第7話 洗練され続ける土下座スキル

 はぁ……俺ってとことん運悪いよな。

 給料日になったんで、とりあえず利息を払ったのよ。で、残った金でギャンブルに挑戦したわけだが……。


「ツモ。お前、トビだな」


 一日でスりましたよ、ええ。

 どうすんの? 次の利息払えなくなったんだけど?

 えーっと……二十五日の利息払えないから、借金が二十七万五千円になって……来月の五日には三十万突破? さすがに不味いって! 教習所じゃないんだからさ!

 来月の給料を全額返済に当てても二十五万以上残るじゃん。ってことは、無限ループじゃね? むしろ徐々に増えていかね?

 えっと、とりあえず残りの土日全部バイト入ったら……ギリギリ二十五万で留まれるか? 

 で、烏丸の命令通りに働いて小遣い貰って、それをギャンブルで増やせば……。

 あっ! いいことを思いついたぞ! 確実に利息を減らす画期的な方法を!




「えー……なんで私がそんなことを?」

「頼む! マチ!」


 土下座、足舐め、お馬さん。ありとあらゆる屈辱を耐えてきた俺には、妹に頭を下げることぐらい容易い。

 そう、画期的な方法とは借り換えだ。

 我が妹の朽葉マチ、通称クチバシティから五万借りて、それを返済に充てる。そうすれば当然、利息が大幅に減るんだよ。

 借りなかった場合、二十五日に二万五千円の利息、五日に二万七千五百円の利息、十五日に三万とんで二百五十円の利息で、計八万二千七百五十円の利息だ。

 借りた場合は、六万六千二百円の利息。差し引きで一万六千五百五十円も浮く計算だぜ? 天才では?


「いくらなんでも五万はねぇ……っていうか土下座やめてよ」

「無茶を言ってるのはわかる……重々承知しておる!」

「うーん……お兄のことは信じてるけどさぁ……でも、お兄ってバイトすぐ辞めちゃうじゃん? 返す前にバイト辞めちゃうんじゃないかなぁ」


 うぐっ……それなんだよなぁ。今までバイトに手をつけてはすぐにトぶってのを繰り返してきたから、仕事に関しては信用がないんだよ。

 でもそれって、本気で働く理由がなかったとか、不運にも劣悪なブラックバイトを引き続けてことに問題があったわけで……まあ今回もドブラックバイトなんだけど、返すものがあればさすがに続くっていうか……。


「もちろんただとは言わん。千五百円多めに返す!」

「いや、それは別に……」

「いいや! 払わせてくれ! 兄妹でもそこはキッチリしたい!」


 千五百円の利息を払っても、一万五千とんで五十円浮くわけだし問題ない。


「お前だけが……マチだけが頼りなんだ!」

「……っ! わかった、貸すよ」

「マチ! ありがとう! 本当にありがとう!」

「ちょ……抱き着かないでよ!」


 俺は今、勝利のチケットを手にした。人生逆転へのチケットを。

 男充、妹から託されたこのチケットを決して無駄にはできぬ。これで必ずや借金苦から抜け出して見せる!




 来る給料日、額はなんと八万七千円。正直死ぬかと思ったよ。

 バイト以外でも烏丸から小遣いを貰っており、ナナへの貢ぎも問題なくクリアしている。マチへの利息も既に払っているし、手元にも三千円強残っている。

 えっと、今月の利息二万四千二百円とマチへの返済額を合わせて七万四千二百円だから、残りの金と手持ちの金を合わせれば一万六千円ぐらいか。

 元金が二十四万二千円だから、キリよく一万二千円払って、手元に四千円残すか?

 ……今持ってるの九万だろ? で、借金の総額が利息含めておよそ三十二万。

 四倍にすれば全額返済しても四万の余り。実際そんな上手くいかないとしても……二倍くらいなら容易いよな? とりあえず二倍にして、借金額を十五万以下に……。

 よし、とりあえず張ってから考えるか。小銭を張って、いけそうなら突っ走り、ダメそうなら賢明な判断をしよう。大丈夫だよ、元々四千円余る計算なんだから。その四千円で己の運気を測れば、ローリスクハイリターンよ。




