第9話 借金七百万突破
え、エアコンが強いのかな? 夏だってのに、震えが止まらんぞ?
震える指先で、マウスをカチカチとクリックする。は、早く……早く更新されろ。
俺は、俺はどうなる? 一体どうなる? いや、意外と……な? こういうのって案外下がるっていうか……まだわからんっていうか……。
焦燥感、絶望感で精神がおかしくなりつつも、ワンチャンにかけてひたすら更新ボタンを連打する。
「ひっ!」
望み通りページが更新され、変な声が出てしまった。
ははっ、落ち着け、落ち着けよ。えっと……払い戻しは……。
……よ、四十八倍……えっと、えっと、えっと、これに賭けてたのは……。
赤木か……えっと、七万……ってことは……。
震える手でPCの電卓アプリを起動する。七×四十八は三百三十六万で、それの五割増しだから……ご、五百四万!?
は、ははは、ははははは。夢だ、夢に決まってる。こんなこと不条理なことが俺の身に起こるはずが……だって散々不条理な……。
「デートの約束をした矢先にこれとはね」
「…………」
「担保も保証人も無し、バイトさえも続かないアンタに五百万? 借入限度額って年収の三分の一よ? アンタが年収千五百万も稼げると思って?」
涙と鼻水でぐっちゃぐちゃになった顔面を床に擦りつけるも、烏丸は冷淡な態度を崩さない。人が顔面崩してるのに、この人は態度を崩してくれないのか。
「ギャンブルの世界でごめんなさいは通じねえんだ……払わないと指を詰めた上で借金を背負わされる……」
「背負えば? ハイリスクハイリターンな商売したんだから、当然の報いよ」
そんな……指失っちゃまともに働けないんだぞ? 俺もうどうしていいかわかんねえよ……。
「烏丸しか頼れねえんだ……頼むっ!」
「……私の会社は自己破産を許したことなんてないわ」
「えっ……?」
「私の会社から大金を借りた人間は、タコ部屋に詰め込まれるか、マグロ漁船とかカニ漁船に乗るか、生命保険に入ることの三択を迫られるわ」
……えっと? つまり……?
「か、貸してくれるのか?」
「私は親父のように甘くないわ。自己破産したら……問答無用でタマを取るわ」
「い、命を……?」
「ふふっ、そっちならどれほど良いことか」
普通の人間って、こういう時にどういう感情を抱くんだろうか?
わからない、わからないけど……俺には女神のように思えた。
「ああ、どんな目に遭わされても文句言わねぇ。人生を捧げる覚悟だ」
「ふーん……この額でもトイチは崩さないけど、いい?」
「ああ……返せるビジョンは見えんが……死ぬ気で利息を払い続けるよ」
十日で五十万、それにも利息が乗るから次回は五十五万、その次は六十万五千円。
たった一ヶ月で五百万の借金が六百六十五万五千円。言うまでもないが、二ヶ月目からはさらに増える。医者とか弁護士になっても返せねえよ。
……でも、借りないって選択肢はないよな。
「じゃあ放課後、私の家に来なさい」
「え……」
お、お家デート? なんて破廉恥な……。
「さすがに今は五百万もないし、それ抜きにしても色々と手続きがあるのよ」
あ、そっちか。そうだよな、普通持ち歩いてないよな。数十万持ち歩いてる時点でヤバい気もするけど。
「わ、わかりました」
とうとう……とうとう蛇の巣に足を踏み入れるのか。
どうしよ……極道みたいなパパが出てきたら。その日のうちにタコ部屋送りとかなったらどうしよ……地下で労働とかないよな?
