 同棲させられてるからだよ。

 夏休みってのもあって、親が普通に許可出してきたよ。そろそろ妹の顔が恋しくなってきた。


「ナナちゃん相手とはいえ、面白くないわね。水着ぐらい私が買ってあげるのに」

「本当にナナを可愛がってんだな、烏丸は」


 憶測にすぎないが、自分に対してまっすぐぶつかってくるところが気に入ったんじゃないかな。他の人達って、烏丸を恐れてるし。


「ナナちゃんはアダ名呼びで、私は苗字なのね」


 え、アダ名をご所望? 急にそんな無茶振りされても、何も思いつかんて。


「……カラスって呼べばいい?」

「しばいてまわすわよ?」


 お気に召さなかったらしい。いや、他になくね? ……スマカラとか? いや、違うな、しっくりこない。


「普通に弥生でいいわよ」


 え、それアダ名じゃなくね?


「いいのか? 下の名前で呼んで」

「ええ、むしろ苗字呼びしたら……利息さらに上げるわよ」


 え、これ以上? トイチの上ってあんの?


「弥生、あの……なんで怒ってんの?」

「べっつにー? 金も返さず女の子に貢ぐなんて、良いご身分だなって思っただけ」


 か、返してるやん。まだ一回目だけど、この莫大な利息を払ったんだぜ? これ払える高校生が世の中にどれだけいることか。


「そっか、お土産にケーキ買ってきたんだけど……余計なお世話だったかな」

「誰もそんなこと言ってないでしょ。早く食べさせなさい」


 チョロっ……いや、トイチ女だからチョロくはないんだけど。むしろ律儀に利息払い続けてる俺のほうがチョロいな。


「アイスコーヒーもお願い。冷蔵庫にバニラアイスが入ってるから、それを砂糖代わりにしてね」


 初めて聞いたよ、アイスを砂糖代わりって。いや、アイスを入れるってのは俺もよくやるけど、別に砂糖代わりってわけじゃ……。


「あと靴下脱がせてくんない?」


 注文が……注文が多い。

 蒸れてそうだから脱がせたくないっていうか、触りたくないんだけど、そんなこと口が裂けても言えんよな。下手なことを口走った日には、また足裏を舐めさせられる恐れがあるし。思い出したら気持ち悪くなってきた……。


「脱がせるぞ?」

「んっ、許可する」


 誰様なんだよ、本当に。債務者にも人権はあるんだぞ? っていうか利息払ってる以上、虐げられる筋合いないんだからな? いや、仮に焦げ付いたとしても、相手の人権は奪えないからな?


「じゃあこれ、洗濯カゴに突っ込んでくるよ」

「お待ちなさい」


 なんだよ、止めんなよ。長時間触りたくないんだよ、こんな汚物。早く処理させてくれよ。


「それは手洗いしてちょうだい」

「……洗濯機に入れちゃいけない素材なのか?」


 スーツとかコートならまだしも、靴下でそんなことある? っていうか、この前普通に洗濯したんだけど。


「いいえ? 単純に貴方の手で洗ってほしいの」


 何そのこだわり。どういう性癖なんだよ。何ハラスメントなんだよ。


「充は感謝ってものを知らないのよ」

「……どういうことでしょう?」


 言いがかりにもほどがないか? 俺ほど闇金に感謝してる人間いないと思うぞ。


「私の服や下着を洗濯できる誉れを理解してなさすぎよ。普通の男なら洗濯前に、下着で自慰するわよ」


 男への偏見が酷すぎる。世の中の男が全員そんなんだったら、とっくに人類滅亡してるよ。っていうか滅亡するべき。

 俺も大概変人だけど、こいつには負けるなぁ。


「自慰は知らんけど……興奮はしてるよ?」

「……え?」

「そりゃブスの下着だったら触りたくないけど、から……弥生の下着だし」


 中身がどうであれ、結局見た目だもんな。結婚するってなったら話は別だけど、殺人鬼だろうと美人は美人なんだよ。カマキリを生で食べるとか、そういうヤバい属性持ってたらさすがに無理だけど。


「口説き文句としてはゼロ点ね。ま、まあ? 私は素直で純情だし? 受け取ってあげてもいいけど……」


 何を言ってるかわからんけど、すっかり機嫌が直ったようで一安心だ。


「とにかく、これからは下着を全部手洗いしなさい」

「えー……」

「冬場だけ洗濯機使わせてあげるわ」


 DVするヤツ特有のズレた優しさ!

 っていうか冬休みも同棲すんの? 別にいいんだけどさ。


「とにかく一旦その辺に置いといて。まずはケーキを食べさせなさい。後、膝の上に座らせなさい」


 ……ナナより甘えん坊だな。もしかすると一人っ子ってこういうもんなのかな。

 弥生を妹みたいな扱いできる自信はないけど、頑張ったほうが良いのかね? 俺の妹はマチだけなんだが。


「なんか……この体勢……アレだな」

「な、なに? まさか恋び……」

「まるで二人羽織だな!」


 なんかの漫画で見たことあるよ。昔はテレビでよくやってたんだっけ? 俺は見たことないけど。


「……」

「弥生? どうし……おごっ……」


 し、死ぬぅ……。

 な、なんで攻撃してきた……? 急に尻で股間を攻撃してきたんだが……?

 わからん……やっぱりこの女よくわからん……。

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