第8話 令和のノミ屋

 もうじき待望の夏休みがやってくる。部活に勤しんでいる者にとっては地獄かもしれないが、帰宅部にとっては至福の時だ。

 まだ一週間ほどあるが、気の早い者は計画を立ててウキウキしていることだろう。

 俺? 無事人生終了。


「三十三万、見事に膨らんだわね」

「……はい」


 烏丸への借金総額、利息を含めて三十三万二千七百五十円。端数をオマケしてくれたが、それでも三十三万円。底辺サラリーマンのボーナスより多いんじゃないかな。

 妹への借金? それも五万円まるまる残ってるよ。

 バイト? 先月末で辞めちまったよ。

 今月の給料? そんなもんギャンブルでスったに決まってるじゃん。だってよ、ここまで借金膨らんだらギャンブルしかないじゃん? 地道に返すの無理じゃん?


「頼むっ! 妹への金を返さなきゃいけないんだ!」

「給料で返せばよかったじゃない。返してからギャンブルするのが普通じゃない?」


 一見ド正論だが、それは追い詰められていない人間の空論にすぎない。ここまで窮地に追い詰められたら、金があるうちにギャンブルするしかないんだよ。俺は悪くねえよ、賢明だ。懸命だし賢明、ただ運がなかっただけだ。


「貸してあげるから、絶対に返しなさい。ギャンブルに使ったら蹴り倒すわよ」

「ありがとうございます! ありがとうございます!」


 利息という面で考えれば、より窮地に追い込まれたと言えるだろう。だけど、借入先が減るってのは精神的に安心するんだよ。これが債務者心理ってヤツよ。

 これで借金は三十八万……バイト辞めたから当然利息は膨らんでいく。十日後には四十万越えかぁ……。


「それで? これからどうするの?」

「えっと、夏休みだし……引っ越し屋とかで死ぬほど働こうかと」


 月二十日フルタイムで入れば、きっとなんとかなる。半分ぐらい利息で持っていかれるけど、元金を減らせる。

 問題は夏休み明けだよなぁ。学校通いながらできるバイトじゃ、利息だけで潰れちまうよな。最低限払いながらギャンブルしか……。

 いや、俺も懲りてるよ? だけどさ、利息さえ返せないってなったらギャンブルしかないじゃん。一円も使わずに返済したって、借金増えていくんだぜ?


「引っ越しのバイトなんて、貴方には絶対無理よ。ろくに稼げないまま燃え尽き症候群になって、そのままダラダラ夏休み過ごすのが目に見えてるわ」


 俺への理解度高くない? 俺も薄々感じてたよ。

 いや、まだだ。まだ終わらんよ。俺に策がある。


「大金をかき集める方法があるんだ、見ててくれ」

「どうせギャンブルでしょ? 勝ってから偉そうなこと言ってほしいものね」


 ふっ、甘いな。ギャンブルさせるんだよ……アホヤンキー共にな。

 九割九分上手くいく。もちろんそれなりにリスクはあるが、上手くいけば一撃で借金を返せる必殺の策があるんだ。




「じゃあ俺は二万」

「俺は三万だ」

「五万」

「二十万出すべ」

「七万いっとくかな」

「十五万。当たったらぜってぇ払えよ?」


 うぇーい! 五十二万も集まったぜ! この成金アホヤンキー共が! 甘い汁に誘われたアホ共が! 全てを失う辛さを知るがいい!


「じゃ、これ領収書な。揉めるの嫌だから、ちゃんと保管しとけよ?」

「わかってるっつの。オメーこそ揉めねえためにも、死んでも払えよ」


 ちょろいな、本当に。

 え? 何をしたんだって? ノミだよ、ノミ。

 次の土曜日に競馬の重賞レースがあって、ヤンキー共に賭けさせたんだよ。

 俺が金を集めて、当たった人間に配当するってシステムよ。

 一・五倍返しだが、三連単限定にしたからそうそう当たらんさ。仮に当たっても一人だけしか当たらん。だって三連単だもん。

 当たるとしたら、二万賭けた渡辺か三万賭けた鈴木だが、仮に当たっても五十万は超えないさ。このチキンヤンキー共、一番人気と二番人気、四番人気で固めやがったからな。逆に他のアホ共は、夢を見すぎだ。いやぁ、借金返済おめでとう! 俺!




「……確かに受け取ったわ、確かに」


 烏丸が何か言いたげな顔で金を受け取り、ため息をつきながら豪快に借用書を破り捨てる。へっ、ざまあみろ! この銭ゲバ女! これで俺は自由の身よ!