「前から思ってるけどよ、朽葉。それ意味あんのけ?」

「ある」


 アホヤンキーのアホ疑問を軽くいなし、ペンを走らせる。

 俺はマメな性格だから、ギャンブルに関するメモを随時取っている。

 様子見で百円というセコイハリで二十回丁半をしてみたところ、六勝十四敗。

 勝率で言えば三十パーセント、金額的にはマイナス八百円。

 結果だけ見れば最悪、引き際だろう。だがこれは投資にすぎない。

 このデータを元に勝ちの法則が見いだせたので、安い買い物さ。


「グニ(五、二)の半に百円だ」


 一般的な賭け方、丁と半を当てるというハリ方の他にも出目二つをピンポイントで当てるというハリ方がある。

 場合の数が三十六に対し、パターンは二通り。つまり確率は三十六分の二なので、倍率も十八倍。

 一見すると普通に丁半を十八回張るのと変わらないだろう。だが、俺は偏りを見つけた。今日は明らかに二が多いのだ。

 張った回数は二十回、つまり振られたサイコロの数は四十。確率通りにいけば、各目が六回ずつ出るはず。だが、二の目は十四個出ている。

 つまり十回振れば、二十個中七個は二が出るというわけだ。

 二ゾロの可能性を考慮したとしても、二分の一の確率で二とそれ以外の目が出る。

 ややこしくなってきたが、要するに十二分の一の確率で俺は勝てるのだ。

 十二と十八の最小公倍数は三十六。三十六回張って三勝三十三敗。ハリが百円なら勝ち金が五千四百円で負け金が三千三百円、差し引き二千百円の勝利だ。まあ正確に言うなら千七百円だが、細かいことはいいか。

 ハリが千円ならば十倍、一万円なら百倍になる。手持ちの金を考えるなら最高でも千円だが、俺は賢明なので百円から始める。場合によってはデータの修正も必要だからな。これが勝てる男の考え方よ。


「勝者とはトータルで勝つから勝者なのだ」

「何言ってんだ? えっと、ヨイチ(四、一)の半。普通に半なら勝ってたな」


 バカが、せいぜい笑ってろ。

 二は二十個中十四個、ハズレ六個のうち二個潰したんだぜ? 見てろよ。


「ニロク(二、六)の丁に千円だ」


 十中八九、今回は二が絡む。そして六の出現パターンから見てそろそろ来る。

 多分三十パーセントぐらいの確率だ。丁半の偏り的に次は丁なので、それを加味すると八割五分の確率でニロクが出る。一万円張ってもよかったが、俺は賢明な男だから千円だ。フフッ、これが勝てる男よ。




「マジでそのメモ帳意味あんのけ? さっきも言ったけど」

「う、うるせぇ! 二回も当てたじゃねえか!」


 計算とは少しズレたが、二十八回中二回当てることができた。

 確率的には俺の大勝だ、八回も少ない勝負数で済んだのだから。

 ハリが百円なら八百円、千円なら八千円、一万円なら八万円の勝ちだ。

 実際の結果? マイナス一万七千二百円だよ! 普通に張ってた時のマイナスを入れたら一万八千円の負けだよ! 畜生!

 なんでこうなったかって? 百円のハリが八回、千円のハリが二十回、そのうち勝利した二回は百円のハリだ。つまり俺のプラスは三千四百円、マイナスが二万六百円だよ。まずいな……。

 賢明な俺の計算では、ここからハリを千円に固定しても……取り返すには百回以上張ることになる。そこまでやってりゃ計算もズレていくし、しくじった時に借金を返せなくなる。


「ちょ、ちょい待ちな」

「あ、ああ、いいけど……さすがにもう帰ったら?」


 ヤンキーが不要な気遣いを見せてきたが、無視して残金と借金を計算してみる。

 残り七万二千円、つまり妹に五万円返せば残り二万二千円だ。

 烏丸に借りたのが、利息含めて二十六万六千二百円。キリ良く二十五万まで減らすなら、俺の残金は五千八百円だ。

 …………妹への借金は最悪の場合、来月まで待ってもらえば良くね?

 えっとだな、一応利息払ったじゃん? つまり、ここで五万四千張って負けたとしても、千八百円余るから……それを利息として渡せば一ヶ月待ってもらえるじゃん。

 ならば……いくしかあるまい! 勝てば妹に返しつつ、烏丸の借金も二十万まで減らせるんだから!


「偏りから見て、次は八割方丁! 丁に五万四千円だ!」


 賭場に緊張感が漂う。そりゃそうだ、一発勝負でここまで大金張るヤツなんていないからな。

 フッ、俺は一点掛けを二回成功させた男だ。この流れなら二分の一を当てるぐらい造作もない。七万二千円張っとけばよかったと後悔してるぐらいさ。




「来月まで……来月までお待ちください!」

「……いいけど、ちゃんとバイト続けてよ? お兄」

「必ずや! 必ずやお返しします!」

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