初めて風俗に来た童貞のように、ソワソワする俺。
そりゃそうだろ、言ってしまえばヤクザの事務所だぞ? スタンガン一つ持たず、部屋の中央まで入ったんだぜ? 三階だから窓から飛び降りるのも無理だろう。
もうどうにでもなれと半ば諦めていたら、人当たりの良さそうなオッちゃんがニコニコしながら入室してきた。
「おう! キミが弥生ちゃんと仲よーしてくれてる子かぁ」
やはり父親か。予想外に優しそうな人だが、気を許しちゃいけない。
悪徳業者だぜ? 本物の悪党ってのは、悪党に見えないもんなんだよ。
ここは心証を大事に……。
「はいっ! 朽葉充と申します! お嬢様には平素よりお世話になっております!」
机に頭突きをしかねない勢いで頭を下げる。
頼りなさげにペコペコしたり、舐められないようにふてぶてしい態度を取るより、こっちのほうがいいだろう。多分だけど。
「はっはっはっ、座りたまえ」
「はい、失礼します」
俺は一体……これから何を……何をされるんだ。
「キミは未成年やし、学生さんやからなぁ……正規の方法で金を貸すっちゅーんは難しいかなぁ。額も額やし……っていうか五百万ってキミ……ごっついのぅ」
ちょっと引かれてない? そりゃそうか、借入限度額とかいうのがあるらしいし、個人で五百万借りる人ってそうそういないんだろうな。
ましてや一般人且つ高校二年生だし。
「え、ええ……それは、はい」
「ホンマなら俺がアレコレするんやけど……弥生ちゃんが自分の案件にしたいゆーとるし……基本的に弥生ちゃんと話し合ってもらうことになるなぁ」
それはよかった……のかな? 一桁少ない額で足舐めさせてきた女だし、安心はできないか。
「弥生ちゃんが気に入った男やから特例で貸すんやけど……そのことの重大さだけ理解してもらいたいねん」
「ええ、なんとお礼を申し上げていいのやら……」
「ええねんええねん、固くならんでええよ」
優しさが逆に俺の警戒心に引っかかる。このオッさん……そこらの小悪党よりよほど悪どいのではないだろうか。
「まっ……アレやな。俺や従業員達が、弥生ちゃんを大事にしてるってことだけでも知っといてくれや。ほなっ!」
あっ……行ってしまわれた。ふぅ……緊張したぁ!
クーラー効いてるのに体が火照ってるよ。
「さて、ここからは私の仕事ね」
隣に座っていた烏丸が、対面のソファに座りなおす。
ここからが本番だな、一体何を……。
「まず返済プランについて聞こうかしら」
プランか……そりゃまあ……。
「親の意向で大学に行くんだが……それまではバイトで払えるだけ払う。無論、それだけじゃ利息は膨らむ一方だろう」
計算するのも恐ろしいが、三ヶ月ぐらいで一千万いくんじゃないか? スポーツ選手以外に返せるヤツおる? いや、スポーツ選手でもほんの一握りしか無理だわ。膨らみ方エグイもん。
「その言い方、まるで策があるようね」
「ああ……今回は痛手を負ったが……ノミで稼ごうと思う」
「ふむ……まあ、今回のは不運な大事故で、基本は利益出るんでしょうけど……」
考えあぐねているな。
何が言いたいかはなんとなくわかるよ。ノミ屋というのは、違法なギャンブルの中でもさらにタチが悪い。胴元のリスクは計り知れないだろう。
そして、大事故が連続で起きないとは限らない。
「……烏丸が所有してる物件……倉庫とかの類は余ってないのか?」
「は?」
「烏丸金融絡みの物件で賭場開帳すれば、警察にタレ込むバカも出ないだろ。無論、それなりに客を厳選するが……」
胴元のリスクとは警察の介入だ。それさえ防ぐことができれば、良い商売といえるだろう。外道ではあるが。
「そうなると……胴元用の資金がいるわね。だからその時点で百万追加……施設の利用料として百万追加。七百万借りてもらうことになるけど、いい?」
「な、なな……」
さすがに不味いのでは? いや、もう額が額だから大差ない気もしてきたけど……ダメだ、金銭感覚がわからなくなってきた。
「で、バイトがどうとか言ってたけど……仕事は基本的にこっちで斡旋するわ。その辺の仕事じゃ続かないし、ゴミのような賃金でしょ?」
「あ、ありがとうございます……」
……随分と甲斐甲斐しく便宜を図ってくれるじゃないか。
貸し倒れしないために……っていうのが主目的なんだろうけど、それだけじゃない気がするんだよな。好意的に捉えるなら親切心、猜疑心で見るならカタにハメられてるような……。
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