「で? 残りの十四万はどうするの?」

「んー? 渡辺とか鈴木が当てる可能性を考慮して一応残すけど……今まで世話になった烏丸にたこ焼き奢ってやるよ」


 結構な額を吸い取られた気がするし、尊厳も奪われた気がする。だけどコイツがいなかったら人生詰んでたのも事実だ。思うところはあるが、感謝しないとな。


「へ、へぇ。甲斐性無しのくせにデートに誘ってくれるのね」

「ああ、行こうぜ。放課後デート」


 まっ、これもゲン担ぎさ。三連単なんてそうそう当たるものじゃないし、俺の勝ち逃げは揺るがないと思うが……やっぱ万が一ってのがあるからさ。

 ナナと烏丸の機嫌も取れるし、良いこと尽くめよ。

 ん? なんか烏丸の様子がおかしいな。搾取できなくなって悔しいのかな?




「兄さん、彼女いたんスね。ふーん……まあ、良い男ッスから、彼女ぐらいいるでしょーけど……ふーん」


 なんやコイツ、客やぞ。

 で、烏丸はなんで得意気なん? まあ、なんでもいいんだけどさ。借金から解放された俺にとっちゃ、何もかもどうでもいい。良い意味でどうでもいい。

 あー、肩が軽いわぁ。風船でもつけたみてえに軽いわぁ。


「デート先にナナの店選ぶなんて、デリカシーないっていうか……兄さんらしいっちゃらしいっていうか」


 お前は俺の何を知ってるんだよ。まっ、ノンデリクソ野郎で結構結構。今の俺は無敵、天下人ぞ? 民草に何を言われようと、痛くもかゆくもないわ。


「何怒ってるか知らんけど、機嫌なおせよ。ナナも今度、スイーツ食べ放題に連れてってやるから」

「ホントッスか!? 約束ッスよ!?」

「はっはっは、指切りげんまんでもするか?」


 いやぁ、気分がいいわ。もし万が一、三連単当てられても、次のノミで取り返せばいい話だもんな。胴元サイコー! 胴元つよ……。


「デート中に浮気なんて、良い度胸してるわね」


 あれ、なんか怒ってらっしゃる?

 デートってジョークで言ったつもりなんだが……っていうか、烏丸も重々承知の上っていうか、別にデートなんてしたくないだろ?

 たこ焼き目当てで着いてきた乞食のくせに、何を本気になってんだ?


「何を妬いてんだ? 焼くのはたこ焼きだけでじゅうぶんだろ」


 上手いことも言っちゃったりして。

 いやぁ、懐の余裕は心の余裕ってな?

 そうだよ、金さえありゃ強盗なんてせんし、暴力も振るわんのよ。

 カリカリするのは貧乏人、マナーが悪いのも貧乏人、下品なのも貧乏人、金がないから心が荒むんだ。

 金がない、勉強ができない、家庭事情が悪い、容姿が悪い、問題起こすのは恵まれない人間って相場が決まってんだ。

 俺? 可愛い妹と、卓越した頭脳、潤沢な資金、いざって時に頼れる美人と人懐っこい美少女、何から何まで揃ってるけど?


「フン。浮かれるには早いんじゃなくて? まだレース結果も出てないのに」


 ははは、スネちゃってるよ。可愛いな、もう。


「ほら、たこ焼きでも食って機嫌直せって。はい、あーん」

「……火傷させる気?」

「ああ、わりいわりい。フーフーするから待っててくれ」


 夏休みどうしようかなぁ、十万越えだぜ? アルバイトもしなくていいし、毎年夏休みは小遣い多めに貰えるし、楽しみだなぁ。

 ゲームと漫画に五万ぐらい使うとして……それからどうしようかな。

 浮かれ気分で烏丸の口にたこ焼きを突っ込む俺に、ナナがジト目を向けてきた。


「兄さぁん。ナナ以外にも食べさせるんスか? しかもナナの目の前で」

「怒るな怒るな」

「私は怒っていいわよね? 口の周りソースとマヨネーズでベッタベタになったんだけど」


 あっ、雑に突っ込みすぎた。んふふ、クール美女の烏丸が、育ちが悪い幼児並みに口回りベッタベタになってる。おもろっ。


「わりぃわりぃ。夏休みになったら、最近できたスパなんとかに連れてってやるから許してくれ」


 口元を拭いながら機嫌を取ってやった。五万以上余るし、スパなんとかの入場料奢るぐらい平気平気。


「ぷ、プールデートなんて……唐変木のくせに大胆な男ね」


 え、何その〝破廉恥な男〟みたいな言い草。プールぐらい普通だろ?

 あっ、ナナが不機嫌になってる。こっちも機嫌取らないと。忙しいな、もう。


「ナナも来るか? 水着も買ってやるぞ」

「マジッスか!? 兄さんマジサイコーッス!」

「ふーん……他の女も誘うのね」


 ま、また不機嫌に……女の子ってこんなにめんどくさいもんなの?

 非モテで良かったよ。いけ好かないプレイボーイも、知らんところで苦労してんだろうなぁ。

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